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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第4章 地下に眠る継承

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第30話 返し盆の問い


 白い通路を駆け抜け、ノアは前室へ飛び込んだ。


 青白い返し水が、まだ床を巡っている。

 だが、流れはさっきまでと違っていた。


 外へ押し返すでもない。

 奥へ通すでもない。


 中央窪地を中心に、ためらうみたいに揺れている。


 その揺れの真ん中で、外套の男が静かに立っていた。


 父の槍が間合いを作る。

 ハンスの矢が床を削る。

 カイルは盆の南側を守るように低く構えている。


 それでも、押されていた。


 敵兵たちは返し水の外を踏み、じりじりと前へ出てきている。

 外套の男だけは手を出さない。

 ただ、中央窪地の底を見下ろしていた。


「ノア!」

 父が怒鳴る。

「何を見た!」


 その声に、前室の空気が一瞬だけ張りつめる。


 ノアは息を呑んだ。


 返録庫。

 継承。

 削耗。

 自分の名。


 まだ整理しきれていない。

 だが、ここで黙っていればもっとまずい。


「返し盆は……」

 喉が乾く。

 それでも言う。

「封印を守るための、次を選ぶ場所です」


 父の眉が寄る。

 カイルが振り向く。

 ハンスの目だけが、さらに細くなる。


 外套の男は、そこで初めてはっきりと笑った。


「そこまで見たか」

 静かな声だった。

「なら、もう隠す必要もないな」


 男はゆっくりノアを見た。


「お前は候補だ」


 その一言が、前室の全員を止めた。


 父の槍が、ほんのわずかに揺れる。

 カイルの目が見開かれる。

 敵兵たちでさえ、一瞬だけ動きを止めた。


「……何だと」

 父の声は低かった。

「返録庫に、俺の名前が出た」

 ノアは言う。

「均し手候補として」


 口にした瞬間、中央窪地の底で返し石が鳴った。


 かち、ではない。

 もっと薄く、もっと冷たい音。


 水を張った器の底を、爪でなぞるみたいな音だった。


 次の瞬間、盆の底に浮かんでいた水守紋が、一段強く光る。


【返し盆】

状態:継承問い発生

条件:候補接近/名の確認


【均し手候補】

反応:一致継続中


 まずい。


 ノアの背筋が冷えた。


 自分で言ったことで、盆の反応が進んだ。


 白い盆地の底に、青白い線が集まる。

 その中心で、水が文字のような形を取り始める。


 父が険しい顔でノアを見る。


「候補ってのは、どういう意味だ」

「まだ全部はわかってない」

 ノアは即座に答えた。

「でも、あの人をこのまま削らせ続けるわけにはいかない。返し盆は次代を選ぶためにも動いてる」


 外套の男が低く息を吐いた。


「その通りだ」

「黙れ」

 父が槍先を向ける。

 だが男は怯まない。


「黙る必要があるか?」

 静かな声だった。

「選ぶ時が来ただけだ。現核はもう限界に近い。返し盆もそれを知っている」

「現核……?」

 カイルが眉をひそめる。

「封印槽の中のあの人のことだ」

 ノアは言った。


 その瞬間、前室の空気がまた一段冷えた。


 ハンスが短く問う。


「お前、その先まで見たのか」

「見た」

 ノアは頷く。

「封印槽は、ただ閉じ込めてるだけじゃない。あの人が“核”として均衡を保ってる」

「だから削れてるってわけか」

 カイルが吐き捨てるように言う。

「そうだ」

 外套の男が代わりに答えた。

「そして、その削れ方はもう遅い。次を決めなければ、封印は別の形で壊れる」


 ノアは男を睨む。


「だから、無理やり進めようとしてるのか」

「無理やり?」

 外套の男はわずかに首をかしげた。

「違う。私は、止まりすぎた流れを動かしているだけだ」


 その言葉を聞いた瞬間、返し盆の底に浮かんでいた文字が、はっきりと形を取った。


【継承問い】

候補:ノア・フェルン

応答待機中


 父の顔色が変わる。


「応答待機……?」

「答えさせる気か」

 ハンスの声が低く沈む。


 外套の男は、盆から手を離さないまま言った。


「答えればいい」

「ふざけるな!」

 カイルが怒鳴る。

「ここでそんなもん決められるか!」


「決められないなら、現核が削れ切るだけだ」

 外套の男の声は静かだった。

「お前たちは守っているつもりで、ただ先延ばしにしてきただけだ」


