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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第4章 地下に眠る継承

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第25話 最後の支柱の影


 封印槽の背面へ回り込んだ瞬間、空気が変わった。


 冷たい、というだけじゃない。

 音が消える。


 前室から続いていた戦いの気配も、敵工作員の荒い呼吸も、ここまで来ると厚い壁の向こうへ押しやられたみたいに遠かった。


 白い石床は、背面に入った途端に細くなっている。

 壁際の水路も浅く、流れは糸みたいに細い。

 その全部が、ただ一か所へ吸い寄せられていた。


 最後の一本。


 後方支柱だ。


 ノアは足を止めた。


 そこだけ、明らかにおかしい。


 他の支柱は光が弱っても、まだ“柱の中”で揺れていた。

 だが後方支柱は違う。

 青白い線そのものが、柱の外へ引き抜かれている。


 支柱の根元へ、黒い輪が噛みついていた。

 その輪から伸びた細い溝が、背後の闇へ続いている。


【後方支柱】

状態:外部吸引中

危険:極高

可能性:主崩壊点


【黒輪】

状態:固定

役割:封印流路の強制吸出し


【背後暗路】

状態:干渉源あり

可能性:術者存在


 これだ。


 壊れているんじゃない。

 今も、どこかへ吸われている。


 ノアは歯を食いしばり、その黒輪へ手をかけた。


 冷たい。


 いや、違う。


 熱も冷たさもない。

 触れた場所の感覚だけが、すっと薄くなる。


「……っ」


 反射的に手を引く。


 まずい。

 力任せに剥がすものじゃない。


 そのとき、水の中の彼女の声がまた頭の奥へ落ちた。


『触らないで』

『先に、奥』


 ノアは顔を上げた。


 黒輪から伸びる溝は、背後の狭い暗路へ消えている。

 人がひとり、ようやく通れるくらいの細い隙間だ。


【背後暗路】

状態:通行可

危険:高

可能性:主干渉源接続


 行くしかない。


 ノアは身を滑り込ませるように、その狭い暗路へ入った。


     ◇


 暗路の中は、白くなかった。


 ここだけ石の色が違う。

 灰色だ。

 濡れているというより、長い時間を吸い込んだみたいに沈んでいる。


 天井は低く、壁は近い。

 肩が擦れる。

 足元には細い水が走っているのに、不思議と音はしない。


 その代わり、前から別の音が聞こえた。


 かり、かり、と。

 石を少しずつ削るみたいな、嫌な音。


 誰かがいる。


 ノアは息を殺し、暗路の先を覗いた。


 狭い行き止まりみたいな窪み。

 その中央に、小さな石盤が埋め込まれている。

 導水盤に似ているが、もっと古く、もっと剥き出しだ。


 その石盤の前に、ひとりの男がしゃがみ込んでいた。


 外套の男ではない。


 もっと細い。

 もっと古い。


 痩せた背中。

 灰色の衣。

 片側だけ長く垂れた白髪。

 そして右腕には、肘から先を覆うように古びた銀の枠が嵌っている。


 その指先で、男は石盤へ何本もの細い針を差し込んでいた。


【主干渉盤】

状態:作動中

役割:後方支柱吸引制御


【灰衣の男】

状態:干渉継続中

危険:極高

可能性:水守系譜知識保有


 ノアの喉が鳴る。


 こいつだ。


 敵工作員の言っていた、“あの人”。


 灰衣の男は、振り向かないまま口を開いた。


「遅かったな」


 低い声だった。

 年齢の割に、妙に澄んでいる。


「……誰だ」

 ノアが問うと、男は針を動かす手を止めなかった。


「返し石まで辿り着いた者が、それを聞くのか」

「答えろ」

「名を知れば、止められるのか?」


 次の瞬間、石盤の上で青い線がひとつ暗くなった。


 封印槽の方から、深い振動が返る。


 腹の底を擦るような響きだった。


【後方支柱】

状態:吸引継続

危険:上昇中


「やめろ!」

 ノアは一歩踏み出した。

「そこから手を離せ!」


 すると灰衣の男は、そこで初めてゆっくり振り向いた。


 顔は痩せている。

 だが老いているというより、削れているように見えた。


 右の頬には、水守紋に似た痕があった。

 焼けただれたみたいに、途中で潰れている。


 男はノアを見る。

 その目に驚きはない。


「返し石まで辿り着いたか」

「お前、何をしてる」

「戻している」

「嘘だ」

 ノアは吐き捨てた。

「お前は崩してる」


 男は、ほんのわずかに目を細めた。


「崩れて見えるなら、お前はまだ浅い」

「何?」

「沈めたままの水は腐る。閉じたままのものは、いずれ澱む」

