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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第5章 村を組み直す夜

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第37話 村を組み直す夜


 返し盆の底の光が静まるのを待って、ノアたちはようやく前室を離れた。


 右隠し口の向こうから追ってくる気配はない。

 だが、安心できる静けさじゃなかった。


 敵は退いた。

 けれど諦めたわけじゃない。


 地下のことも。

 井戸のことも。

 村がただの辺境の小村じゃないことも。


 もう、向こうは知っている。


     ◇


 封蔵区前室から石室へ戻る道は、来たときよりずっと長く感じた。


 父も、ハンスも、カイルも無言だった。

 みんな疲れている。

 だが、それ以上に、それぞれ頭の中で整理しきれないものを抱えていた。


 返し盆。

 リネア。

 灰衣の男。

 外套の男。

 そして、村そのものに散っている水守の系譜。


 ノアは先頭を歩きながら、何度も息を整えた。


 井戸の下にあったのは秘密だけじゃない。

 村の土台そのものだった。


 石室へ戻ると、導水盤の青白い線はもう弱くなっていた。


 だが、完全には死んでいない。


【導水盤】

状態:静まり中

変化:地上との応答履歴あり


【次の急ぎ】

候補:村の守りを組み直す

危険:敵の再接近あり


「上だな」

 父が低く言う。


 ノアは頷いた。


「うん。もう地下だけ見てても足りない」


     ◇


 井戸口へ出たとき、夜気が肺に刺さった。


 冷たい。

 けれど、その冷たさが逆に生きて地上へ戻ったことをはっきり教えてくる。


 井戸端にはまだ灯りが残っていた。


 村長。

 ミナ婆。

 ベルン。

 ディル。

 そして、母。


 全員の視線が、石板の下から出てきたノアたちへ一斉に集まる。


「ノア!」

 母が一歩前へ出る。


「大丈夫」

 ノアは先に言った。

「みんな無事」


 それを聞いて、ようやく母の肩から少しだけ力が抜けた。


 だが、村長の表情はまだ硬い。


「下はどうなった」

「一度は押し返しました」

 ノアは答える。

「でも、終わってません。敵は井戸のことも、地下のことも、もう掴んでます」

「やはりか」

 村長が低く息を吐く。


 ミナ婆が井戸の縁へ目をやる。

 さっきまで光っていた円の刻みは、今はもうほとんど見えない。

 だが、消えたわけではなかった。


 ノアの視界には、まだ薄い線が残って見える。


【村の井戸】

状態:応答ずみ

危険:敵に見つかった可能性あり

役割:村と地下をつなぐ目


 目。


 その文字に、ノアの背中が冷えた。


 向こうにとっても、ここはもう“ただの井戸”じゃない。


「集会所で話そう」

 村長が言う。

「今は全員で聞くべきだ」


     ◇


 集会所に灯りが集められた。


 いつもの机。

 いつもの椅子。

 見慣れた場所のはずなのに、今夜は別の部屋みたいだった。


 ノアは立ったまま、地下で見たことを順に話した。


 返し盆。

 封印槽。

 リネア。

 次代の継承。

 リネアが“名”を沈めたこと。

 沈められた名が消えたのではなく、地上に返されて、この村の中へ薄く広がっていったこと。


 話し終わるころには、部屋の中はしんと静まっていた。


 最初に口を開いたのはベルンだった。


「……つまり何だ」

 腕を組み、眉をしかめる。

「俺たちの村には、昔地下にいた連中の血が混じってるってことか」

「たぶん、そうです」

 ノアは答えた。

「しかも少しじゃない。長い時間をかけて、村そのものに広がってます」


 ディルが思わず自分の手を見る。


「じゃあ、俺らもか?」

「全員同じじゃないと思う」

 ノアは首を振った。

「でも、村の中に地下へ応じるものが散ってるのは間違いない」


 ミナ婆が、ふっと苦く笑う。


「だからかい」

「何が」

 村長が問う。


「あたしらの村は、昔から妙に“噛み合う”時があるんだよ」

 ミナ婆は言った。

「水の足りない年に限って、水の当たりを見抜くのがうまいのが出る。石垣が崩れそうな時に限って、妙に手際のいいのが出る。戦えるほどじゃない。けど、ちょいと噛み合いすぎる時がある」

