消えないもやもや
ヴィっくんがユイヌを出発してから今でニ十日。
アザールからの難民がユイヌを訪れてから今で十七日。
わたしたちがユイヌを出発してから今で十六日。
とてつもなく強大な魔物の噂が流れるようになって今で五日。
いくつもの村や街がそいつに滅ぼされ始めて今で三日。
アザール近郊のボロボロの跡地に辿り着いて今で一日。
適当な場所に一時的な拠点を作ったのが二十時間前。
噂の魔物はプレヴィそのものではないかという話が出たのが十八時間前。
潜伏を止めてここにいたはずのヴィっくんを探しに出たのが十四時間前。
体の半分が吹き飛んだヴィっくんの死体を見つけたのが、一時間前。
急いでヴィっくんを拠点に連れ帰ったのがニ十七分前。
青い顔のルメドが検査を始めたのが十四分前。
ルメドが検査を終えたけど黙ったままなのが二分前。
これから、噂の、勇者会議。
*
皆の顔色がひどい。
青白かったり真っ白だったり土気色だったり。
唇の色が消えてる人がいるし。
汗が止まらない人もいるし。
とてもここに凄腕回復魔法使いがいるとは思えない。
わたしも多分そうなんだろうな。手の甲が妙に白いから、きっとひどい顔してる。
まぁそりゃそうだよね。あんなもの見た後で平気な顔してる方がどうかしてる。
でも。検査が終わったなら──これから始まるのは所謂蘇生のはず。
つまりこれから皆の顔色は回復するはずでは?
「──ヴィクトールさんを、ソワンに、連れて帰りたいんです……が」
……おっと。
そうはいかなさそう。サシナちゃんの予測は鈍ってしまったのか。
ルメドは……普段はもっと子供っぽい雰囲気があったような気がするけど。一音一音がガタガタ揺れてて安定しないというか。喉に力が入りすぎてるのか……逆に入らなさすぎ? たぶん後者。
つまり……分かったのはあんまり良い結果じゃなさそう。
「大丈夫です、きっと、まだ」
きっと。まだ。
確信があるなら「大丈夫です」で終わるはずなのに。何故「きっと」がくっついてるのか。何故「まだ」がくっついてるのか。それもう断定避けてるだけでは。
治癒術師の判断で言ってるのか自分に言い聞かせてるだけなのか。わたしには区別がつかない。教えてくれる師匠ももういないし。
ただあの揺れ方は……祈りだな。判断じゃなくて祈り。流石は僧侶。
そういう話じゃないか。
「……ソワンに帰れば、なんとか、なる、はずなんです」
体の半分が吹き飛んだ人間を連れて帰ってなんとかなる? なるのか?
わたしの知識じゃ判断不可能。できるのはルメドだけ。そのルメドが「きっと」止まり。
……流石にこれで分からないほど鈍くはないつもり。
というか。もう全員とっくに察してる。
ヴィっくんは明確に死亡して。理由はともかく……蘇生もできないんだってことぐらい。
さっきから反対の声がない。賛成の声が出てる訳でもないけど。
同意があれば自分の言葉を信じられるから多分頷いてほしいんだろうけど。誰かに「そうだね」って言ってもらいたいんだろうけど。
でも残念ながら返事がない。下を向いてたり震えてたり壁のどこかを見てたり目を閉じてたり。五人が同じ場所にいるのにバラバラで一つもまとまりがない。
なるほど。ヴィっくん一人いなくなるだけでこのパーティーはここまで崩壊してしまうのか。
それだけ妙に分かるぞ。
多分ヴィっくんがいればこうはならないんだろう。
少なくとも全員が黙り込むことは無かったはず。わたしよりヴィっくんのことをよく知っている人達なんだし。黙ってたら誰かが声をあげたりして──何の意味もない時間を過ごすことは無かったんじゃないか。
果たしてリーダーがいなくなってこうなったのか。そのリーダーがあんな姿になったからこうなったのか。どっちもか。これは重症だ。
……まさかこれが俗にいう「いなくなって初めて分かる」という言葉なのか。なんという嫌な気付き方。当人にならないと分からないとはいえ。
「……少し、いいか」
「……シュヴァ」
「現状を、整理したいん、だが」
おや。
この沈黙をこのまま放置したらどうにもならないと判断したか。
シュヴァはヴィっくんに似ているというか。副リーダー的な立場というか。
……似てるっていうのもちょっと違うか。役割が近いっていう方が正しいか。
ただ──確かに。
わたしたちがアザール近くに着いた時点で見えたものは摩訶不思議そのもの。
ボコボコクレーターまみれの地面。かすかに見える廃墟と化したアザール。ちょっと探せばすぐ見つかる魔物の群れ。魔物も近づかないような場所にあった──ヴィっくんの亡骸。
