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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第4章 地下に眠る継承

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第29話 返録庫が示すもの


 白い石壁の継ぎ目を抜けた瞬間、ノアは思わず足を止めた。


 空気が違う。


 冷たい。

 だが、封印槽の広間みたいな水の匂いがない。

 乾いている。

 長い年月、誰の息も届かなかった場所みたいに、静かで、薄く、重い。


 背後ではまだ戦いの音が続いている。


 父の怒声。

 槍が石を打つ音。

 ハンスの矢が風を裂く気配。

 カイルの短い叫び。


 それなのに、この部屋の中だけ、まるで別の地下みたいに静まっていた。


     ◇


 そこは、細長い部屋だった。


 貯水殿でもない。

 封印槽の広間でもない。


 左右の壁には、浅い棚のような窪みが何段も刻まれている。

 その一つひとつに、薄い石板が立てかけられていた。

 床には水がなく、白い粉みたいな埃がごく薄く積もっている。


 正面の奥には、腰の高さほどの石台。

 その上に、一枚だけ他より大きな板がはめ込まれていた。


【第二区画】

状態:開放

構造:返録庫の可能性


【壁面石板群】

状態:保存

可能性:通行/選定記録


【中央記録板】

状態:主記録

可能性:継承情報あり


「……返録庫」


 ノアは小さく呟いた。


 返し盆が示した先。

 封印槽のさらに奥。

 そこにあったのは、武器庫でも宝物庫でもなかった。


 記録の部屋だ。


 返されたもの。

 通されたもの。

 沈められたもの。


 その全部を、ここに残してきたのだろうか。


 ノアは中央の記録板へ近づいた。


 古い。

 だが死んでいない。


 導水盤や返し盆と同じ、水守紋が板の中央に刻まれている。

 その周囲には、細い線がいくつも巡っていた。


 そっと、手を置く。


 冷たい。


 次の瞬間、板の中を青白い光が静かに走った。


     ◇


【返録庫主記録】

状態:読解開始

関連:返し盆/封印槽/継承判定


 石板の表面に、文字が浮かぶ。


 今まで見てきた《導き》の表示とは少し違う。

 もっと古い。

 もっと人の意思が濃い文字だった。


 ノアは息を呑みながら、読み取っていく。


【返し盆】

役割:正規通行選別

役割:返し流路調停

役割:継承判定


【封印槽】

役割:封印核維持槽

備考:対象は災厄そのものにあらず


 その一文に、ノアの目が止まった。


「災厄そのものに、あらず……?」


 喉の奥がひりつく。


 やはりだ。


 水の中の彼女は、封じるべき怪物じゃない。

 少なくとも、“本来の災厄”そのものではない。


 なら、あの封印槽に沈められている意味は何だ。


 ノアはさらに先を読む。


【封印核】

必要:水守系譜

必要:均し手適性

備考:核なき封印は長く保たず


【継承】

条件:返し盆による選定

条件:正規路到達

条件:核との同調


 ノアの呼吸が止まった。


 継承。


 その文字が、他の何より重く見えた。


 返し盆は、侵入者を返すためだけの機構じゃなかった。

 封印を保つための“次”を選ぶ場所でもあったのだ。


「……そういうことか」


 水の中の彼女が言っていた。


 閉じるな。

 解くな。

 均して。


 あれは、封印を壊すか守るかの話だけじゃない。


 この地下全体が、ずっと“次の均し手”を待っていたのだ。


 ノアの視界に、さらに文字が浮かんだ。


【現封印核】

状態:削耗進行

備考:長期維持限界接近


【返し盆】

状態:再応答済

備考:次代選定進行の可能性


 削耗。


 限界接近。


 胸の奥が冷たくなる。


 あの彼女は、ただ閉じ込められていたんじゃない。

 封印を保つ核として、ずっと削られ続けていたのだ。


「そんな……」


 思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。


 水守は滅びたんじゃない。

 消費されてきたのかもしれない。


     ◇


 そのとき、背後で水鳴りがひとつ響いた。


 ご……ん。


 封印槽の方だ。


 ノアははっと振り向きかけたが、すぐに視線を戻した。


 まだ読むべきものがある。


 今ここで目を逸らしたら、また核心の手前で終わる。


 記録板の下部、今まで沈んでいた線が、もう一度光る。


【過去継承記録】

状態:閲覧可


 文字が切り替わる。


 名前。

 年月。

 短い記録。

 その並びを見た瞬間、ノアの背筋を冷たいものが走った。


 多すぎる。


 何代分もある。

 それも、ただ長く続いた家系の記録じゃない。


 途切れている。

 短い。

 数年で次へ移っているものが、いくつもある。


【継承記録】

第三代:維持十一年

第四代:維持七年

第五代:維持九年

第六代:維持三年

第七代:継承失敗

第八代:維持六年


 短い。


 あまりにも短い。


 ノアは唇を噛んだ。


 これが“削れる”ということだ。

