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第二十一話・・福泉寺・・

第二十一話・・・福泉寺・・・



広い駐車場の法面には、低く刈り込まれた松の木が福泉寺の文字を形作っている。

さっきまで降っていた雨で一枚一枚の葉が綺麗に洗われてより鮮明に見える。

福泉寺は遠野で一番新しく一番賑わっている寺である。


正式名称は真言宗豊山脈法門福泉寺という。

山門をくぐり、長い階段を登りしばらく行くと、

六万坪の広い境内に、新西国三十三番観音霊場、

新四国八十八ヶ所霊場、

更に金色に輝く木造福徳大観音像、

多宝塔や五重塔などがある。


福泉寺の開山は大正(1912年)で初代住職佐々木宥尊師が、

県内外の信徒の協力を得て、苦心を重ねながら開いたと伝えられる。


また二代摺石宥然師は、戦後の人心の荒廃を憂い、

戦没者の慰霊と世界平和を祈願して木造大観音の健立を発願。

昭和二十六年、綾織の砂子沢に根本の直径三メートル余り、

樹齢約千二百年の松の大木を得て、

延べ三万人の信徒の手で、雪ソリで十日がかりで寺まで運んだと伝えられている。


住職の宥然師は、二ヶ月に1週間の断食を繰り返し身を清め、

精魂込めついに昭和三十八年秋に完成。

福徳観音像は、光背を加えて十七メートル、重さ二十五トン、

木彫観音としては日本最大のものとして知られている。

佐々木喜善氏は先代と親友で、同士の顕彰碑が境内にある。


「十二年もかけて観音像を彫るって・・しかも断食しながら・・・すごいことだよね」

大観音堂に祀られている、

金色の観音像を見上げながら一人がつぶやいた。

「この遠野には大きな志を持った人たちが多いように感じるね。

清心尼公様や千葉家の当主、

そしてこの宥然和尚、調べればもっと沢山の人がいそうだけどね」

福ちゃんも、やはり金色の観音像を見上げながら言った。

「この岩手の山奥で、人々の幸せのために、日本の国の平和のために、

全力で働いた人達が居たってことよね」

私も二人と同じように金色の観音様を見上げながら言った。

「田舎も都会も関係ないと思うよ、

都会に住んでいるから志が高いとは限らないしね、

むしろ少し離れた場所から眺めたほうが、全体を見渡せる事もあるからね」

福ちゃんが言った。

「なるほどね、今の世の中にこそ志の高い人が必要よね。」

私たちは観音様の前にある賽銭箱の前に、

向かって左から福ちゃん、私、一人の順で並んでいる。

「そうだね、でも誰か特定の人が何かをして

人を引導する時代は、もうすぐ終わりを告げるように僕は感じているんだ、

特別な誰かではなく、全員がそうならないと、

この世はもうおかしくなる一方のような気がしてならないんだよ。」

と福ちゃん。

「環境汚染、異常気象、地球規模の変化が既に始まっているからね」

一人が相槌を打ちながら答えた。

「私たちにできることって何かしら?地球はどうして欲しいいのかしら、

いろんな学者がいろんなことを言うけれど、

もし地球が言葉を発して、私たちにこうして欲しいと言ってくれたら、

誰が何を話そうが一番説得力があると思うわ」

「そうだね。可能ならその答えを、この金色の観音様が伝えてくれるとありがたいよね」

福ちゃんがそう言いながら金色の観音様に手を合わせた。

続いて私と一人も手を合わせた。


その時

どこからか大きな太鼓の音が境内に響き渡り、

私は突然のあまりにも大きな音に驚き、

ハッとして拝んでいたのをやめて周りを見回した。


すると、私と福ちゃんの間を一本の白い矢が

ヒューと風を切りながらものすごい勢いで観音堂の奥へ飛んでいった。


その先から、再び大きな太鼓の音がドーンとしたのと同時に

「ご到着〜」

という声がお堂いっぱいに響き、

観音像のちょうど真後ろから、青い光がレーザー光線のように放たれて、

観音像を取り囲むように眩しく輝き始めた。


「何かイベントでも始まるのかしら?」

左隣の福ちゃんに声を掛けたが、手を合わせたまま動かない。

右隣の一人にも声を掛けてみたがやはり動かない。

更に周りを見回して私は驚いた。

「これは・・・・・」

まるでⅮⅤⅮを一時停止したような、

私の周りの全ての動きが止まっていたからだった。


両隣の福ちゃんと一人も、上空を行く鳥も、周りの木々や手水の水さえも、

全てがストップしたままピクリとも動かない。

私だけが動くことを許されていたのだった。

(確か昨日の夢の中で、

ハヤチネの神様が時間と時間の狭間を歩いて移動しているって言っていた・・・

あれはもしかしてこのことなのかしら・・・)

私はとても冷静にそのことを思い出していた。


すると観音堂の中から

「定刻になりました。

皆様お揃いになりましたので、只今よりヒダリマワの祭りを開催させていただきます」

その声を合図に青い光は更に輝きが増していくように感じた。

(ヒダリマワリって確か、以前座敷カッパのたっちゃんが、

ハ・ナ・エ・ヒダリマワリヲシヨウって言っていたのと同じことなのかしら?)

