第22話 二度目の答え
「薬を受け取る使いの娘さんかい」
ミレイユは絵札を見て答えた。
男の目が細くなる。
「聖女アルマ様だ」
「それなら神殿へ行った方が早いんじゃないか」
脇ではエマが通常の配送票を揃えていた。表の帳簿に嘘の運送を足すことはしない。男は店の中を覗き、荷箱と洗濯物を見た。
「隠していれば、ただでは済まない」
「捜索の書類があるなら見せてくれ。うちの客の物も預かっている」
男は持っていなかった。最後に看板を確かめ、去った。
戸が閉まるまで、エマは同じ紙の角を揃え続けていた。
「怖かったか」
「はい。ミレイユさんも?」
「ああ」
エマは少し驚いた顔をし、それから紙を置いた。
翌日の午後、ミレイユはアルマと二度目の面談をした。
マヤには部屋を外してもらった。恩人の前では、頼まれた通りの返事をしてしまう人もいる。まして、神殿でそのように暮らしてきた娘だ。
「昨夜は眠れた?」
「少し。朝、鐘が鳴ったので、起きなければと思って」
「起きて何を?」
アルマは口を開き、困ったように笑った。
「分かりません。ここでは、誰も呼んでいないのに」
卓にはカインが持たせた書面がある。家籍局に届け出られた誓約書の控え。神殿の支援契約。アルマ自身が持っていた、村へ送る薬の受取票。
控えの契約では、養育費は神殿への寄進から支出されていた。一方、署名予定の誓約書では同じ費用が娘個人の債務へ変わっている。村が保証したとされる欄には、十年以上前の寄進代表の印が転用されていた。
「村の人たちが払わなくて済むんですか」
「この紙だけで請求は認められない、というのがカインの見立てだ。最終的には判事が原本と証言を調べる。今、何もかも無効だと約束はできない」
アルマは落胆せず、書面を読み直した。
「何が分かっていて、何がまだなのかを、こうして教えてもらえるんですね」
ミレイユは返事に困った。それが特別な待遇だと思われることの方が、腹立たしかった。
神殿の取引を調べる中で、ヴォスの名も現れた。孤児や奉公人の移送費を、薬の運賃としてまとめて請求している。あの夜、私兵が持っていた引換札の番号は、その一つと続いていた。
ただし、支払いのつながりと、終身誓約の強要は別の事実だ。カインの書き添えにも、その二つを混ぜるな、とあった。
「あの男、余白まで説教を書くのか」
ミレイユが呟くと、アルマの口元が少し緩んだ。
選べる道を、紙に三つ書いた。
このまま潜伏し、別の町への移動を準備する。
本人の代理人を通じ、非公開の保護を求める。
誓約式に合わせて公の場所で意思を伝え、裁判所の保護へ移る。
三つ目が最も目立つ。顔も名前も知られる。安全になる保証ではなく、密かに連れ戻しにくくするための方法だ。
「私が逃げるなら、神殿は別の娘を聖女にするのでしょうか」
「そうするかもしれない。だが、それを全部止める役目まで、今あんたが引き受ける必要はない」
「私が、治せなかった人たちは?」
「言葉を届けたいなら、その方法も考えよう。生きて、治療を続ける道も含めて」
アルマは前掛けを広げた。焦げた所を繕った糸が、布の色と少し違っている。
「もう一度、これを着たいです。できることだけを、できると言って」
「神殿へ戻りたいかい」
「戻りたくありません」
一晩置いても、答えは変わらなかった。ミレイユはその言葉を記した。
その上で、公の場へ出るかは明日まで考えてよいと伝えた。受ける保護と引き換えに、人前で語るよう迫ることはしない。
帰りの道でカインに会った。彼は書面の受取控えを求め、ミレイユは彼女の署名を渡した。
「二度目の意思も確かめた。ただ、場所はまだ言わない」
「今は必要ない。保護へ移す段階で、担当者へ知らせてもらう」
「あんた自身には?」
「何もかも俺が持っていれば、一度の閲覧で全部漏れる」
ミレイユは顔を上げた。マヤの住所が漏れた後、カインは自分の書く記録も疑い始めていた。
「支局で閲覧を絞っても、中央へ送る集計は別だ。そこを調べている」
「記録をやめる気はないんだね」
「やめない。残す中身と、見られる者を変える」
彼は断言した。ミレイユは、その強情さを今度は少し頼もしく思った。
翌朝、マヤから短い伝言が来た。
アルマは、公の場所へ出たいという。ただし、治療を望む患者を神殿への抗議に動員するのはやめてほしい、と。
ミレイユは四本の線の二本目を消した。
式は明後日。少女を運ぶ道と、少女の返事を消させない道を、同じ場所へつながなければならなかった。




