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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第4章 地下に眠る継承

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第27話 最後の濁り


 封印槽の縁に沿って、ノアは左前支柱へ駆けた。


 濡れた白い石床が、足の裏で冷たく鳴る。


 背後では、まだ前室の戦いが続いている。

 父の怒声。

 槍が石を打つ重い音。

 ハンスの矢が風を裂く気配。

 そして、カイルの短く鋭い声。


 振り返らない。


 主干渉盤は止めた。

 後方支柱も戻し始めている。

 なら次は、最後の一本だ。


     ◇


 左前支柱の根元へ辿り着いた瞬間、ノアは息を呑んだ。


 黒い。


 ただ弱っているんじゃない。

 青白い線そのものに、墨を流し込んだみたいな濁りが絡みついている。


 支柱の根元から封印槽の縁へ伸びる導水線。

 その途中に、赤黒い石片が半ば溶けるように噛み込み、流れを腐らせていた。


【左前支柱】

状態:汚染継続

危険:高

可能性:濁り抜きで再接続可


【赤黒石片】

状態:導水線へ固着

危険:直接接触・高


 さっき敵工作員が投げ込んだやつだ。


 ノアは片膝をつき、濁った導水線を睨む。


 引き抜けばいいわけじゃない。

 そんな雑な相手じゃないのは、もうわかっている。


 そのとき、水の中の彼女の声が落ちてきた。


『触らないで』


 ノアの指が止まる。


『それ、抜いたら広がる』

『先に流して』


 流す。


 ノアは反射的に周囲を見た。


 左前支柱の足元。

 導水線のすぐ下、床にごく浅い三日月形の溝がある。

 普段ならただの継ぎ目にしか見えない。

 だが今は、そこだけ青い線が薄く明滅していた。


【左前支柱下溝】

状態:閉

可能性:逆洗路

効果:濁り押し戻し


 これか。


「……逆から洗う」


 ノアは指を差し込み、石の縁を押した。


 動かない。


 もう一度。

 今度は濁った流れじゃなく、その下にまだ残っている細い青い筋を意識する。


 押すんじゃない。

 開ける。


 ご、と小さな噛み音が返る。


 次の瞬間、三日月形の溝がわずかに開き、封印槽の縁から澄んだ水が細く走った。


 黒い濁りが、ほんの少しだけ揺れる。


「動いた……」


 だが、それだけだ。


 赤黒石片はまだ固着したまま、導水線に噛みついている。


 足りない。


『今じゃない』

『もう少し流して』


 ノアは歯を食いしばる。


 濁りは薄く削れている。

 けれど石片の根は深い。


 そのとき、前室の方から鈍い衝撃が響いた。


 どん!


