彼のためなら
ヴィク!
ヴィク!!
ヴィク!!!
ああああああああああ!!!
はぁ、はぁ……落ち着け、落ち着くんだ。
何を考えてるんだボクは。急に取り乱したりなんかして。バカみたいじゃん。
「許さない」
プレヴィ。とにかく──あの女だけは絶対に許さない。
カトリエで初めて会った時から嫌な予感はしてたんだ。
予言だなんだってもっともらしいことを並べて、ボクたちを振り回して──結局全部自分の計画のための駒だったって? やっぱりボクのヴィクに近づく女狐でしかなかったんだよ。
本当に許せない。あいつがこの世に存在していること自体が許せない。
つまり、あの時躍起になって問い詰めたボクの勘は結局正しかったってことでしょ?
もっと強く問い詰めていれば。あの時ボクが引かなければ。ヴィクはあんな目に遭わなかったってこと。
なんならあのときに切り殺しておけばよかった。
自分でも変なこと言ってる自覚はあるけれど、今回ばかりは正しいはずだよ。
だって、ヴィクに手を出した。あのヴィクに。
ボクの相棒に。ボクの──ボクの、大事な人に。
ヴィクだよ? あの、どんな敵にも立ち向かっていって、ボクの前を走ってくれて、どんな時でも折れなかったヴィクをお前が。お前なんかが。
同じ目に遭えばいい。いや、同じじゃ足りない。
もっとだ。もっと苦しめばいい。ヴィクが受けた分の──十倍。百倍。死んで済むと思わないでほしい。
「……はっ、はっ」
あの死体は確かにヴィクだった。
それは確かに見たよ。半分吹き飛んでて、ボロボロで、動かなくて。あれは間違いなくヴィクの体だったし、まだ微かに彼の匂いがした。
……でも、なんだろう。
なんか実感が湧かないっていうか。
だってさ。あのヴィクが死ぬ? あのヴィクが?
ボクの憧れを体現したような彼が──こんなあっさり? そんなのおかしいでしょ。
元々の作戦だって何かあったらボクたちを待つはずだったんだ。エペと二人でアザールに向かって、何か問題があれば合流するって。そういう段取りだったのに。
だから彼から戦闘を仕掛けることはあり得ないし、エペだってついていた。きっと問題はなかったはず。
だから、あのヴィクがそれもできないまま倒れるなんて何かの間違いでしかないんだよ。
きっとボクが何か見落としたままなんだ。
ていうか、そもそもルメドがいるじゃないか。
だって彼は前世のボク自身。回復の国の中でも最上位の回復魔法使い。
死者蘇生だってティル、オンド、ルアーに行った実績があるんだし、前世もボクは回復魔法使ってたんでしょ? 覚えてないけど。
そんなルメドがソワンに連れて帰って、術師たちと相談までして解決法を探るって言ってるんだよ? 方法なんていくらでも見つかるさ。
だから大丈夫。ヴィクは戻ってくる。あんなの一時的なものだ。ルメドに任せておけばいい。心配する意味がない。
──「ソワンの術師たちと相談すれば……方法が、見つかるかもしれないので」
……うん。
大丈夫。言ってた。方法が見つかるって。
変に不安そうっていうか、自信がなさそうな顔だったからこっちまで不安になっちゃったけど。ヴィクが生き返らないなんてある訳ないよね。
ルメドだって悪いよ。あんな顔色しちゃってさ。勘違いするじゃないか。
……いや。あんな状況だったんだから顔色が悪いのは当たり前か。ルメドだって動揺してたんだ。凄腕だって人間なんだから動揺ぐらいする。
でも冷静になれば……ソワンに戻って、設備が整って、仲間の術師と相談すれば、あんな顔する必要なんてなかったって分かるはず。
大丈夫。大丈夫だよ。彼も、それの源である前世のボクも──天才だったんだから。
「そうだよね、エペ……あっ」
そうだった。
今はエペじゃないんだ。予備の剣なんだった。
やっぱりエペと比べると違うよね。軽いし、握りが細いし。
バランスが微妙に前寄りで、振ったら手首に変な負荷がかかりそう。
慣れてない剣ってやっぱり気持ち悪い。
あの重さ、あの馴染み方。前世の名剣と同じ形にしてたから当然だけど……エペならもっとしっくり来るのに。
エペなら今のボクを見てなんて言うかな。
……『エスクリ、落ち着きなよ』とか? 『ちょっと冷静になったら?』? 『客観的に見てみるべきだ』? 『色ボケしてる場合じゃないよ』?
