第12話 食べ放題計画
「畑、ですか?」
「ええ、せっかく自由になったんだもの。少しでもおいしいものを食べたいじゃない」
レティシアは、調理台に残っていた灰色の塊を嫌そうに見た。
あれを毎日食べることを考えると、僕も賛成だった。
「それなら、エーリクさんに聞いてみましょうか」
器を重ねていたハンナさんが、顔を上げた。
「エーリクさん?」
「村で畑をやっていた人です。種も持ってきたって、奥さんが言っていました」
「ぜひお願いするわ」
しばらくすると、ハンナさんが年配の男の人を連れて戻ってきた。
昨日、アルヴァンに迎えた人の一人だ。
男の人は僕に頭を下げ、小さな袋を差し出した。
「エーリクです。畑を作るのでしたら、これを」
口を開けると、底に細かな種が溜まっている。
「村から持ってきた種です」
エーリクさんは、種がこぼれないように袋の口を閉じた。
「昨日、女房と話していたんです。ここでお世話になるなら、この種も役立てられないかと」
「いいですね。レティシア、種を植えられそうな場所に心当たりってある?」
「そうね……」
レティシアは、何やら考えながら窓の方を指した。
「アルヴァン宮の東側に、菜園があったの。厨房で使う野菜や香草を育てていたわ。なにか残っていればいいのだけど──」
「なら、そこに行ってみましょう」
僕が頷くと、エーリクさんも顔を上げた。
「ありがとうございます。さっそく農家仲間を呼んできます」
足早に厨房を出ていく。
レティシアはその背中を見送ってから、僕を振り返った。
「相棒。この畑いっぱい食べ放題計画は必ず成功させるわよ」
「そんな名前の計画なんですか?」
「今つけたの。やる気が出るでしょう?」
「……あれを毎日食べるのはきついですからね。頑張りましょう」
僕がそう言うと、レティシアは真剣な顔でこくこくと頷いた。
***
アルヴァン宮の東に回り、まだ黒いままの道を進んだ。
僕が道の呪いを解き、レティシアたちには後ろからついてきてもらう。エーリクさんのほかにも、三人が一緒に来ていた。
やがて、道の先に石の囲いが見えてきた。
人の背丈ほどの壁に沿って歩くと、鉄の門がある。
その隙間から、中を覗き込んだ。
「……広いですね」
門の向こうには、石垣で土を支えた段々畑が、斜面の上まで続いていた。
門は一番下の畑に面していて、脇には上の段に続く石段がある。
手前には道具を置くためらしい小屋があり、一番上の畑の奥には低い木が何本も立っていた。
けれど枝に葉は一枚もなく、地面も石垣も、黒い呪いに覆われていた。
「昔は、ここから厨房に籠を運んでいたわ」
レティシアが、宮殿から歩いてきた道を振り返る。
「私も、よくついていったもの」
「野菜を運ぶのを手伝ってたんですか?」
「熟れた実があると、食べさせてもらえたのよ」
「なるほど」
昔から、おいしいものには目がなかったらしい。
僕は菜園に視線を戻し、門に手を当てた。
絡みついていた呪いを払うと、黒に埋もれていた鉄の格子が現れた。取っ手を押すと、門が軋みながら開く。
門をくぐり、しゃがんで地面に手を当てた。
土に染みついた呪いを解くと、手の周りから黒が消えていく。
(この広さを全部解呪するのは、時間がかかりそうだね)
ひとまず、みんなに入ってきてもらおう。
僕は土の中まで呪いを払い、門のすぐ内側に何人か立てるだけの場所を確保した。
顔を上げると、エーリクさんが門のところで身を乗り出していた。
「中の土も、見てもいいですか」
「はい。ここはもう大丈夫だと思います」
呪いを払った場所を示すと、エーリクさんは門をくぐり、すぐにしゃがんだ。
指を差し入れ、土をつまむ。
手のひらで崩してから、もう少し深いところも掘っていた。
「どうでしょう?」
「耕してみないとはっきりは言えませんが、悪くはなさそうです。石も少ない」
