君となら
「アザールまであと数時間ってところか……!」
『はっやぁ……』
いやまぁ、速いだろうなとは思ってたよ。
師匠の命もかかってるし、そうでなくたって魔王のことを逃がす訳にはいかない。迅速な行動こそ正義さ。そもそも仲間を全員ぶっ倒した後に単独行動を選ぶ男が、のんびり歩く訳がないんだから。
……でもこれは想像以上だよ?
普段の旅が何だったのかって話だ。
背中に括りつけられてるから前方の細かいことまでは分からないけど、横を流れていく木がもう線にしか見えないぐらい。馬車で移動してた時ですらこんなことにはならなかったよ。あの時はまだ「あ、木だな」って認識できる余裕があったんだから。
休息だってほぼ取らずに一直線だし、地図の内容まで全部頭に入ってるのか迷うことなく突き進んで……それでいて目的地までしっかり正確に近づいている。
まぁでも、考えてみれば当然なんだよね。
今まではパーティ全体のペースに合わせていたんだ。一番足が遅いメンバーに合わせて、馬車の速度に合わせて、休憩のタイミングに合わせて。ルメドが馬車酔いするからって速度を落としたこともあったし、他の皆が「お腹空いた」って言えば止まってた。
その全部が無くなった今、リミッターが外れたヴィクはこれだけの速度を出せるってことだ。
少し前に僕を振るった時も「いつもの剣と違って壊れそうな気配が無かった」なんて言ってたけど、そりゃそうだよ。この速度で走りながら剣を振ったら、普通の剣は柄から折れるに決まってる。
今まで武器が何本折れてきたのか……。
「はっ……はっ……!」
他にも気になることは色々ある。
例えば、エネは無事なんだろうか……とか。
僕が知っているのはヴィクの師匠で、プレヴィの人質ってことだけだけど……現在アザールにいる保証もないし、生きている保証もない。
ユイヌに残してきた皆のことも気になる。
サシナが偽装工作をやってくれているはずだけど──彼女には念話の件を伝えられていない。手紙で最低限の指示は渡したし、他の皆からも話を通すように頼んでおいたけれど……それでもあの場の全容を把握しているかどうか。一緒に勇者会議をすることもないまま分かれてしまった。
まぁ、サシナは十中八九勇者シエルの生まれ変わりで、ヴィクの指示には忠実に従うタイプだから──多分、大丈夫。多分ね。
皆とも連絡が取れない以上、信じるしかない。エスクリもリュトもシュヴァもマージュもルメドも、それぞれ自分のやるべきことをやってくれているはずだ。
「ふぅ……ちょっと休憩だ……」
おっと……。
流石にちょっと休む時間が必要か。ずっと走り続けてたもんね。
ただ──それでも疲れてる様子を見せる訳でもない。普段どれだけセーブしてたのか。
本当にこれがプルミエールでトレントごときを倒すために仲間を探していた人の姿?
一人でも全部できたんじゃないかってぐらい……むしろ一人旅の方がずっと効率的なようにもみえるけれど。
……彼の気持ち的に一人なのが嫌だっただけかもしれないけどね。
大丈夫? 無理してない?
