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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第6章 人を守る形

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第44話 役目を呼び出す声


 朝の村は、昨日より静かだった。


 人の動きが減ったわけじゃない。むしろ逆だ。井戸のそばではリサ婆とミナ婆が桶を回し、集会所の裏では母とロッタが水樽を並べ替え、北ではベルンが見張りを入れ替えている。東にはディル、南には走り役の若い村人たち。誰も立ち止まっていない。


 それなのに、ざわつきだけがない。


 みんなが、自分の動く理由を知っているからだ。


 ノアは井戸端に立ったまま、石の縁に指を置いた。朝の冷たさが、皮膚の奥へまっすぐ沈んでいく。


【村の今】

状態:重ね役成立

弱点:判断の起点が固定


 重ね役はできた。見せる役と隠す役も分け始めた。流れも昨日より崩れにくい。けれど最後に人を動かすものは、まだ同じだった。


 ベルンが叫べば北が動く。

 母が呼べば水が回る。

 村長が集まれと言えば、村人は集まる。


 つまり、敵が狙う“声”は、まだ絞れる。


「……人を抜く、か」


 昨夜の男の言葉が、嫌に残っていた。


     ◇


 集会所に集まった村人たちは、眠れていない顔をしていた。二晩続けて浅い眠りだ。疲れは消えていない。それでもノアが前へ出ると、みんな顔を上げた。


「今日は、ひとつ変える」


 ノアは机の上に村の見取りを広げた。


「役目は、人の名前で動かさない」


 部屋の空気が止まる。


「名前で動かさない?」

 ロッタが眉を上げる。


「うん。ベルンさんがいるから北が動くんじゃない。母さんが言ったから水が動くんじゃない」

「じゃあ何で動く」

 ベルンが聞いた。


「合図で動く」


 ノアは用意していた木片を二枚、机の上に置いた。赤と青に塗っただけの簡単な札だ。


「北は笛。一つで維持、二つで引く、三つで火対応。井戸と水番は札。赤なら井戸優先、青なら石槽優先」

「そこまで決めるのかい」

 ミナ婆が言う。


「決める。呼ばれても動かない。合図がなければ動かない」


 父が壁際から低く言った。


「敵が人を狙うなら、次は声を使う。呼び出すか、真似るかだ」


 その一言で何人かの顔が固くなった。


 母が赤札を取り、指先で重さを確かめた。


「水を回す側だけじゃないね。受ける側も覚える必要がある」

「だから今から全員でやる」


 ノアは見取りを指でなぞった。


「名前じゃなく、形で動く村にする」


     ◇


 昼まで、村はその確認を繰り返した。


 北では笛が鳴る。短く一つ。男たちが前を維持する。二つ。半歩引く。三つ。火消しの役が前へ出る。最初は一拍遅れる者がいたが、三度目には足並みが揃った。


 東ではディルが木片を振り、補強役と控え役の入れ替えを試す。南では若い走り役が、呼ばれた名ではなく布の色で進路を変える。


 井戸のそばでは、母とロッタとリサ婆が札に合わせて動きを変えていた。


「青」


 母が青札を上げる。ロッタはすぐに石槽へ向かう。


「赤」


 今度は井戸の縁へ入る。だが桶は下ろさない。井戸番の位置に立つだけで、実際の水は裏から回る。


 ロッタは汗で額を濡らしながらも、札から目を離さなかった。何度か迷いかけたあと、四度目には迷わなくなった。


【ロッタ】

状態:集中

適性:水番

