幕話:告白
「……長くなる。本当に長い話になるし、多分俺を憎むかもしれない。それでも、だな?」
『大丈夫。何が来ても、受け止めるから』
「──俺は」
……来る。
あそこまで説得して──やっと彼が過去を語ってくれると言ったんだ。
これでヴィクの謎が全て解ける。これでようやく彼を信用できる。
何が来ても受け止めるよ。彼の過去が何であろうと、そう決めたんだから。
「……数百年前」
「俺は──犠牲者の牧場で、生まれた」
『……んん?』
こ、これは……予想外だぞ?
『ど、どういうこと?』
「意外だっただろ。そういう反応になるよな」
意外も何も。おかしいじゃないか。
だって、君は……魔王ル・マルの生まれ変わりのはずでしょ?
なのに、犠牲者の牧場で生まれた?
牧場を運営していたのが魔王だから……因果関係がおかしくならない?
確かに、君がかつて犠牲者だった過去を持っているんじゃないかって疑ったことはあるよ。むしろその説を一番推していたのは僕だったんだし。
でも君は自分を「魔王ル・マルの生まれ変わり」と宣言したはずじゃないか。それなのに結局犠牲者だったっていうのは……辻褄が合わない。
魔王軍だって、犠牲者を現世に転生させる必要なんてないだろうし。数百年前ってことは現代の犠牲者じゃないことも確か。
「俺は素体として相当優秀な個体だったらしい。だから、特別扱いを受けてた」
『ちょ、ちょっと……いや。うん、続けて』
よく分からないけど、話を聞き続ければきっと分かる内容のはず。
というか、現時点でいくつかの情報の説明がつくんだ。
もし彼が本当にあの施設で生まれ育ったと仮定すると……彼の正義感、というか現代の牧場で彼が見せた、あの「異常な殺意」も理解できる。だってあれは、自分を苦しめた施設と同じもの、同じく苦しめられている人々を見つけた時の反応ってことだから。
勇者シエルに憧れていたのも、「世界中で牧場を破壊し、犠牲者達を救済している人類側の希望が存在する」と聞けば、何もおかしいことじゃない。それどころか、「自分もあのように人を助けたい」と思うことも至って当然のはずだ。
ルメドがヴィクのことを「純粋な人間」と言っていたのも、転生魔法を介しているから依然問題にはならない。もし現代の犠牲者なら「純粋な人間」の判定は下せないけれど、過去の犠牲者が転生しただけなら「現代では純粋な人間」判定になるはず。
となると、あの恐怖症の数々も……。
「優秀な素体っていうのは、それだけ警戒される」
『……だろうね。自分より強いものを監視するのは気が引けるはずさ』
「だからアイツらは俺を──とにかく沢山の恐怖で支配しようとした」
ああやっぱり。
一番分からなかった、僕がずっと引っかかっていた最大の矛盾。
魔王ル・マルに恐怖症なんてあるはずがない。なのにヴィクには怖い物が多すぎる……この謎の答えは──やっぱりこうだったんだ。
犠牲者の牧場の魔王軍が、犠牲者の中でも特に強力な個体であるヴィクを安全に管理・運用するために仕組んだ人為的なもの。しかも一つだけじゃ制御できないからって……相当な数のものを「弱点」として植え込ませたってことになるのか。
「もしエペに意識があったのなら、俺の弱点が複数あることは気づいてたんじゃないか?」
『まぁ、ね』
「だよな。素体が優秀すぎると、扱いにくくなるんだ。逃亡の危険もある。だから──わざと弱点を多く作った訳だな」
『……』
弱点を、作る。
わざと。計画的に。一つずつ。
「暗い場所に何日も閉じ込められた。真っ暗で、何も見えない場所に」
『……』
「高い場所から落とされた。骨が折れるぐらいの高さから何度も」
『……』
「鋭いもので──まぁ、それはいいか。なんとなく想像がつくだろう」
『……うん』
「仮面は……顔バレを避けるためか? 俺の周りは顔を覆ったヤツばかりで」
『……ヴィク』
「狭いところも無理なんだ。生憎ずっと狭い牢暮らしだったからな」
『もう……いいよ、ヴィク』
「そうか」
一つ一つ。全部。
暗所も高所も先端も仮面も閉所も──個別に、計画的に、時間をかけて刻み込まれた恐怖。
彼の可愛らしい個性なんかじゃない。彼が弱かったとか、そういうことじゃないんだ。無理やりに弱くさせられた結果があれだったんだ。
自分の意思では逃げ出せないように、優秀すぎる素体を管理するための枷として。
あの全部の恐怖症に、全部、こういう裏側があったのか。
旅の中で一つずつ見つけるたびに「また新しいの?」って思ってた自分が恥ずかしくなる。
笑えない。全然笑えないよ、これ。
剣に胸はないけど、胸が痛い。
じゃあ彼の「勇者シエルへの憧れ」は?