 ノアを見る。

「全部、地下から返ってきた名の名残なら、話は合う」


 父がゆっくり息を吐いた。


「村ごと適性を抱えてきたってことか」

「はい」

 ノアは答えた。

「この村は、ただ守るだけの村じゃなかった。地下から返された可能性を、ずっと受け止めてきた村なんだと思います」


 母は黙って聞いていた。

 だが、井戸で応じたときのことを思い出しているのか、その指先だけが静かに握られている。


「ひとつ聞くよ」

 村長が言った。

「敵は何をするつもりだ」

「二つあると思います」

 ノアは即答した。

「ひとつは、井戸と地下を押さえて継承を急がせること。もうひとつは、村の中に散ってる系譜を見つけて、利用することです」

「利用?」

「地下へ応じる人間を探すってことか」

 ハンスが低く言う。


「そうです」

 ノアは頷く。

「灰衣の男は、村にどれだけ残ってるかを読もうとしてた。あれが通ってたら、誰が地下に近いか、向こうに見られてたかもしれない」


 ベルンが吐き捨てる。


「気持ち悪い話だな」

「でも現実だ」

 父が言う。


 そこで、母が初めて口を開いた。


「だったら隠すだけじゃ足りない」

 全員の視線が母へ向く。

「見られたくないなら、見られた時に困らないようにしないと」

「どういう意味だい」

 ミナ婆が問う。


 母はまっすぐノアを見る。


「地下に近い人がいるなら、その人を守る手立てが要る。井戸も隠す。地下も隠す。でもそれだけじゃなくて、村の中の動き方ごと決めておかないと、次に来た時に探られる」

「……そうか」

 村長が低く頷いた。

「守りを組み直す、ということだな」


 その瞬間、ノアの視界に文字が走った。


【村の今】

状態:守り方の切り替え必要

候補:人の配置を変える

候補:井戸の扱いを変える

候補:村内役目の再編


 見えた。


 地下で見たことは、ここで終わりじゃない。

 地上で形にしないと意味がない。


「村長」

 ノアが言う。

「今夜のうちに決めたいことがあります」


     ◇


 机の上に、ノアは木炭で簡単な村の見取りを描いた。


 井戸。

 集会所。

 畑。

 柵。

 見張り台代わりの高台。

 家々の並び。


「まず、井戸に近づく人を絞ります」

「水はどうする」

 ディルが訊く。

「完全には止めない」

 ノアは答える。

「でも、誰でも自由に触れる状態はやめる。水汲みの順番も、見張りも固定します」

「見張りは俺とディルで回せる」

 ベルンがすぐ言う。

「朝まででも何でもやる」


「次に、夜の見張りを増やしたい」

 ノアは続ける。

「外から来る敵だけじゃなくて、村の中を見られるのも防ぎたい。だから高い場所を見る人、足音を聞く人、井戸を見る人を分けたい」

「村人を役目で割るのか」

 父が言う。


「うん」

 ノアは頷いた。

「今までは“手が空いてる人がやる”で回ってた。でも次からは違う。向いてる人に向いてることをやってもらう」


 その言葉に、自分でもはっとする。


 これだ。


 人の可能性を見て、役目を繋ぎ直す。

 それが今まで自分がずっとやってきたことだ。

 地下で見た“村の正体”は、それをもっと大きな形にするための土台だったのだ。


 ノアは村人たちを見る。


 ベルンは正面を張るのに向いている。

 ディルは手先が利く。

 母は村の生活の流れを知っている。

 ミナ婆は古い言葉を拾える。

 村長は全体を見て決められる。


 そして、まだここにいない村人たちにも、それぞれ噛み合う場所がある。


【村人たち】

状態:分かれて見える

可能性:役目の組み替えで強くなる


 ノアは息を吸った。


「この村は強くできる」

 静かな声だった。

 だが、部屋の全員に届いた。

「ただ戦える人を増やすんじゃない。役目を噛み合わせて、村そのものを強くする」

 机の上の見取り図を指す。

「井戸を守る人。村の外を見る人。中を回す人。いざという時に集まる人。全部を最初から決めておけば、敵が来ても“その場しのぎ”で動かなくて済む」

「……なるほどな」

 村長が言う。

「ようやく見えてきた」


 ハンスが壁にもたれたまま、口元だけで笑う。


「最初からそれができるなら、“導き”は外れじゃないな」

 カイルがすぐ言った。

「最初から俺はそう言ってるだろ」


 少しだけ、部屋の空気が緩む。


 だがその緩みを破ったのは、外の足音だった。


 集会所の扉が勢いよく開く。


 息を切らした若い村人が飛び込んできた。


「村長!」

 顔色が青い。

「北の外れに、灯りが見えます!」

 全員の空気が一瞬で張りつめる。


「数は」

 父が問う。

「まだはっきりしません! でも、一つ二つじゃない!」


 ノアの視界に赤い線が走った。


【村の外れ】

状態:接近中

危険:高

可能性:敵の先見隊ではない


 先見隊ではない。


 それを見た瞬間、ノアの背筋が冷えた。


 もう“様子見”の数じゃない。

 向こうは、見に来るんじゃない。


 試しに来る。


 村長が立ち上がる。


「全員、持ち場へ!」

 その声に、椅子が一斉に引かれた。


 ベルンとディルが飛び出す。

 父が槍を取る。

 ハンスは矢筒を背負い直した。

 母もまた、井戸へ向かおうとする。


 ノアはその場で、机の上の見取り図を見た。


 まだ完成していない。

 だが、待ってはくれない。


 敵は来る。

 なら、組みながら守るしかない。


 ノアは木炭を握りしめたまま、顔を上げた。


 ――村の守りは、もう始まっている。

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