 父が一歩踏み込む。

 槍の穂先が男の喉元を狙う。


 だが、その瞬間、返し盆の縁が強く光った。


 白い水が父の足元へ集まり、踏み込みを鈍らせる。

 穂先が、ほんのわずかに逸れる。


「っ……!」


 外套の男は、そのずれを見逃さなかった。

 半歩だけ下がる。

 それだけで、致命の間合いから外れる。


「盆はもう動き始めている」

 男が言う。

「候補が前にいて、核が限界に近い。なら問いは立つ」

「問い、だと」

 ノアが睨み返す。


 男はようやく、はっきりノアだけを見た。


「継ぐか、継がないかだ」


 その一言が、前室に重く落ちた。


 父の息が止まる。

 カイルの喉が鳴る。

 ハンスだけが、矢をつがえたまま微動だにしない。


 ノアの頭の中では、返録庫で読めなかった最後の一文が何度も引っかかっていた。


 現核の意思確認を欠く継承は――


 その先を、まだ知らない。


 知らないまま答えるのは、危険すぎる。


『答えないで』


 声が落ちた。


 水の中の彼女だった。


 今度は、はっきりと。

 前より近く。

 前室の水を伝って届くみたいに、まっすぐ。


『まだ、答えないで』


 ノアの指先が強張る。


 外套の男はその反応を見逃さなかった。


「聞こえるのか」

 低い声だった。

「なら、なおさらわかるだろう。時間がない」


「お前の言葉で決めるか」

 ノアは吐き出すように言った。

「お前は急がせたいだけだ」

「急がせる?」

 外套の男は静かに笑った。

「違う。遅れた代償を見せているだけだ」


 そのとき、返し盆の底の文字が一段深く光った。


 青白い水が、まるで心臓みたいに脈打つ。


【継承問い】

状態:進行中

危険:高

備考:未応答維持時間に限界あり


 限界。


 ノアの喉がひりつく。


 答えなくても、永遠には止めておけない。

 だが答えれば、何が起きるのかわからない。


 父が低く言った。


「ノア」

 短い呼び方だった。

「お前は、どうしたい」


 その問いに、ノアはすぐに答えられなかった。


 守りたい。

 でも継ぎたいわけじゃない。

 彼女を削り切らせたくない。

 でも、自分がその場所へ座る覚悟なんて、まだどこにもない。


 その迷いを断ち切るように、彼女の声がもう一度届く。


『問いに答えないで』

『先に、わたしを見るの』


 見る。


 ノアははっとして返し盆を見た。


 水守紋。

 継承問い。

 自分の名。


 だが、その下。

 底のもっと深いところで、まだ別の線が眠っている。


【返し盆】

状態:問い進行中

可能性:現核照会路あり


 照会。


 答えるんじゃない。

 先に、現核の意思を確かめる道がある。


「……父さん!」

 ノアが叫ぶ。

「もう一度だけ時間をください! 問いに答える前に、まだ見るべきものがある!」

「どこをだ」

「盆の底です!」


 外套の男の目が細くなる。


「やめておけ」

 静かな声だった。

「今そこへ潜れば、問いは止まらずに進む」

「だからお前は止めたいんだろ」

 ノアは返した。

「現核の意思確認をされたら、困るから」


 男の沈黙が、答えだった。


 その瞬間、ハンスの矢が飛んだ。


 一直線に外套の男の肩口を狙う。

 男は避けた。

 だが、その半歩のずれで、返し盆から指が離れる。


「今だ!」

 カイルが吠える。


 父の槍が滑り込む。

 敵兵が慌てて前へ出る。

 前室が一気に動いた。


 ノアは迷わず返し盆へ飛び込んだ。


 中央窪地の縁に手をつく。

 青白い水が指先を包む。

 冷たい。

 だが、ただ冷たいだけじゃない。


 その奥に、封印槽の水と同じ鼓動がある。


『そのまま』

 彼女の声が落ちる。

『深く、見て』


 ノアは息を止めた。


 返し盆の底。

 水守紋のさらに下。

 問いの文字の奥へ、意識を沈める。


 青白い流れが、ゆっくりと割れた。


 その向こうに見えたのは、言葉じゃなかった。


 水の景色だ。


 幼い手。

 白い前室。

 返し盆。

 そして、水の中に立つ、もっと若い彼女。


【返し盆照会路】

状態:開放

関連:現核記憶接続


 ノアの呼吸が止まる。


 見えてはいけないものに、触れた気がした。


 背後で、外套の男が初めて本気の声を上げる。


「ノア、見るな!」


 その叫びと同時に、返し盆の底の光が一気に深くなった。


 ――返し盆は、彼女の記憶へ繋がった。

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