英雄崇拝なんて生やさしいものじゃない。物語の中の偉人に夢を見てたんじゃない。
あの地獄みたいな場所で。毎日恐怖を植え付けられながら。実験台にされながら。それでも「いつか助けに来てくれる」って信じていた子供の、たった一つの希望。
そうだよね。彼にとっての勇者シエルは伝説なんかじゃない。自分の命を繋いでくれた希望そのものだったんだから。
「それで──勇者シエルが、魔王ル・マルを倒した」
『うん』
それは僕が一番よく知ってる。
最終決戦。自分の体が剣と一体化するんじゃないかってぐらいの激闘で、魔王ル・マルを魂を完全に切り裂き、その体を貫いた……。
あの瞬間の感触は、転生した今でも覚えているよ。
勝った。世界を救った。犠牲も多かった。でも、終わらせた。
……やっぱりおかしい。
終わらせた、はずだったんだ。
「魔王はその戦いで完全に疲弊……というかほぼ死亡した。その魂は消えたも同然だった」
『……』
「だから、魔王軍の残党は──転生魔法を使えなかったんだ」
そうだ。やっぱりそうなる、よね。
僕がル・マルを倒した後も、僕が死亡した後も魔王軍の残党が動き回ってたことは知ってる。むしろシエルが死亡して以降が、僕が殲滅しきれなかった魔王軍残党にとって一番の好機だったに違いない。
僕はルメドじゃないから、あの転生魔法の仕組みはよく分からないし、それを見つけ出した方法も理解できていないけど……魔王軍が同じ手法を把握していたというのは全然あり得る。
でも──それならどうしてあの魔法を行使できたのか?
あの魔法は自分の魂を犠牲に、未来に自分の魂を分割させて転生させる魔法……のはずだ。魂ごと完全に葬り去ったことは確かに把握できているのに、再び魔王が転生できている意味が分からない。
魂が無くなった存在が、魂を犠牲にする魔法を実行できるなんて。
他に犠牲にできる魂を持っていた、準備できたとしか言いようが……。
準備、でき……た……。
……まさか。
「魔王軍は犠牲者の魂で実験を行い、消滅しかけの魔王の魂に──犠牲者の魂を混ぜ込んで利用することを考えた」
最悪だ。
そうか、そういうことだったのか。
正直、そんなことができるのかは分からないけれど。あの魔王軍が「魔王の死」という大事件をみすみす見逃すとは到底思えない。できる手段があればなんであろうと試そうとするはずだ。
そしてアイツらには──それをいくらでも実験するだけの「生贄」が大量に存在する。
そして、転生した肉体には──犠牲者としての魂と魔王としての魂が入り交ざった存在が入っている。
だからヴィクは自分が「魔王の生まれ変わり」だと言った。
そして自分が「牧場の犠牲者だ」とも言った。
その二つは両立するということで……。
……ん?
『でも、待って、ヴィク』
「なんだ」
『それだと、魔王にも──同様の弱点があるということになるの?』
だってそうでしょ。
二つの魂が入り混じった存在なら、魔王プレヴィにもヴィクと同様に複数の弱点や、正義感や、勇者シエルへの憧れが入っているということにならない?