……今はいないんだし、考えても仕方ないか。
後で時間が取れたらもう一回探しに行こう。それより今はアザールだ。
あっちにはまだ魔物がうろついてるけど──プレヴィがいなくなった今はただの烏合の衆だろうし、統率もないでしょ。
ボクの速さなら問題ない。一対多だって廃墟の地形を使えばいくらでもやりようがある。前世の記憶もあるんだ。閉所での戦い方は身に染みてる。
元々アザールは魔王軍の施設が集中してる、中枢地点。いくらボロボロになったとはいえ、何か調べれば必ず情報が見つかるはず。
つまり、プレヴィに繋がる手がかりを掴めるってこと。
あいつがどこに向かったか。何をしようとしてるか。弱点があるなら何か。
そういったことが、もしかしたら分かるかもしれない。
何でもいい。一つでも見つければ──
ヴィクが戻ってきた時に、その情報を渡せる。
今やどんな情報でも役に立つはずさ。だから「ボクが調べておいたよ」「これがあの女の弱点だよ」って。
そうしたらヴィクはきっとボクの頭を──いや撫でないな、彼はそういうことしないし。
でも「助かる」って言ってくれるはず。「流石だなエスクリ」って、あの声で。
その時のために。今ボクができることをやるんだ。役に立つんだ。ヴィクのために。
「……ボク、ちょっと冷静じゃないのかな」
まるで恋する人を傷つけられて周りが見えなくなってる人みたい。
でもボクは男だし。ヴィクに恋してる訳でもないから、それは当てはまらない。
こんな気持ち、前世でも一度だってならなかったし、本当に不思議な感じ。
いや……そうか。今の状況が異常なんだ。
魔王が復活したかもしれなくて、ヴィクが傷ついて、世界が終わりかけてる。
こんな時に立ち止まって「落ち着こう」「すべてはヴィクの蘇生を待ってからだ」とか言ってる場合? 立ち止まる方がおかしいでしょ。
他の皆だって止めなかった。ボクがアザールに行くって言った時、誰も反対しなかった。
だからボクの判断は間違ってない。
異常な状況には異常な行動で応えるしかない。
普通のことをしてたら普通に負ける。今はそういう局面なんだ。
だから──変なことはしてない。ボクは正しい。
「……見えてきた」
アザールの廃墟が本格的に。
瓦礫の山。崩れた壁。まだ煙が上がってるところもある。魔物っぽい影も見える。
息が上がってるのは歩くのが速いから。
止まらないのは止まる理由がないから。
ヴィクは戻ってくる。
プレヴィは許さない。
アザールで手がかりを掴む。
大丈夫。ボクは大丈夫。
皆も止めなかった。
変なことはしてない。
大丈夫。
大丈夫だって。
*
「っ──! またか!」
今度は犬型か! しかも壁の陰からなんて、性格悪いよっ!
走りながら、首筋に剣を突き込んで──っと、倒れた。
さっきから手応えが鈍いのはこの剣のせいだよね。エペならもっとスッと入るのに。
でもいい、倒れたなら問題ない。こんなんじゃ止まる理由にはならない。
とりあえず今やるべきなのは──瓦礫だらけの通りを駆け抜けて、魔物が湧いて出てくる源流を見つけ出すこと!
ここも元は大通りだったのかもしれないけど、今は建物の残骸が道を塞いで迷路みたいになっちゃってて、まともに走れる場所を探す方が難しいぐらい。遠くの方にはずっと黒い靄みたいなものが漂ってるし……。
あれは何か魔力の残滓なのか、それともただの煙なのかな。どっちにしても視界は最悪。
でも逆に、身を隠しながら進むにはちょうどいいってことだよね。遮蔽物ならいくらでもあるし、ボクの速さなら先に気配を拾って先手を取れるから。
こういう閉所戦は前世の経験が活き──
「──左!」
柱の残骸の向こうから気配!
