第13話 曲がり角の向こう
昼食を挟み、午後もエーリクさんを中心に畑で作業を進めていく。
掘り返した土から根や石を拾い、固まったところは何度も鍬を入れてほぐした。
やがて手前の畑に、土を細長く盛った列が何本かできあがった。
菜園全体から見れば、まだ一部分だ。
けれど朝は呪いに覆われていた畑が、気づけば種をまけるところまで復旧していた。
エーリクさんは土に浅い溝を引くと、袋から種を取り出した。
僕も隣にしゃがみ、その手元を覗き込む。
「これはかぶの種です。この溝に、間を空けながらまいていきます」
「こんなに小さいものから、あんなに丸々としたかぶが採れるんですね」
「ええ。よかったら、ノア様も」
王都の商店では、かぶは珍しいものではなかった。
それでも、こんな廃墟で一から育てようとしてみると、店先に当たり前に並んでいたことが、ありがたく思えてくる。
差し出された袋を受け取り、手のひらに種を出してみた。
丸い粒が転がる。こぼさないように指でつまみ、エーリクさんがまいた種の隣に落とした。
「これくらいですか?」
「はい。その調子で」
「私もやってみていい?」
レティシアが隣にしゃがみ込み、僕の顔をじーっと見つめてきた。
「もちろんです。どうぞ」
袋を差し出すと、レティシアは嬉しそうに受け取った。
僕がまいたところの隣に、彼女も種を落としていく。
「……こんなものかしら?」
「もう少し離してやってください。芽が出ると、混み合ってしまうので」
「難しいのね」
エーリクさんの説明に、レティシアは真剣な顔で頷いた。
その隣に、くまくまが一体やってきて、ぴょんぴょんと跳ねた。
「あなたもやりたいの?」
「くま!」
くまくまが両前足を差し出すと、レティシアはその下に手を添えた。
「相棒。この子にも種を分けてあげて」
「はい。こぼさないようにね」
揃えた前足に種を分けると、くまくまは畑に向き直った。
溝のそばにかがみ、前足を傾けて種を落としていく。レティシアも隣から覗き込み、種が落ちるたびに頷いていた。
「そうそう。それくらい離すのよ」
「くま~!」
「さっそく教える側ですね」
「ふふん。私のほうが先輩だもの」
レティシアは得意げに言い、自分も種まきを再開した。
なお、エーリクさんに「もう少し離してくださいね」と言われると、くまくまに見られないよう、こっそり種をずらしていた。使い魔には格好をつけたいお年頃なのだ。
そうしてみんなで種をまいているうちに、一番下の畑の一区画が終わった。
エーリクさんが種に薄く土をかぶせる。その間に、ほかの人たちがアルヴァン宮から水の入った桶を運んできてくれた。
エーリクさんがその水を畑にまくと、乾いた土が水を吸い、色を濃くしていった。
「どれくらいで芽が出るんですか?」
「天気にもよりますが、何日かすれば。ここの畑は我々に任せてください──乾かさないように見ておきますよ」
エーリクさんたちが、頼もしく頷いてくれた。
僕は、自分が種をまいたところを見た。
土をかぶせてしまうと、隣と見分けがつかない。
それでも、この下に自分がまいた種が埋まっているのだと思うと、なんとも言えない感慨があった。
「芽が出たら、教えてもらえますか。見てみたいので」
「もちろんです」
「毎日来ればいいじゃない。アルヴァン宮のすぐそばなんだから」
レティシアに言われ、僕は顔を上げた。
「そうですね」
「私も来るわ。私がまいたところ、どこだったかしら」
エーリクさんが笑い、細い枝を一本拾った。
種をまいたところの端に挿してくれる。
「ここからですよ」
「ありがとう。相棒の分は、隣ね」
彼女も枝を拾い、僕が種をまいたところの端に挿した。
並んだ二本の枝を見てから、レティシアは満足そうに立ち上がる。
エーリクさんたちは道具を片づけながら、空いている畑に何を植えるか話し始めていた。
豆がいいという声に、別の人が首を振る。