……そんな風な会話を今する訳にはいかないんだけど。
プレヴィの監視がどこまで及んでいるのか──結局それは分からないまま。
占いがハッタリでも、位置の把握や状況の監視ができる可能性は潰せていない。スライムを偵察に使っていた前例もある。
今のヴィクは「仲間を全員倒して、武器を奪い、単独で師匠を助けに向かっている怒りの戦士」という絵面のはず。それがプレヴィに伝わっている前提で動くなら、僕はただの戦利品の剣でなきゃいけない。
ここで念話なんか飛ばして会話しちゃったら怪しまれるからね。「ヴィクは何者かと情報を取り合っていて、今の状況は作戦中の可能性がある」って情報をみすみす渡すことになる。
そうなったら偽装敗北の意味が全部消える。
サシナの偽装工作も、皆の演技も、全部台無しだ。だから黙ってないと。
……まぁ、黙ってるのは慣れてるんだけどね。
初めからずっとそうだった。ヴィクの前では喋らない。それが方針。
エスクリの背中で揺られながら、ヴィクの声を聞いて、ヴィクの行動を見て、それでも一言も発さない。何度「えっちょっと?」って声をかけたくなったか分からないけど、そのたびに飲み込んできた。
今だってそれと同じだ。同じはず。
……同じ、なんだけど。
なんだろう。質感が違う。
前は「喋る剣であることを隠すため喋らない」だった。合理的な判断として。
でも今は「喋りたいけど喋れない」だ。僕が喋れることはもうヴィクに共有したし、僕としてもヴィクの秘密を全部聞いてしまった。その後で、彼がどんな気持ちで走っているのかが分かってしまうから。一人で抱えてきたものの重さを知ってしまったから。
最後まで一緒にいるって誓ったのに、こうして背中にくっついてるだけで何もしてあげられない。剣だから当たり前なんだけど、当たり前のことがこんなにもどかしいのは初めてかもしれない。
「……なぁ、エペ」
あと単純に、さっきまでは為せていた彼と話せないって状況が。なんだか寂し──
……。
『!?』
*
え、ちょっと。
なんで今話しかけてくるの。
プレヴィの監視は? 僕に喋れることがバレたらまずいって、さっきまでの全部が台無しになるって、分かってるよね?
……いや、待て。落ち着け。
ヴィクが何も考えずにこんなことするはずがない。さっきまであれだけ慎重に動いてた彼が、不用意に声をかける訳がない。
何か意図がある。あるはずだ。
念話で返すべきか……いや、まずは様子を見よう。
「もしお前に意思があったらどうするかなって……ちょっと考えてたんだがな」
……?
……あっ、なるほど!
そういうこと?
「エスクリの相棒だった剣だ。あいつにとっちゃ命の次に大事なもんだと思う。それを勝手に持ち出して……我ながら酷い話だよな」
これ──独り言だ。
武器に話しかけてる体。戦士が歴戦の名剣に語りかけるなんて……多分珍しいことじゃない。少なくともエスクリはおかしくないって言ってたし、事実僕と会話していた。
特にこういう──仲間を失った直後なら、尚更そういう心理に陥ってもおかしくない。
プレヴィが仮にこの光景を見たとして、映るのは「仲間の形見の武器に感傷的になっている男」だけ。不自然さはゼロ。
『これは独り言って体だよね? 肯定なら最後にちょっと笑ってみて』
「……なんて、お前に言っても返ってこないか。ははは」
確定だ。
こっちはきちんと返してるし、ヴィクはちょっと笑って帰してきた。僕に意思があることは分かり切っていて、その上でわざと嘘を言っているんだから──僕の考えた内容で間違いないんだろう。
嘘が下手なはずのヴィクが、独り言を偽装手段として、しかもかなり自然に使ってる。
僕と会話するために。僕が会話したいなって思ったその時に、何が原因か分からないけど、声を……かけてきた、と。
じゃあ僕の念話で返せばいい。プレヴィには届かず、ヴィクにだけ届く。
ヴィクは僕の声が聞こえたら次の独り言の内容を調整すればいい。外から見れば、ただ剣に話しかけている戦士が一人いるだけ。
なかなかやるじゃないか。この二重構造、意外とヴィクに向いてるのかもしれない。本心を隠すのは苦手でも、言葉の裏に別の意味を重ねることはできるんだな。
「俺はお前をずっと剣だと思ってた。急に動いた時は何事かと……」
『うん、知ってるよ』
「ただ、もしお前に意識があるのなら──俺はずっとお前を蔑ろにしてたんじゃないか、って」
……これは謝罪、なんだろうな。
独り言の仮定形を借りて、でも中身は完全に僕に向けた言葉。
エスクリの装備として、ずっと意思があるとは知らずに接してきて……いや武器に接するも何もないんだけれど。その間ずっと僕には意識があって、全部聞こえてて、全部見えてた。
それを知った今、気がかりだった──って。
ずっと君と会話できなくて寂しい思いをしていた僕に……。
『ヴィク。気にしなくていいよ』
「……」
『当たり前じゃないか。だって君は知らなかったんだから。知らない人間が気づけなかったことを謝る必要はない』
君は僕を、仲間として接さず、あくまで物としてしか接してあげられなかったことを悔いているんだろうけど……僕も、本当にこう思ってるんだ。だから気にしなくていい。
僕達が正体を隠していたんだよ。ヴィクの前で喋らないって決めたのは僕達の方。ヴィクがそれに気づかなかったのは当然の帰結であって、彼が鈍いからでも薄情だからでもない。
ずっと一緒に旅してきて、ぞんざいに扱われたことなんて一度もなかった。雑ではあるけれど手入れをしてくれたし、エスクリに「綺麗な剣だ」って言ってくれたこともあった。知らないなりに、十分すぎるほど大事にしてくれてたよ。
「……ふぅ。独り言ばっかりだな、俺は」
『いいよ、続けて。こっちは念話だし、外から見たら変な奴が剣に話しかけてるだけだから』
「ただでさえ男に危機感のないパーティーだったのに、数少ない男が危ない奴だと思われとマズイし……」
『えっ』
えっ気づいてた……のか?
