第32話 王宮の外側の椅子
翌日の昼、ミレイユは王宮付属の公開図書室へ入った。
王宮の居住区とは塀で区切られ、閲覧許可を持つ市民も利用できる場所だ。アドリアンは、外出許可を取り消される前に予約していた史料の確認を理由に、そこまで来た。
同行の護衛には、運送の見積りを聞くと説明してある。カインが申請した記録の確認も用事に含めた。嘘だけで作った訪問ではないが、肝心な相談は伏せていた。
小部屋の外で護衛が待つ。扉は閉められたが、声を大きくすれば聞こえる距離だ。
ミレイユは、椅子を窓側へ寄せた。
「出たいという希望は、変わっていないかい」
「変わらない。昨夜戻ったら、机の文書がすべて点検されていた」
「外へ出たら、王子の生活に戻れないかもしれない。証言した後にどうなるか、私には約束できない」
「承知している」
「護衛を守るために出る、という返事ではないね?」
アドリアンは一瞬、戸を見た。
「彼を罰してほしくはない。だが、それだけなら私が署名すればいい。私は、署名したくない」
ミレイユは頷いた。二度目の答えを、自分の耳で聞けた。
条件も伝えた。私物は三つ。途中で行先を変えない。他の依頼人の居場所を交渉材料にしない。警備の者と争う状況になれば、逃走そのものを中止する場合もある。
「私が命じれば、護衛は戦う」
「うちでは命じないでくれ。王子を一人運ぶために、通りの人を巻き込む気はない」
アドリアンは反論せず、条件の紙へ自分の名を書いた。
カインは図書室の別卓で、王宮の外出規則を確かめていた。
停職中でも公開史料を読むことはできる。秘密の鍵や職印を使って入ったわけではない。
彼が見つけたのは、外出許可の取消しにも正式な通知が要るという規則だった。アドリアンの許可は明後日の夜まで有効。大臣府の指示で実際の出入りを妨げられていても、その紙はまだ死んでいない。
「紙が有効でも、門の責任者が上へ確認している間に止められる」
ミレイユは言った。
「だから、確認に時間をかける別の問題が欲しい」
彼女は、宮廷の荷の予定を広げた。
明後日の朝は三つの施療院へ、王家の備蓄品が送られる。馬車三台、添乗の書記三人、それぞれに護送員。月無し運送も、外側の集積場まで一部の荷を運ぶ正規の仕事を受けられる。
王子には、自分が担当する施療院訪問の順路を、まだ変更する権限があった。訪問する車と荷の車が同じ門を使えば、確認する書類は増える。
「混乱させるだけでは、王子がどこにいるか余計に探される」
カインが指摘する。
「探す先を三つ作る。だが、客を入れる箱は作らない」
ミレイユは答えた。
アドリアンは馬に乗れる。軍学校で、護送列の動きも学んでいた。派手な衣装と専用の馬車が本人の位置を示すなら、それを外せばいい。残る問題は、顔を知る門番と本人の荷物だった。
「私が普通の護送員として出るのか」
「まだ案だよ。門の確認を見てから決める」
ミレイユは地図を閉じた。計画を立てる前に、現場を見る。
小部屋を出る時、アドリアンは別の史料の所在を教えてくれた。
王権移送の施設は、軍の砦の名で探しても出てこないことがある。古い歳出簿では、徴税や備蓄の建物に費用を混ぜていたという。
ミレイユが身を乗り出すと、カインが先に尋ねた。
「根拠は?」
「王室会計の課題で読んだ。場所までは覚えていないが、移送先の整理番号を引く索引がある」
アドリアンは閲覧申請に署名した。自分の脱出と引き換えに要求された仕事ではない。なぜ必要かを聞き、調べてよいと判断した署名だった。
ミレイユは礼を言ったが、胸の内でセラの名が大きくなりすぎるのを感じていた。
戸の外で護衛が、時間だと告げた。
王子は資料を返し、同じ廊下を王宮側へ戻っていく。ミレイユは市民用の出口へ向かった。
今日はまだ、自分で選べる出口が二つある。
明後日の朝まで、その差を忘れてはいけないと思った。




