表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第7章 継ぎ目の村

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/65

第45話 止まった手の次


 朝の井戸端には、昨夜の名残がまだ残っていた。


 裂けたロッタの袖。

 矢の刺さったままの北柵の土。

 集会所の裏に並ぶ、空になった水樽。


 守れた。


 けれど、それは余裕で防いだという意味じゃない。

 ただ、崩れずに済んだだけだ。


 ノアは井戸の縁へ手を置き、静かな水面を見た。


 火で寄せる手は防いだ。

 流れを読む手も鈍らせた。

 声で呼び出す手も止めた。


 でも、次はもっと単純で、もっと避けにくいものが来る。


 声が届かなくても、人が動いてしまうもの。

 怪我。

 流血。

 倒れた誰か。


【村の守り】

状態:合図運用成功

弱点:役目停止時の空白


 空白。


 そこだ。


「……止まった時か」


 ノアは小さく呟いた。


 誰かが呼ばれて動くんじゃない。

 誰かが倒れた瞬間、周りが勝手に崩れる。

 そこへ手を伸ばした誰かまで止まれば、さらに崩れる。


 次は、それを狙ってくる。


     ◇


 集会所には、昨夜より少ない人数が集まっていた。


 全員は呼ばない。

 もう村は、話し合う人と持ち場へ残る人を分け始めている。


 村長。

 父。

 ハンス。

 ベルン。

 ディル。

 母。

 ミナ婆。

 ロッタ。

 そしてノア。


「次は人だ」


 ノアが言うと、部屋の空気がすぐに固まった。


「やっぱり、そう見るか」

 ハンスが壁にもたれたまま言う。


「うん。声が通らなかった。だったら次は、声がなくても人が動くようにしてくる」

「例えば?」

 ベルンが問う。


「誰かを傷つける」

 ノアは答えた。

「前に立ってる人でも、水を回してる人でも、走ってる人でもいい。ひとり止まれば、そこへ誰かが手を伸ばす。その瞬間に流れが崩れる」

「……嫌な考え方するな」

 ベルンが顔をしかめる。

「向こうがな」

 父が低く返した。


 母が井戸の方角を見たまま言う。


「じゃあ今度は、“怪我をした時どうするか”を決めないといけないね」

「そう」

 ノアは頷いた。

「役目を持つ人が止まった時、次に誰が入るか。その場で迷わない形が要る」

「控えとは違うのか」

 村長が問う。


「控えは代わりになれる人です。でも今欲しいのは、倒れた瞬間に動く次の手です」


 ノアは見取り図の上に指を置いた。


「前に立つ人の後ろに次手、その後ろに引く役を置く」

「支え役か」

 ディルが言う。

「うん。誰かが倒れても、みんなが助けに行ったら終わる。引くのはその役だけ。残りは持ち場を守る」

「優しいやつほど飛び出すからねえ」

 ミナ婆が言う。

「そこを先に切っとくんだね」


 ノアは頷いた。


「助けるな、じゃない。助ける手を決めるんだ」


     ◇


 村の中で、役目はまたひとつ増えた。


 前に立つ者。

 次に入る者。

 引く者。


 北柵ではベルンのすぐ後ろに若い男が立ち、そのさらに後ろに、短い板と布を持った引く役がついた。


 東ではディルの後ろに控えが立ち、その外側に縄を巻いた少年がいる。


 井戸のそばでは、母とロッタの少し後ろへリサ婆が入った。桶を見るんじゃない。人を見るためだ。


「誰かが倒れても、水は止めない」

 母がロッタへ言う。

「引くのはリサ婆。あたしたちは札を見る」

 ロッタは真剣な顔で頷いた。


 北ではベルンが若い男へ怒鳴っていた。


「俺が転んでも前へ出るなよ!」

「え、でも」