 男の声は静かだった。

「ここは長く止めすぎた」


 意味はわからない。


 だが、わかることもある。


 こいつは止める気がない。

 そして、知らずに壊しているんじゃない。


 わかっていて触っている。


「封印を解く気か」

 ノアが言うと、灰衣の男は一拍だけ黙った。


 その沈黙のあと、男は静かに言った。


「解く?」

 その言い方には、ほんの少しだけ嘲りが混じっていた。

「まだそんな言葉で考えているのか」


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【灰衣の男】

発言傾向:封印解除目的とは限らない

危険:認識差大


 その瞬間、水の中の彼女の声が鋭く落ちてきた。


『言葉を追わないで』

『盤を止めて』


 ノアははっとして石盤を見る。


 灰衣の男の差し込んだ針。

 五本。

 そのうち一本だけ、他と逆向きに震えている。


【主干渉盤】

状態:五点干渉

弱点:逆刺し一点


 あれだ。


 だが踏み込めば、男も動く。


 灰衣の男は、ノアの視線の変化に気づいたらしい。

 わずかに口元を動かす。


「見えるのか」

 低い声だった。

「やはり、お前が鍵か」


 その一言と同時に、男の左手が懐へ入った。


 何かを取る。


 ノアは迷わず床を蹴った。


 真正面からじゃない。

 石盤の左を狙う。


 男は細い刃を抜いた。

 だが振るわない。

 斬るためではなく、針を抜くために動かしたのだ。


「させるか!」


 ノアは腕を伸ばし、逆刺しの一本へ指をかけた。


 灰衣の男の手が追いつく。

 刃先が頬を掠める。

 熱い痛み。


 それでも、指は届いた。


 抜くんじゃない。


 返す。


 ノアは指先の震えに合わせて、一本だけを逆向きへひねった。


 かち。


 小さい音だった。


 だが次の瞬間、石盤を走っていた黒い線が一気に崩れた。


「……!」


 灰衣の男の目が、初めて見開かれる。


 同時に、背後の後方支柱から青白い光が吹き返した。


 吸われていた流れが、逆に戻る。


【主干渉盤】

状態:一点崩壊

効果:後方支柱吸引低下


【後方支柱】

状態:回復開始の可能性


 ノアはそのまま体当たりした。


 灰衣の男の身体が石盤から離れる。

 二人とも狭い暗路の床へ転がった。


 水が跳ねる。

 刃が石を擦る。


 男は細いのに重かった。

 芯がまるでぶれない。


 ノアの肩へ肘が入る。

 息が詰まる。


「ぐっ……!」

「浅いな」

 灰衣の男は冷えた声で言った。

「見えるだけで、届いたつもりになるな」


 そのまま押し返される。


 だが、ノアは離れながらも石盤だけは見た。


 まだ止まっていない。

 逆刺しを一つ返しただけだ。

 残り四本が生きている。


【主干渉盤】

状態:干渉継続

危険:高

可能性:三点以上解除で停止域


 三点以上。


 あと二本か。


 そのとき、封印槽の方から音が来た。


 今までより近い。


 深い振動に混じって、何かが割れるような小さな音。


【後方支柱】

状態:回復途上

備考:単独では不十分


 足りない。


 ここで止め切らないと、戻らない。


 ノアは荒い息を吐き、もう一度構えた。


 灰衣の男も立ち上がる。

 細い刃を下げたまま、じっとノアを見る。


「……あれの声を聞いたな」

 男が言う。

「それでも、まだこちらに立つのか」

「何が言いたい」

「お前は、まだ選ばされていないだけだ」

 男の目が暗く沈む。

「均した先で、何を残し、何を沈めるか。その重さを知らない」


 ノアは答えない。


 答える暇はない。


 灰衣の男の右腕――銀の枠に覆われた腕が、微かに鳴った。

 中で水が流れるみたいな音がする。


【灰衣の男】

特徴:右腕に導水機構の可能性

危険:高


 次の瞬間、男の銀の腕から細い水糸が弾けた。


 鞭みたいにしなる。

 ノアは身を沈めて避ける。


 壁が裂ける。

 石に浅い線が走る。


 ただの人間じゃない。


 だが、それでも見える。


 銀の腕。

 石盤。

 残る針。

 この狭さ。


 勝ち筋は、まだ消えていない。


 水の中の彼女の声が、今度は静かに落ちた。


『急いで』

『あと少しで、向こうも届く』


 ノアは歯を食いしばる。


 灰衣の男が一歩、踏み込む。


 石盤の上では、残る四本の針が、まだ封印槽の流れを吸い続けていた。


 止めるなら、今だ。


 ノアは濡れた床を蹴り、男の懐ではなく、石盤そのものへ角度を変えて踏み込んだ。


 ――次で、主干渉盤を止める。

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