極秘の特別強化プロジェクト
……傍観。
わたしの仕事は今それだけ。
ヴィっくんに降伏宣言したのに。来たのは「一切手出しはするな」って指示だけ。多分あれは「妹弟子のサシナにまで仲間と戦うなんて重荷を背負わせられない」って意図もあるんだろうけど。
だから手出しはしない。指示には従う。これがわたしの基本。ヴィっくんの指示なら尚更。わたしはただそれに従うだけ。
「エペ! 『十メートル/チェーン』!」
「……おっと! 近づきすぎたか!」
「『回ふ……! あっこのっ、届かないっ!」
だから少し離れた場所で見ている訳だけど。
仲間をなんとか殺さないよう手加減しつつ叩きのめしているヴィっくんはとても辛そう。
状況は三人対一人。数だけ見ればヴィっくんが不利なはず。
しかし全然そう見えない。不思議。
いやまぁ予想できていたことではある。
だってわたし程度の強さしかない人間が何人集まったところでヴィっくんに勝てないのは分かり切っている。
むしろどうして彼らはヴィっくんに逆らうのだろう。大人しくしてる方がいいのに。
「はァッ!? 今の攻撃流すのかよテメェ!」
「リュト! 踏み込みすぎだ!」
「ああもう! 逃げないでよヴィク!」
エスクリは聖剣のエペをぐにゃぐにゃ変形させて戦ってる。中々変則的。
しかし三回変形を使った後は何故か変形を使わなくなった。何か制約が?
結局どれをとっても全部ヴィっくんに対応されている。本職が剣士なのだからあまり他の武器を扱おうとしても上手くいかないのは当然かもしれない。
シュヴァは強化魔法を使って距離を詰めたり攻撃を弾いたりしているけれど。
まぁどうにも決め手に欠けるような。単純なスペックはエスクリやリュトほどじゃないし。さっきから何度か不発というか……よく訳の分からない強化魔法を連発。攻めあぐねている?
唯一まともに攻撃しようとしているのはリュトぐらいか。
この村に滞在してくれって頼みがよっぽど嫌だったのか。それともヴィっくんに一人でそんなことさせられないという気持ちがあるのか。それとも両方か。「鬼教官」と怯えていた人には見えない。
腕に抱えられているルメドは……回復魔法が全然届いてないし。というかちょっと酔ってそう。顔色が悪い。
全員目的のため必死。
必死だけど絵面がひどい。カオス。
「……ヴィクくん」
さっさと降参したマージュは向こうで座り込んでいる。
あれは英断。ずっと辛そうな顔しているけれど。
ヴィっくんに勝てる訳ないのでさっさと諦めたという意味では一番賢かった。
それにしてもヴィっくんの投擲技術は相変わらずのもの。まるで化け物。
幼馴染に向かって化け物はないか。でも化け物としか言いようがない。
あ。
「ぐあッ……! テメェ、この野郎……!」
「悪いな……!」
ああリュトが。右肩が変な方向に外されてる。
無理やり治そうとして……あ。もう片方も外された。
なるほど?
殺したくはないけど一番攻撃してくるリュトを危険視して完封することにしたのか。
応急処置をしない限り──武闘家としてもうあれ以上は戦えない。
次近づいても隙だらけだから今度は足だって簡単に折れてしまう。
「くっ……ああっ!」
「ふぅ……! 二人目!」
今度はシュヴァが。鎧と剣に風穴が……。
強化魔法を盛りに盛りまくっていたはずだけど装備が耐え切れなかったか。
装備があればまだ可能性はあったかもしれないけれど。武器と防具がなくなったらと思えば……ちょっとこれ以上は戦えなさそう。シュヴァ視点でこれはかなり絶望では?
本人の体力や魔力的に限界が近そうだし。これはもう完全に勝負あったか。
残ってるのは……エスクリだけ。
……あ。
「あっ……!」
──カキィーン……!
ああ。
聖剣エペが吹っ飛ばされてしまった。可哀想に。
──ザスッ!
