VSヴィクトール
「そう……だったんだ。ヴィク、が……」
「エスクリ達は悪くない。裏切られたと思うのも当然だ」
「で、でも………………ごめん、気づいてあげられなくて」
「そ、それでも! 僕はっ……僕達は、ヴィクトールさんの味方ですから!」
……これは、まずいことになった。
さっき自分で「内通してるみたいじゃないか」なんて口走っておいて、それが本当にそうだったとは──いや、転生体と内通は違う。違うんだけど、今はその違いを整理する余裕がない。
僕だって、ここまでずっと一緒に旅をしてきて、疑問を投げかけることさえすれど、一切真実に気付きもしなかったんだから。
秘密があるのはお互い様、言い出せないのは僕達の方だっていうのに……。
「……」
唯一冷静なのはヴィクの隣に立っている……サシナだけか。ヴィク本人ですら、表面上は取り繕ってるけど冷静さを維持できていなさそうなくらいだし、シエル連中に至っては……全員以ての外。
サシナだけはヴィクの告白を聞いても立ち位置を変えなかった。彼女は最初から知っていたのか、それとも知った上でそこに立つと決めた? どっちにしても、既にヴィク側にいるってことなのか。
「いや……だが……なる、ほど。それなら、その方向性で、次のことを考え、ないと」
「シュヴァ。無理に取り繕わなくていい」
「まっ、待ってくれヴィクトール。いくら君がそうだったとしても……君の正義は確かに本物なんだ。それに私は憧れたし、君が善人であることは紛れもない事実で……だから……!」
……どうなんだろう。
シュヴァはこう言っているけど、僕としてはまだヴィクを信用しきれない。
だって彼にはまだまだ謎がある。
犠牲者の牧場で見せた異常なまでの殺気。本当に彼が純粋な魔王で僕達の裏切り者なら、自分が運営している組織の施設にあそこまで憎悪を滾らせる意味が分からない。
それに……あの熱い正義感と、数々の恐怖症、そして勇者シエルへの憧憬。
そんなものあり得ない。
あの『魔王ル・マル』に、正義感なんて──ある訳がない。何百歩間違えたとしてもあの悪の象徴が、心の奥底では世界を救うことを夢見ていただなんて、絶対にある訳がない。そんなもののために何百万人が死んだと思っているのか。
野菜や暗所や高所や先端や仮面が怖いだなんて弱点、あるはずがない。そんな弱点があるのなら、魔王討伐まではもっと迅速に進んでいたはずだ。あれだけ剣を突きつけられて、ル・マルは怯んだ様子も悲鳴を上げたことすら一度も無かった。
勇者シエルへの憧れなんて、どう考えてもおかしい。それだけは何があってもあり得ない。むしろ僕は前世で最もあの魔王から憎まれた存在だった。微かに憧れを抱きつつ、世界を半壊させただなんて、本当に理解できない。
だから、まだまだヴィクには納得できないことが多すぎる。
まだ、僕は……隠していることがあると思ってる。
彼には悪いけど……それでもまだ、信じられない。
「それでもだ、シュヴァ。人の命がかかってる。躊躇っていられないんだ、分かってくれ」
「……っ、でもっ……でも……っ!」
今、ヴィクの状態については三つのパターンが考えられる……はずだ。
一つ。本当に味方で善人で──人質がいるからどうしても敵対せざるを得ない立場。これなら僕は正直助かるけども……。
二つ。催眠か何かをかけられていて、無意識ながら──魔王軍の片棒を担がされている状態。今も何かしら認識を歪められていて、そうせざるを得ないと思い込んでいる……いや、これは僕の願望が混ざりすぎだ。
三つ。一番考えたくないけど……彼が演技をしていて──本当に裏切り者と言う可能性。今のこのやり取りも全て段取りの上で、勇者シエルを一掃する機会としか思っていない可能性だってあり得なくはない。
味方か。催眠か。演技か。判断材料が足りない。
さっきの告白だけで全部を信じるのは早すぎるし、全部を疑うのも違う。
彼を信じ、非礼を謝罪し、それでも協力すると言うべきなんだろうけど……それすら彼の好意に裏打ちされたが故の認識のゆがみなのかもしれない。
