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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第7章 継ぎ目の村

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第46話 読まされた線


 大牙の魔狼の死体は、北の畑の端へ運ばれていた。


 夜のうちに埋める余裕はなかった。

 だから今朝は、まずそこからだった。


 踏み荒らされた麦のあいだを歩きながら、ノアは何度も息を整えた。


 勝てた。

 けれど、終わってはいない。


 倒れた大牙の魔狼の脇腹には、昨夜見つけた不自然な傷がまだ残っている。

 灰色の毛をかき分けると、やはり爪でも牙でもない、細く深い裂け目が見えた。


 その周囲へ、視線を走らせる。


 土の上に、淡い文字が浮かんだ。


【北の畑の外れ】

状態:人の足跡あり

特徴:二名分/新しい

可能性:夜間接近


【大牙の魔狼】

状態:死亡

特記事項:左脇腹に外傷あり

可能性:人為的損傷


 ノアは目を細めた。


 やっぱりだ。

 この群れは、ただ腹を空かせて村へ来たわけじゃない。


「どう見る」

 父が後ろから問う。


「誰かが追ってきてた」

 ノアは答えた。

「少なくとも二人。たぶん、この狼をここまで誘導した側です」

「誘導、か」

 父の声が低く沈む。


 ハンスがしゃがみ込み、土を指でなぞった。


「足跡は浅い。荷は軽い。戦う気のない動きだな」

「回収役かもしれない」

 ノアが呟く。


「何をだ」

 ベルンが眉をひそめる。


 ノアは大牙の魔狼の傷を見た。


「痕跡を」

「……嫌な言い方するな」

「向こうが嫌なんだよ」


 ノアは傷の周りへもう一度手を伸ばした。


 刃の幅も、角度も、血の残り方も、たぶんここに残っていた。

 誰が、どんな道具で、この魔狼を追っていたのか。

 それが見えれば、敵に少し近づけたはずだった。


「ここは、まだ答えを持ってる」

 ノアは低く言う。

「だから向こうも、消しに来るかもしれない」


     ◇


 本当は死体のそばにも張りを置きたかった。


 けれど昨夜の戦いで、人手はもうぎりぎりだった。

 北柵を空ければ村そのものが薄くなる。

 だから昼の見張りは、北柵の内側から遠目に見るしかなかった。


 そのうえで、昼までに北の森の縁からいくつも気配が見えた。


 東。

 南。

 そしてまた東。


 わざとらしいくらいに、散っている。


 ノアは高台へ上がり、村の外周を見渡した。


 森の影に、細い赤線が三本。

 東柵の外で一度止まり、それから消える。

 少し遅れて、今度は南裏道の先に二本。


 視界の奥に、淡い表示が浮かぶ。


【東柵外】

状態:潜伏

危険:中

可能性:夜間接近


【南裏道外れ】

状態:潜伏

危険:中

可能性:陽動


 東が本命。

 南が揺さぶり。


 少なくとも、そう見えた。


「どうする」

 村長が隣で問う。


 ノアは少しだけ迷って、それから言った。


「今夜は東を厚くする。北は見張りを残して、火と潜りは東から来る前提で組みます」

「読みはあるのか」

「あります」


 そう答えた瞬間、自分の胸の奥が少しだけ重くなった。


 ある。

 見えている。


 でも、昨日まで見えていたものと同じ確かさかと言われれば、そこは言い切れなかった。


 それでも、村はもう動かなければならない。


「東にディルさんと控えを厚く。北はベルンさんを残すけど、次手を一枚だけ東へ回して」

「わかった」

 ディルが短く答える。

「井戸は」

 母が問う。


「そのまま。こっちは今の形を崩さない」

 ノアは頷いた。

「向こうが欲しいのは、動いた後の空白だから」


 視界に浮かんだ線は、まだ東へ集まっている。


 読めている。

 そのはずだった。


     ◇


 夜は、東から始まった。


 柵の外で石が鳴る。

 木板へ何かが当たり、短い音が散る。

 低い足音も、確かにある。


「東、来るぞ!」

 ディルの声が飛ぶ。


 補強役が入る。

 控えも動く。

 東へ寄せた人の流れが、予定どおりに噛み合っていく。


 次の瞬間、東柵の板が一枚、実際に割れた。


 乾いた破裂音。

 控えの肩まで揺れる。


「押さえろ!」

 ディルが怒鳴る。

「割れたとこ埋める!」


 火種も一度、暗がりの奥で揺れた。

 投げ込まれはしない。

 けれど、見えたというだけで十分だった。


 いい。


 やっぱり東だった。


 ノアは集会所の前に立ち、東の気配へ意識を寄せた。


 東柵の外に二本。

 さらに少し奥に一本。

 南は静かだ。

 北も――


 そこで、違和感が走った。


 北の線が、ない。


 さっきまであった見張りの気配が、ふっと消えている。


「……え?」


 息が止まる。


 消えたんじゃない。

 違う。


 最初から、そこに残る気がなかったみたいに、すっと引いている。


 東の線も、よく見ると浅い。

 踏み込んでこない。

 当てて、鳴らして、こっちを見ているだけだ。


 視界の奥に、別の文字が浮かぶ。


【東柵外】

状態:接触継続

備考:侵入意図が薄い


 ノアの背中に冷たいものが落ちた。


 薄い?


