↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今夜、あなたを逃がします。~虐げられた人を救う夜逃げ屋と、追うはずだった堅物追跡官~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/50

第2話 追う男

エマを捜すよう命じた伯爵は、娘の好きな物を一つも答えられなかった。


「仕事の話をしている。好みなど関係がないだろう」


 カインは、その返事を調書へは書かなかった。本人から聞けない以上、使用人を一人ずつ呼ぶしかない。


 母の櫛が無い、と教えたのは年配の侍女だった。いつも使う靴は二足あり、丈夫な方が無い。娘は舞踏会に出席せず、家計の支払いを確かめていたという。


 窓から侵入した痕は見つからず、自筆らしい手紙も残っている。本人が出ていった可能性が高い。それでも、荷物が少ないというだけで、外で誰かに脅されていないとは言えなかった。


「まず会って話す」


 カインは若い治安官へ言った。


「伯爵の希望ではなく、本人に何が起きたかを聞く」


 部下は頷き、門番の記録を持って来た。


 エマは買物帰りの使用人の後ろについて通用門から出ていた。門番は、近所へ使いを頼みに行くのだと思ったという。帰った時刻は残っていない。


 屋敷へ運送屋が入って連れ去った、という伯爵の主張には、まだ裏付けがなかった。


 カインは娘が向かったという通りを歩いた。


 舞踏会の夜には、料理、食器、花、薪を運ぶ車が増える。一台ずつ全部止めれば、逃げた者を見つける前に王都の荷が詰まる。


 辻の水売りが、粗末な外套を着た若い女を見たと言った。だが顔までは覚えていない。貸食器屋の回収車が近くを通った時刻と重なっていた。


 カインは組合の車の登録を求めた。


 轍の幅は、ありふれた四輪車の範囲だった。同じ車輪を使う業者は何軒もある。泥の深さから客の体重まで当てることはできない。必要なのは、実際にその道を通ったかどうかを、一件ずつ消していくことだった。


 聞き込みを続けると、深夜の引越しに慣れた業者がいるという話が出た。名前を聞くと、話した者は急に口を閉じた。


 本人が選んだらしい少ない荷物。夜の運送に紛れる移動。昔の調書にも、似た事件があった。


 ただし、似ていることと、同じ人間がしたことは違う。


 カインは手帳に、確かめた事実だけを書いた。


 その一方で、記録を残さず人を移す者がいるなら、見つけなければならないと思った。行先が消えた人を探す難しさを、彼は嫌というほど知っていた。


   *


 月無し運送へ次の客が来た時、ミレイユは前夜の経費を数えていた。


 食器屋への車代、宿代、食事代。エマから預かった金は余裕があったが、それでも今後ずっと泊められるわけではない。三日分の約束を、三日後に追い出す口実へ変えるつもりもなかった。


 ベルが鳴った。


 入ってきた青年は、戸を閉める前に後ろを見た。油と鉄の匂いがする作業着。指の関節が太く、爪の間に黒い汚れが残っている。


「ラウルといいます。錠前工房の徒弟です」


「何を運びたい?」


「俺を」


 男は言ってから、言葉遣いを間違えたように頭を下げた。


 ミレイユは椅子を引いた。


 ラウルは十歳で工房に入り、十二年の徒弟契約を結んだ。二十二になった今年、契約は満了したはずだった。だが、親方の持つ書面には十五年とあり、抗議すると殴られ、食費と寝床代を借金に加えられたという。


「俺が持っていた控えも、親方に預けたままなんです。最近、役所で写しを取ってもらったら、数字が違っていた」


 持ってきた紙には十五年とある。これだけでは、昔は十二年だったと証明できない。


「当時の立会人は?」


「いたはずです。でも、十二年も前で」


「思い出せることは後で聞く。今日の怪我を見せてくれ」


 袖の下に新しい痣があった。


 裁判所へ訴える方法はある。だが、訴えたことが先に親方へ伝われば、結果を待つ場所がない。ミレイユは正規の申立てと、先に安全な場所へ移ることを分けて説明した。


「ここを出たら、すぐ自分の工房を持てますか」


「離籍の問題が残る。隠れて出れば全て終わる、とは言わない」


 ラウルの顔が曇った。


「それでも、今日は殴られない所で眠れるかい。それが欲しいなら手伝う」


 彼は長く黙り、やがて頷いた。


「欲しいです。寝ている間まで、親方の足音を聞いていたくない」


 今は材料の受取に出てきたところだという。戻らなければ、今日のうちに失踪が知れる。


 ミレイユは、今すぐ保護の申立てへ向かう方法も示した。ラウルは、工房に残る自分の物を持ち出したいと答えた。今夜は親方が取引先へ行くため、いつもより準備しやすい。


「危なくなったら、荷物は置いて来い。私物を全部選ばないと受けない、という意味じゃないからね」


 ラウルは息を吐いた。


 荷造りの説明をすると、彼は契約書の写しと、壊れた鍵を机に並べた。


「鍵は親父の形見です。残りは、店に戻らないと」


 ミレイユは契約書を返した。


「これは三つに数えない。あんたを守るための紙だ」


 ラウルは顔を上げた。好きな物を残り二つ選んでいいと理解するまで、少し時間がかかった。


 帰る時の足取りは、来た時ほど急ではなかった。


 ミレイユは窓から見送り、明日の回収業者へ連絡を入れた。


 店の前を、王都の運送車が何台も通っていく。そのうち何台の記録を、追跡官が今日確かめるのか。今はまだ分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。