↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今夜、あなたを逃がします。~虐げられた人を救う夜逃げ屋と、追うはずだった堅物追跡官~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/50

第10話 最初の共闘

ラウルの寝床は、治安局が手配した短期保護宿へ移った。


 自由になったわけではない。元の工房にもヴォスにも返さず、契約の真偽を調べるための措置だった。出かける時は宿へ行先を告げる。面談の日時も決まっている。


「もう一度閉じ込められるのかと思った」


 面会に来たミレイユに、ラウルは小さく笑った。


「鍵は、内側にもあるんだな」


 笑い返す代わりに、ミレイユは卓へ紙を広げた。


「十歳で契約した時、その場に誰がいた?」


「親方と、役所の人と……隣町で錠前を作っていた爺さん。ヒューズって呼ばれてた」


「そこを、詳しく」


 カインは朝一番に、押収した返還令状を上官へ提出した。


 公印の番号は、古い事件で封印された印と一致した。ただし、その一致だけでは、誰が押したかまでは分からない。旧印の使用が認められた例外がないか、発行簿を確認する必要がある。


「だからこそ、執行を止めてください。人を運んだ後では遅い」


 上官は、同じ印影を重ねて何度も見た。


「家籍局と揉めるぞ」


「揉めないために、この男を引き渡すんですか」


 沈黙が落ちた。上官は正式な執行停止の申請に署名し、当番判事へ送る使いを呼んだ。


 カインは勝った気にはなれなかった。押せる印が一つ違うだけで、救える人間も違う。それが記録を扱う仕事の強さであり、嫌なところでもあった。


 ヒューズの工房は、王都の東門から荷車で半日の場所にあった。


 ミレイユは運送組合の古い名簿から住所を探し、エマに通常配送の組替えを頼んだ。自分が往復すれば今日の荷が遅れる。人を救う仕事のためでも、他の約束を勝手に捨てるわけにはいかない。


 老人は最初、契約書など覚えていないと言った。


「十二年前だぞ。うちも一度、店を移した」


「父親の折れた鍵を持っていた子だ。直してくれと頼んだって」


 ラウルから聞いた話を出すと、老人の目が上がった。


「あの坊主か」


 探し始めてから二時間かかった。倉庫の奥、雨漏りを避けて移した箱に、立会人用の契約原本があった。三者が署名したうちの一通だ。


 年限は十二年。住込み中の食費は賃金から追加で請求しない、と小さな文字で記されている。


「これを持ち出させてほしい。あんたにも、説明を頼みたい」


「坊主は、どうして自分で来ない」


 ミレイユは答える前に、紙の十二という数字を指でなぞった。


「これが十五に変わっていてね」


 ヒューズは、作業用の前掛けを外した。


 翌朝、元の親方は立会人の顔を見て舌打ちした。


 話合いの場所は工房ではなく、治安局の小会議室だった。机を挟んでラウルと親方が座り、カインの同僚が記録を取る。ミレイユは後ろの壁際にいた。


「十五年で約束した。古い紙が間違っているんだ」


「なら、変更に本人が同意した書類を出してください」


 カインが言った。


 親方は、口約束だったと答えた。ラウルは首を振る。ヒューズは、当時なぜ十二年にしたかを説明した。父を亡くした子を預かる代わりに、二十二になれば独立させると親方自身が約束したのだ。


「こいつに独立なんかできるものか」


 親方が声を上げた瞬間、ラウルの肩が縮んだ。


 ミレイユは一歩動きかけ、止まった。ラウルが両手を机に置き直したからだ。


「できるかどうかは、俺がやって決めます。まず、終わった契約を終わりにしてください」


 カインの同僚が、その言葉を書き留めた。


 その日のうちに判事は返還請求を差し止め、原本の鑑定と台帳の訂正を命じた。ヴォスへ債権を譲っていても、元の請求に根拠がなければ拘束は続けられない。


 数日後、契約満了と食費債務の不存在が確認され、ラウルの離籍証が出た。契約書を誰が改竄したかの捜査は、それとは別に続く。


 ラウルは証書を受け取っても、しばらく紙を畳めなかった。


「これで、俺の名前で仕事を請けていいんだな」


「ああ。ただし、仕事は選べよ。休みのない契約に、喜んで飛びつくんじゃない」


「そんな間抜けなこと、しませんよ」


 そう言いかけて、ラウルは口をつぐんだ。逃げる前なら、賃金が出ると聞いただけで署名していたかもしれない。


 ミレイユが彼を送り出した後、カインが橋のたもとで待っていた。


「よく原本を見つけたな」


「あんたが足止めしなければ、探す時間もなかった」


 二人とも、それ以上は褒めなかった。


「記録を消さずに済んだだろう」


 カインが言う。


「本人が押しつぶされる前に、間に合えばね」


 ミレイユは答えた。いま争う気はなかったが、それだけは譲れない。


 すれ違いざま、カインが古い事件の話をした。


「K-04が使われた横領事件に、書記の名前がある。セラ・ヴィアン。処分を確かめようとしたが、記録が抜けていた」


 ミレイユは歩みを止めた。


 十年前、暗い戸口で手を伸ばした女。荷物は三つ、と言った声。捕まった後、処刑されたと聞かされた人。


「知っているのか」


「……その名前を使った脅しなら、高くつくよ」


「脅すためなら、欠けた記録を調べたりしない」


 ミレイユは返事をしなかった。


 帰ったらエマの帳簿を確かめる。ラウルの次の仕事を探す。明日の荷車を組む。やることを頭に並べても、セラの名前だけが、その隙間から消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。