「お前は俺を引け! 代わりは後ろのやつが入る!」

「わ、わかった!」


 声は強いのに、若い男の喉は目に見えて上下していた。

 それでも、足は逃げていない。


 いい。


 崩れた瞬間に、次が埋まる。

 その間に、倒れた者だけが引かれる。


 それだけで村はかなり折れにくくなる。


     ◇


 昼すぎ、ノアはわざと訓練を止めた。


 動き続ければ、人は疲れる。

 疲れたところを狙われれば、決めた形ほど崩れやすい。


 だから休む時間まで決める。


 北の見張りは交代で半刻。

 井戸番は二刻で入れ替え。

 走り役は水を飲む場所まで固定。

 子どもたちは集会所から離さない。


 ディルが木箱へ腰を下ろしながら言った。


「村って、こんなに細かく決めるもんだったか?」

「違う」

 ノアは答える。

「でも今は、決めないと持たない」

「だよな」


 短く笑ったディルの横で、ロッタが自分の裂けた袖を指でなぞった。


「私、昨日は止まれたのに」

 小さな声だった。

「まだ足が勝手に動きそうになる」

「……うん」

「でも、決まってると戻れる」


 ノアは少しだけ息を呑んだ。


 怖くなくなるんじゃない。

 怖くても、戻る場所が先に決まっている。

 それが今の村の強さになり始めている。


     ◇


 夕方、北の森の縁に三本の赤線が見えた。


 昨日より一本多い。


 ノアは高台へ上がり、木々の影を睨んだ。


「増えた」

「見えてる」

 ハンスが答える。

「今夜だな」

「うん」


 父も後ろで頷く。


「どこを狙うと思う」

「止めやすい場所じゃない」

 ノアは即答した。

「止まった時に、みんなが崩れやすい場所だ」

「見せる役か」

「まずはそこを見るはず。でも本当に抜きたいのは、その次だ」

「助けに入ったやつか」

「そう。倒れた人より、手を伸ばした人の方が流れを壊せる」

 ハンスが目を細める。

「嫌な読みだ」

「向こうも嫌な方を選ぶ」


【北の森の縁】

状態:観察/待機

危険:高

可能性:負傷時の連鎖狙い


 夜までに、もうひとつだけ決める。


     ◇


 日が沈む前、ノアは役目を持つ者だけを井戸端へ集めた。


 ベルン。

 ディル。

 母。

 ロッタ。

 リサ婆。

 カイル。

 走り役の若者たち。


「今夜から、誰かが倒れても叫ばない」


 何人かの表情が固まる。


「叫ばない?」

 ロッタが聞き返す。


「うん。声は広がる」

 ノアは答えた。

「敵はそこを拾う。だから倒れた人が出ても、まず決めた合図を出す。引く役が動く。次手が入る。それ以外は持ち場を守る」

「……きついな」

 ベルンが言う。


「きつい」

 ノアは頷いた。

「でも、叫んだ瞬間に崩れるなら、向こうはそこを狙う」

 少しだけ間を置く。

「痛くても、怖くても、今夜はそこを越えたい」


 母が静かに青札を持ち上げた。


「やろう」

 短い言葉だった。

「今までだって、越えてきたんだから」


 ベルンが鼻で息を吐く。

「じゃあ北は、俺が転んでも騒ぐなってことだな」

「そういうこと」

「むかつくが、わかった」

 ディルも頷いた。

「東も同じでいく」

 ロッタは裂けた袖を握りしめ、それから顔を上げた。

「井戸も、やる」

 リサ婆が笑う。

「年寄りを舐めるんじゃないよ」


     ◇


 夜。


 風は弱い。

 空には雲が薄くかかっている。

 火の粉が飛ぶには、ちょうどいい夜だった。


 ノアは集会所の前で、村じゅうの音を聞いていた。


 井戸端の桶。

 北の靴音。

 東の板。

 南の息づかい。


 みんな持ち場にいる。


 そのとき、北で短い悲鳴が上がった。