ただでさえ、既に勇者が大勢死んでいる。
プレヴィが魔王なら、僕達の存在は全員間違いなく補足された。
もしここで、好感度だなんて主観的なもので判断を見誤って、それが世界滅亡に繋がりでもしたら……。
「なァ、待てよヴィク」
「……リュト」
「事情は分かったよ。ただ、それでも拘束はしてほしくねェ。他にいい案はねェのか」
……リュトの声は低いけど、さっきまで問い詰めてた時の怒気はもう抜けた。
リュトなりの歩み寄りなんだ。拘束されるのは嫌だけど協力はする、だから代替案がないか、一緒に考えないか、と。現実的で、リュトらしい。
「今このやり取りも、見張られていないとは言い切れない」
「……オレ。アンタとはやりたくないんだけど」
「……ヴィクくんの役に立てないぐらいなら、ぼくは……」
「……どうする? ヴィっくん」
……どうすればいいんだ。
仲間の歩み寄りに応じない。議論を拒む。時間がないと急かす。情報を出さない。これだけ並べると不信の材料にしか見えないんだけど──同時に、見張られている可能性を前提にすれば全部説明がつく。
仲間を傷つけたくない様子はあるかと聞かれたら──ある、と思う。応答が淡白なのは感情を切り離そうとしているからに見える。見えるだけかもしれない。
僕まで冷静に状況を俯瞰できなくなっている……。
今、ここで、「勇者シエルの生まれ変わり」であることを暴露するのは……。
いや、ダメだ。それを言ったところで今の状況は何一つ良好な方へと動かないし、むしろ彼の精神を余計にかき乱して、プレヴィにだってさらなる情報を与えることにもなって……いや、これは僕が怖気づいてるだけなのか。
じゃあもう、戦闘は……避けられないってことなのか?
エネの命を救うため、僕達は全員無抵抗でこの村に留まり続け、ヴィクが勝てるかも分からない魔王を倒すのを待つしかないのか? これが全て作戦の内なのかも分からないまま……。
「……抵抗してくれていい。命令を遂行している間は、師匠に手を出すことは無いはずだから……」
……っ!
まずい。
ヴィクが、剣を構えた……!
*
「……こうさん、降参、します」
「……マージュ?」
「ヴィクくんの……役に立てないなら……ぼくなんか……ぼくなんかが、負けて、役に立つなら……」
ああ……やっぱりこうなるのか。
分かっていた。分かっていたけど、こんなタイミングで来るのか。
マージュがヴィクに依存していることなんて旅の初日から見えていた。
自己肯定感も回復して、自分を卑下することもほとんどなくなったけど……それでも彼女の中ではヴィクが世界の中心で、ヴィクに必要とされない自分には価値がない──そういう構造がずっとあったんだ。
献身のふりをした自己破壊。ヴィクのためと言いながら、自分が傷つくことで楽になろうとしている。
それが分かるから余計に性質が悪い。
「……すまない、マージュ」
「う、ううん……」
「おい……ホントにやるのかよ」
「ヴィクトール、別の、別の方法があるはずだ。そんな、考え直さないか、一緒に……」
「……」
そんな、謝るぐらいなら戦いなんて止めようよ。
せめて僕達を罵るとかさ。勇者の分際でソワンのボスを倒すまで魔王の復活を認識できていないも同然だった僕達を……役立たずとでも言ってくれていいんだよ。きっと君はそんなこと言わないんだろうけど。
それでも、たったそれだけの謝罪で済ませようとしているあたり、本当に時間がないと思っているんだ。皆の状態に構っている余裕がないのか。それとも構わないことで早く終わらせようとしているのか。
演技でこれをやっているなら相当な役者だけど──演技にしては、あの一瞬の目は……痛々しすぎるよ。
でもそれも僕の主観だ。主観で判断していい局面じゃない。まだ分からない。まだ決められない。
君が、敵だったらこんなこと考えなくていいのに。
でも君に敵であってほしくないだなんて、贅沢な悩みだよね……!
──ビュン!
動いた!