可能性:合図運用の習得が早い


 子どもたちまで、赤と青の意味を覚え始めていた。昨日まで“その場で誰かが何とかする村”だったものが、少しずつ“決めた形で耐える村”に変わっていく。


 ノアはその変化を見ていた。派手じゃない。けれど崩れにくい形だった。


     ◇


 夕方近く、北の高台からハンスが降りてきた。


「いる」


 短い声に、ノアは顔を上げる。


「どこ」

「北の森の縁。二人。昨日の観察役とは別だ」

「見てるだけか」

「今のところはな」


 ハンスは肩越しに北を振り返った。


「だが片方は、人の口元を見てる。動きじゃなくて、誰が何を言うかを拾ってる」


 ノアの背に冷たいものが落ちた。


【北の森の縁】

状態:観察

危険:高

可能性:合図と発声の選別


「……今日、来る」

「だろうな」

 父が答える。

「試しに来る。通るかどうかを」

「なら通らないところを見せりゃいい」

 ハンスが言った。


 ノアは北の森を見た。木々の影は濃い。その奥にある赤線は、じっとこちらを見ているようだった。


     ◇


 夜は静かに始まった。


 火は上がらない。灯りも動かない。北の森も、南の裏道も、どこか息を潜めているみたいだった。


 静かすぎる。


 子どもたちは今夜、集会所の内側にまとめてある。ミリアも戸口のすぐ向こうだ。リサ婆が見張り役を兼ねて出入りを見ていた。


 ノアは集会所の前で、村全体の音に耳を澄ませた。井戸端の低い話し声。高台の衣擦れ。北柵の向こうを撫でる風。南裏道を走る足音。みんな持ち場にいる。


 そのときだった。


「ロッタ! 南へ回して!」


 声が飛んだ。


 母の声に、そっくりだった。


 集会所の裏手から響いたように聞こえた。ロッタがびくりと肩を揺らし、反射で顔を向ける。足先が、半歩だけそちらへ出る。


 その瞬間、母が井戸端で息を呑んだ。


「ロッタ、違う!」


 ノアが叫ぶより早く、路地の暗がりから矢が走った。


 石畳に硬い音が弾ける。ロッタの袖が裂け、頬の横を風みたいに矢が抜けた。遅れて石壁に火花が散る。


「……っ!」


 ロッタの顔から血の気が引く。裂けた袖の先、白い腕に細い赤い線が浮いていた。かすっただけだ。それでも、あと指一本ずれていれば当たっていた。


 ノアの心臓が喉まで跳ね上がる。


「動くな! 札が先だ!」


 叫んだ声が、村の夜を裂いた。


 直後、今度は北からベルンそっくりの怒鳴り声が響く。


「前へ出ろ! 押し返せ!」


 北柵の男たちの肩が揺れた。ひとりが足を出しかける。


 だが、ベルン本人は柵の前で動いていない。笛も鳴っていない。


「出るな!」


 本物のベルンが腹の底から吠えた。


「笛が先だ!」


 その一喝で、男たちの足が止まる。次の瞬間、柵の前の土に矢が三本、一直線に突き立った。止まりきれなかった若い男の脛を一本が浅く裂き、男がうめき声を漏らして膝をつく。


「下がるな! 位置を崩すな!」

 ベルンが笛を一つ、短く鳴らす。


 維持。


 男たちはそこで持ち直した。脚を切られた若者も、歯を食いしばって座り込むだけで持ち場を崩さない。


【村の中の声】

状態:偽装

危険:高

可能性:役目持ちの呼び出し狙い


 来た。


 もし今日の確認がなければ、今ので北も井戸も崩れていた。


「札を上げて!」

 ノアが叫ぶ。


 母が即座に青札を高く上げた。ロッタは裂けた袖を押さえるより先に、石槽側へ走る。頬は青いままだ。それでも足は止まらない。リサ婆が井戸端に残り、ミナ婆が空いた動線をふさぐ。


