知られたい乙女
「それで、うちにいらしたんですの?」
「そうだ。都合がいいのは承知だが、力を貸してほしい--ディアマ」
……世界の危機に回りくどいことを言うつもりはない。
お互いこの状況をどう認識しているか、どこまで把握しているか……そんなものは今さら探り合うまでもないだろう。
彼女の情報力を疑う余地など最初からない。
だからこそ、私はディアマに助けを求めて、ここシズィに戻ってきたんだ。
……また仮面が変わっているな。
相変わらずで何よりというか。
「あら率直。相変わらず前置きの無いお方ですこと」
「そんなことをしているほど余裕が無いというだけだ」
文字通りそうだろう。
現在、巨大な謎の魔物が突如出現し、圧倒的な力で各地へ被害を広げているのだから。
……いや、広げているなんて生易しい表現じゃ足りないな。
大急ぎでこっちに来るまでの数週間のうちに、「あれ」の存在はもう公的なものになってしまった。
瓦礫すら残らない。人の営みが丸ごと踏み潰され、焼かれ、痕跡ごと消される。沿道の村がいくつ消えたかなんて……もう。
「ご事情は理解しましたわ。で、わたくしに何をしろと?」
「シズィを基盤とした──対魔王のための軍事組織の構築。その支援を頼みたい」
「軍ですか。またずいぶんと大きく出ましたわね」
大きく出ているつもりはない。これが最低限だ。個人が剣を振る段階はとうに過ぎた。大きな団体として抵抗しなければもう意味がない。
道中で拾った断片的な情報を繋ぎ合わせれば、既に国単位で対応が割れている。
完全に滅ぼされた地域もある。国境を閉鎖して引きこもった国もある。軍を編成して対抗を試みた国も──あったらしい。
らしいというのは……その国のその先の情報が出回っていないということ。
なんでも、攻撃が通らない謎の「障壁」のようなものに阻まれて、一切本体にダメージを与えることができなかったという。
つまり、兵を集めるだけでは足りないということ。
世界全体が再び一丸となって立ち向かうべき存在ができたということだ。
かといって一介の旅人が国の中枢に意見できるはずもない。
対して、ディアマは私と縁がある。それにこの話は──彼女にとっても無縁ではないはず。
「ま、こちらでも同様の情報は掴んでおりますわよ。商会のネットワーク万歳ですわ~」
「やはり、か」
「ええ、ええ。物流への影響は甚大。南のコントレ地方はもう完全に分断されてますし、北回りの代替路もいつまで保つか怪しいところ……」
完全に想像通りだ。
ここまでの大きな災厄が現れれば当然物流にも問題が生じているはず。
陸路が寸断されれば商いは回らない。ディアマがそれを把握していないはずがないし、影響を受けていないはずもない。
ここシズィは海路も開いている。
あの災厄が陸路で移動している以上、一度内陸へ引き返さなければ到達できない地理的優位があるこの場所にはまだ猶予がある……。
だが、それも時間の問題だ。いずれ来る。必ず来る。
だからこそ──今のうちに、対魔王のための軍を構築しなければならない。
「お父様も事態収拾のために大陸中を飛び回ってらして、もう何週間もお帰りになっておりませんの」
「……つまり、今シズィの実権は」
「ええ。事実上、わたくしが預かっているという形に」
なんて軽い言い方だ。どこまでも軽い。
父親が命懸けで世界を飛び回っている最中に、娘はこの椅子で足を組んでいる。
……いや。それはこの女の能力を過小評価しているか。
むしろ父親がいない間にこの都市が問題なく回っているのは、間違いなくこの女の手腕のおかげだろう。
「もしお父様に何かあれば、商会の主要な権利も全てわたくしの手に……あら、そんなに嫌そうなお顔しなくても」
「顔には出していないつもりだったが」
「鎧の隙間から見える首筋が強張ってますわよ? 分かりやすくドン引きでしたわ~」
……相変わらずだな。
この女の金への執着というか野心は一切衰えていないというか。
自分が完全な実権を握るとなれば父親の死に対してもそこまで固執していない。