 高くない。

 押し殺したみたいな声だった。


 次の瞬間、前列の男の肩へ矢が刺さった。

 身体が半歩ぶれる。


 ノアの心臓が跳ねる。


 だが、北は崩れなかった。


 ベルンは振り向かない。

 笛が二回、短く鳴る。


 半歩引く。


 前の列が引く。

 空いた場所へ、後ろの次手が入る。

 その動きへ重なるように、引く役が傷を負った男の脇へ滑り込んだ。


 その瞬間、二本目の矢が飛ぶ。


 低い。


 引く役を狙った矢だった。


 若い男の顔が強張る。けれど止まらない。とっさに短い板を立て、その陰へ傷を負った男の肩を引き込む。矢が板へ突き刺さり、乾いた音を立てた。


「……っ!」


 声は漏れた。

 けれど叫びにはならない。


 そのまま引く役は歯を食いしばり、男を後ろへ引いた。次手はすでに前へ入っている。


【北柵】

状態:負傷者発生

可能性:連鎖遮断成功


 通った。


 止まった手の次まで、通った。


 ノアの喉が熱くなる。


 だがそれを確かめる間もなく、東で板の割れる音がした。


 ディルの足元へ石が飛ぶ。

 補強板へ当たり、木片が跳ねた。


 ディルが一瞬だけよろめく。


 その脇へ控えが入る。

 引く役の少年はディルを見るより先に、割れた板を蹴りのけて通り道を空けた。もし誰かが倒れても絡まないようにだ。


 ディルは自分で踏み直し、そのまま次の板を差し込む。


「東、持つ!」


 声が飛ぶ。

 だが名前は呼ばれない。


 役目だけが、そこに残る。


     ◇


 そのあと、井戸端の空気が変わった。


 南から伸びてきた赤線が、井戸の手前で揺れる。


 来る。


 ノアは息を止めた。


 母が青札を上げる。

 ロッタが石槽へ寄る。

 リサ婆はその半歩後ろで、人だけを見ている。


 暗がりの向こうで、影がひとつ、狙いを定めきれないみたいに揺れた。


 誰を抜けば止まるのか。

 母か。

 ロッタか。

 札か。

 桶か。


 その迷いが一瞬、見えた。


 放たれた矢は、ロッタではなく、井戸端に掛けた空桶へ突き刺さった。


 乾いた音と一緒に桶が跳ね、水滴が石畳へ散る。


 ロッタの肩が強く揺れる。

 だが動かない。

 札を見る。

 青のまま。

 石槽側へ留まる。


 母も叫ばない。

 リサ婆も飛び出さない。


 井戸の流れは、止まらない。


 暗がりの赤線が、そこで初めて乱れた。


 絞れなかったのだ。

 誰を止めれば、この場が崩れるのかを。


 北と東が持ち、井戸も崩れないとわかったあと、森の縁の赤線はゆっくり細くなり、一本ずつ引いていった。


 退いた。


     ◇


 ノアは井戸のそばで、ようやく肩の力を抜いた。


 父が来る。


「見たか」

「うん」

「通ったな」

「通った」


 短いやり取りだった。

 でも、それで十分だった。


 北で傷を負った男は、もう集会所の中で手当てを受けている。浅い傷だ。板を立てた引く役の手はまだ震えていたが、それでも持ち場を外れる時まで黙っていた。

 東も持った。

 井戸も動いている。


 誰かが止まっても、崩れなかった。


【村の形】

状態:役目引き継ぎ成功

可能性:局所停止への耐性上昇


 ノアはその文字を見て、小さく息を吐いた。


 少しずつだ。

 でも確かに、村は変わっている。


 ひとりが頑張る村じゃない。

 ひとりが倒れても、次が埋める村へ。


 敵もまた、次を考える。

 ならこちらも、また次を作る。


 井戸の水面は静かに揺れていた。


 誰かが止まっても、もう流れだけは止まらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