 じゃあ、何を見てる。


 その瞬間、北の畑のほうから息を切らした声が飛んできた。


「ノア!」

 若い村人が駆け込んでくる。

「北の死体が――」


 その顔を見た瞬間、ノアはもうわかってしまった。


「なくなった、のか」

「半分、持っていかれてる!」


     ◇


 北の畑に着いたとき、土はまだ新しく荒れていた。


 大牙の魔狼の死体は、その場から完全には消えていなかった。

 だが左の脇腹――あの不自然な傷のあたりだけが、大きく抉られるように切り取られている。


 毛皮ごと。

 肉ごと。

 そして、傷の周辺だけが綺麗に持ち去られていた。


 ノアの視界に、冷たい文字が浮かぶ。


【大牙の魔狼の死体】

状態:一部欠損

可能性:外傷痕の回収


【北の畑の外れ】

状態:回収済み

備考:短時間接近/目的限定


 東の音が、遠くでようやく止んだ。


 ただの時間稼ぎだったのだ。

 こちらを東へ寄せるための。


 ノアはその場に立ち尽くした。


「……外した」

 喉の奥から、乾いた声が落ちる。


 ハンスが遅れて畑へ来る。

 死体を一目見て、顔をしかめた。


「見せられたな」

「うん」

 ノアは頷けなかった。

「東に線があった」

「だろうな」

「だから東を厚くした」

「だろうな」

「でも、本命はこっちだった」


 父が土に残った靴跡を睨む。


「死体全部じゃない。傷だけ持っていった」

「そこだけ必要だったんだ」

 ノアの声は低かった。

「追ってた証拠か、使った道具の痕か、何かを消したかった」


 ベルンが舌打ちする。


「じゃああいつら、最初から村を崩す気じゃなかったのか?」

「崩せるなら崩す」

 ノアはようやく顔を上げた。

「でも今夜の一番は、俺たちに東を見させることだった」


 読めたと思った線は、読まされた線だった。


 その事実が、胸の奥で重く沈む。


 傷の周辺だけを持ち去ったということは、あそこに向こうの手が残っていたということだ。

 刃の癖か、道具の違いか、血の混じり方か。

 今となっては確かめようがない。


 若い村人が、少し遅れてぽつりと漏らした。


「守れたと思ったのに……まだ、見られてたのか」


 その一言が、土より重く落ちた。


     ◇


 村へ戻る道すがら、ノアはひどく静かだった。


 誰も責めない。

 責めないことが、逆に苦しかった。


 村長が言う。


「見誤りはあった。だが、東を崩されたわけでもない」

「でも外しました」

 ノアは答えた。

「本命を」

「そうだな」

 村長は否定しない。

「それで?」

「……それで、じゃないです」


 ノアは拳を握る。


「俺は読めると思ってた。今まで見えてたから。けど違った。見えてたんじゃない。見せられてた」

「向こうも学んでる」

 ハンスが言う。

「お前の読み方ごとな」

「そうですね」

 ノアは苦く息を吐いた。


 導きは、可能性を見せる。

 でも敵が意図して残した可能性まで、真実だとは限らない。


 それを、今夜ようやく思い知った。


     ◇


 井戸のそばへ戻ったとき、水面は何事もなかったみたいに静かだった。


 ノアはその縁へ手を置き、しばらく目を閉じた。


 負けたわけじゃない。

 村は崩れていない。

 誰も死んでいない。


 それでも、これは明確な失敗だった。


 敵は、こちらの視線を誘導できる。

 見える線の先に、本命がないこともある。


 視界の奥に、淡い文字が浮かぶ。


【導き】

状態:有効

注意:誘導された可能性の混入


 ノアはその文字を見て、ゆっくり息を吐いた。


 有効。

 でも、絶対じゃない。


 それでいい。


 そうでなければ、いつか本当に読みを誤った瞬間、全部が終わる。


「父さん」

「なんだ」

「次からは、見えた線をそのまま信じません」

 ノアは井戸の水面を見たまま言う。

「見えた理由まで見る」


 父は少しだけ黙って、それから短く頷いた。


「それでいい」


 夜風が、井戸の水面をかすかに揺らした。


 ノアはその揺れを見た。


 静かだ。

 けれど、もうさっきまでと同じ意味では光っていない。


 見えるものがある。

 だが、見えるからこそ、疑わなければならない。


 ノアは冷たい石から手を離し、北の暗がりを見た。


 今夜、外されたのは守りじゃない。

 自分の見方そのものだった。

今回は「東が本命に見えたか」「途中で違和感があったか」、よければ感想で教えてもらえると嬉しいです。

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