第20話 死んだはずの人
朝の治安局で、ミレイユは受領記録の写しを待っていた。
カインが持って来た紙を受け取り、同じ一行を何度も読む。
セラ・ヴィアン。王権移送。受領済。
昨日までなら、その名前が書かれた紙を見た途端、しまい込んでいたはずだった。死なせた人を何度も呼び戻すようで、見ていられなかったからだ。
今は目を離せない。
「どこへ運んだ」
「行先欄が欠けている。一般の収容所ではなく、王権管理下のどこかだ」
「調べれば分かるんだろう」
「管理していた部署も変わっている。昔の索引へ届くまで、照会が要る」
ミレイユは立ち上がった。
カインは肩を掴まず、行先だけを聞いた。
「まだ決まっていないなら、ここで次の調べ先を決めよう。昨日、書類を燃やそうとした者がいる。誰に何を尋ねたかが漏れれば、人まで動かされる」
彼女は椅子の背へ手を置いた。
「十年も生きていたかもしれない。私は、何をしてた」
「生きて、仕事をしていた」
「慰めはいらない」
「事実を言った」
言い返そうとして、ミレイユは息を詰めた。
セラに助けられてから、他の誰かを運ぶことに理由を求めてきた。やめれば、死なせた人への借りを踏み倒す気がした。生きているかもしれないと聞いた途端、喜びより先に、なぜ自分だけ暮らしていたのかと考える。
どちらにしても自分を罰する方へ進むのだと、気づきかけた。
認めるのはまだ難しかった。
カインは調べられることを紙へ書いた。
旧事件の発行元、移送費の支出元、王家の古い索引。ミレイユは、特殊な荷の納入先と、廃止されたはずの施設へ届く食料の情報を集める。
誰かの居場所を断定して踏み込む前に、情報を突き合わせる。そう話し合った。
「分かった」
彼女は答えた。
ただし、エマたちへ話すとは約束しなかった。
自分を助けたせいでセラが捕まったと思っている以上、他の人間に同じ役をさせたくなかった。守るつもりで、選ぶ材料を渡さない。その癖が、いま新しい紙を隠そうとしている。
店へ戻ると、エマが依頼人の移送記録を整理していた。
本人たちに関わる範囲で交付された写しから、ルカとシフォンの次の照会先を探している。ダニエルは記載が途切れ、別の部署へ問い合わせる必要がある。
「一度で全部は出ませんでしたが、ここまでは確認できました」
エマが地図へ印をつけた。
ミレイユはその仕事を褒め、必要な経費を尋ねた。セラの紙は外套の内側へ残した。
「何か、ほかにもありましたか」
エマが尋ねた。
「古い記録が少し。まだ使えるか分からない」
嘘ではなかった。だが、エマが知りたかったことには答えていなかった。
彼女はそれ以上聞かず、茶を勧めた。
ミレイユは冷める前に飲んだ。人の世話を受けることはできる。それなのに、心配を一緒に持ってもらうことは、ひどく難しかった。
午後、カインから別の照会結果が届いた。
私兵が持っていた神殿の引換札。その受取控えと支払い帳を照合すると、ヴォスの移送費の一部が神殿の運搬費として処理されていた。
神殿全体が人を買っていると、これだけで断定はできない。しかし、誰をどの契約で受け入れたかを調べる根拠にはなる。
エマは照会先の欄を読み、眉を寄せた。
「薬の配送と、奉公人の移送が同じ費目です。人数も書かれていない」
「箱の数にした方が、説明が簡単なんだろうさ」
ミレイユは答えた。
家籍局から業者へ。業者から別の働き場所へ。人の名が紙を渡るたび、本人の返事が小さくなる。
セラが守ろうとしたものも、その途中にあったのかもしれない。
夕方の荷を出した後、表の戸が静かに開いた。
煤で汚れた白い髪が、フードの隙間から見えた。若い娘が、追ってくる者の有無を確かめている。
ミレイユはカインの照会結果を伏せた。
過去の紙も気になった。セラのことを、今すぐ続きを調べたいとも思った。
それでも、今この戸を開けた人の話を、後回しにはできない。
「入りな。椅子は空いている」