わお。とんでもないところに突き刺さったぞ。
あの剣を取りに行こうと思うとヴィっくんのいる場所を通り抜けないといけないし。もし回収できたとしても次もまた同じことが起こると思えば……うーん。
つまりエスクリの攻撃手段がなくなった。素手でヴィっくんに挑む? 無理。
エスクリも分かっているからもう動けない。というかそもそも体力的にもう限界で動けなさそう。
五人全員動けない。このまま新しい一人でも出てこない限りもう逆転はあり得ない。
つまり完全に終わった。完全なまでに予想通り。本当にわたしが出る幕は無かった。
「ハァ……ハァ……ふぅ……!」
ヴィっくんもルメドを抱えたまま肩で息してる。
ルメドはまだじたばたしているけど、もう意味がない。
……疲れた顔。
勝ったのに嬉しそうじゃない。当たり前か。仲間を叩きのめして嬉しい訳がないか。
でもこれでヴィっくんの計画通り。
皆を村に留めて……自分一人で師匠を助けに行く。
プレヴィの命令を形だけ遂行し師匠の安全を確保する──師匠を救うための最短ルート。
ヴィっくんが一人で全部背負うルート。
……いいよ。ヴィっくんがそうしたいなら。
わたしは指示に従っただけ。手出しするなと言われたから手出ししなかった。それだけ。
とりあえずヴィっくんの隣に行こうか。
ちょっと労わってあげないとヴィっくんが心労で倒れちゃいそう。
*
ヴィっくんの元へとことこ。わたしの出番がようやく。
出番と言っても大したことはしない。というかできないけど。
戦闘はヴィっくんが全部終わらせてしまったし。わたしは見ていただけ。
分かったことは──見ているだけというのも案外疲れるということ。
物凄い攻防で目が疲れた。動体視力の限界。見てるだけというのも珍しいか。
「へいヴィっくん。幼馴染のサシナちゃんが登場」
「……サシナ、か。全員を、拘束してくれ。逃げられないように」
了解。ようやく具体的な指示が来た。やっと仕事がもらえたと言うべきか。
傍観は終わり。任務開始。
拘束係というのは地味だけれど。でもわたしに回ってくる仕事はだいたい地味。師匠の元でもそうだった。偵察監視見張記録。華やかさとは無縁。まぁそういうのがわたしには向いている。
これからヴィっくんが魔王討伐に向かうとして……その間に他のメンバーが勝手に動きだして活動されると師匠にも危害が及ぶ。そのための拘束。おそらく。
……つまり。
ヴィっくんが帰ってこなければ全員は一生拘束されることになるけれど。
まぁわたしが気にすることではない。
わたしはただヴィっくんの指示に従うだけでいいし。
「ルメドには悪いんだが……お前は他の場所で拘束することになる」
「えっ僕だけですか!? なんで!?」
「お前だけ別の場所でサシナに監視させて、俺の帰りを待ってもらう」
「いやなにか理由はあるんでしょうけどそれでもちょっときつくないですか僕の立場!?」
なるほど。確かに。
回復魔法は近くにいることが条件。他の四人と同じ場所に置いたら片っ端から治されてしまう。肩を外されたリュトも鎧を砕かれたシュヴァもルメドがいれば即座に元通り。拘束なんて力業でドカン。
もしヴィっくんがいなくなった後完全復活した仲間達と対峙することになれば……普通にわたしでは勝てない。暗殺に頼るしかなくなる。それはヴィっくんが困る。
それを防ぐには物理的に距離を取るしかない。回復役を隔離する。道理。
ヴィっくんは戦闘中もそうだったけど、こういうところが抜けない。合理的。
冷酷に見えて実は全員の安全を考慮した上での合理性。殺さない。壊さない。でも動けなくする。そしてその状態を維持するために最も効率的な配置を考える。
「出発は早い方がいいな。俺は準備をしてくる。全員の拘束が確認できたら出発しようと思う」
「わたしは?」
「サシナはルメドの監視と、全員の面倒を見ておいてくれ。皆には、俺が帰ってきたら後は煮るなり焼くなり好きにしていいと伝えておいてくれないか」
「らじゃ」
一人で。
ヴィっくんが一人で師匠を助けに行く。
わたしはここで留守番。拘束係。見張り。いつもの地味な仕事。
まぁいい。それも立派な仕事。ヴィっくんがそう決めたなら……わたしが口を挟むことじゃない。
これがわたしの役割。おーけー完全に納得した。
──「……ヴィクくん」
……ん?
