第二十二話・・最後の宵・・
第二十二話・・・最後の宵・・・
「はなちゃん。着いたよ」
さっきまで福泉寺の東屋のベンチで横になっていたはずなのに、
いったい・・・
「よく眠っていたから一人が車まで運んでくれたんだよ。
夕暮れも近かったしね。どうだい気分は?」
「ありがとう・・・・」
そう言いながら、私はちょっと恥ずかしい気持ちになっていた。
(一人に運んでもらったって・・・うわ!重くなかったかな・・・)
「歩けるかい?」
「おかげで、めまいも消えたし、
耳もちゃんと聞こえるようになったみたい」
「よっ!巫女様」
一人がそう言いながら私の肩をポンと軽くたたいた。
「私を運んでくれたんですってね、ありがとう」
「はなちゃんが結構重くて大変だったよ」
そういいながら一人がよろける真似をしてみせた。
私はまるで心を読まれたような気がして、うつむいたまま小さな声で
「すみません・・・ごめんなさい」と返した。
一人は大きな声で笑いながら宿の中へ入って行った。
「さあ、遠野最後の夜だよ、ご飯にしよう」
福ちゃんがやさしく声をかけてくれた。
夕食の後、明日のために荷造りしながら
短いようで長かった遠野の郷での出来事を思い出していた。
今夜も座敷カッパのたっちゃんの姿は御膳の前にはなく、
思えばこの民宿パハヤチニカに泊まったことが全ての始まりで、
座敷カッパのたっちゃんとの出逢いからはじまり、
オシラサマのマリさん、
サムトの婆の幸子さん、
更にハヤチネの神様にヒダリマワリの祭りに、
トヨの神様。
平凡だった毎日が180度変わってしまうような、
目に見えない世界での体験の数々。
まるで夢の中にでも迷い込んだ出来事の連続を、
きっと以前の私なら、驚くばかりで
何が何だかわからないままだったと思う。
けれど全ての出来事のキーワードが
「はなゑ、待っていました。」
という言葉だったこと。
自分でも不思議なくらい冷静に感じとっていて、
自分の中から不思議な感覚が蘇ってくるのがわかった。
いったい私に何をさせようと言うのだろうか?
そして何を伝えようと言うのだろうか、
座敷カッパのたっちゃんは
「オモイダシテ」と言ったっきり
姿を見せなくなってしまった。
そして明日はいよいよ夢に何度も現れ続け、
私を遠野に導いてくれた続石に逢いに行ける!
半分怖いけど、半分何が起こるのか見てみたい。
「はなちゃん。荷造りは済んだかい?」
福ちゃんが隣の部屋から声をかけてきた。
「ええ、終わったわよ」
小さなスーツケース1個に、
わずかな土産物だけの簡単な荷造りは、
考え事をしながらでもすぐに終わり、
福ちゃんが明日のミーティングを行うと言うので、
隣の福ちゃんたちの部屋へ向かった。
隣の部屋に入るなり、福ちゃんが待っていましたとばかりに
「はなちゃん、凄いことがわかったんだよ」
と弾んだ声で話し始めた。
「これをみてほしいんだ」
そう言いながら、カレンダーの裏に
手書きでさっき一人が話してくれた、
曽祖父から聞いたという、
伊豆神社から早池峰神社を線で結び、
その直線上に神遣神社があることと、
石上山と六角牛山が三角形を描く事が書き込まれていた。
更には各神社の御祭神も書き込まれたいる。
伊豆神社と早池峰神社の御祭神は共に瀬織津姫命、
六角牛山の御祭神は速秋津姫命、
石上山の御祭神は速佐須良姫命
「はなちゃん、もう一度大祓祝詞を唱えてくれないかな、
ここに書き込んである
三人の女神がたちが登場する部分だけでいいから」
私が首を傾げて、何事が起きているのか、
わからないでいる私を福ちゃんが察して
「落ち着いてよく聞いてくれよ。
瀬織津姫が、人々が犯した罪や穢れを川から海へと運び、
速秋津姫を経由して根の国に住む、
速佐須良姫がそれを飲み込む、
つまり、早池峰山、六角牛山、石上山は
古代の浄化システムだったと言う意味じゃないかと思ったんだよ」
あまりのスケールの大きな話に、
福ちゃんの話がよく理解できないでいる私がいた。
それでも云われるままに再び
大祓祝詞の3人の女神が登場する部分を唱えた。
「ありがとう。さっき祝詞の意味を一人が調べてくれてね。
その結果なんだけどね」
福ちゃんは一人に説明するように促しているが、
一人は福ちゃんに説明してくれと手で合図している
「わかったよ、それじゃ僕が説明するね」
「ちょっと待って!遠野三山が浄化システム?