師匠はどこにもいなかった。ラ・ヴァアズだってどこにもいなかった。
ちょっと情報の整理が必要かも。
「まず、エペの姿が見えない。まだ見つかってないだけかもしれないが……」
「プレヴィに持っていかれた可能性。それも考えられるってことだよね?」
「……そうだ」
……そうだった。
ヴィっくんや師匠のこともそうだけど──人型に変形できるテレパシーソードことエペもいないんだった。
ヴィっくんの手の中にも周囲の瓦礫の下にも。どこを探しても一本の剣の痕跡がなかった。あれだけ探したのに。自分でどこかへ移動した可能性もあるけれど……ヴィっくんを置いていくとは考えづらいような。
となるとやっぱり連れ去られたのか。それとも壊されて跡形もなくなったのか。どれも可能性としてはあるけど……あそこで何が起きたかを見た人間はここに一人もいないし。どれも確認する手段がない。
ヴィっくんがどう戦って。どう負けて。どう……その……その死んだ、のか。
分かってるのは結果だけ。圧倒的な力でやられた。以上。
あの遺体見りゃ誰だって分かる。
それ以上は……何も。
「噂の魔物──各地で街を襲っているもの。あれが、エペの言っていた、ル・マル本体なのかもしれない」
エペがユイヌを出発する前に伝えてたらしい。
なんだか魔王は今三つくらいに分裂していて。そのうち二つがヴィっくんとプレヴィなんだとか。
その場合だと巷で噂の謎生物は残り一つの可能性がある。ユイヌに辿り着いた難民が言ってたやつ。道中ですれ違った旅人も同じようなことを言ってた。
あれが例の魔王なんだとしたら──復活はもう終わってることになる。
「で、どうすんだよ。もう世界は終わりじゃねェか」
「……ボクはアザールを、もう一度調べるべきだと思う。あの女を殺したい」
「……そんなもの調べる時間があるのか。今も、被害は広がっているのに」
「んなもん守ったところで、次の被害に追いつくのかよ」
とりあえず。元気があると言うか……今普通に話す余裕がある。あるいは話す余裕があるように振舞えてるのはエスクリとリュトとシュヴァの三人だけか。正直どの声も張りがないし。ただ音が出てるだけみたいに聞こえるような。
ルメドは少し呼吸が荒くなってるし。マージュはさっきから部屋の隅に籠ってずっと震えたままだし。似たようなものなのに頭の中だけ冷静なわたしがおかしいだけかもしれないけれど。
ただ残り三人の会話も……噛み合ってない。
エスクリは手がかりの話をしてる。ヴィっくんのこととエペを失ったことで情緒不安定なのか。ストッパーがいないみたいで……このままだと今すぐにでも敵に復讐してやるって言い出しそうな感じ。
シュヴァは復讐のことを否定はしていなさそうだけど……あくまで今の被害に意識がいってるっぽい。人を助ける方が大事なのか。敵を倒すことは当然だけど平和を維持したいと言う気持ちの方が強いのか。
リュトはもう完全に諦めムード。あのVS鬼教官の時ぐらい顔色は悪くなってるけど……それから逃げるみたいに振舞ってるような。もう若干自暴自棄になっている気がする。
同じ場所で喋ってるのに向いてる方向が違う。
お互いの言葉が相手に届いてないみたいに見えて──それがさっき感じた「バラバラ」をもっと強くしてる。
ただ。もうすぐ限界なんだってことだけは見てれば分かる。
わたしはどうすればいいんだろう。
ヴィっくんはもう少し指示を残してくれればよかったのに。
そうすればここまで「もやもや」しなくてもよかったのに。
*
「とりあえず、これからのことを決めよう」
「……そうだね。そろそろ、あの女を殺す方法を決めないと、ね」
「だな。いい加減、ずっとこのまま黙ってる訳にもいかねェからな」
ああ。やっと話が動きそう。
これからどう動くかを決めるみたい。
ただ結局わたしは何をすればいいのか。
師匠なら方向を示してくれたし。ヴィっくんなら指示をくれたのに。
でもどっちもいない。おかげで見てること以外の選択肢が頭の中に浮かんでこない。浮かばないものは実行しようがない。指示待ち人間ここにあり。答えが分からない。
もし答えが分かる人間がこの場にいるなら今この空気になってないと思うんだけど。少なくともわたしの頭には何のアイデアもございません。
「……僕は。ヴィクトールさんを連れて、ソワンに帰ります」
お。言い方が変わってる。
さっきは「帰りたい」だった。今は「帰ります」。希望じゃなくて宣言。
沈黙の間に何が変わったんだろう。誰にも止められなかったのを暗黙の許可だと解釈した?
