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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第5章 村を組み直す夜

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第36話 井戸が応じる手


 返し盆の底を走る青白い線が、じわじわと前室の外へ伸びていく。


 井戸。

 地上。

 村そのものへ。


 ノアは返し盆へ手をついたまま、歯を食いしばった。


【村系譜走査】

状態:開始寸前

危険:極高


【遮断条件】

必要:返し盆側停止

必要:地上側応答一点


【地上応答点】

位置:リトの井戸縁

条件:村側意思固定


 井戸縁。


 そこだ。


 地下だけじゃ止められない。

 村の側から、ひとつ応じる必要がある。


「井戸だ……!」


 ノアが叫ぶ。


 父が槍を振るいながら振り向く。

「何だと!」

「地上側の一点が要る! 井戸が応じないと切れない!」


 灰衣の男の目が、わずかに細くなる。


「見えたか」

 低い声だった。

「それが、村を繋ぐということだ」


 銀の腕が鳴る。


 しゃあ、と細い水糸が返し盆の縁へ伸び、村へ向かう線をさらに押し出そうとする。


「させるか!」

 父の槍が唸る。

 カイルが横から回り込む。

 ハンスの矢が、今度は灰衣の男の銀の腕の継ぎ目だけを狙って飛んだ。


 だが、止まりきらない。


 返し盆の底で、青白い線はまだ村へ伸びている。


『ノア』


 リネアの声が落ちた。


『地上に、届く』

「どうやって!」

『水は繋がってる』


 その瞬間、ノアの視界に一本の細い線が走る。


 返し盆。

 封印槽。

 導水盤。

 石室。

 井戸。


 全部が、一本の青い脈みたいに繋がっていた。


【導水線】

状態:全系接続中

可能性:井戸経由で地上へ微弱伝達可


「……届け」


 ノアは返し盆へ意識を押し込んだ。


 返し盆の底の光が、ひときわ強く脈打つ。


     ◇


 夜の井戸端には、冷たい緊張が張りついていた。


 村長。

 ミナ婆。

 ベルン。

 ディル。

 そして、ノアの母。


 井戸の見張りを続けていた者たちは、皆もう声を潜めている。


 井戸の水面が、さっきから妙だった。


 風がないのに揺れている。

 桶を下ろしていないのに、底から低い鳴りが返ってくる。


 ご……ん。

 ご……ん。


「まただ」

 ベルンが顔をしかめる。

「下で何か起きてる」

「何か、じゃないよ」

 ミナ婆が低く言った。

「呼んでるんだ」


 その言葉に、母が井戸を見た。


「誰を」

「村を」

 ミナ婆は答えた。

「もっと言えば、この井戸に繋がって生きてきた側をさ」


 次の瞬間、水面の中央に青白い線が浮かんだ。


 村長が息を呑む。

 ベルンが一歩下がる。

 ディルは咄嗟に縄へ手をかけた。


 だが、水は跳ねない。

 ただ、井戸の縁へ向かって、細く、まっすぐ伸びてくる。


【リトの井戸】

状態:地上応答要求

危険:高

可能性:地下機構との直結中


「来たね」

 ミナ婆が呟く。

「とうとう来た」


 母が眉を寄せる。


「応答要求……?」

「昔の帳面にあったよ」

 ミナ婆は井戸の縁へ灯りを近づけた。

「“地の目が揺れた時、村手をもって返せ”」

「意味わかるのか」

 村長が問う。


 ミナ婆は井戸の石組を指でなぞる。

 すると、ふだんはただの擦り傷にしか見えない縁の一部に、細い円の刻みが浮かび上がった。


 返し盆と似ている。

 だが、もっと粗く、もっと地上向きの形だ。


【井戸縁】

状態:地上応答点

可能性:村手接触で応答可


「これだよ」

 ミナ婆が低く言う。

「地下の盆に対して、こっちは井戸だ」

「誰が触る」

 村長の問いに、誰もすぐには答えなかった。


 ベルンでも、ディルでもない。

 村長でも、ミナ婆でもない。


 必要なのはたぶん、力でも知識でもない。


 “村側”の意思だ。


 その沈黙の中で、母が一歩前へ出た。


「私がやる」


 村長が振り向く。

「いいのか」

「良い悪いじゃないです」

 母は井戸を見つめたまま言った。

「ノアが下で繋いでるなら、こっちも返さないと」


 ミナ婆がじっと母を見る。


「たぶん、片手じゃ足りない」

「じゃあ?」

「井戸を使って暮らしてきた手だよ」

 ミナ婆は答えた。

「水を汲んで、飯を炊いて、傷を洗って、子どもを育ててきた手」

 少しだけ笑う。

「理屈なら、あんたの手がいちばん“村側”さ」


 母は何も言わない。


 ただ静かに井戸縁へ手を置いた。


 冷たい石。

 その表面に、青白い線が細く走る。


【地上応答点】

状態:接触成立

必要:意思固定


「どうすればいい」

 母が問う。


 ミナ婆は井戸の水を見つめた。


「決めるんだよ」

「何を」

「村を、どっちへ渡すかを」


 次の瞬間、井戸の底から声が返ってきた。


 言葉ではない。

 だが、確かに伝わる。


 地下が呼んでいる。

 村を読ませろ、と。


 母の指先に力がこもる。


「渡さない」


 低い声だった。


 ベルンとディルがはっと顔を上げる。

 村長も、ミナ婆も、黙ったまま聞いている。


 母は井戸縁から手を離さない。


「この村の水も、人も、勝手に読ませない」

 その声は静かだった。

 だが少しも揺れない。

「ノアが帰ってくる場所なんだから」


 井戸の底で、青白い線が大きく脈打った。


 次の瞬間、井戸縁の円の刻みが一気に光る。