なのにプレヴィはそんな素振りを見せていない。そもそも未来に転生する魔王に、実質的に犠牲者の血を混ぜてしまうだなんて……あの魔王軍が許すとは到底思えないんだけれど。
だってその理論でいけば、復活する魔王は弱点だらけになるということで……。
……君の話は破綻していないか。
「いや、ない」
『じゃあ、どうして……』
「重要なのはそこだ。魔王軍はル・マルの魂を──三つに分割することにした」
『……三つ?』
……三つ、というのは。
転生魔法の分割先を、三つに限定するということか。
転生先が普通の人間になる可能性がある以上、数の少ない転生は誕生後即死亡という大きなリスクを抱えることになるけれど……魔王ほど力を持つものならそれも問題ない。赤子とはいえ相当な力を持った存在として生まれてくるだろうから。
と、なると。
ヴィクと、プレヴィと……あと一つ?
「一つ目は、主に魔王の力を受け継ぐ存在だ。純粋な力と魔力の塊。制御しきれないほどの破壊力を持った存在」
『それが本体ということ?』
「そうだ。プレヴィが復活すると言っていたのはコイツだろう」
その言い方だと、君自身はその強い生まれ変わりではないのか。
まぁでも確かに。今の君がル・マルの実力を全面的に受け継いだとは思えない。本当にそこまで強い存在なら三体のトレント程度に仲間が要る訳ないし、巨大ワームだって十分一人で倒せてしまう。
もし復活すれば……その実力はあの魔王とほぼ同等。世界は再び闇に包まれて、対魔王のため世界中が結束する日々がまた始まることになる。
存在するだけでいくらでも話題になるはずだから……そういう話を聞かないということは、まだ復活していない。そう考えるのが妥当、なのかな。
「次に二つ目は──それを補佐して、誘導する頭脳。力の分割体を導いて、元の魔王の実力を取り戻させる役割を持った存在」
頭脳。誘導。元の実力を取り戻させる。
……じゃあそれがプレヴィか。間違いなさそう。
カトリエで予言を語って、ヴィクを誘導した。セティで拠点の場所を教えて、僕達を牧場に導いた。ユイヌまで現れて、最終的にエネを人質に取った。元々のプレヴィの目的は本体を復活させ、本来の魔王としての力を完全に取り戻すことなんだろう。その過程で何度も僕達に接触し、利用しようとしてきた……。
……じゃあ、その二つだけで十分なんじゃない?
三つに分割する意味がよく分からないけれど……。
「そして三つ目が──」
「──全部の……負債を、押し付けられた存在」
……ああ。
そう、いう……。
「犠牲者の魂を混ぜることで、魂の量は確保できる。でも犠牲者の魂は魔王のものとは異質だ。そんなものを混ぜ合わせた存在を『魔王』と呼称することを、あの連中が容認する訳がない」
『じゃあ、元の君が持っていたものは全て……』
「そうだ。『本来魔王には必要ないもの』として、魂の消耗や不適な感情を全て一つの器に押し付けた訳だ」
……論理としては通ってる。残酷だけど、魔法の理屈としては。
異質なものを混ぜれば歪みが出る。その歪みを放置したら分割体の方針に影響が出る。だから歪みを一箇所に集約する。ゴミ捨て場を作る。
残党にとって犠牲者の魂は材料でしかなかった。人間を人間として見ていなかった。牧場で道具として育てた素体の魂を──そのまま道具として消費した。
器。力でもなく、頭脳でもなく。
壊れた部分を。歪んだ部分を。全部引き受けるためだけに存在する、三つ目。
『……それが』
「俺が──その、三つ目だ」
全部が繋がった。
全部が、一つの線になった。
『犠牲者の魂と、魔王の魂。両方が混ざった状態で──恐怖症も、損傷も、疲弊も、全部背負わされて……』
「そのまま、現代に転生した。生まれた時点で全身ボロボロだったって話だ。前にルメドにも言われたよ。『後頭部に変な傷がある』って。気づかなかったな」
規格外の身体能力は魔王の力の残滓と共に彼の体に刻まれたもので、魔力などの重要な要素は全て本隊に総取りされた。だから彼には魔力が無い。
力の塊でもなければ、策謀を巡らす頭脳でもない。
ただ──壊れた部分を全部押し付けられただけの、三つ目の分割体。
