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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第3章 村に勝ち筋を作ろう

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第19話 返し石が開く正規路


 夜の井戸端には、冷たい沈黙が落ちていた。


 昼間の喧騒はもうない。

 けれど静かだからこそ、村じゅうが息を潜めているのがわかる。


 井戸の石組。

 半ばずらされた石板。

 その下へ続く、冷たい闇。


 ノアは掌の中の返し石を見つめた。


 青灰色の小さな石。

 丸く削られた表面には、水の流れみたいな筋が走っている。

 触れているだけで、微かに冷たい。


 武器には見えない。

 けれど今の自分たちにとっては、剣より重いものだった。


「行くぞ」

 父が低く言う。


 ノアは頷いた。


 四人は順に石板の下へ降りていく。


 ノア。

 父。

 ハンス。

 カイル。


 何度も通ったはずの石段なのに、今夜は足音の一つひとつが違って聞こえた。


 もう戻るためじゃない。

 追いついて、追い越すために降りるのだ。


     ◇


 石室へ着くと、中央の導水盤はいつもより冷たく見えた。


 北側擬装壁の向こうからは、もう音がしない。

 敵は先へ進んだのだろう。


 だが、気配が完全に消えたわけではない。


【石室】

状態:安定

危険:低~中

可能性:正規経路開放可


【導水盤】

状態:待機

可能性:返し石同調可


【封蔵区直通路】

状態:非常用経路開放済

危険:敵先行/不安定


 ノアは導水盤の前へ立つ。


「返し石はどこへ使う」

 父が訊いた。

「たぶん、ここです」

 ノアは答える。

「石室を通さないと、封蔵区へは“正しく”入れない気がする」


 返し石を持ち上げる。


 導水盤の中心。

 円形の紋。

 その周囲を巡る細い溝。


 その中の一か所だけ、返し石の裏の紋とぴたり重なる場所があった。


【導水盤中央紋】

状態:受容部一致

可能性:返し石挿入可


「……ここだ」


 ノアは返し石をそっと当てた。


 次の瞬間。


 かちり、と小さな音が返る。


 返し石が吸い込まれるように盤面へはまり込み、青白い光が一気に導水盤全体へ走った。


「っ……!」

「来たか」

 父が息を呑む。


 床の溝。

 壁の刻み。

 石室の四隅。

 そのすべてを光が走り、最後に中央から下へ、まるで床の底を割るみたいに一本の線が伸びる。


 ご、ご、と重い音。


 石室の中央、導水盤の前の床がゆっくりと左右に割れ始めた。


「床が……!」

 カイルが思わず一歩下がる。


 開いた隙間の下には、石で作られた細い階段が続いていた。


 非常用経路みたいに露骨ではない。

 もっと狭く、もっと古く、そして静かだ。


 水の音も、風も、下では不思議なほど穏やかだった。


【正規通行路】

状態:開放

危険:中

可能性:封蔵区最短接続


「こっちが本当の道……」

 ノアが呟く。


 父が割れた床の縁を見下ろす。

「非常用経路より狭いな」

「非常用は“無理やり通る道”なんでしょう」

 ハンスが低く言う。

「こっちは“通ることを許された道”だ」


 その言葉に、ノアの胸が少しだけ強く鳴った。


 敵は先に行った。

 だが、正規の入口を知っているのはこっちだ。


「行きます」

 ノアは言った。

「たぶん、この道のほうが早い」


     ◇


 正規通行路は、これまでの地下道とはまるで違っていた。


 狭い。

 だが、整っている。


 壁も床も、無骨な石積みではない。

 古いのに、どこか均整が取れている。

 左右の壁には細い溝が走り、その中をわずかな水が静かに流れていた。


 油灯の火が揺れても、影が乱れすぎない。

 まるで、最初から人が通るためだけに作られた道みたいだった。


【正規通行路】

状態:通行中

構造:整備済古道

可能性:封蔵区正面接続


【壁面水路】