いったい何を浄化するためのものなの?
私には全く意味がわからないんだけど?」
「まあ、はなちゃんが驚くのも無理はないことだけど、
ここからが謎解きの始まりだから、落ち着いて聞いてくれよ」
福ちゃんにそう促されて、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「古代この日本列島には、西南のヤマト。
東北の日高見の二つの国が存在していたのは、
いろんな文献にも表されているから、
知っているかと思うけど、
東北の覇者として有名な、蝦夷の頭領の阿弖流為が亡くなり、
日高見の国が合併されてから、
ヤマトが日本の国名を用いたとされている
青森県のある村には
日本中央と書かれて謎の石文も残っているそうだ。
当時のヤマトの国の人々は
この東北を恐れていたことは確かだね」
「それじゃ、つまりヤマトの国の人たちが滅ぼした
日高見の国の人たちの恨みの気持ちを浄化するために
自然の形を利用してお社を建てたり、
神様を祀ったりしたってことなの」
「いや、そう考える学者もいるようだけど、
僕は違うと思うんだ。
遠野の郷や、山を実際に歩いてつくづく感じたのは
この土地の豊かさだよ。それも心の豊かさだよ。
どんなに辛い状況だったとしても、
昔話に表されているように総て笑い話や、
尊い教えとして語り継いでいるよね。
厳しい気象条件だったようだから、
人々の暮らしも大変だったと思うけれど、
だからこそ「生かされている」と言う気持ちが
あちこちに、今も生きていると感じるよね。
今はお金を出しさえすれば、大概の物は手に入る時代だけど、
本当はお金じゃ買えないものの方が、大切なんだって、
この郷の人々は知っているよね。
この思いは、古代からの大きな時代の流れの中で、
日高見の人々の心の中に流れている、思想だと感じるんだよ。
だから、争いを続ける当時の日本の国を、自分達の祈りの力で、
もう二度と争いの起こらない平和な世の中にしようと
したんじゃないかな、
僕はそのための浄化システムだと思うんだ」
福ちゃんはそう言い終わると大きなため息をついた。
「つまり、浄化システムを造ったのは、
ヤマトの人々ではなく、日高見の人々だったってことなの?」
「そう言うことになるね。
でもシステムを造ったのはヤマトの人々だよ。
御祭神がヤマトの国の神々だからね。
そこが日高見人々の凄いところだと思うよ。
たとえ敵軍が造ったものでも、
自分達の思想に変化させていくのだからね」
小学生の頃、教科書でこの岩手には
蝦夷と呼ばれる鬼が住んでいて、
征夷大将軍の坂之上田村麻呂により
蝦夷征伐が行われたと教えられた。
私たちの祖先は鬼なのかと
真剣に悩んだ事もあるが、
その後随分経ってから(歴史は勝者が創る)
と言うことを学んで
実は阿弖流為を中心とした、
争いを好まない平和な暮らしを営んでいたのが、
私たちの祖先だということを、提唱する学者が現れ、
近頃やっと世の中に知れ渡ってきた。
確かに土地の理を利用して、この地を浄化しようと考えたのは、
ヤマトの人々だったかもしれない、
昔からの自然崇拝を大切にしてきた蝦夷の人々にとっては、
自分達がいつも祈りを捧げていた場所に
立派なお社を建てられ、
聞いたことのない神々の名前を唱えるようにと強要されようが、
それでも、豊かな恵を与えてくれる山は山で、
そこに変わらずあるわけだから、
それも良しとして、争いのない
平和な世の中を願うことに変化させていったのではないだろうか、
私の心の奥の方で誰かが頷いたような気がした。
そして福ちゃんの解釈が本当に嬉しかった。
山は古代からこの日高見の国を守ってきた。
人の心がどうあれ、ひたすらに見守ってきたのだと思う。
今夜の福ちゃんの話をハヤチネの神様はご存知なのだろうか・・・
もしかして、今日私が時間の狭間で見た
ヒダリマワリノ祭りはこのことを伝えるために
見せてくださったのかもしれない。
そんな気持ちがものすごく強くなり、
