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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第4章 地下に眠る継承

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第26話 削れた水守


 濡れた床を蹴り、ノアは男の懐ではなく、石盤そのものへ角度を変えて踏み込んだ。


 灰衣の男の目が、わずかに細くなる。


 次の瞬間、銀の右腕から水糸が弾けた。


 鞭みたいにしなる。

 だが、さっき見た。


 速い。

 鋭い。

 けれど真っ直ぐだ。


 ノアは半歩だけ踏み込みをずらし、水糸の軌道を外した。

 水の刃が石盤の縁を掠め、細い火花みたいな水しぶきが散る。


「っ……!」


 頬の傷が熱い。

 だが止まらない。


 石盤の上では、残る四本の針がまだ封印槽の流れを吸い上げていた。


【主干渉盤】

状態:干渉継続

危険:高

可能性:あと二点で停止域


 あと二つ。


 だが、ただ盤へ飛びつけば間に合わない。

 灰衣の男の腕が邪魔をする。


 ノアは男の右腕を見た。


 銀の枠。

 肘から先を覆う、古びた導水機構。

 その手首の内側だけ、青白い筋が脈打っている。


【灰衣の男】

特徴:右腕導水機構

弱点:手首内側の継水環


 あそこだ。


 ノアが視線を落とした瞬間、男が口元を歪めた。


「見えたか」

 低い声だった。

「だが、届くか?」


 銀の腕がもう一度鳴る。


 今度は一本じゃない。

 二条。


 交差するように飛ぶ水糸が、狭い暗路を塞ぐ。


 避け場がない。


 ノアは咄嗟にしゃがみ込み、床すれすれへ身体を沈めた。

 水糸が頭上を裂く。

 背後の壁に二本の浅い傷が走る。


 そのまま前転するように転がり、床へ落ちていた抜けた黒杭を掴んだ。


 灰衣の男が眉をひそめる。


「そんなもので」


 言い切る前に、ノアは黒杭を投げた。


 狙いは顔じゃない。


 手首だ。


 男は反射的に銀の腕を払う。

 その一瞬、脈打つ継水環が外へ開く。


「今だ!」


 ノアは床を蹴った。


 狭い。

 濡れている。

 だが、この狭さなら大振りはできない。


 男の刃が動くより先に、ノアは肩からぶつかった。

 銀の腕の下へ潜り込み、その手首へ両手を叩きつける。


 ごつ、と鈍い感触。


 継水環がずれた。


「……!」


 灰衣の男の顔から、初めて余裕が消えた。


 同時に、石盤へ流れ込んでいた青い筋がひとつ途切れる。


【灰衣の男】

状態:導水連結ずれ

効果:主干渉盤出力低下


【主干渉盤】

状態:二点目崩れかけ

可能性:停止域接近


 届いた。


 だが、まだ足りない。


 男は無言のまま膝を入れてきた。

 腹にめり込む。

 息が潰れる。


「ぐっ……!」


 そのまま押し返され、ノアの背が石壁へ叩きつけられた。


 灰衣の男は距離を取らない。

 細い刃を逆手に持ち替え、そのまま喉元を狙ってくる。


 速い。


 ノアは腕で受けた。

 皮膚が裂ける。

 浅いが、鋭い痛み。


 だがその瞬間、灰衣の男の身体がほんのわずかに前へ流れた。


 濡れた床。


 滑った。


【灰衣の男】

状態:体勢前掛かり

弱点:盤側死角発生


 ノアはその隙へ踏み込んだ。


 刃の内側。

 腕の外。

 身体ひとつ分の狭い空間。


 石盤の縁へ手を伸ばす。


 残る針は四本。

 そのうち二本はまだ規則的に震えている。

 だが一本だけ、継水環のずれで揺れ方が乱れていた。


【主干渉盤】

弱点:左下主針の保持不全


 これだ。


 抜くな。

 返す。


 ノアは左下の針へ指をかけ、そのまま一気にひねった。


 かち。


 今度は前よりはっきりした音が鳴った。


 石盤の黒い線が、一段大きく乱れる。


「やめろ!」

 灰衣の男が初めて声を荒げた。

 刃が振り下ろされる。


 だが遅い。


 ノアはそのまま石盤を押し込み、最後の一息で左上の細針へ肘を叩きつけた。


 細針が傾く。

 黒い流れが噛み合いを失う。


 次の瞬間。


 ごん――ッ!