──「ヴィクくん……やっぱり、ぼくは……」
……さっきマージュがなんか言ったような。
「拘束の間は村の皆も帰ってこれないように俺から話をつけにいく。食糧は全員分、何日分あるか確認しておいてくれるか?」
「え……あ。うん」
ヴィっくんは気づいて無さそう。わたしの方が耳がいいから?
地面に座り込んで降参していたマージュ。英断だと思っていたマージュ。一番賢いと評価したマージュ。他も全員倒されちゃってもう今頃なにしたって何もないのに……。
……立ってる。
いつの間に。
降参した時の無気力な表情じゃない。かといって覚悟が決まった顔でもない。
半端というか揺れてるような。何かをしたいけどしていいか分からない……でもしないと後悔する……でもやったら取り返しがつかないかもしれない……でも──みたいな。すごいぐるぐる。優柔不断の煮詰まったような。
何をする気だろう。降参を撤回する? マージュが? 今更?
さっき一番賢いと評価したばかりなのに。評価を訂正しないといけないのか。
「ヴィっくん」
「ん?」
「マージュが──」
「──やっぱりぼくは、ヴィクくんを……一人にしたくない!」
──ゴオオオオッ!
「ヴィっくん! 避けて!」
「! マージュ!?」
びっくりした。
さっきまで何もできず俯いてた子が急にとんでもないサイズの炎ぶっ放してくるとは。
炎の魔法使いだとは知っていたけど……明かりをつけてるとこしか見たことなかった。ここまでとんでもない火力で攻撃ができるとは。ちょっと予想外。
というかわたし。さっきなんで急にヴィっくんを引っ張ったの?
手出しするなって言われていたのに。指示に従うのがわたしの基本なのに。ヴィっくんの指示なら尚更なのに。なんか勝手に行動しちゃった?
これぐらいの行動なら普通にすべきだと思ったのか。それとも──指示にはないけどヴィっくんを守りたいと思ってしまったのか……。
「……マージュ、止めてくれ。もうどっちにしろ俺には勝てない」
「いやだ……! いやだよヴィクくん! ぼくやっぱり、ヴィクくん一人だけだなんて……やっぱり!」
一度は諦めたけど……やっぱり勇気を出して止めようと思った。
そういうこと?
……まぁ気持ちは分からないでもないけど。
今更何かしたところで何が変わると言うのか。
いくらあの火力の火魔法を使えるとはいえ。本気になったヴィっくんなら全部避けられるし。なんなら当たった上でさらに突っ込んでいくまである。
今もどんどん火魔法を放っているけれどやっぱり直撃させるのが怖いのか。微妙にずれた方向へ飛ばして行ってるし。ヴィっくんも簡単に避けて……。
……あれ?
そもそもの軌道がおかしい。
最初から別の方向を向いている。
当たらないんじゃなくて……最初から当てる気が無い?
じゃあ何のために?
あの火の行き先。あの火が吸い寄せられていく。
その先にあるのは……。
地面に突き刺さった──あの聖剣。
*
「マージュ。もう抵抗は……」
「『燃えろ』! 『燃えろ』! 『燃えろ』ぉっ!」
違う。マージュの目的はヴィっくんを攻撃することじゃなくて聖剣に火魔法を当てること。
でもなんで? 何がしたいの。剣に火を当ててどうな……。
あれ?
あの剣……動いてる?
いやいやいやいや。まさか。
さっきの戦闘で変形するところは見た。鞭になったり長剣になったり。
でもあれはエスクリが使っていた時の話で──今エスクリは素手で立ち尽くしているはずで。誰も触っていないのに──勝手に形が変わっている。
それにあの形は。まるで人みたいな。
いや人だ。人型になってる。しかもあれは……。
「……わたし?」
……なんで?
なんでわたしの顔?