私は二人に、私が今日体験した出来事を伝えなくてはいけない、
そう強く感じた。
「実は・・・・」
そう言いかけてあわてて口を押さえた。
・・・口外するときは時を選んで・・・
あの影のような人は確かにこう言った。
けれど時を選ぶってどういうことなんだろう・・・。
(ハ・ナ・エ・ダイジョウブ・イマガソノトキダヨ)
と、突然心の中に言葉が響いてきた。
この声と話し方には聞き覚えがあり、
私はすぐに、座敷カッパのたっちゃんだとわかった。
姿は見えないけれど、
きっと近くで私たちを見守ってくれているのはわかっていたから、
たっちゃんの言葉に、背中を押してもらいながら、
今日の出来事を伝えることにした。
「実は・・さっき訪ねた福泉寺でね、
ヒダリマワリの祭りを見せていただいたの」
「えっ!いつの間に?」
福ちゃんと一人が同時に聞き返してきた。
「賽銭箱の前で三人並んでお参りしたでしょう、あの時よ」
福ちゃんと一人は顔を見合わせている
「時間と時間の間の話なの、驚くかもしれないけれど、
本当のことだから落ち着いて聞いてね」
福ちゃんと一人は静かに頷き、
私は覚えている限りのことを二人に話して聞かせた。
しばらく沈黙が続いた。
到底信じてくれる内容ではないことはわかっている。
話している私でさえ信じられない
と言うのが本音なのだから、
今の世の中での常識では考えられない、
現実の世界とは違う次元が存在しているという事になるからだ。
「本当に時間と時間の間にいたのかい?」
一人が信じられないという顔で聞いてきた。
「信じられないかもしれないけど、嘘じゃないわよ。
だって風も雲のみんな動かないで止まったままだったから」
「その時俺たちはどんなだったの」
「賽銭箱の前で手を合わせてまま止まっていたわ」
一人はなぜかニヤリと笑い
「今度は俺も連れてってくれよ〜」
と手を合わせながら
私に言うものだから思わず笑ったしまった。
「悪いことに利用している人には
遠野の郷の神様は招待しないそうよ」
そう伝えると一人は
「遠野の郷の神様、仏様どうか今度はこの斎田一人にも
ヒダリマワリの祭りにご招待よろしくお願いいたします」
そう言いながら手を合わせている。
その姿を見て、福ちゃんと目と目を合わせて大笑いした。
「神様たちの姿は見えたのかい?」
福ちゃんが言った。
「姿というか・・・とにかく眩しい光だったの、
右側に集まったのが、
どうやら神様と呼ばれるもののような気がしたの、
光の中心にそれぞれ違う形があって、
回転していたり、螺旋を描いていたり、
真っ直ぐだったり、長いのやら、短いのやら、
今まで見たことのない不思議な記号のような形もあったわ、
それから左側に集まっていたのが
仏様と呼ばれている者達のようで、
美しい七色の原色に近い色合いの紐が、
いろんな形を造っていたわ」
「そりゃすごいものを見せられたんだね。
でもさ、はなちゃんの話を聞いてたら、
元素記号みたいなものじゃないかって思ったよ」
「えっ?元素記号?」
「そう、その影のような人は、
大きなエネルギーって言ったんだろう。
この地球の始まりは「光あれ」の言葉から始まり、
化学では水素から始まったって解明されているんだよ。
神仏がそれぞれ元素だと考えると、
大切にしなきゃいけない意味が、より自分達に近いことがわかるよね。
人間を構成している元素は土の元素に似ているらしいしね。
更にこの世は総て元素でできているからね」
福ちゃんがそう教えてくれた。
「さすが福ちゃん!そうか・・・神様が元素・・・。
なるほどね・・・
そう考えると神話の世界と現代科学の世界が、
すごく近く感じるわね」
私の言葉に福ちゃんが頷いた。
「トヨの神様の名前が付いていたって言ったよね」
「ええ、確かにそう呼んでいたわ、
早池峰の神様が確か・・・ラマト・・みたいな感じで」
「それもものすごく興味深いことだね」
そう言いながら福ちゃんはしばらく考え込んでいる。
「確かヒダリマワリの祭りって言ったよな」
一人が言った。