「芋だろう。腹に溜まる」
「豆のほうがいいって。スープにたっぷり入れたら、うまいぞ」
「どっちも植えればいいじゃないか。畑はまだ、これだけあるんだ」
指差した先には、まだ手をつけていない畑が、石段の上まで続いていた。
その話を聞いていたレティシアが、とことことエーリクさんたちに歩み寄った。
「エーリクさん、苺なんてどう?」
「苺?」
「ええ。この辺りで採れる白苺は、美味しいと他国でも有名でね──三百年前の特産品だったの。どこかに種があったと思うのだけど……」
「いいですね」
僕も頷きながら、レティシアたちのそばに歩み寄った。
「たしかに楽しみも必要だしな。よし、それなら俺はトマトを──」
「それは駄目」
「トマトは、どうして駄目なんですか?」
「いい、相棒。トマトっていうのはね、悪魔が人類を滅ぼすために送り込んだ刺客──悪魔の果実なの」
「あんなに美味しいものを悪魔の実にしないでください」
真剣そのもののレティシアを、僕はじとーっと見つめた。
僕の相棒、トマトはとっても苦手らしい。
あちこちで笑い声が上がり、トマトを提案した人も笑いながら頭をかいた。
「それじゃあ、ほかのものを考えますか」
「ええ。トマト以外なら、歓迎するわ」
念を押すレティシアに、また笑いが起こる。
僕はエーリクさんたちに、残りをよろしくお願いしますと声をかけ、レティシアと二人で畑を離れた。
──なお、結局トマトは有力候補であり続けた。
***
菜園を出る前に、僕たちはもう一つの門を見に行った。
鉄の格子の向こうには、荷車が通れそうな幅の道が続いている。
「この先は、大通りにつながっているわ。荷車を通すときには、こちらを使っていたの」
レティシアの隣に立ち、門の外を覗いた。
高い塀に挟まれた緩い坂道の先は、大きな広場のようになっていた。そこから左右に延びる大通りには、呪いに覆われた建物が軒を連ねていた。
「それなら、こちらも通れるようにしておきましょうか」
「ええ。これから人が増えたら、こちらの道も必要になるかもしれないわね」
門を開け、道の呪いを払いながら坂を下った。
くまくまたちが二体、僕たちについてきた。
「くまっ!」
坂の途中で、一体のくまくまが足を止めた。
脇道から、黒い染みが入り込んできている。いつものようにくまくまが前足をかざし、黒い染みを消していった。
けれど、くまくまが少し離れた瞬間、また同じ場所に黒い呪いが入り込んできた。
「くまっ!」
「くまくま~?」
くまくまたちが、その場でぴょんと飛び跳ね、異常を訴える。
二体が前足をかざすと、白い光が広がり、黒い染みは脇道の奥まで退いた。けれど光が消えると、すぐに石畳を這って戻ってくるのだ。
「相棒」
「はい。僕がやってみます」
僕は二体の前にしゃがみ、石畳に手を当てた。
入り込んできた呪いを解き、その先の黒い部分にも力を伸ばす。念のため曲がり角の少し先まで呪いを払ってから、手を離した。
(これだけ広げれば、普通ならもう大丈夫なんだけど──)
くまくまたちも、僕の隣で石畳を見つめていた。
けれども黒い呪いは、まるで意思を持つかのように、再びこちらに流れ込んできた。
「くまぁ……」
「くまっ!」
くまくまたちが、僕の顔と黒く染まった石畳を交互に見た。
「……戻ってくるわね」
レティシアが眉を寄せ、呪いの流れてくる脇道を見つめた。
「レティシア。この先には、何があるんですか?」
「屋敷が並んでいたはずよ。でも、今どうなっているかまでは分からないわ。私が囚われてから、もう三百年も経っているもの」
僕は頷き、曲がり角に目を向けた。
呪いは今も、そこから流れてきている。この先で、何が起きているのだろう?
「奥を調べてみましょう。このままでは、何度やっても同じです」
レティシアは頷き、僕の隣に並んだ。
「ええ。行きましょう、相棒」