【地上応答点】

状態:意思固定成功

効果:地下線への返し成立


「来るよ!」

 ミナ婆が叫んだ。


 井戸の水が、上へではなく、内側へ沈むように渦を巻く。

 石組みの間を走った青白い線が、村の地面の下へ広がり、そのまま一本だけ、逆向きに地下へ落ちていった。


 ベルンが息を呑む。

「返したのか……!?」

「返したんだよ」

 ミナ婆の声も震えていた。

「村の側から、“読ませない”ってね」


     ◇


 前室の返し盆が、ひときわ強く鳴った。


 かん、と。


 今までの水の音とは違う、硬い返音だった。


 灰衣の男の銀の腕から伸びていた水糸が、突然逆向きに震える。


「……!」


 男の顔が初めて変わった。


 返し盆の底を村へ向かって伸びていた青白い線が、そこでぴたりと止まる。

 そして次の瞬間、逆流するように男の側へ押し返された。


【村系譜走査】

状態:遮断

要因:地上側応答成立


【返し盆】

状態:村側優先

効果:外部走査拒絶


「通った!」

 ノアが叫ぶ。


 灰衣の男の銀の腕が低く唸る。

 水糸の何本かが切れ、白い床へ落ちた。


 外套の男が一歩下がる。

「地上が応じたのか」

「そうだ」

 ノアは返し盆へ手をついたまま言った。

「村は、お前らに読ませない」


 父が吠えた。


「今だ!」


 槍がまっすぐ伸びる。

 返し水が敵側へ深く沈み、足場を奪う。

 カイルが横から滑り込み、押し込もうとしていた敵兵の脛を払う。

 ハンスの矢が、灰衣の男の銀の腕の付け根へ突き刺さった。


「っ……」


 初めて、灰衣の男が明確に顔をしかめた。


 だが倒れない。

 退かない。


 むしろその目は、返し盆ではなくノアへ向いていた。


「地上が応じるなら」

 低い声だった。

「やはり、お前はそこまで繋げるか」


 その言葉の意味を、ノアはすぐに理解できなかった。


 だが次の瞬間、返し盆の底に新しい文字が浮かんだ。


【地上応答】

成立者:村側一点

備考:母系接続反応あり


 ノアの呼吸が止まる。


 母系。


 井戸に触れたのは――


「母さん……」


 思わず漏れた声に、灰衣の男の目が細くなる。


 外套の男もまた、そこで初めて明確な興味を見せた。


「そうか」

 静かな声だった。

「井戸に立ったのは、あの女か」


 ノアの背中に冷たいものが走る。


 読まれた。

 全部ではないにせよ、ひとつは掴まれた。


 灰衣の男が銀の腕を下ろす。


「今日はここまでだ」

 外套の男が眉を寄せる。

「退くのか」

「走査は切られた」

 灰衣の男は返す。

「返し盆も、今は村側へ傾いた。ここで押し切れば壊れるだけだ」

「壊して進む道もある」

「お前はそう考える」

 灰衣の男の声は冷たかった。

「私は違う」


 その一言で、前室の空気がまた変わる。


 外套の男はしばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくりと返し盆から距離を取る。


「……いい」

 低い声だった。

「だが次は、村ごと隠れきれると思うな」


 右隠し口の奥で、残っていた敵兵たちが退き始める。

 板を引く音。

 足音。

 湿った呼吸。


 灰衣の男だけが最後までノアを見ていた。


「村を繋ぐなら」

 静かな声だった。

「次は、お前が地下と地上の両方へ答えを出す番だ」


 その言葉を残し、男は崩れた隠し口の向こうへ消える。


 外套の男もまた、最後に一度だけ返し盆を見てから暗がりへ退いた。


 やがて前室には、荒い息と、返し水の静かな流れだけが残った。


     ◇


 しばらく、誰も動かなかった。


 最初に膝をついたのはカイルだった。


「……しんど」

「生きてるなら立て」

 父が言う。

 だが自分も肩で息をしている。


 ハンスは矢筒を見て、小さく舌打ちした。

「残りが少ない」


 ノアは返し盆の縁に手をついたまま、まだそこから離れられなかった。


 母系接続反応あり。


 その文字が頭から離れない。


 リネアの声が、今度は静かに落ちてきた。


『切れた』

 短い声だった。

『でも、見られた』


 ノアは目を閉じた。


 防げた。

 だが隠しきれたわけじゃない。


 地下と地上は繋がった。

 その事実も、母が応じたことも、敵はもう知っている。


『急いで』

 リネアが言う。

『次は、向こうが村を見に来る』


 ノアはゆっくり目を開いた。


 返し盆の底の青白い光は、今は落ち着いている。

 だが、その静けさが逆に、次の危機の近さを告げていた。


 父が問う。


「どうする」

 ノアは返し盆を見たあと、はっきり答えた。


「上に戻る」

 カイルが顔を上げる。

「村に?」

「そうだ」

 ノアは頷く。

「もう地下だけ守ってても足りない。次は村ごと守る準備が要る」


 その言葉に、父もハンスも何も言わなかった。

 もう、それが正しいとわかっていたからだ。


 返し盆の底に、最後の文字が浮かぶ。


【次段階】

候補:地上防備再編

候補:分散系譜保護

候補:地下接続秘匿


 ノアはその文字を見据えた。


 村を最強にする。

 その道が、いまようやくひとつの形を取り始めている。


 ただ戦える者を増やすんじゃない。

 地下に眠るものと、地上に広がったものを守りながら、村そのものを組み直す。


 そこまでやって、ようやく届く強さだ。


 ノアは返し盆から手を離した。


 ――次は、村そのものを守る番だ。

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