「うん。それがどうかしたの?」
「俺の友人で日本の古代の神様を研究している斎藤ってやつがいて、
その斎藤が言うには、
神事は総て左回りで始まるらしいんだよ、
たとえば神社の御神輿も
今は右回りから始まる神社が多いらしいけれど、
本来は左から歩みを進めるのが
古代からの流儀らしい。
いつからかははっきりしないらしいが、
誰かがわざとその流れを逆にしたとしか思えないくらいに、
真逆に変えられてしまっているらしい。
神事がちゃんとした流れではないから、
今の世の中が、どこかおかしくなっているんじゃないかって、
この間、斎藤と酒を飲んだ時に話していたのを思い出したよ」
一人はそう言いながら、グラスのビールを飲んだ。
「三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったものだね。
どうやらまとめられそうだよ」
福ちゃんはそう言いながら鞄からノートを取り出した。
「僕たちに遠野の郷の神々が伝えたいことが
少しわかったような気がするよ」
そう言いながらノートに箇条書きに書き出し始めた。
① 古代の浄化システムとしての遠野三山
② 福山論としては、日本の国全体の浄化を目指したのではないか
③ はなちゃん論も②に従う
④ 一人論としては、左回りは神事の決まりである
この四つの事柄から導き出された答えは、はなちゃんに、
ハヤチネの神様が伝えた
(正しい祭り)の意味に通じると思うよ」
「それはどうしてなの?」
「つまり、日本の人たちが本当に幸せになれるシステムが、
この遠野にはあると言うことだよ」
「・・・・・えっ」
福ちゃんの話す内容があまりにもスケールが大き過ぎて、
思わず唾を飲み込んでしまった。
「柳田國男氏は何度もこの遠野に足を運んで、
この場所の大切さを深く理解した、一番最初の人じゃないのかな?」
「それはどうして?」
「遠野物語の序文の前に書かれた扉の言葉を知っているかい?」
「たしか・・・この書を外国に在る人々に呈す。だったわよね、
不思議な文章だから覚えているわ」
「そう、再販された遠野物語の覚書には、
外国に出かけようとしている友人へ贈ろうと思い、
扉の文字にしたと柳田國男氏は書き添えているけれど、
僕の解釈は海の外の外国ではなく、
この日本の中の遠野物語のベースになっている、
古代の日本の中での二つの国、
ヤマト国と日高見国の人々、
つまり、日高見の国の人々が、
ヤマトの国の人々に向けた言葉のように感じてしまうんだよ」
「古代の日本・・・外国・・・すごい解釈ね。
つまり神代の物語の時代と思えばいいのね」
「はなちゃんは、鬼門って言葉を知っているよね。」
「よく家相に出てくる鬼門のことかしら?」
「そう!鬼門は今では鬼の門って書くよね、
でも本当は貴い門と書いて貴門が本当らしいよ、
いつの間にか鬼の文字に変えられていたらしいんだよ。
文字に魂が宿ると考えられていた時代の、
呪術的なことが潜んでいたのかもしれないね。
ヤマトの国から見たら、日高見の国は鬼門中の鬼門に当たるよね、
このことからして、当時のヤマトの人々は、
日高見の国の人達を恐れていたのが感じられるんだよ」
「貴い門、鬼だと都人からは恐れられていた蝦夷の人々が
本当は、平和を願う貴い人々だったってことなのかしら」
「うん。実はもう一つ柳田國男氏からのヒントが
序文に残されているんだよ」
「序文に?」
「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。
この書のごときは陳勝呉広のみ。の部分だよ」
「覚えているは、戦慄って言葉が印象的だったから」
「意味はね。願うことならこれを語りて平地人、
つまりヤマトの国の人々が、恐ろしくて体が震えあがるほど、
驚かしてお上げなさい。
この本の素晴らしさは、秦滅亡の端を開いた、
楚の陳勝と呉広のはたらきと同じである、
という意味になるんだよ」
「すご〜い!遠野物語の中に棲んでいる
神様や妖怪達の喜びの雄叫びが聞こえてきそうね」