いざ混乱が激しくなれば自分の持つ札束の価値でさえ怪しくなると言うのに。
その異常性が、今この場には必要ではあるのだが。
「もし協力してくれれば──シズィは対魔王戦争の旗頭になる。先頭に立った者が、戦後の世界で最も強い発言権を持つことになるのは、言うまでもないだろう」
「あら」
「商業的にも政治的にも。今ここで投資した者が、生き残った後に最大の利を得る」
「……くくっ。相変わらず、わたくしの扱い方がお上手ですこと」
扱っているつもりはない。事実を述べているだけだ。
ただ──この女にとって最も響く言語が「利益」であることを知っているだけで。
ヴィクトールがいない今。世界が大混乱に陥っている今。
変わらず正義を求め、人々を守るために命を懸けるべき人物が世界には必要なのだ。
元々は私とヴィクトールの二人でやっていたこと。一度は一人でやっていたこと。少し前までパーティーでやっていたこと。
ヴィクトールは私の正義を体現してくれていた。しかし今はいない。
だからといって、私は止まる訳にはいかない。勇者シエルの生まれ変わりとして、私は常に正解の道を模索し続けなければいけない。
そうでなければ、彼に示しが──
「それにしても……残念ですわ。あの殿方──お亡くなりになっただなんて」
「っ……!!」
「わたくしの仮面でビクビクしてらしたあの御方。パーティーのリーダーだったなんて」
「その、話は……」
「他のお仲間も見えないということは……皆様にとっても非常に重要な御方だったと」
「……っ」
「下手打ちましたわ。もっと早くに唾をつけておくべきでしたかしら」
「──ディアマ!!」
「あら。失敬」
……止めてくれ。
今、その話をするのは……。
確かに、君にとって彼は顧客以下の存在だったんだから、その程度が妥当だろうさ。
彼女だって悪気があって言ってるんじゃなくて、本当に自分の信念に一直線なだけだ。
ただ、それに対して、私は……何か、言い返すべきなんだろう。「彼をそんな風に値踏みしないでくれ」とか。「彼の何が分かる」とか。「私がどんな気持ちで」……とか。
それが喉元まで来ている。来ているのに。
でも、彼は。
そのことを……考えたくない。考えられないんだ。
「まぁ、シュヴァが戻ってくるだけでもどか儲けですし。よろしいですわ、乗りましょう」
「……感謝、する」
「声低すぎですわよー」
……そうか。
声が、少し固い自覚はある。
でも……止まる訳にはいかない。ここで詰まっている暇はない。
そうでなければ。
彼が。彼の、犠牲の意味が……。
「詳細は追って詰めましょう。まずこちら側で使える人材を洗い出し、その後情報共有を」
「ああ……」
「『障壁』というものがあるとも聞いていますわ。それを破る手段の調査も並行しましょう。このままでは軍が的の前に並ぶだけですし」
「……分かっている」
「ふふ。では、よろしくお願いいたしますわね、シュヴァ」
……とりあえず。
合意。形としてはこれで成立した。
ここから先は具体的な段取りに入るだけ。
私も道中で数々の村や人々を助け、共に立ち上がってくれる人々を集めてきた。
戦力の洗い出し。障壁の調査。編成や訓練。やることは山のようにある。
あの災厄を止めるために。もうこれ以上、誰かが踏み潰されないように。
ヴィクトールがいなくなっても。私は──私にできることを、やるしかないのだから。
*
「はぁ……」
……さっきから、頭の中がうるさい。
ディアマとの話は済んだ。
軍の計画。連れてきた有志達について。避難民の対応。魔王との戦闘。これからの準備。
やるべきことだって明確になった、それなのに。
歩いているだけなのに……思考が一つの場所に戻ろうとしているような。
──「私は、人々の避難に尽力する……」
あの日のこと。
皆がバラバラの方向を向いて、一人ずつ宣言して、それで終わった──あの会議。
なぜ私は、何も言えなかったんだ。