ああいや、多分皆が向けてくる感情自体には気づいてないんだ。
ただ、彼自身皆との距離が近いことをなんとなく察してたんだろうな。
元シエル集団は全員なんか面倒くさいからね。本当に同一人物なのか分からなくなる。
全員揃いも揃ってセクシーな体つきなのにそれを自覚してるか分からないし。
エスクリなんかヴィクと相部屋を予約するような人で、マージュはシンプルにずっと距離感が近い。リュトは男にマッサージ頼むような人だし、シュヴァはしれっと採寸の提案するような……誘うような言動取ってる。サシナもヴィクに絶対服従スタイルで、ルメドに至っては……。
……いや、ルメドは男だな。
彼は鈍感で、かつ性欲が薄いように思えたけれど……意外とそういう訳でもないのか。
思えば女性には女性相手の配慮をしていたように思うし、エスクリの相部屋についてもしっかり是非を聞いていたはず。全く意識してないって訳じゃなくて、あくまで仲間に対する礼儀として紳士的に振舞おうとしていたのかも……。
じゃ、じゃあ、そうだね。
思考の整理の体を保てる会話内容にすべきだね。
『なら、対プレヴィについて話してみるのはどう? 話してて違和感はないかも』
「ああ……えっと。俺はアザールについてからどう作戦を立てるべきか……」
『会話ができればここまで君は素直なんだなぁ……エスクリ達とは大違いだよ』
「まず、勝てるかどうかで言えば──勝てるだろうな。向こうもそう言っていたし」
断言。
普段のヴィクなら自分の実力についてこんなに迷いなく言い切ったりしない。それだけ冷静に分析した上での結論ってことか。
相手が人質を取っているのも、正面からなら勝ち目がないからだろうし……逆に言えば心理戦を取らざるを得なかったというか。
プレヴィは勝てないと分かっているから搦め手に出た。でもその搦め手を僕達が切り抜けた以上──残されたのは純粋な戦闘力の勝負になる。
『じゃあ作戦は?』
「まず師匠を見つける。救出できる状況なら即座に助け出す」
『うん』
「救出と同時にプレヴィとぶつかるなら、その場で決着をつける。師匠さえ安全なら、俺の手を縛るものは何もない」
『もし想定外のことがあったら?』
「……想定外のことがあれば、時を待つ。それしかないな」
それはあれだね?