それとも──待っても誰も押してくれないなら自分で踏み出すしかないって結論に至ったのか。
「ソワンの術師たちと相談すれば……方法が、見つかるかもしれないので」
……いや。
その言い方だと「今自分だけでは蘇生できない」って明言したようなものなんだけれど。
もうなりふり構っていられないのか。
蘇生できるなら正直なんでもいいんだけど。もう全員なんとなく分かってるよ現実。
ただ分からない。わたしの知識じゃ止める根拠もないし薦める根拠もない。
体の半分吹き飛んだ人間を一ヶ月かけて運んで──その先で何か見つかるのか。
「……ぼっ、ぼくも。ぼくも、行かせて……」
「マージュ? 貴女も……」
「ぼ、ぼく……もう、ヴィクくんしか、いない、から、だから、一緒に……」
お、おおう。
マージュが急に元気になった。
……まぁそうなるか。
このマージュって子は前々からかなりヴィっくんに依存しきってた気がするし。ヴィっくんから離れられないんだな。ここにいる全員の中で一番分かりやすい。ヴィっくんも罪な男よ。
ずっと震えが止まってないし。さっきからぼろっぼろ泣き通しだけど。よっぽどショックだったのか。
……当たり前か。
隠す余裕がないっていうのは──ある種の正直さではあるけど。見てる側としてはちょっときつい。何がきついのかは言語化できないけど。きつい。
「……残りの人達は。どう、しますか」
おっと。こっちに回ってきた。
残り四人──エスクリとシュヴァとリュトと、わたし。
しかしここは強敵だぞ。さっきの会話でも見えてたバラバラな感じ。
間違いなく……全員同じ方向性にはならない。なんなら感情を全力で抑えているだけで──全員ヴィっくんの死に発狂して大げんかになってもおかしくなかった。
もしこれが普段通りなら勇者会議の空気は最悪がデフォルトになってしまう。
「……ボクはアザールに戻るよ。ヴィクをあんな目に遭わせた奴の手がかりを掴んでくる」
……声に軽さがない。こわい。
いつもの──あの……なんというか。明るい感じ? 前向きな空気感? 全部消えてる。
手がかりを探すって言ってたやつか。目つきが刃物っぽい……というか。物騒な感じ。
この人ってこんな恨み深い人だったの? ちょっと意外。旅の最中は割と快活な感じがした。
そもそも。今の魔物だらけのアザールに行ってどうするつもりなんだろう。
そりゃ敵についての手がかりはあるだろうけど……一人だけで行っても無謀では? 彼女の実力なら負けることは無いだろうけど。休息無しであれだけの数と戦い続けられるほどスタミナがあるようには見えない。
完全にブレーキを見失っているような。それを誰も止めないあたりもう皆冷静じゃないんだろうけど。
「私は、人々の避難に尽力する。まず第一に優先されるべきは守るべき人々の平和だから」
こっちは声が若干震えてるけど迷いのない。
……この状況で迷わないのは普通のことなのか?