普段の私なら言えたはずだ。「勇者なら全員で立ち向かうべきだ」と。「散り散りになっている場合ではない」と。「今こそ結束すべき時だ」と。なのに……あの場で出てきたのは「人を助けるべきだ」という、考えなくても出てくる理想だけだった。
エスクリがアザールに行くと言った時にも。リュトが降りると言った時にも。ルメドがソワンに帰ると言った時にも。私は止めなかった。止められなかった。
止めるべきだという発想すら、あの瞬間には浮かんでいなかった。
なぜだ。
なぜ、あの時の私は──あんなにも、何もできなかったんだ。
勇者シエルの生まれ変わりとして。指揮を執るべき立場として。ヴィクトールがいなくなった以上、次にまとめ役を担うべきは私だったはず。
最初の仲間なんだから。一番長く彼と旅をしてきたのは私なんだから。
その私が、あの場を放棄した。
分かっている。
あれは「ヴィクトールの死」が──
「……いや、違う」
それでも私は、ただ正義に則って行動すればよかっただけじゃないか。
相棒の死は痛ましい出来事ではあるが、それを理由に正義を怠るだなんて。かつての勇者としてあってはならない出来事なのに……どうしてあの場で特に何も考えられずにいたのか。
リュトの「オレは降りる」だなんて間違いなく咎めるべきだったじゃないか。今それどころじゃないだろうって。どうして私は……。
ルメドについても、少し引っかかる。彼が死者蘇生を可能としていることはこれまでの旅路で聞いていたが、あの時の彼の言葉はとにかく歯切れが悪かった。
私も、それとサシナも、その様子に特に何も理解できなかったが。あの時、エスクリとマージュとリュトはそれぞれ一瞬何かを理解したような顔つきになって……その後、それぞれのリアクションを取っていた。
彼の蘇生について、何か知っていることが、何か思うことがあったのかもしれない。
……今はそんなことを考えている場合じゃないだろう。
目の前にはやるべきことが山のようにある。
対魔王軍を作る。勇気ある人々を率いる。か弱き人々を助ける。あの災厄を止める。
それが今の私の使命だ。
「……彼なら、ここでどうしていたんだろうな」
並んで歩いた道。共に夜空を見た二人の時間。あの声が「シュヴァ」と私を呼ぶ響き。
どんな敵の前でも折れなかった真っ直ぐさ。無茶ばかりするくせに、他人のためなら迷わず盾になる──あの、愚直なまでの正義感。私の理想と一切違わないその信念。
私を男だと思っていたくせに、方位磁針なんて粋な贈り物をして。今でも私は「まだよく分からない」体で彼に時折教えを請おうとしていたっけ。
得がたい相棒だった。仲間として。戦友として。勇者として。
そんな彼の、彼が……。
私は、私は……僕、は……。
「……落ち着け、シュヴァ。正義だ、正義を思い出せ」
……やるべきことをやるしかない。
正しい道を歩くしかない。勇者の使命を果たすしかない。
それが──ヴィクトールが信じてくれた私の在り方で。
これ以上、彼の犠牲を無駄にするわけにはいかないのだから。
……よし。
有志たちが宿で待機してくれている。
止まっている暇はないんだ。さっさと合流して、次の一手を打たないと。
あの魔王プレヴィが活動している今、数百年前と同様に世界全体が一丸となって、悪に立ち向かおうとする姿勢を見せなくてはいけない。
頭を切り替えろ。
背筋を伸ばせ。
私は──勇者だろう。
今はもう、これ以上彼のことを考えるな。
*
有志達との会議は滞りなく進んでいる。
集まってくれた彼ら──道中で私と共に立ち上がってくれた十数名が、ディアマの手配した集会所の長卓を囲んでいる。
壁際にはシズィの人々も何人か立ち寄っては様子を窺っている。公共の場だから当然だろう。
「──以上が当面の方針だ。質問があれば」
現状の確認。あの災厄の推定進路と被害範囲。各国の動向。
シズィの地理的優位と、それがいつまで保つかの見通し。
障壁の存在。それを破る手段がなければ軍を編成しても無意味であること。
ディアマの商会網と並行して調査を進める方針。