ほかの人たちも、近くにしゃがみ込んだ。
土を触り、日当たりを確かめるように顔を上げている。
「水は運んでこられるしな」
「ああ。あとは、鍬があれば」
エーリクさんが、手のひらの土を見つめた。
「……ここに種をまけるんですね」
「はい。周りから入ってくる呪いは、くまくまたちに見てもらいます」
門のそばでは、くまくまが一体待機していた。
這い戻ってきた黒い染みを払うと、門の反対側に走っていく。
「お願いね。せっかく植えたものが枯れたら困るもの」
「くま!」
レティシアに元気よく応えて、ほかの子たちも菜園に入ってきた。
僕は立ち上がり、まだ黒い土が残っているところに進む。
「僕は、使える場所を広げていきますね。まだ黒いところには入らないでください」
「分かりました。気をつけます」
小屋までの呪いを払い、壁や扉に手を当てた。
中に残っていた道具も解呪し、鍬を見つけたことを伝えると、エーリクさんたちがやってきた。
道具を確かめるのを任せ、僕は畑に戻った。
一番下の畑を終え、石段の呪いを払いながら上った。
上の畑も順に解呪し、最上段に残っていた呪いを払って立ち上がる。
振り返ると、エーリクさんたちはまだ小屋の前に集まり、道具を確かめていた。
「エーリクさん! 上の畑も、もう大丈夫ですよ」
呼びかけると、四人が驚いたように顔を上げた。
「も、もう終わったのか?」
「ええ。コツをつかめばあっという間でした」
「あっという間って──」
僕の返事に、エーリクさんはあんぐりと口を開けた。
さっきまで真っ黒だった畑が、斜面の一番上まで土の色を取り戻している。
「ふふん、流石は相棒ね」
何故かレティシアまで得意げだった。
***
下の畑に戻ると、小屋から道具が運び出されていた。
残っていた鍬は柄が傷んでいたけれど、刃はまだ使えそうだ。
アルヴァン宮から呼ばれてきた大工さんが、そのうちの一本を手に取った。
「持ち手を替えれば使えそうだな。昼までには何本か用意するよ」
「助かる。こっちは先に、枯れ枝をどかしておく」
エーリクさんは袖をまくり、畑に落ちていた枝を拾い始めた。
僕も近くにしゃがみ、土からのぞいていた太い根をつかむ。
引っ張ってみたけれど、びくともしない。
両手で握り直したところで、レティシアが隣にしゃがんだ。
「相棒、私も何か手伝うことはある?」
「ありがとうございます。それなら、そっちを持ってもらえますか?」
レティシアが根の付け根をつかむ。
二人で力を合わせて引っ張ると、土が盛り上がり、太い根が一気に抜けた。
「抜けた!」
レティシアが、土のついた手を広げた。
「まだたくさん残ってますよ」
「あら。なら、全部抜いてしまいましょうか」
それから畑に落ちていた枝や、手で抜ける枯れ草を片づけていった。
途中からはほかの人たちも加わり、拾った枝や石が畑の端に積み上がっていく。
土の奥に残っている根までは手が出せなかったけれど、地面を覆っていたものはだいぶなくなった。
昼前、大工さんが持ち手を直した鍬を何本も運んできた。
「待たせたな。これなら使えるはずだ」
エーリクさんが受け取った鍬を土に入れる。
固まっていた土が掘り返され、その下から残っていた根が姿を見せた。
今度はそれを取り除きながら、少しずつ畑を耕していく。
「畑仕事って、けっこう楽しいのね」
「ですね。やった分だけ、きれいになっていきますし」
「はは。そう言ってもらえると嬉しいですね。ですが農作業の醍醐味は収穫ですよ?」
エーリクさんは嬉しそうに鍬を握り直し、もう一度土を掘り返した。
「楽しみね、相棒」
「はい。食べ放題計画、うまくいくといいですね」
目指せ、脱・灰色ブロック。
僕はレティシアと顔を見合わせ、もうひと頑張りすることにした。




