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リストラ解呪師。呪われた英雄たちを解放して大陸最強国家を築く~王国を支える"奇跡"は、実は英雄たちから奪ったものだったようです~  作者: アトハ


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★第8話 解呪師のいない地下

 ノアが王都を発った、その朝。

 完成式典の鐘が鳴り終わるのを、宮廷魔導院長グレゴールは王城の中庭で聞いていた。


 目の前には、諸侯と各国の使節が並んでいる。

 陽を受けた勲章や宝石が、居並ぶ顔の下で輝いていた。

 グレゴールは礼装の袖を整え、実演台の前へ進み出た。


「皆様、お待たせいたしました」


 話し声が収まり、視線が集まる。


 この日を、どれほど待ったことか。

 グレゴールはすぐには口を開かず、自分を見る来賓たちの顔を端から眺めた。


「本日ご覧に入れるのは、宮廷魔導院が完成させた、新たな恩寵の供給装置です」


 実演台には、地下の装置から専用の管を引いてある。

 今朝までに蓄えた恩寵を使わず、装置が新たに変換した力だけを受け取るためだ。


 グレゴールが頷くと、控えていた職員が合図を送った。


 待つ間も、グレゴールに不安はなかった。

 昨夜は三度試し、三度とも成功した。呪いを取り込み、使える力へ変え、地上まで送り出す。

 そのすべてを、解呪師の手を借りずに終えている。


(何が宮廷解呪師だ。多少の不純物を見ただけで、あれほど騒ぎおって)


 今朝、ノアが指差した黒い残滓を思い出す。

 魔導院が問題ないと判断したものに、あの男は最後まで文句をつけていた。


(平民の分際で、この私に式典を延期しろなどと。身の程を知れというものだ)