訓練の開始時期。役割の振り分け。連絡系統の確立。
そして、本格的な実際の行軍についても。
一つずつ、淡々と。
議題を潰していけば、形は見えてくる。形が見えれば、人は動ける。
「シュヴァ様」
む……。
彼は……元衛兵だったか。道中で合流した中では一番経験のある人物。
「障壁の件、我々も備えを進めるべきでは。もし突破手段が見つかった時、即座に動ける状態にしておかなければ」
「その通りだ。訓練はそのつもりで組む。突破手段が判明した瞬間に実行へ移せるよう、連携と即応力を最優先にする」
「了解しました。救世主様についていきます」
うっ……。
「……大仰な呼び方はよしてくれ」
「はっ、しかし我々の総意ですので」
……総意、か。
この人達は覚悟を持ってここにいる。
命懸けで戦うと決めた上で、私の指揮下に入ることを選んでくれている。
その重みは分かっている。分かっているからこそ、応えなければならない。
「では各自、明日の早朝から訓練を開始する。持ち場と班分けについては本日中に通達する。以上だ」
とりあえず一つ区切りがついた。
ここまでは──完璧に、機能できている。はずだ。
次は私の方で訓練の詳細を詰めて、それからディアマに障壁の調査状況を確認して。
やるべきことは山のようにあるが……一つずつ。一つずつ片付けていけばいい。
──「あ、あれ! シュヴァ様……!」
──「お戻りになられてたんだ! 『金髪の戦乙女』が……!」
──「私もいつか、シュヴァ様みたいになりたい……!」
……ん?
今のは……有志達ではない。
彼らからも似たような敬意と憧れの混ざった感情を向けられることが珍しくないが……それとは少し毛色が違う。
……あぁ、街の人々か。
それもそうか。ここは元々私の拠点だったからな。
私を覚えていてくれたのか。傭兵として活動していた頃の私を。
「シュヴァ様、既にこの場所で多くの支持を?」
「いや。私が過去にここにいたことを覚えていただけだろう。大したことはしていない」
「……流石です。滅びゆく我々を救ってくださった、まさしく救世主たるそのお姿……」
「やめ、やめてくれ。恥ずかしい」
彼女達の目に映る私は……強い戦士。凛々しい女性。頼れる守護者。
それが今の私の在り方なのだと──理解している。
ただ、その救世主というのは止めてほしい。
ヴィクトールという多大なる犠牲を払い、考えることを放棄して、ただ人助けしていてここまで来てしまっただけの……ただの哀れな私に、そこまでの呼び名を付けられる価値は無い。
それは世界を救って初めて手に入るべき称号だ。
ただ……なんだろうな。
強い女性として、見られている。
戦士として、憧れられている。
それは──嬉しいことのはずだ。光栄なことのはずだ。
……でも。
ヴィクトールは、私を──男だと思っていた。
何年も隣にいて。背中を預け合って。共に命を懸けて戦って。
それでも彼は、私が女だと気づかなかった。気づいてもらえなかった。
こうして街の人達は「戦乙女」と呼んでくれる。女性であることを前提に、憧れてくれる。
でも、一番近くにいた彼だけが。一番長く共にいた彼だけが。私を見ていなかった。
最初の相棒なのに。誰よりも長く隣にいたのに。
私がどんな人間で、何を考えて、何を感じて、どんな顔で彼の隣に立っていたのか。
……「女」として。ちゃんと、見てほしかった。
……ふふ。
未だに引きずって、もう気持ち悪いったらありはしないが。
救世主と呼ばれるのは恥ずかしい元勇者が、相棒には女性として見られたいだなんて。
そういう意味じゃないのに。まるで彼を意識しているみたいじゃないか。
私はただ、彼にもっと見てほしかっただけ。
もっと、知ってほしかった、だけ。
「……ヴィクトール」
君の想いは、私が繋いでいく。
世界を、再び、必ず平和にして見せる。
私は、君をよく知る。
一番初めの、相棒なのだから。
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