状態:微流

可能性:門認証連動の可能性


「非常用の道より、ずっとましだな」

 カイルが囁く。

「でも、そのぶん嫌な感じがする」

「わかる」

 父が低く返す。

「“通らせる前提”で作られてる道のほうが、かえって怖い」


 ノアも同じことを思っていた。


 この道は自然じゃない。

 人を拒むための地下ではなく、選ばれた者を奥へ通すための地下だ。


 だからこそ、その先にあるものの重みがわかる。


 少し進んだところで、ハンスが足を止めた。


「聞こえるか」


 全員が息を潜める。


 遠い。

 だが確かに、前方のどこかで石を叩くような音がする。


 ごん。

 ご、ん。


 一定ではない。

 苛立ったように、乱暴に打ちつけている音だ。


「敵だ」

 ノアが小さく言う。


 視界に文字が浮かんだ。


【前方】

状態:敵活動反応あり

人数:複数

可能性:誤経路で停滞中


「誤経路?」

 思わず呟くと、カイルが振り向いた。

「何かわかったのか」

「たぶん」

 ノアは頷く。

「向こうは非常用経路から入った。だから今、正規の道じゃない方へ流されてるのかもしれない」


 父の目が鋭くなる。

「先回りできるか」

「できるかもしれない」


 その言葉のあと、四人はさらに慎重に進んだ。


     ◇


 やがて通路は下りきり、正面に大きな石扉が現れた。


 だが貯水殿の門とは違う。

 もっと低い。

 もっと静かだ。


 扉の表面には、水の流れを図にしたような線と、その中央に、導水盤と同じ円形の紋が刻まれている。


【封蔵区正門】

状態:閉

可能性:返し石認証で開放可


「これが……」

 父が呟く。

「封蔵区の正面か」


 そのとき。


 扉の向こうではなく、もっと右の壁の奥から、怒鳴り声が聞こえた。


「開かねえ!」

「押せ! もう一度だ!」

「くそっ、非常鍵は使っただろうが!」


 敵だ。


 思った通り、向こうは別口から回り込み、正しい入口を開けられずにいる。


 ノアの胸の奥で、熱いものが弾けた。


 追いついた。


 いや、もう半歩、前に出ている。


【敵先行隊】

状態:右側副室で停滞中

可能性:正門未解放

危険:高


 ハンスが壁へ耳を当てたまま言う。

「五、六はいる」

「外套の男も?」

 父が問う。

「声まではまだわからん」


 ノアは返し石を握る。


 正門を開ければ、音で気づかれるかもしれない。

 だが、開けなければ敵に追いつけない。


 それなら答えは一つだった。


「開けます」

「いいのか」

 父が低く訊く。

「はい。向こうはまだ入れてない」

 ノアは扉の紋を見つめた。

「なら先に開けたほうが勝ちです」


 返し石を中央の紋へ押し当てる。


 冷たい。

 だが今度は、導水盤のときよりもっとはっきり反応が返った。


 石と石が合う感触。

 流れがぴたりと噛み合うような感覚。


 かち、と乾いた音。


 次の瞬間、扉の線が青白く光り、その中心から左右へ光が走った。


「来るぞ」

 父が槍を構える。

 カイルも短剣を握り直した。


 重い音を立てながら、封蔵区の正門がゆっくりと内側へ開いていく。


     ◇


 その先は、静かだった。


 思っていたよりもずっと静かで、広かった。


 円形の前室。

 天井は高く、壁際には細い水路が巡っている。

 床には白い石が敷かれ、その中央には浅い円形の盆地みたいな窪みがあった。


 だが水はない。

 今は乾いている。


 その向こうには、さらに奥へ続く通路。

 そして壁面には、いくつもの石板がはめ込まれていた。


 古い。

 けれど、ただの倉庫じゃない。


 ここは保存の場所だ。

 守るための場所だ。


【封蔵区前室】

状態:到達

構造:前室/記録壁あり

危険:中


【中央窪地】

状態:乾

可能性:封印盆の可能性


【壁面石板】

状態:記録媒体の可能性


「……入れた」

 カイルが息を呑む。

「本当に正面から来やがったな」

「まだだ」

 ハンスが奥を見たまま言う。

「敵は近い」


 確かに、右奥の壁の向こうからまだ物音がする。