 今までより、近い。


【封蔵区前室】

状態:交戦継続中

危険:高

可能性:押し込み進行


 父たちが押されている。


 胸の奥が冷える。

 だが、ここで止まれば全部が終わる。


 ノアは視線を落とした。


 導水線の脇。

 床に転がっている、細い銀色の欠片。

 さっき敵工作員が落とした金具の一部だ。


【銀片】

状態:使用可

可能性:固着点剥離補助


 あれを使う。


 ノアは銀片を拾い、濁りの縁へ差し込んだ。


 熱い。


 いや、違う。

 冷たいのに、神経だけが焼けるみたいに痛む。


「っ……!」


 それでも手は止めない。


 流れに逆らって差し込まない。

 逆洗路の水が押す側へ、銀片を沿わせる。


 濁りが一段薄くなる。

 赤黒石片の根元が、ほんのわずかに見えた。


【赤黒石片】

状態:固着緩み

可能性:今なら剥離可


『今』


 彼女の声が、今度ははっきり届いた。


 ノアは銀片をひねる。


 てこのように持ち上げるんじゃない。

 噛みついた向きを外す。


 かり、と嫌な感触。


 次の瞬間、赤黒石片が導水線から弾けた。


 同時に、逆洗路の水がそこへ一気に流れ込み、黒い濁りをまとめて押し流す。


「……!」


 青白い線が戻る。


 左前支柱の根元から、淡い光が柱の中へ駆け上がった。


【左前支柱】

状態:再接続成功

効果:四方支柱均圧回復


【四方支柱】

状態:四正常

可能性:均衡復帰


 封印槽の水が、大きく一度だけ揺れた。


 だが今度の揺れは、崩れる前触れじゃない。

 噛み直した歯車が、ようやく正しい位置へ戻るみたいな揺れだった。


 中央の水が、静かになる。


 青白い光が、四本の支柱から均等に封印槽へ流れ込んでいく。


 彼女の周囲で乱れていた白い光も、少しずつ落ち着きを取り戻した。


【封印槽】

状態:均衡回復

危険:高→中

可能性:安定化進行


 間に合った。


 ノアは荒い息を吐き、その場に手をついた。


 指先が震えている。

 腕も痛い。

 頬の傷から、まだ血が細く流れていた。


 だが、止めた。


 そう思った瞬間だった。


「……見事だ」


 声は、水の向こうからだった。


 ノアは顔を上げる。


 封印槽の中央。

 青白い水の中で、彼女がもう目を閉じてはいなかった。


 長い髪が水に揺れている。

 細い肩。

 胸元に刻まれた水守紋。

 手首を巡る銀の輪のひびは残っているが、さっきまでより明らかに光が穏やかだ。


「聞こえるか」

 ノアが問うと、彼女はわずかに頷いた。


「少しだけ」

 かすれた声だった。

「均してくれて、ありがとう」


 その言葉に、ノアの胸が強く鳴る。


「お前は……誰なんだ」

 思わず出た問いに、彼女はすぐには答えなかった。


 代わりに、まっすぐノアを見た。


「今はまだ、名前より先に守るものがある」

「何を」

「返し石じゃない」

 彼女の声が少しだけ強くなる。

「あの盆」


 盆。


 前室の中央窪地――返し石を納めた、あの浅い盆地のことだ。


 ノアの背筋が冷えた。


「返し石じゃないのか」

「返し石は鍵」

 彼女はゆっくり言う。

「でも、盆は……流れを返す場所そのもの」

「それを奪われたら?」

「封蔵区だけじゃ止まらない」


 その瞬間、前室の方から今までで一番重い音が響いた。


 どん、と壁ごと震えるような衝撃。


 続けて、石が大きくずれる音。


【封蔵区前室】

状態:突破寸前

危険:極高


 ノアの顔から血の気が引く。


 彼女も目を伏せた。


「来る」

 短い一言だった。

「あの人は、もう盆を見ている」


 あの人。


 灰衣の男じゃない。


 外套の男だ。


 ノアは立ち上がる。


 そのとき、封印槽の水面がわずかに揺れ、彼女の指先がほんの少しだけ持ち上がった。


「待って」

 彼女が言う。

「前室へ戻る前に、一つだけ」


 ノアは足を止めた。


「何だ」

「わたしを、まだ出さないで」

 彼女の青白い瞳が、まっすぐノアを射抜く。

「でも、眠らせたままにも、しないで」


 ノアの喉が鳴る。


 難しいなんてもんじゃない。


 封じるか、解くかじゃない。

 その間で保てと言っている。


 けれど、その言葉は不思議と怖いだけじゃなかった。


 やるべきことが、ようやく輪郭を持ち始めた気がした。


「……わかった」

 ノアは頷く。

「勝手には決めない」


 彼女はそこで、初めてほんの少しだけ表情を緩めた。


 その直後だった。


 前室の方で、誰かの怒声が響く。


 父だ。


 続けて、甲高い金属音。

 ハンスの矢が何か硬いものを打った音。

 そして、カイルの叫び。


「ノア! 戻れ!」


 もう限界だ。


 ノアは踵を返した。


 封印槽の広間を抜ける。

 左前支柱の脇を駆ける。

 前室へ続く白い通路へ飛び込む。


 その途中で、視界に赤い文字が弾けた。


【封蔵区前室】

状態:敵侵入成功

危険:極高

備考:外套の男、前室内到達


 ノアは息を呑む。


 遅れた。


 白い通路の先、前室の入口が見える。


 青白い返し水は、まだ床を巡っている。

 だがその中央、返し石の光のすぐ手前に、黒い外套の影が立っていた。


 父が槍で間合いを作る。

 カイルが横から詰める。

 ハンスの矢は、外套の男の手前で床へ突き立っていた。


 それでも、届いていない。


 外套の男は返し石ではなく、その奥――中央窪地そのものを見下ろしていた。


 ゆっくりと、片手を伸ばす。


「やめろ!」


 ノアが叫ぶ。


 男がこちらを振り向く。


 暗い奥で、その口元だけがわずかに笑った。


「遅い」


 次の瞬間、外套の男の指先が、中央窪地の縁へ触れた。


 ――ついに、盆へ手が届いた。

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