シュヴァの心の中は純粋な世界平和への未来でできているのか。その辺はヴィっくんと似てるんだな。ヴィっくんの信念に感化されただけなのかもしれないけれど。
世界が終わりかけてて。リーダーが死んで。チームがバラバラになりかけてる状況で──即座に「人助けに行く」と言い切れる。迷う余裕がないから迷わないのか。
迷いたくないから即断してる? それとも自分の中の何かを見ないようにして動くことで埋めてるのか。う~ん……分からない。わたしの勝手な解釈でしかないけどなんか二人とも危うく見える。
「……オレは降りるぜ。もう勝てないのは分かりきってるし。もう十分付き合ったろうよ」
「リュト。それは……」
「いいだろうがシュヴァ。オレはもうだいぶ約束を果たしたと思ってるが」
「……そう、か」
……う~ん。これは……投げやりなのか本気で諦めてるのか。
分からない。分からないけど──ただこれは一番正直な反応なのかもしれない。
言いたいことは分かる。
もし本当に魔王が復活したなら正直今の戦力じゃどうしようもない。戦う前から勝てないのはもう分かり切ってる。わたしたち全員より強いヴィっくんがいともたやすく殺されちゃってるんだから。
パーティーも壊滅したしこれ以上付き合う義理はないと宣言するリュトの気持ちも分からなくない。普通に考えてこれから待ってるのは魔王にどれだけ早く殺されるかの早押しレースでしかないし。
つまり。
ルメドはわずかな可能性に賭けて回復の国にヴィっくんを連れて行く。
マージュは心神喪失一歩手前でとりあえずルメドに着いていくことに。
エスクリは魔王を倒すために危険地帯へ情報収集という名の暴走へと。
シュヴァは出来る限りの人々を救うための動きを取ると主張していて。
リュトはもう完全に放棄して残りの余生を何処かに逃げようとしてる。
……あれ?
「じゃあわたしは?」
これから何すればいいの?
大事なことを忘れてたけどこれからわたしがどうするかを決められていないじゃないか。
別にヴィっくんの復讐に行ってもいいし。ヴィっくんが守った人を守りに行ってもいいし。ぶっちゃけ諦めちゃってもいいし。やっぱりわたしは決めてもらわないとどうすればいいか分からないんだけれど。
……ほら。
流石に他の皆からも呆れられてる。「今の話聞いて言うことがそれか?」みたいな顔されてる。流石に失言だったとよく分かる。
「えっと……じゃあ、サシナは、僕と一緒に来てくれませんか」
「……ソワン国に?」
「その、はい。マージュの状態も心配だし……道のりが長いので。護衛と偵察ができる人が必要で……僕一人じゃ抱えきれないですし」
あぁなるほど。
まぁ妥当。確かにそれはわたしの領分だし。ルメドとマージュだけでここから一ヶ月の旅路を進もうと言うのは中々にハードなものになる。
後衛戦闘員二人と遺体一つ。うん無茶だ。ならわたしが着いていくのは合理的な判断。
「らじゃ。任された」
でもそんなことより。
やっと。やっと指示が来た。「来てくれ」って。やることを示してもらえた。
護衛。偵察。道中を守る。
分かりやすい。考えなくていい。判断しなくていい。誰かが決めてくれて、わたしはそれに従って動くだけ。師匠がいた時と同じ。ヴィっくんが「頼む」って言ってくれた時と同じ。
指示をもらって動く。
それがわたしで……。
……あれ。
楽にならない?
おかしいな。
従うって決めたのに。いつもならこれで不安が消えるのに。
何故かずっともやもやが消えない。
指示をくれたのがルメドだから? 師匠じゃないから? ヴィっくんでもないから?
……指示は指示じゃないの? 誰が出しても同じものじゃないの?
護衛して偵察して道中を守る。やることは変わらないのに。内容は同じなのに。
なんで……こんなに落ち着かないんだろう。
こんなの初めて。指示をもらったのに体が軽くならない。これで合ってるのか不安になる。
……分からない。
また分からないが増えてしまった。
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