「東北は鬼が棲む場所として恐れられていたけれど、
本当は固有の土着の神々と共に生きていた
素晴らしい場だったと言うことさ、
神と人の区別なく、むしろ神様も人々と共に住まいして、
喜怒哀楽を共に過ごしていた土地だったんだよ。
そんな土地が他にあるかい?って
柳田國男氏がお茶目に語りかけているのが見えるようだろう」
私は大きく頷いた。
福ちゃんの解釈を、
もし古代の日高見の国の人達が聞いたら、どんなに喜ぶだろう。
何千年と過ぎた現代でも、
これだけの答えを与えてくれるこの遠野の郷、
やはり現代でも貴い門であることには、
変わりはないと強く感じた。
「ところで、全員が幸せになるシステムと
神と、人が同居している遠野の関係がなぜ、
はなちゃんに、早池峰の神様が伝えようとした
正しい祭りの謎解きになるんだい?」
「おっ!いい質問だね。
さすが一人くん!鋭いね。
つまり誰か一人だけが幸せになるような社会ではいけないってことさ。
祭りの語源は真吊りといって、
吊り合いが取れるようになるのが本当の意味らしいんだ。
要はバランスが大事ってこと。
遠野はいい意味で、
神と人のバランスが良い土地なんじゃないかな」
すると一人が突然、ひざ小僧をポンと叩きながら
「思い出したよ!神事を研究している斎藤が
鬼門は確かに貴い門と云われていたと前に確かに話していたよ。
それからこうも話していたな。
そこにいる、つまり貴い門にいる神様が
ちゃんと建つ時に、社会全体の秩序が整い、
喜びや笑いの絶えない世の中になるって力説していたよ。
貴門は北東のことだって
飲み屋の箸袋の裏にその時書いたんだよ。
俺の中に流れる東北の血が、
北東って文字が東北に見えてやけに嬉しかったのを覚えているよ。」
「また謎解きが前進しそうだね」
福ちゃんはそう言いながら、
再びメモ帳に何やら書き始めている。
「福ちゃんも、一人もすごいわ、
私一人では早池峰の神様や
遠野の郷の神仏が何を伝えようとしているのか
まるでわからなかったもの、ありがとう」
福ちゃんは無言のまま頷いた、
一人はビールのおかわりを頼みに階下へ降りていった。
「よし!出来た!凄いよ。出来過ぎだよ」
さっきからメモと睨めっこしていた福ちゃんが
突然大きな声を出した。
その声とほぼ同時に、
一人が冷えたビール瓶とグラスを片手にドアを開けた。
「一人!はなちゃん、ありがとう。
僕いつかこのことをまとめて一冊の本にまとめるよ。
いや〜遠野は素晴らしいところだね」
いつもはクールな福ちゃんが
凄いことがわかったと何度も繰り返し言っている。
私と一人はグラスに注がれた冷えたビールを飲みながら、
上機嫌の福ちゃんを見ていた。
「わかったから落ち着けよ。何がわかったんだよ、
俺たちにも話してみろよ」
いつもならはしゃぐのは一人で、
宥めるのが福ちゃんなのに今夜はすっかり逆転している。
そんな二人がおかしくて私は思わず笑ってしまった。
「はなちゃん!笑っている場合じゃないんだ、
やっと謎解きができたんだよ。祭りの意味もね。
一人の友人の斎藤くんに感謝だね。」
「なんだよ。元はと言えば、
俺が斎藤の話をたまたま覚えていたからで、
斎藤じゃなくて俺に感謝しろよ」
一人が口を尖らせて福ちゃんに文句を言っている。
「まあまあ落ち着いて、二人とも良く聞いてくれ。
この遠野の里とハヤチネの神様が言う祭りの関係は、
遠野三山の浄化システムがちゃんと動き出したら、
この世は幸せな世の中になるってことさ」
そう言いながら腕組みしたままで、福ちゃんは二回頷いた。
「ごめん、その話なんだけど、
さっき同じ話を聞いたばかりだぜ。」
一人が少しだけムッとして言っている。
「わりい・・言葉が足りなかったね。
説明し直すから聞いてくれるかい」
私と一人は静かに頷いた。
「遠野三山の浄化システムは
ヤマトの国も日高見国もない、
つまりは、争いのない平和な世の中にするためのものだと考えたんだよ。
それはそのまま貴い願いと考えられないかい?