 石盤の奥で、何かが外れた。


 黒い線が一気にほどける。

 吸われていた流れが逆巻き、石盤全体を青白い光が走り抜けた。


【主干渉盤】

状態:停止域到達

効果:後方支柱吸引停止


【後方支柱】

状態:回復開始

可能性:均衡復帰圏内


 灰衣の男の銀の腕から、細い水が逆流するみたいに噴いた。


「っ……!」


 男が初めてよろめく。


 封印槽の方から、重い水鳴りが返ってくる。

 だが今度は違う。


 崩れる音じゃない。

 ほどけかけたものが、ぎりぎりで噛み直る音だった。


 ノアは荒い息のまま石盤へ手をつき、振り返る。


 背後の暗路の向こう。

 後方支柱の光が、明らかに持ち直していた。


【四方支柱】

状態:三正常/一汚染

可能性:均衡回復最終段階へ移行


 止めた。


 主干渉盤は止めた。


 灰衣の男もそれを理解したらしい。

 濡れた床へ片膝をつき、銀の腕を押さえたままノアを見上げる。


 その目に、今度ははっきりとした怒りがあった。


「……また、そうやって戻すのか」

「何」

「削れたものを見ないまま」

 男の声は低かった。

「壊れた均衡に蓋をして、“守った”つもりになる」


 ノアは息を整えながら睨み返す。


「お前のやり方で均す気はない」

「均す?」

 男が笑う。

 乾いた、薄い笑いだった。

「お前はまだ、“均す”の意味を知らない」


 そのとき、水の中の彼女の声が、前より近く落ちてきた。


『戻って』

『まだ終わってない』


 ノアははっとして顔を上げた。


 封印槽。


 まだ左前支柱の汚染が残っている。

 均衡は戻り切っていない。


【左前支柱接続線】

状態:汚染継続

危険:高

可能性:浄化未了


 灰衣の男が、それを見て口元を歪めた。


「そうだ」

「……何」

「止めたところで終わらない」

 男はゆっくり立ち上がる。

 銀の腕から垂れる水が、白い床へ細く落ちた。

「お前が戻したのは、まだ三本だ。一本でも濁れば、檻はまた傾く」


 ノアは身構えた。


 だが、男はもう踏み込んでこなかった。


 代わりに、暗路のさらに奥――自分の背後へ一度だけ視線を向けた。


 その瞬間、嫌なものが走る。


 まだ奥がある。


 この暗路は、主干渉盤で終わりじゃない。


【主干渉盤背後】

状態:未確認空間の可能性

危険:高


 ノアの背筋に冷たいものが這った。


「お前……まだ何か仕掛けてるのか」

「私じゃない」

 灰衣の男は答えた。

「もう、向こうが届く」


 向こう。


 その言葉の意味を考えるより先に、封印槽の方から空気が変わった。


 ご……ん。


 さっきまでの水鳴りより、ずっと近い。


 そして次の瞬間、彼女の声が今度は頭の中ではなく、はっきり音になって届いた。


「来る」


 ノアの喉が鳴る。


「何が」

「左前を、急いで」

 彼女の声はかすれていた。

「でないと、前室側から――」


 そこで言葉が途切れた。


 直後、前室の方から鈍い衝撃音が響いた。


 ひとつじゃない。

 二度、三度。


 父たちのいる方だ。


 ノアの顔から血の気が引く。


【封蔵区前室】

状態:交戦継続中

危険:急上昇

可能性:外套の男、進入成功の恐れ


 灰衣の男が、静かに目を伏せた。


「遅かったな」

 最初と同じ言葉だった。

 だが今度は、少しだけ別の響きがあった。


 ノアは歯を食いしばる。


 主干渉盤は止めた。

 後方支柱も戻した。


 だが、まだ終わっていない。


 左前支柱の汚染。

 前室の戦い。

 そして、外套の男。


 ここで灰衣の男に構っている時間はない。


 ノアは一歩下がり、暗路の出口へ身体を向けた。


「逃げるのか」

 灰衣の男が言う。

「違う」

 ノアは振り返らない。

「間に合う方を先に取る」


 その答えに、灰衣の男は何も返さなかった。


 ノアは濡れた石床を蹴る。


 暗路を抜ける。

 後方支柱の脇を掠める。

 封印槽の広間へ戻る。


 青白い水の中央で、彼女がわずかにこちらを見ていた。


「左前を」

 小さく、けれどはっきりとした声だった。

「あと一つ」


 ノアは頷く。


 主干渉盤を止めても、まだ均衡は完成していない。

 最後の一本を戻さなければ、本当の意味では守れない。


 そのうえで、前室も崩させない。


 もう迷っている暇はなかった。


 ノアは左前支柱へ向けて走り出す。


 ――次は、最後の濁りを抜く。

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