 東ではディルが木片を掲げる。補強組はその場を守り、控えだけが横へ走る。


 完璧じゃない。傷は出た。それでも崩れてはいない。


     ◇


 だが、敵はまだ終わらせなかった。


 南の路地から、子どもの泣き声がした。


「助けて……!」


 ミリアの声に、ひどく似ていた。


 井戸端の空気が凍る。母の手が、青札を持ったまま震えた。ほんのわずか、体が南へ向く。


 その揺れを見た瞬間、ノアの背筋が冷えた。


 嫌なやり方だ。

 名前じゃない。役目でもない。

 情そのものを引きずり出しに来た。


 集会所の戸口が勢いよく開いた。


「兄ちゃん! あたしここ!」


 ミリア本人が顔を出す。


 その声で、母の迷いが切れた。札を握る手に力が戻る。


「……下手だね」

 ミナ婆が吐き捨てる。

「本物の泣き方は、あんなにきれいに途切れないよ」


 ノアは南の暗がりを睨んだ。そこに赤線が二本、低く走る。


「カイル!」

「見えてる!」


 返事はもう遠い。カイルは裏道を斜めに切って、泣き声のした角へ飛び込んでいた。頭上をハンスの矢が抜け、逃げる影の先へ一本、わざと落ちる。


「そっちじゃねえ!」


 カイルが怒鳴る。影が反射で向きを変える。その先には父がいた。槍の石突きがひとりの脇腹へ入る。鈍い音とともに男が折れた。


 もうひとりは塀を越えかけたが、次の瞬間、足首に縄が絡んだ。


「転べ!」


 ディルが引いた。影が石畳に叩きつけられる。カイルがその背へ飛び乗り、腕をねじ上げた。短いもみ合いのあと、二人とも顔を押しつけられたまま動かなくなる。


 ようやく、止まった。


     ◇


 連れてこられた二人は軽装だった。火をつける役でも、井戸へ潜る役でもない。


 ひとりの喉には細い筒。

 もうひとりの腰には笛が二本。


【捕縛者】

状態:軽装

適性:伝声/誘導

可能性:役目持ちの呼び出し役


 村長が低く息を吐いた。


「本当に、そこまで分けてきたか」

「流れを見る役、火をつける役、潜る役、声で呼び出す役」

 ハンスが乾いた声で言う。

「敵も、役目で動いてる」

「笑えねえな」

 ベルンが吐き捨てた。北で傷を負った若い男の脚に布を巻きながら、顔だけを上げる。

「一歩間違ってりゃ、もっと持ってかれてた」


 ノアは捕らえた二人を見下ろした。


 敵は変わってきている。こちらの形に合わせて、手を分け、狙いを変え、役目を増やしてくる。


 それでも今夜、防げた。


 名前で動かなかったからだ。

 待つことを、みんなが覚え始めていたからだ。


 胸の奥が、少しだけ熱くなる。だが同時に、冷たいものも残っていた。今日うまくいったのは、ぎりぎりだった。


     ◇


 夜の終わり、井戸端にはまた風が戻っていた。


 リサ婆は布を絞り、ミナ婆は桶を裏返す。母は空になった水樽の数を確かめていた。ロッタは井戸のそばに座って、裂けた袖を結び直している。腕のかすり傷は浅い。それでも、まだ少し顔色が悪かった。


「大丈夫か」

 ノアが訊く。


 ロッタは袖口を握ったまま頷いた。


「……ほんとに、母さんの声に聞こえた」

「うん」

「足、出ちゃった」

 小さな声だった。

「でも、止まれた。途中で」


 ノアは少し黙ってから言った。


「止まれたなら、それでいい」

「よくない」

 ロッタは首を振る。

「札を見る前に動いた。次は、もっとちゃんと止まる」


 その言葉に、ノアは返事ができなかった。悔しさで震えているのに、逃げたい顔をしていない。さっきまで青かった顔で、それでも次を言う。


 母がそばへ来て、ロッタの肩に手を置いた。


「怖かったね」

 ロッタは唇を結び、それから小さく頷いた。

「でも持ち場を離れなかった。あんたはちゃんと残ったよ」


 その一言で、ロッタの目の端がわずかに濡れた。泣きはしなかった。ただ、握っていた袖から力が抜けた。


 父が井戸の縁へ歩いてくる。


「どうする」


 いつもの問いだった。


 ノアは静かな水面を見た。火で寄せる手は防いだ。流れを読む手も、少しは鈍らせた。声で呼び出す手も止めた。


 でも、今日の敵は“声が届けば動くか”を試しに来ただけだ。

 試しでこれなら、次はもっと深く来る。


 井戸の石に手を置く。冷たさの奥で、淡い文字が浮かぶ。


【村の形】

状態:合図運用成功

危険:次手の変化確定


 勝った、とは思えなかった。

 ただ、崩れずに済んだだけだ。


 北の暗がりの向こうには、まだ見えない手が残っている。


 井戸の水面が、夜明け前の薄い色を揺らした。


 ノアはそこから手を離し、森の奥を見た。


 今夜、声だけでは村を動かせなかった。


 だから次は――声が届かなくても、動いてしまう何かを持ってくる。

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