「変換完了。七本の導管、すべてに供給を確認しました」


 地下から届いた報告が読み上げられた。

 実演台に刻まれた魔術式が淡く光り、台の前に立った魔導士が両手を広げる。

 装置から送られた《火の恩寵》と《水の恩寵》を使い、魔法を披露するのだ。


 空中に、赤い炎が咲いた。

 大きく開いた花びらが一枚ずつほどけ、幾つもの火の輪となって回り始める。

 続いて、水盤から一筋の水が噴き上がった。水は空中で弧を描き、炎の輪を一つずつ通り抜けていく。


「おお……!」


 来賓の一人が身を乗り出した。

 輪を抜けた水は、頭上で大きな球になり、日の光を透かして輝いている。

 魔導士が指を動かすと、水の球は小さな粒に分かれ、実演台へ雨のように降り注いだ。


 最後の一滴まで水盤へ戻る。

 火の輪が一斉に大きく開き、花火のように散った。


 拍手が起きた。

 グレゴールは口元が緩むのを抑えず、来賓へ一礼した。


「見事ですな、院長。これほどの魔法を、もう解呪師に頼らず使えるとは」

「ええ。取り込みから変換、供給までを、この装置がすべて行います」

「王国の歴史に残るお仕事だ」


 年配の使節が差し出した手を、グレゴールはしっかりと握った。


「宮廷魔導院の技術をお認めいただけて、何よりです」


 ようやくだ。

 これまで、恩寵の供給を語るたび、最後には解呪師の存在を認めなければならなかった。

 身元も知れぬ平民一人がいなければ、王国の魔法は成り立たない。

 そう認め続けるなど、魔導院の長としての誇りが許さなかった。


 あの男は今朝も、装置を止めろと食い下がっていたな。

 だが、目の前の水盤には澄んだ水が満ち、魔法は見事に使えたではないか。

 職を失いたくないからと、よくもあそこまで言えたものだ。


 グレゴールは実演台の前へ戻り、声を張った。


「これより先、王国の繁栄が、たった一人の解呪師に左右されることはありません」


 来賓たちが顔を上げる。


「我ら宮廷魔導院の技術が、七柱の恩寵を支えてまいります」


 先ほどよりも大きな拍手が、中庭を満たした。


 グレゴールは深く頭を下げた。

 顔を上げても拍手は鳴り止まない。

 グレゴールは満ち足りた気持ちで、もう一度ゆっくりと来賓を見渡した。


***


 それから数日が過ぎた。

 装置は稼働を続け、王都では今日も魔法が使われていた。

 執務室の窓から見える水路にも、いつもどおり水が流れている。


 グレゴールは報告書に署名し、机の端へ寄せた。

 案ずるほどのこともなかった。あの朝、ノアの言うままに式典を延期していたらと思うと、今でも不愉快になる。


 続いて手に取った書状は、式典で握手を交わした使節からのものだった。

 帰国する前に、地下の装置も見学させてほしいという。

 そのために、滞在を延ばしてもよいとまで書いてあった。


 グレゴールは口元を緩めた。

 それほど見たいというのなら、自ら案内してやってもよいだろう。

 返事を書こうとしたところで、扉が叩かれた。


「院長。地下の装置のことで、ご報告が」


 入ってきたのは、点検を担当する魔導院の職員だった。

 作業着の上から上着を羽織っており、手には帳面を抱えている。


「なんだ」

「直接ご覧いただきたいものがあります」

「ここでは説明できんのか」

「変換後の管に、傷みが出ています。取り外したものを用意しておりますので」


 グレゴールは机に置いたばかりのペンを見た。

 管の傷み。その程度なら担当者の判断で交換すればよいものを。


「……分かった。案内しろ」


 立ち上がると、職員は頭を下げ、先に扉を開けた。


***


 王城地下の最下層は、相変わらず薄暗かった。

 巨大な貯蔵槽の中で、黒い呪いが粘り気のある波を立てている。

 その傍らには、魔導院が完成させた銀色の装置が据えられていた。

 表面の魔術式が、青白く光っている。


 点検のため、装置から先へ向かう流れは一時的に止めてあるという。

 グレゴールは貯蔵槽から距離を取り、職員が示した作業台へ向かった。


「こちらです」


 台には、縦に切り開いた接続管が置かれていた。

 外側はまだ新しい金属の色をしている。だが、内側には黒いものが帯のようにこびりつき、管の曲がったところで厚く固まっていた。


「……残滓か」

「はい。変換後の流れから、ここに付着したものと思われます」


 グレゴールは管を覗き込んだ。


 式典前にも確認した不純物だ。

 白い流れの中に混じる細かな黒が、管の内側に引っかかったのだろう。


「流れているものが多少溜まるのは、別におかしなことではない。取り除けば済むだろう」

「私も、初めはそう考えました。ですが、こちらをご覧ください」


 職員が管を回し、明かりの下へ寄せた。

 黒い付着物の一部が、すでに落としてある。その跡を見て、グレゴールは眉を寄せた。


 黒い残滓が付いていた部分だけ、管の金属まで腐っていた。

 ほかの部分は滑らかなままなのに、そこだけがぼろぼろに崩れている。


「汚れを落とす際に削ったのではないか?」

「強くこすってはおりません。こちらも、同じ状態でした」


 職員が布を当て、残っていた黒い塊を拭い取った。

 それだけで、下の金属までぽろぽろと剥がれ落ちる。


「……腐食しているのか」

「はい。黒い残滓が厚く付いていたところほど、傷みがひどくなっています」

「いつからだ」

「腐食が見つかったのは、今朝です。初日に残滓を拭き取ったときは、管に傷みはありませんでした。その後、付着する量が増えていたので、詳しく調べたところ、この状態に」


 グレゴールは、剥がされた黒い塊を見た。

 呪いの反応は出なかった。触れた者の手にも異常はなく、三度の変換試験でも、このような傷みは確認されなかった──それが、数日使っただけでこうなるというのか。


「管が古かったのではないか? 地下の設備は、百年以上使っているものもある」

「これは、装置と一緒に新設した接続管です」


 職員が管の外側へ指を向けた。

 納入時に刻まれた印が、はっきりと残っている。グレゴールにも見覚えのあるものだった。


「あの男が処理していた頃にも、似たようなことはなかったのか。記録は調べたか?」

「点検記録を確認しましたが、同じ付着物についての報告は見当たりませんでした」

「どこまで調べた」

「ノア殿が担当されていた十年分です」


 グレゴールは口を閉じた。


「ノア殿に、確認を取ってはどうでしょうか」


 職員は、帳面を開いたまま続けた。


「以前の処理で、こうしたものが出たことはないか。もし出ていたなら、流す前にどうしていたのか。それだけでも、分かれば――」

「出していないそうだ」


 グレゴールの声に、職員が顔を上げた。


「あの男は、自分が処理したときには残らなかったと言っていた」

「では、今回のものは……」


 職員の目が、作業台の管へ戻る。

 その視線を追いかけそうになり、グレゴールは顎を上げた。


 ――これを毎日流し続けたら。


 あの朝の声が、嫌にはっきりと思い出された。


 ノアは、この装置を何日か動かしてから判断しろと言っていた。

 目の前にあるのは、まさに数日間、白い力を流し続けた管だった。


「院長?」

「……清掃と部品の交換だ」


 グレゴールは、管を指した。


「その程度で、あの男に頼むつもりか?」

「いえ。ノア殿の処理では、なぜ不純物が残らなかったのか。それを確かめたいのです」

「人と装置では、違いが出て当然だ。残るなら、管を傷める前に取り除けばよい」


***


 その日の夕刻。

 執務室にいたグレゴールのもとへ、一人の職員が駆け込んできた。


「院長。訓練場の魔導士が一人、治療室へ運ばれました」

「魔法の暴発か?」

「いえ。魔法を使おうと《火の恩寵》を吸い込んだところ、突然苦しみ始めたそうです。そのまま倒れ、今も意識が戻っておりません」


 グレゴールは眉を寄せた。

 恩寵を体に取り込み、魔法を使う。魔導士ならば、毎日のように行っていることだ。


「その者に、持病でもあったのではないか」

「それが……腕に、黒い変色が出ているそうです」


 書類をめくろうとした手が止まった。


「医師は、呪いを受けたときの症状に似ていると」

「呪いだと?」


 思わず声が大きくなった。

 職員が身を固くする。


「その者は、何か呪われたものに触れたのか?」

「一緒にいた者にも確認しましたが、いつもどおり魔法の訓練をしていただけだと」


 グレゴールは口を閉じた。


 地下で見た接続管が思い出された。

 黒い残滓を拭い取っただけで、その下の金属まで崩れ落ちた。


 あの管を流れていた恩寵を、魔導士は体に取り込んだのだ。


「……その者が使った恩寵を調べろ」

「はい」

「装置から送り出しているものもだ。結果が出たら、すぐに私へ持ってこい」


 職員が頭を下げ、足早に出ていく。

 扉が閉じても、グレゴールは書類へ手を伸ばせなかった。


 ただの不純物だ。

 呪いの反応もなく、人体への影響もない。


 自分で、そう言った。

 管に溜まるなら、取り除けばよいと命じたばかりだった。


 だが、管を通り過ぎたものは。


 グレゴールは椅子から立ち上がった。

 装置は今も、王都中へ恩寵を送り続けている。

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