別動隊であるエスクリ達が村を出発して追いついてくるのを待つってことだね。
で、彼女達が生きていることをバレないようにしつつ、協力できる手段を模索しよう。
そういうことのはず。
状況に応じて最善手を選び続ける。シンプルで合理的。
何よりヴィクがここまで冷静に先のことを組み立てられているっていうのが、正直安心する。殺し合いを命令されて、殺さず拘束に踏み切ろうとしたあたり……彼は追い詰められていようと、無謀すぎる判断に手を出さない程度には冷静さを保てているというか。
「そろそろ、移動再開するか」
『ヴィク。一つ、聞いてくれるかな。ああ、移動はそのままでいいから』
「……」
『その、ずっと言いたかったんだけどね』
……ヴィクは。
自分のことを「この世で最も呪われるべき存在」だと言った。
あの時の声は震えてた。自分が何者であるかを打ち明ける恐怖と、仲間に知られることへの怯え。魔王ル・マルの転生体として生まれてきたことへの──言葉にもできないような重荷。
でも僕は知ってる。あの告白の後に聞いた、もっと奥の話を。
全部聞いた上で、僕が思ったことは一つだけだった。
ずっと伝えたかった。茂みで全部を聞いた時から。いや、もしかしたらもっと前から──彼の正義が本物だと分かった時から、ずっと。
魔王の転生体だからって、呪われるべき存在なんかじゃない。前世がどうだったかなんて関係ない。今の彼が何を選び、何のために走っているか。それだけが全てだ。
『君は──勇者シエルに憧れていて、自分のことを卑下していたけれど』
「……」
『間違いなく。君こそ──現代の真の勇者だよ。ヴィクトール』
『勇者シエルに憧れて、勇者シエル以上のことをやろうとしている。仲間を集めて、守って、一人で全部背負い込んで、それでも前に進もうとしてる。呪われるべき存在がそんなことするもんか』
「……」
『君の仲間になれて、本当に嬉しいよ。心の底からそう思ってる』
照れ隠しも皮肉も挟まない。
今この瞬間だけは、素直に。全部、言葉にする。
だって剣だから。表情がないから。声色だって念話じゃ伝わらないかもしれないから。
だからせめて、言葉だけでも真っ直ぐに届けたい。
「……すまない」
『そんな、謝罪なんて……』
「あと──ありがとう」
……!
ふ、ふふふ。
いいよ、いいって。
君となら、魔王にだってもう一度勝てるかもしれない。
いや、大丈夫。きっと勝てる。きっと平和を勝ち取れるさ。
そう思わせてくれるだけの勇気を、君はくれるんだ。
だから、君は間違いなく、名の通りの「勇者」だ。
勇者シエルと同等か、それ以上の勇者だ。
君の過去を知った僕が言うんだから間違いない。
勇者シエルだった僕が──そう断言するよ。
*
移動が再開して、しばらく。
「……なんだか、おかしくないか」
『……アザールは?』
視界の奥に、やっと何か見えてきた……と思ったんだけど。
確かに何かおかしい。というかその手前あたりから明らかに様子が変だ。
最初は地平線の歪みかと思ったけど……空と地面の境界が不自然に盛り上がっているような──陽炎の類かもしれないし、遠方の山並みが見え始めただけかもしれない。
でも、違うよね。あの方角には山はないよ。
ヴィクが頭に入れている地図の情報が正しければ、あそこにあるのは、アザールのはず。
街の輪郭……のはず、なんだけど。
……なんだ、あれ。
──オオオオオッッッ……!
街じゃない。
街があった場所に、何かがいる。
建物の輪郭が見えない。あるべき場所に、あるべきものが無い。
代わりにあるのは──動いている塊。街を覆い尽くすほどの巨体が、ゆっくりと、何かを踏み潰すように蠢いて。動きは遅いけど、それが余計に不気味でしかない。
動くたびに何かが崩れる音がする。ここまで届くはずのない距離なのに、地面越しに微かな振動が伝わってくるぐらいに。建物だったものの残骸が、あの質量に潰されて崩れてる。
生き物の気配も全く無い。
街道沿いに見えていたはずの木々が、ある地点からぷっつりと途切れてる。
……なんだあれ?
『どうする?』
「……ちょっと、考え直さないといけないな」
まさか……プレヴィ?
でも、規模が違いすぎるよ。
ドゥジェームの巨大ワームだって全長一キロメートル級だったけど、あれとは質が違う。
あれは「大きい魔物」だった。これは──存在そのものが災害みたいな。
さっきヴィクは「勝てる」って、言ったけれど。プレヴィ相手なら勝てると言ったけど。
でも、あれはプレヴィ単体の話だった。冷静に分析した上での結論だった。
これは、想定の外だ。
「っ!?」
『──ま、待って!』
い、今!
あれが──こっちを向いた!
まるで関係ない話ですが、私は今作の全話を6100~6500字の範囲内で書いています。
なので、書く内容が多い時はオーバーしそうで苦労しています。馬鹿じゃないのか。
これで第8章終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
また1話、幕話をやって、その後9章に移ろうと思います。
可能であれば、感想や意見や評価やリアクションを頂けると嬉しいです。大喜びします。
それでは、次話以降も宜しくお願いします(´・ω・`)