 封印を保つたび、核は減る。

 眠っているだけじゃない。

 少しずつ失われていく。


 その下、もっと新しい記録が浮かぶ。


【第九代】

状態:未継承完了


【現封印核】

状態:維持継続中

備考:移行待機


 移行待機。


 ノアの心臓が強く打つ。


 今も待っている。

 封印を壊さず、彼女をただ削り切らせずに済ませる道が、まだ一つだけ残っている。


 それが継承だ。


 その瞬間だった。


 記録板の中央、水守紋のすぐ下に、今までなかった一行が浮かび上がった。


【返し盆選定反応】

状態:進行中


 青白い光が、板の中で細く脈打つ。


 ノアは息を呑む。


 やめろ、と言おうとしたのに、声が出ない。


 文字が続く。


【均し手候補】

反応:一致あり


 どくん、と胸が鳴った。


 まるで記録板そのものが、自分の奥を覗き込んできたみたいだった。


「……まさか」


 指先が震える。


 次の一行が、ゆっくりと浮かび上がる。


【均し手候補】

仮選定名:ノア・フェルン


 頭の中が、一瞬だけ真っ白になった。


 自分の名前だった。


 見間違いじゃない。

 ぼやけてもいない。

 はっきりと、石板の上に刻まれている。


「俺、が……?」


 喉の奥が乾く。


 均し手。


 次代。


 継承。


 封印槽の彼女を、ただ眠らせたままにも、無理に出すのでもなく、その“間”で保つための役。


 その候補に、自分の名が出ている。


 そのとき、水の中の彼女の声が、今まででいちばん静かに落ちてきた。


『見たのね』


 ノアは目を閉じた。


 否定したいのに、できない。

 返し盆に触れたときの感覚。

 正規路が開いたときの反応。

 封印槽の均衡を戻せたこと。


 全部が、この一行へ繋がってしまう。


「……最初から、そういうことだったのか」

 掠れた声で問う。


 彼女の返事は、すぐには来なかった。


 少しだけ間を置いて、ようやく届く。


『最初からじゃない』

『でも、ここまで来た時点で……もう、選ばれ始めてる』


 その言葉が、胸の奥へ重く沈む。


 選ばれた。

 ではなく、選ばれ始めている。


 まだ決まってはいない。

 けれど、もう無関係でもいられない。


     ◇


 そのとき、前室の方から鋭い怒声が響いた。


「ノア!」


 父だ。


 続けて、金属を叩く甲高い音。

 ハンスの矢が何かを逸らした音。

 そして、カイルの怒鳴り声。


「そいつ、盆から引きはがせ!」


 ノアははっと振り向いた。


【封蔵区前室】

状態:交戦継続中

危険:極高

備考:外套の男、返し盆干渉継続


 時間がない。


 名前を見て立ち止まっている場合じゃない。


 だが、目はまだ記録板から離れなかった。

 その下、最後の一文が浮かび上がろうとしていたからだ。


【継承注意】

備考:現核の意思確認を欠く継承は――


 そこで、文字が揺れた。


 最後まで読めない。


 前室からの衝撃で、この区画全体が微かに震えたのだ。


「くっ……!」


 ノアは歯を食いしばる。


 大事なところがまだ足りない。


 だが、今は戻るしかない。


 彼女の声が、今度ははっきりと届いた。


『行って』

『まだ、奪わせないで』


 ノアはようやく記録板から手を離した。


 自分の名が残る石板を、一度だけ見つめる。


【均し手候補】

仮選定名:ノア・フェルン


 逃げたい、と思った。


 正直に言えば、そうだった。


 こんなの重すぎる。

 村を守るだけでも手一杯なのに、その先に“継承”まであるなんて聞いていない。


 でも。


 聞いていないことばかりの地下で、ここまで来た。


 今さら、それだけを理由に目を逸らすわけにはいかない。


 ノアは踵を返し、第二区画を飛び出した。


 白い通路を駆ける。

 乾いた空気から、また冷たい水の匂いのする広間へ戻る。


 その先、前室の光が見えた。


 父が槍で外套の男を押し留めている。

 ハンスの矢が、敵兵の足場を削っている。

 カイルは返し盆の南側を死守するように立っていた。


 だが、押されている。


 外套の男は盆から手を離していない。

 その指先の周りだけ、青白い光が黒く濁り始めていた。


【返し盆】

状態:外部干渉継続

危険:上昇


 ノアは息を吸う。


 もう、ただ守るだけじゃ足りない。


 返し盆。

 封印槽。

 継承。

 そして、自分の名。


 全部が一つに繋がり始めている。


 ノアは前室へ踏み込み、叫んだ。


「そこから手を離せ!」


 外套の男が、ゆっくりとこちらを振り向く。


 その口元が、わずかに歪んだ。


「見たか」

 静かな声だった。

「自分が、何に触れたのかを」


 ノアは答えない。


 答えられなかった。


 その沈黙だけで、十分に伝わってしまったのかもしれない。


 外套の男の目が、はじめて明確な確信を帯びる。


「なら、次は決める番だ」


 次の瞬間、外套の男の指先が、返し盆の縁をさらに深くなぞった。


 青白い光が、黒を混ぜたまま大きく脈打つ。


 ――返し盆が、次の選定へ触れようとしていた。

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