じゃあ、君が、自分を……『この世で最も呪われるべき存在』と言ったのは。
ただ自分が、魔王の生まれ変わりだから、というだけではなく……。
「俺は──勇者シエルが命懸けで倒した魔王を蘇らせてしまった存在だ」
『……ヴィク』
「シエルの努力を。仲間の犠牲を。世界の平和を。全部無意味にしたのが──俺なんだ」
『……ちがう』
「だから、俺は全ての責任を取らなきゃならない。すべての悪を討たないといけない」
違う。
そんなの違うに決まってるじゃないか。
魔王の魂由来の記憶が流れ込んでいるだけ。ヴィク本人が悪事を働いたわけじゃない。
君は何も選んでない。生まれる場所も、魂を混ぜられることも、負債を背負わされることも──何一つ自分で決めたことじゃないのに。残党が勝手にやったことだ。君はただの被害者だ。最初から最後まで、一貫して被害者でしかないのに。どうして自分を責めるんだよ。
「だから……自分が嫌いだ。生まれてきたこと自体が、間違い、だった」
『そんなこと、言わないで……』
「……皆には、言わないでくれると、助かる」
でもそんな理屈は、君にとっては何の救いにもならないんだよね。
自分が悪いと思い込んでしまって、それを人に話すことを嫌がってる。自分が世界で一番の汚点だと思っているから、今まで言うに言えないまま、ずっと抱え込んでいた。
でも、君は間違いなんかじゃない。
間違いなんかじゃないよ。
君が生まれてきたから、僕達は今ここにいるんだ。
全員が──君に出会って変わったんだよ。
*
だから。君の過去が、君の想いが分かったから。
絶対君をもう一人にしないって。
僕達がいるんだって。君と一緒に世界を救うんだって。
そう、誓ったのに。
*
「ヴィクトール様? 本当にいらっしゃったのですね──」
何が起こったんだ……!?
あれは何で──どうしてプレヴィがここに……!?
「──とはいえ、その体でもう何ができるとも思いませんが」
『ヴィク!』
「ぐっ……がはっ……!」
まずい。本当にまずい。
目が合った瞬間急いで隠れなきゃって思ったのに──見えない壁みたいなものに阻まれて移動できなくなって、気づけばヴィクが吹き飛ばされてて……!
さっきのは多分、魔法の障壁か何かだ。自分の攻撃は通るけど、相手の攻撃は通さないみたいな……反則みたいな防御魔法。魔王ル・マルが戦闘で多用していた魔法。
つまり、今目の前にいる、この巨大な存在は……。
プレヴィが中に入った、この化け物の存在は……!
──オオオオオッッッ!
復活した『魔王ル・マル本体』!
「ああ、落ち着いてください、『災厄ル・マル』。まだ貴方は不完全な状態なのですから」
「な、んでだ……! 復活は、まだ数か月先の、はず、じゃ……!」
「ヴィクトール様? まさか……私のそんな言葉を今も信じていたのですか?」
「……! きさ……ま……!」
『ヴィク!』
ど、どうしよう!
まさか、もう本体が復活しているだなんて。
まさか、既にプレヴィが目的を果たしているだなんて。
まさか、この時点でアザールがもう陥落しているだなんて……!
エネだってどこにもいないし、何もかも想定外だ。
僕がヴィクを背負おうにも今残ってる量じゃ移動できるほどの魔力は無いし、盾になろうにも一度しかできない上に一撃で僕ごと破壊されるのが目に見えてる。
でも、他にどうすれば……!
『……違う!』
「おや? 剣が……人型に?」
ヴィク。もしかしたら、僕はここで終わりかもしれない。
君を守りきれはしないだろうし、皆が来るまで持ちこたえることもできない。
ユイヌで何をしようと、プレヴィが出発した時点で僕達は詰んでいたんだ。
でも僕は、君と一緒に最後まで戦うから。
前世では助けられなくてごめんね。
「なるほど、面白そうなものがいますね……『災厄ル・マル』!」
気合を入れろ、エペ!
僕はヴィクに何を誓ったんだ!
彼を一人にしないと、そう誓ったんじゃないか!
じゃあ、最後まで戦い抜くのが勇者シエルってものだろ!
『来い! 魔王ッ!』
ざんねん!!
ヴィクトールの ぼうけんは これで おわってしまった!!
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