 外套の男たちはすぐそこにいる。

 だが、こっちはもう封蔵区の中だ。


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【敵先行隊】

状態:未入室

位置:右側迂回路

可能性:侵入方法未解明


【現在状況】

状態:先着成功

可能性:記録先読みによる逆転可


 先に着いた。


 その事実だけで、胸が強く脈打つ。


 だが次の瞬間、奥からはっきりと外套の男の声が響いた。


「……開いたな」


 四人の背筋が一斉に強張る。


 見えてはいない。

 だが、気づかれた。


「やはり返し石が残っていたか」

 静かな声だった。

「水守が滅びても、蔵の手順までは消えなかったらしい」


 父が一歩前へ出る。

「出てこい」

「その必要はない」

 外套の男は答えた。

「お前たちは先に入った。だが、何を取るべきかを知らない」


 ノアは奥の通路を見つめる。


 その言葉は、半分本当だった。


 入れた。

 だが、ここで何を押さえれば敵を止められるのかは、まだわからない。


 そのとき、視界が中央窪地の向こう、壁面石板の一枚へ吸い寄せられた。


 他より少し大きい石板。

 そこだけ、かすかに青い筋が残っている。


【壁面石板】

状態:導き反応あり

可能性:封蔵区中枢記録


 ノアは息を呑んだ。


 あれだ。


 ここが何を守る場所なのか。

 敵が何を狙っているのか。

 その答えが、あそこにある。


「父さん、ハンスさん」

 ノアは低く言った。

「少しだけ時間をください」

「何をする」

「この部屋の意味を読む」

「今か?」

「今しかない」


 外套の男が近くにいる。

 敵はすぐそこだ。

 だが、ここで中枢を読めれば、戦い方そのものを変えられる。


 ハンスが短く頷いた。

「やれ。時間は稼ぐ」

「カイル」

 父が言う。

「右を見ろ。向こうが回り込んでくる」

「任せろ」


 ノアは壁面石板へ駆け寄る。


 触れた瞬間、冷たい石の奥で、何かが目を覚ました。


 青白い光が石板の筋を走る。

 次々に、見たことのない文字と線が浮かび上がっていく。


【封蔵区中枢記録】

状態:読解開始

関連:北方貯水殿/主水門/封印対象


 封印対象。


 その文字を見た瞬間、ノアの喉がひりついた。


 宝ではない。

 蔵でもない。


 ここは、“何かを閉じ込めるための区画”だ。


「……そういうことか」


 思わず漏れた声に、外套の男が初めてほんの少しだけ調子を変えた。


「読めるのか」

 その声は、今までより低かった。

「やはり、お前が鍵か」


 ノアは石板に触れたまま、目を見開く。


 光の線が次々と繋がっていく。


 水門。

 貯水殿。

 石室。

 副水門。

 井戸。


 全部、封蔵区のためにあったんじゃない。


 封蔵区の“奥”にあるものを、絶対に外へ出さないためにあったのだ。


【封蔵区】

本質:保管区画ではない

可能性:封印区画


【主水門】

役割:水位制御ではなく封印維持補助


【敵目的】

可能性:封印対象への到達


 ノアの背筋を、冷たいものが一気に走った。


 敵が欲しがっていたのは、財宝じゃない。


 この村の真下に、ずっと水で閉ざされていた“何か”そのものだ。


 その瞬間、右奥の壁の向こうで石が大きく鳴った。


 ごん、と重い音。


 カイルが振り向く。

「来るぞ!」


 外套の男の声が、今度はすぐ近くから聞こえた。


「なら、なおさら渡してもらおうか」


 右側の壁の継ぎ目に、ゆっくりと隙間が生まれる。


 敵も、別口からここへ辿り着いたのだ。


 ノアは石板から手を離し、父たちのほうへ振り返る。


 封蔵区の意味は見えた。

 だが、敵も来た。


 そしてこの部屋は、戦うための部屋じゃない。


 守るための部屋だ。


 青白い光が、封蔵区の床を静かに走る。

 その真ん中で、右側の隠し口がさらに開いた。


 ノアは拳を握る。


 ――ここから先は、もう一歩も通さない。

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