わたしと同じ。しかも金属のままの顔が……。
……いや。違う。これはわたしの顔じゃない。
今の「サシナ」としてのわたしの顔とは似ても似つかない……全然別人の顔。
じゃあなんでわたしは自分の顔だと思ったの?
わたしに顔は一つしかないはずで。もしもう一つあるとすればそれは……。
……勇者シエル?
でも待って。
エペは剣のはず。どうして剣が勝手に変形する? どうしてわたしの形になる? どうして勇者シエルの顔を知っている? わたしがかろうじてその姿に見覚えがあったとしても──剣がどうしてそんなこと……。
頭の中がぐるぐるする。整理を。整理をしないと。
エペは変形できる変な剣。鞭にも長剣にもなれた。そしてエスクリの装備だった。はず。
でも三回しか変形しなかった。もしかして使用制限? あるいは──魔力を消費して変形する? だとしたらさっきのマージュの攻撃は──攻撃ではなくエペへの魔力供給だった?
だからヴィっくんに当てる気がなかった。最初から。
じゃあもしかすると。シュヴァの意味の分からない強化魔法も……エペのためだったり?
それで人型になって何を……。
「! ヴィっく──」
──ゴアッ!
「あっつ!」
あっぶない。
火ということは。今のはマージュの攻撃。
わたしが警告しようとした瞬間に。
じゃあ初めから全部分かってこれを。
つまり目的は。
──ガシッ!
「なっ──誰だ!?」
『ヴィク、動かないでくれ! 僕はエペ! 聖剣のエペだ!』
人型の聖剣エペが──ヴィっくんに近づくこと……!
なんて一瞬の出来事。
地面に刺さっていた剣が一瞬で人型に変形しヴィっくんを羽交い絞めに。
「ヴィっくん!」
『動かないで! 今、ヴィクは僕が拘束している!』
「……エペ!? エペだと!? は、どういうことだ!?」
「ああやっと解放されました! エペありがとう!」
というかさっきからこの声は一体……?
あの剣のもの? 剣が喋っている? えっなにそれ御伽噺?
でも。だからといって別に状況は変わらないのでは。
いくら金属といえどヴィっくんの力ならその程度の拘束なんて簡単に。
簡単に……。
……あれ。
「ま、待て! 本当にエペなのか!? 今どうなってるんだ!?」
『エペだよ! 動かないでって! 今君を抑え込んでるの!』
「じゃあ振りほどけないじゃないか!」
『そうだよ! それが分かってこうしてるんじゃないか!』
……振りほどかない。
振りほどけないんじゃなくて。一瞬力を入れようとして……止めたような。
……ああ!
やっと理解した!
そういえばそうだ。
ヴィっくんは昔から「自分のもの」や「思い入れの無いもの」を簡単に使い潰す癖があったけど──他の人が大事にしてるものを壊すことができないんだった。
『ヴィク……卑怯な手段で拘束してごめん』
「待ってくれ。それ以上にとんでもない衝撃なんだが。え?」
『今まで黙っていたのも、謝る。実は僕には意識があるんだ』
「そ、そうなのか。俺も気づかなくて悪かった?」
なるほどなるほど。
エペはエスクリがずっと一緒に旅をしてきた聖剣。それを自分の都合で破壊するなんて──ヴィっくんの性格が許さない。
そして今ヴィっくんを拘束し実質的に人質みたいな立場にしている。下手なことができないので命令がない限りわたしはあのエペを振りほどいたりしない。そもそも剣を振りほどくとかわたしには力的にできない。
ヴィっくんのその性格を利用し……どういう仕組みかはわからないけど。自分で動き変形する剣が隙を突くことで──完全に予想外の振りほどけない拘束具を生み出すことに成功したと。
なるほど凄いことを考える。誰が思いついたんだろう。少なくともだいぶ前から──この『エペ特別強化プロジェクト』が進んでいたのかもしれない。
『だからヴィク。僕達の勝ちってことで……いいかな?』
「……っ」
……あっ。
よく考えたらこれヴィっくん負けちゃったじゃん。
仲間達を封じ込められなかったルートじゃん。
えっどうするのこれ。
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