貴い願いは一人の友人の斎藤くんが教えてくれたように
貴門の働きが整うと言うことだと考えると、わかりやすいよね。
争い事はやられたら、やり返すの繰り返しで、
終わりが見えない状態だよね。
争いのない平和な世の中を築くには、
一人一人の心の中から、争う気持ちが消えて、
ゆるす気持ちが芽生えたら、
この世は本当の幸せが溢れた世の中になる。
そう答えが出たんだよ」
福ちゃんはそう言いながら冷えてしまったお茶を
美味しそうに飲んだ。
「柳田國男氏はそこまでご存じだったのかしら?」
福ちゃんは待っていましたとばかりに
「僕たちは遠野を取材して周ったわけだけど、
一人が昔話は人生の教科書みたいだって言ったのを覚えているかい」
「ええ。凄く印象的な言葉だったから」
一人は照れ臭そうに頭を掻いている
「柳田氏はつまり、遠野の昔話には人間の感情が現す、
さまざまな出来事が綴られているから、
総ての出来事がいつか自分の身にも降りかかる可能性はある。
だからそんなことはつまらないからもうやめろ
(外国にある人に呈す)と(戦慄せしめよ)は、
争うことが好きな外国の人達は、
この本を読んで自分の愚かさに気がつきなさい。
そういう意味が込められていたんじゃないかな。
僕の考えはこう結論がついたんだけど、どうかな?」
一瞬の沈黙の後
「凄いよ!!!!!福ちゃん」
私と一人はほぼ同時に声を上げた。
「さすが福ちゃん、最後の夜にふさわしい答えが出たね」
すると福ちゃんは、弥栄だ!とコップにビールを注ぎ始め、
それを片手にすっくと立ち上がり、
「では、明日の続石での取材が最後となりましたが、
我が福山班の益々のご活躍をご祈念申し上げまして、弥栄!」
福ちゃんはそう言うと、
一気にコップの中のビールを飲み干してしまった。
私と一人もそんな嬉しそうな福ちゃんを見ていて
遠野最後の夜は大いに盛り上がった。
あの夢が総ての始まりだった。
遠野の郷に来てから、訪ねた先々で出逢う不思議な出来事の中で、
福ちゃんと一人はいつも私を守ってくれていたように感じる。
この二人と共に遠野を訪ねることが出来て本当によかった。
気がついたら福ちゃんは既に酔っ払ってダウンしていた。
東京のオフィスでは見たことのない、
少年のようにはしゃいだ福ちゃん、
その寝顔におやすみを告げ、後は一人に頼み私は部屋に戻った。
座敷カッパのたっちゃんは
今夜も姿は見せてくれなかったけど、
きっと近くで私たちを見守ってくれているはず。
明日の天気が晴れることを
ハヤチネの神様に祈りながら眠りについた。
「晴れますように」
感謝しています。
お読みいただきありがとうございます。
面白かったら、
ブックマーク・評価をおねがいいたします。
ありがとうございます。