『──来るよ、エスクリ!』
「……ああもう! 分かってる!」
「エペ! 『五メートル/ウィップ』!」
「……鞭か! エペの硬化と軟化を……!」
「今褒められたって嬉しくないんだよっ! エペ! 刃潰してね!」
『当たり前!』
とにかく今は、なんとかヴィクを最小限のダメージで拘束して、交渉の席に持っていこう。
どうすればいいかは分からないけれど、このまま問答無用でノックアウトされて、目が覚めたら全身を拘束された状態で、既にヴィクは出発済み……そんなことになったら目も当てられない。
鞭なら大丈夫って訳じゃないけれど……このまま剣になって本格的に攻撃を繰り返して、ヴィクに致命傷を与える訳にもいかないんだ。僕だって彼の肉を斬りたいだなんて思わないんだから!
硬度はこっちの意思で自由に操作できるから、今はこの鞭の形態で……!
「──シッ!」
『!?』
「えぇぇえっ!?」
速っ!?
なんて迷いのない踏み込みなのさ。さっきまで言葉を選んで詰まっていた人間と同じとは思えないよ。会話の時の弱々しさが全部嘘だったみたいに──簡単に弾かれちゃった……!
「シュヴァ! 『加速』寄越せ!」
「『加速』! 『加速』! 『加速』!」
クソ、駄目だ。
身を翻す動きに力みがなかった。最小限の動作で軌道の外に出て、そのまま足を止めずに走っている。僕達の渾身の一撃を、通り道の障害物を避けるみたいにいなされた。瞬間的な速度は間違いなくエスクリを上回ってたし……本当にスペックが違いすぎる。
リュトとシュヴァは強化を盛りに盛ってるけれど……完全に準備ができるまではヴィクにどうやっても追いつけない。ギリギリで追いつけるのはエスクリだけで……そのエスクリの攻撃がこのザマじゃあ……。
とにかく格が違う。
分かってはいたけど、こうして実際に刃を向けてみると痛感する。
前の模擬戦なんかとは比較にもならない。
エスクリとの連携でこれなんだから──正面からぶつかっても勝ち目なんて最初から。
でも、そんなに走って、一体何を……。
その速度で攻撃に転じられたらこっちは一気に追いつめられるのに、それをしないのは……。
「あっ──」
「悪いなルメド、舌噛むぞ」
回復役を……抑えるため。
*
ルメドが取られた。
まずい。これは本当にまずい。ルメドがいなくなったら僕達の継戦能力が一気に落ちる。怪我をしても回復できない、消耗戦に持ち込めない、長引けば長引くほどこっちが不利になる。
ヴィクはそれを分かっていて真っ先にルメドを狙ったんだ。戦術として完璧に正しい。完璧に正しいからこそ感心もするよ。感心している場合じゃない。
そのまま殺したりせず、あくまで持ち運ぼうとしてるってのが彼らしいけどさ!
「わ、わあああああっっ!?」
「暴れるなルメド! 落ちる!」
「あっすみませ──じゃないですよこれぇ!?」
「揺れるぞ!」
──バキィッ!
しかもその状態で。
めちゃくちゃ距離を取って、走りながら近くの岩を砕き、それを投擲してくるって……!?
──ズガガガガッ!
いやいや、合理的だよ? ヴィクからすればルメドを気絶させる訳にはいかない。でも、意識があるなら詠唱も道具もなく回復魔法がルメドは使えるんだから……。
それができないくらい遠くへ常に移動して、遠距離攻撃だけでこっちの意識を刈り取って来ようとしてるんだ!
「──追いつかれたか! 悪いルメド!」
「え、あ──うわああああああああ!?」
!?
やっとリュトとシュヴァがヴィクに追いついたと思ったら──ルメド投げた!? 真上に!? なんで!?
「ヴィク! こっち見やがれこの野郎ォ!」
「『加速』! 『魔力循環』! 『加速』! 止まってくれヴィクトール!」
「……ハアアアァッ!!」
……そ、そういうことか!
ルメドとの距離が近ければ回復魔法を使われるから、近距離の二人が近づいて来た瞬間ルメドを空高く放り投げることで回復魔法の射程圏外にしようとしてるのか!