蹴って方向転換して──すれ違いざまに喉を突く!
……っ、蜥蜴型か。
さっきの犬型とは全然違う系統だけど、まぁここは魔王軍の中枢だったんだもんね。何がいたって不思議じゃないでしょ。
うん。
まだ全然いける!
「ハァッ!」
鳥型が翼を広げかけてるのが見えたけど……飛ばさせないよっ!
飛ばれたら面倒だし、一気に詰めて首の付け根を一突き……よし落ちた!
もう何体倒したっけ。数えるのも面倒になってきた。十一? 十二?
まぁいいや、数えてる暇があったら一歩でも先に進んだ方がいい。
急接近して、急所に飛び掛かって、一発で仕留める。
危険度も高いけど、殺傷力の鈍い剣を使ってる以上、それが一番確実で、一番体力を温存できて、一番速い。こうするのが一番合理的。
この剣、やっぱり振り抜くたびに手首が持っていかれそうになるんだよね。重心が前に寄りすぎてて、突きにはまだマシなんだけど、横に薙ぐと返しが一拍遅れる。文句は言ってられないけどさ。
ヴィクならどんな剣を渡されてもすぐ自分のものにしちゃうんだろうけど……いや、今そういうこと考えなくていい。ヴィクのことは後。今はアザールの調査が先。
「とおっ!」
瓦礫を飛び越え、半壊した建物の、床が抜けて斜めになった板の上を滑るように渡って。
下にもなんか魔物がいるのが見えたけど、こっちには気づいてないみたいだし。素通りできるなら素通りした方がいい。
目的は殲滅じゃなくて調査なんだから、無駄な戦闘は避けないと。
……それにしてはさっきから戦闘続きだな。ちょっと暴れすぎな気もする。
ヴィクならもっと上手くやるんだろうなぁ。
彼なら多分、この廃墟全体の構造を把握した上で最短ルートを割り出してるよね。
地図を広げて、ここが危険でここが安全で、って全部計算してさ。
あの丁寧で迷いのない指示の出し方で、ボクに「こっちだ」って言ってくれて。
「……だから、今はそういうこと考えなくていいってば」
……というか、奥に進むにつれて、なんか魔物にぶつかる頻度が上がってきてない?
さっきまではまばらだったのに、この辺りを過ぎた辺りから明らかに増えてるよね。
しかも向こう側から来る個体ばっかりで──逃げてきてるんじゃない、あっちから溢れ出してきてるみたいな感じ。
密集してるってことは、その方向に何かがあるってことだよね。
ってことは……そっちに湧き出す源か、巣か、あるいは魔王軍の施設か何かあるってこと。
よし、そっちへ行こう。
魔物が多い方へ進路を変え──
「っ……!」
──バキャアッ!
危ない……!
なんか急に突っ込んできた!
何あれ、イノシシ……の魔物?
通り過ぎてったけど……こっちには気づいてないか。
あーもう、ああやって考え無しに突っ込むだけのやつもいるから面倒なんだ。
今の衝撃で剣にもちょっとダメージがいっちゃったし……最悪。
……でも大丈夫。
もうちょっと。もうちょっとだけ。
ボクの読みが合ってるなら、この先に──あった。
瓦礫を乗り越えて、半壊した骨組みをくぐり抜けた先。
元は広場か何かだったのかな。石畳が割れて土がむき出しになってて、その真ん中あたりの崩れた建物の残骸が折り重なった場所に、暗い穴がぽっかり口を開けてる。地下に通じてるやつだ。
周りの廃墟と見た目は何も変わらないのに、そこからだけ、魔物が這い出してきてる。
ここだ。
ここから湧いてるんだ。
「……やっと見つけた」
じゃあ次はここの魔物の殲滅だ。
数は多くないし。全部殺しきって、中を見せてもらおうじゃん。
ヴィクへの手土産になるような──魔王軍の施設跡だと助かるんだけどな!
