第28話 今夜は逃げない
朝、ミレイユは床板を閉じた。
鞄は捨てなかった。道を捨てれば勇敢になれるという考えには、賛成できない。ただ、今夜はその道を使わないと決めた。
エマとラウルを机に呼ぶ。
「私は、三人の拘束を解く手段を探す。この店で何が起こるか分からない。続けるか、別の所へ移るか、二人にも決めてほしい」
「続けます」
ラウルが即答した。エマは少し待ってから頷いた。
「ただし、分からないことも共有してください。私たちを安心させるために、大丈夫だと言わなくていいです」
ミレイユは答えるのに時間がかかった。
「……分かった。三人をいつ戻せるかは、まだ分からない」
口に出すと、喉の辺りが痛かった。
カインは官舎の小さな部屋で、私物の手帳を開いていた。
公式の捜査記録を持ち出すことはできない。だが、自分がどの窓口へ照会を出し、誰に受け取ってもらったかの覚えは残っている。
ミレイユが訪ねると、彼は驚くより先に椅子を空けた。
「眠ったか」
「それを聞く顔じゃないね」
食卓には冷えたパンがある。二人とも同じ物を昼も食べるつもりだったらしい。
ミレイユはマヤたちの容疑と、証人の名前を並べた。
カインは一つの名に印をつけた。ヴォスの運送係として、返還令状の受取簿に出てきた人物だという。
「証人が関係者なら、証言が無効になるのか」
「それだけではならない。だから、この日にどこにいたかを別の記録で確認する」
盗難があったとされる時刻、アンナとベラは共同工房にいた。マヤは診療所へ食事を届けた。どちらにも証人はいるが、仲間同士だと軽く扱われていた。
ミレイユは納品票を出した。
「工房の洗濯物は、外の宿にも届けている。顔を見たのが、うちの者だけとは限らない」
カインが紙を引き寄せる。
「こっちは神殿の回収車だ。ヴォスの証人が荷を受け取っている。盗難を目撃したという場所と、同じ時刻には往復できない」
ただし、納品票も改竄できる。元の取引先に残る控えと照らし、時刻を聞き直す必要があった。
ミレイユは立ち上がった。
「私は道を回る。あんたは、申立てに必要な形へまとめてくれ」
「職務としては動けないぞ」
「客の相談に乗る知人だろう。判事の印は、判事からもらう」
カインは初めて笑った。
調べるうちに、ヴォスの事務所が帳簿を移しているという話が出た。
いつもは夕方に出る文書箱が、今日は朝から三つ。行先は、南区に借りた新しい倉庫だ。ミレイユは荷受けの印を確認し、勝手に箱を盗む代わりに、その情報を担当治安官へ届けた。
既に押収した発行簿、食い違う証人の行動、帳簿の急な移動。三つを合わせ、捜索の申請が出る。
待つ間、ミレイユは倉庫の出入口を地図へ写した。
カインはその手が震えているのに気づいたが、握り止めなかった。
「疲れたら交代する」
「字は、あんたの方が下手だ」
「地図くらい描ける」
彼が隣へ座る。腕が触れるほど近かったが、ミレイユは椅子をずらさなかった。
夜、許可が出た。
執行するのは現職の別の班だ。カインは過去の資料を説明する補助者として同行し、ミレイユは倉庫への道と荷の位置を示す。現場で捕まえる権限は、二人にはない。
「勝手に先へ行くなよ」
班長が念を押した。
ミレイユは頷いたが、胸の内では既に、ヴォスが逃げた場合の裏口まで数えていた。
その癖は、一度の話合いで消えるものではなかった。