「チッ……速すぎる……!」
「くっ──! 近づけない……!」
強化を重ねがけしたリュトが正面から突っ込んで、シュヴァが側面に回り込んで……挟撃の形だ。二人の息が合っているけど──それでも、動きを見れば分かる。
二人とも本気で殺しにいけていない。あくまで、止めに入る、制圧する動き。ヴィクを傷つけたくないという感情が、攻撃の軌道に出てしまっている。
確かにおかしいよ。シュヴァの強化が入った状態で、二人がかりのシエルを普通に相手取れてるんだから。でも、だからこそその感情を見抜かれて、上手いようにあしらわれてしまってる……!
「──ああああああああっ、あ? はぇ?」
──ドサッ!
「おかえりルメド! 怪我無いか!」
「えええぇヴィクトールさん!?」
それで距離を取り直して……落ちてきたルメドをキャッチしてまた投擲!
敵であるルメドの怪我を心配してる辺り、やっぱりいつものお人よしが隠せてないけれど、それを一切戦闘の邪魔にせず、全力でこっちに対応してきてしまっている!
この一瞬で、ルメドを抱えたまま、空いた片手だけでシュヴァの強化済みの一撃をいなして、リュトの体術を捌いた。攻撃を返しもしない。ただ距離を取らせるだけ。「これ以上近づくな」って、動きだけで言っているんだ。
この差は何なのさ。僕達はずっとこの差の中で旅をしていたの? ヴィクが本気でその気になれば、僕達にはここまで差があるっていうのか。
──でも。
ヴィクの意識がシュヴァとリュトに向いていた。ほんの一瞬。ほんの僅か。
『エスクリ、今!』
「うん、エペ──! 『十メートル/ロングソード』!」
向こうが遠距離で来るならこっちも遠距離で応戦するまでだ。
鞭じゃない。今度は長剣。刀身を十メートルまで伸ばして、硬度を最大まで上げて。全身が引き締まる感覚。ここだ。ここしかない。
狙いは突き。殺傷じゃなくて拘束。動きを一瞬でも止められればシュヴァとリュトが追いつける。エスクリの踏み込みは正確で、迷いがない。ここだけは──ここだけはヴィクと互角だ。
問題は重さぐらいだけど……エスクリの反応速度なら、唯一ヴィクにギリギリで食らいつける!
「ハァ、ハァ……ッ! エスクリか!」
「ヴィク! 止まって!」
刀身が伸びる。僕自身が伸びていく。
十メートルの切っ先がヴィクに向かって真っ直ぐ。届け。頼むから届い──
──ザクッ……
……えっ?
自分から突き刺して……。
──ガシッ……!
……掴まれた?
『──エスクリ! 引いて!』
「! 『元に戻って』!」
「っ、惜しいか!」
あっぶな!
あっぶなぁ!
普通に物凄い力で引っ張られたよ!? もし一瞬でもエスクリが変形を解除してくれなかったら、僕がそれに応えられなかったら──その一瞬で武器ごと強奪されてたよ!?
素手で、僕の刃を。素手で掴んだりなんか。
なんで。なんでそんなことができるのさ……! 刃だよ? 十メートルの刀身の先端を、突きの勢いごと、片手で受け止めて。手のひらに穴が開いてるのに……痛くないの?
痛いに決まっているよね。決まっているのに、顔色が変わらないまま。
そうまでして、勝たないとって思ってるんだ。
「ハッ、ハァ……畜生がよ。んだあのスピードとパワーは。両立して良い訳ねェだろ」
「それは……そうだが……勇者として、彼の要求はどうしても飲めないのだから……」
「……同感だよ。でもこのままじゃ、普通にこっちの体力が先に尽きて負けちゃう」
『……彼を説得するには、一度でも完全に抑え込まないと無理そうだね』
エスクリが後退して、シュヴァとリュトの位置まで下がって、三人で横並びだ。
三人と僕。それが今の戦力の全部。
ここからが本番だ。
三人で──ルメドを抱えたあのヴィクに、どうやって勝つのか。
分からないけど引けない。引いたら僕達は村に閉じ込められて、ヴィクは一人で魔王に挑みに行く。そんな結末を認めるわけにはいかない。
だから、なんとしても止めないと。
……彼の手をまた斬るような真似は、嫌なんだけどね。
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