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今夜、あなたを逃がします。~虐げられた人を救う夜逃げ屋と、追うはずだった堅物追跡官~  作者: 他力本願寺


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第19話 同じ場所を調べる夜

南区支局の古い書類が、今夜まとめて焼かれる。


 知らせを持って来たのは、いつも古紙を引き取っている荷運びだった。保存期限が残る箱まで、焼却用の札へ付け替えられているという。


「箱の番号は?」


「ここに。間違えないよう、札を写してきた」


 ミレイユは代金を払い、紙をエマへ渡した。ヴォスに連れ戻されたルカ、シフォン、ダニエルの足取りを、まだ追い切れていない。その誰かの移送記録が含まれているかもしれなかった。


「カインにも知らせてくれ。私は搬入口を見る」


「中へ入るんですか」


「まず、何が出てくるか確かめる」


 そう答えた時は、本当にそのつもりだった。


 支局の裏では、すでに台車が動いていた。


 ミレイユは塀を越えず、荷を待つ業者の列に混じった。紙の荷は重さのわりに場所を取る。箱を積む順序が悪く、台車が一台、狭い搬入口を塞いでいた。


 声を掛けようとした時、暗がりからカインが現れた。


「お前も、その箱か」


「あんたも?」


「発行簿の閲覧を申し込んだら、急に廃棄予定だと言われた。当番判事に保存を申し立てている」


「返事を待つ間に、燃えるよ」


 奥の煙突から薄い煙が上がっていた。日常の暖房なのか、紙を燃やしているのか、外からは分からない。


 カインは台車の札を読み、保存期限を手帳と照らした。


「この箱は止められる。管理規則に違反している」


 彼は身分証を示し、搬出を止めるよう責任者へ告げた。責任者は上の指示だと繰り返し、通路の奥で別の台車が動き出した。


 命令を拒んでいる間にも、作業は続いている。


「箱を庭へ出すだけだ。廃棄はしない」


 責任者がそう言ったのを聞き、ミレイユは庭の奥を指した。


「あの通路は焼却場へしか続いていない。去年、炉の修理用の煉瓦を運んだ」


 カインが責任者へ向き直った。ミレイユは、停まっていた空の台車を横に押す。通路は狭く、すれ違えない。作業員は舌打ちして止まった。


「どけ。仕事の邪魔だ」


「荷を傷めるよ。先にそっちの箱を戻して」


 その数分の間に、保存命令を持つ治安官が二人到着した。


 責任者の肩が落ちた。命令書を読ませ、箱を一つずつ数え、署名を取る。ここから先は、持ち出し方まで記録しなければ、後で証拠を盗んだと言われかねない。


「運べるか」


 カインが聞いた。


「全部なら二往復。濡らしたくない紙は先に積みな」


 書庫の照明は暗かった。


 ミレイユが荷車を組む間、カインは箱の外に記された部署と保存年を調べた。廃棄目録には第三課の発行簿が抜けている。作業員に、札のない箱の置場を尋ねると、奥の低い棚を指された。


 彼は一冊ずつ表紙を開いた。結び方や持ち主の癖から、文字を読まずに中身が分かるわけではない。探しているのは、返還令状と同じ発行日だ。


「あった。ここだけ綴り直している」


 綴じ穴が二列あった。脱落したページを示す索引番号も残っている。


 隣の帳面には移送先があった。ルカと同じ名は二人いたが、旧勤務先を照らすと一人に絞れた。シフォンの移送は別区、ダニエルの欄は空白だった。


「ここにある名前だけで、今いると決めるなよ」


「分かってる。届く先が分かっただけでも、今夜来た甲斐はある」


 ミレイユは荷札に数字を書き、カインの同僚に封を確認してもらった。


 書類は治安局の保管庫へ入り、二人の手元には受領控えだけが残った。


 夜明け前、局の裏階段で、ミレイユは冷めた茶を飲んでいた。


「今日、お前一人だったらどうした」


「台車を止めて、仕事の遅い業者のふりをしていたさ」


「いつまでもは止められない」


「だから、あんたにも知らせた」


 カインは少し笑った。その笑い方を、最近は腹立たしいと思わなくなっていた。


「昔、お前を助けたのも、こんな仕事をする人だったのか」


 答えなくてよかった。それでもミレイユは、茶碗を持ったまま話し始めた。


 十八歳の夜。両親を亡くした後、伯父の家で無給の帳簿仕事をしていたこと。借金を片づけるため、望まない婚姻を決められたこと。


「出たいか、と聞かれた。役に立つかでも、金があるかでもなく」


 持って出る私物を三つ選ぶように言われた。それだけで、自分の物を自分で決めていいのだと分かった。


「その人が捕まってから、処刑されたと聞いた。私は逃げることしかできなかった」


 カインは慰めを口にしなかった。紙の茶碗を卓へ置き、該当する受領控えをもう一度見た。


「さっき、保存箱に旧事件の補助簿もあった。処分記録の欠けた部分が、別帳面に写されている」


 彼は当直の許可を取り、その一枚を持って来た。


 セラ・ヴィアン。王権移送。受領済。


 処刑の通知より、後の日付だった。


「生きているのか」


 自分の声が分からないほど、ミレイユの喉は乾いていた。


「この日には、生きて受け渡された可能性がある。十年後の今までは、まだ言えない」


 カインは断言しなかった。その慎重さが、今は残酷に思えた。


 ミレイユは紙を掴もうとして、指を止めた。勝手に持ち出して失くしてよい物ではない。


「写しを、くれ」


 十年間、閉じていたはずの道が、紙一枚の幅で開いていた。

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