*
地下に潜ってからどれくらい経ったんだろう。
足元に転がってる魔物の死体を数えれば分かるのかもしれないけど……もういいでしょ。
とりあえず、ここにいるのは──全部、倒した。
ここから湧いて出てきてた魔物は、もう一体も動いてないし、新規の魔物も出てこない。
「……こっちも手痛い目を見ることになったけどね」
おかげで予備の剣が……折れちゃった。
まぁ頑張った方だと思うよ。この短時間で連戦に次ぐ連戦。かなり過酷な戦場だったし、むしろよく持った方なんじゃないかな。
ここまで来れば、今のボクは集団相手でも結構渡り合えそうなぐらい成長した気がするね。
これもヴィクに対するボクの熱い思いが力を貸してくれたからなのかな。
ただ……。
武器がないのは……ちょっとまずいかも。
なんとかして代わりの剣を探さないと。
剣がダメになってすぐ次を探しに行くなんて、剣士としてあるまじき行為だけど、ね。
改めて見渡すと……なんだろう、ここ。
保管庫? 倉庫? 祭壇みたいなものもあるし、壁際に何か並んでるようにも見えるけど……暗くてよく分からないな。
魔王軍の施設であることは間違いないよね。
こうやって地下に潜んでるだなんて。相変わらずやることが狡いというか……。
……ん?
あれ?
あれ……って。
「──えええエペ!?」
えっなんで!?
なんで魔王軍の施設の跡にエペがあるの!?
だって、あの形……ボクがずっと背負ってた、いつもの見慣れた形じゃん。
ここにいたんだ! やっぱりどこかにいるって思ってたんだよ!
よかった、見つか──
……いや待てよ?
え、おかしいな。
エペがここにいるなら、真っ先に持ち主のボクに話しかけてくるはずだよね?
前みたいに喋れなくなってたとしても、それなら力を抜いて「でろーん」とすればいいだけだし。なんなら今は自分で移動できるんだから、こうしてただ倉庫の一角で配置されてる美術品みたいな扱いを受け入れないはず。
でも、エペと見た目が全く同じ剣なんて他に……。
「──あ」
ちょっと待って。
エペと同じ形なんじゃなくて、エペがこの剣と同じ形にしてたんだ。
だって、この剣は。
「ボクの……剣だ」
……すごい。
本当に、すごい。こんなところで再会するなんて思ってもみなかった。
理解した瞬間、前世の記憶が一気に流れ込んでくるみたいに、全身が反応してる。
この剣は──前世のボクが使っていた剣そのものだ。
これはボクの剣だ。勇者シエルとしてボクが振るっていた──本物の、ボクの剣。
なんでここに?
前世でボクが死んだ後、魔王軍の残党が回収したってことなのかな。武器としても価値があるし、持ち手がいなくなった以上、奪い取るのも簡単なはず。
……それでそのままずっとここに保管されてたってことなのかな。ちょっとその扱いには不満があるんだけど。
いや、でも、そんなことより。
この剣があれば。
ボクはまだ戦える。
……「そんなこと」なはずないんだけど。
本来、前世で使ってた思い出深い武器なんて、見つかったらその一日はずっとその剣の手入れするのが剣士の普通なのに。
勿論、罠かもしれない。普通に考えたら。
いや、普通に考えるまでもなく怪しいよね。
ここは魔王軍の施設の地下深くで、ボクは満身創痍で、置いてある物は敵の保管品。
これで何かあっても自業自得。後から知りませんでしたなんて通用しない。
でも、今のボクは……罠でも構わないって、思ってるような。
罠だろうが何だろうが関係ない。この剣で次に進めるなら。
ヴィクのためなら……って。
「……はは」
ボク、変わったんだなぁ。
ヴィクに出会って、ヴィクを失って。こんな思考ができるようになっちゃったんだ。
剣士なのに。剣が云々よりも先に、ヴィクの名前が出てくるなんてさ。
いいさ、やってやる。
まだまだアザールには怪しいところがいっぱいあるんだ。ちょっと休憩したら次に行かないといけない。
例え罠だったとしても、結局もう武器がない訳だし。もしかしたら本当に貴重なものだからここに置いてるだけかもしれない。
流石にエペと違って、魔力さえあればいつまでも使い続けられるなんてことないだろうけどさ。
ヴィクに情報を持ち帰るため。
ヴィクの復讐を果たすため。
また、役に立ってもらうよ。
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