私は一人だけ動くことが出来る事を、

観音堂の本堂の中にいる人達に知られてはいけないとなぜか思い、

福ちゃんと一人の間で、手を合わせ薄目を開けて観音堂の中の様子を見守ることにした。

大きな太鼓の音が一つして、観音堂の中から、一層眩しい青い光が放たれたかと思うと


早池峰様・・・ラマト

六角牛様・・・アハウ

石上様・・・イーク

神遣様・・・キーミー

伊豆様・・・カン

諏訪様・・・カバン

荒神様・・・ベン

龍神様・・・エツナブ

荒川不動様・・・カウアク

山神様・・・オク

宇迦様・・・チークチャン

多賀様・・・キーブ

愛宕様・・・マニーク

乳神様・・・チューエン

羽黒様・・・メン

巌龍様・・・イーシュ

八幡様・・・イーミッシュ

卯子酉様・・・アクバル

稲荷様・・・エブ

オシラサマ・・・ムークル


と、遠野の郷の神々様の名前を声高らかに読み上げている。


神々様の名前の下に何処かで聞いたような呼び名がついていたが、

確かトヨの20の神々様の名前だと思った。

今回の遠野行きのきっかけになった、一人から借りたトヨの占いの書で、

イークは私の守護神の名前だったのを

たまたま覚えていたからだった。


でもなぜ遠野の郷の神々様の名前に、トヨの神々様の名前がついているのだろうか?

不思議に思いながら、私は相変わらず薄目を開けたまま観音堂の中の様子を見ていた。


名前を呼ばれるたびに、青い光が本堂めがけてどこからともなくやってきて、

あるものは渦を巻きながら中央で踊り始め、

あるものは不思議な形を造りながらやはり中央で静止している。

どうやら名前を呼ばれたものは、中央で挨拶をするのが礼儀のようだ。

そして、一体、一体、眩いばかりの青い光を放ちながら

観音像の左側へ集合していく。

すると今度は私と一人の間を、さっきと同じように赤い色の矢が、

観音堂の中へ物凄いスピードで飛び去って行った。

「ご到着〜」

今度は先ほどとは違い、赤い光が観音像の周りを取り囲むように放たれている。

大きな太鼓の音が鳴る度に赤い光は一層輝きを増し、

今度は遠野の郷の七観音の名前と、

最後にここ福泉寺の金色に輝く福徳観音の名前が呼ばれている。


青い光の時には、響きの良いテノールの朗々とした響きの声であったのが、

赤い光の時には金属的な声で神々さまの名前を読み上げている。


更には赤い光に合わせて、七色に輝く美しい布がひらひらと舞い、

様々な形を作りながら中央で踊り、今度は観音像の右側に集合していた。


青い光と赤い光が観音像を取り囲むように輝き、まるで光の渦のようで、

薄目を開けて見ていても、眩しく感じてしまうほどだった。


光たちはまるで会話をしているように様々に輝きながら色々の形を造り

「右へ」

初めに聞いたテノールの声が号令をかけると、

それまでバラバラだった動きが一斉に右へ動き始めた。

「左へ」

先ほどのテノールの声が再び号令をかけるとやはり一斉に左へ動き始める。

「左回転」

今度はそれぞれだった動きが、まるで一個の個体のように統一したものになり、

一塊の左回転に変化していった。

「右回転」

始めの左回転のうちは、二,三個の遅れた光がいましたが、

この右回転で綺麗な同一の動きに整うのだった。

その綺麗な同一の動きの美しさといったら、

まるで宝石箱の中にでもいるような気持ちになり、

思わず「綺麗・・・」と呟いてしまった。


慌てて口を押さえたが、光達の動きがピタリと止まり

「誰だ」

あのテノールの声が辺り一面に響き渡っている。

…うわ〜どうしよう・・・


遠野に来てから、沢山の不思議な体験をしてきたけれど、

どうゆうわけか恐怖を感じたことはなかった、

けれどこの時ばかりは、遠野物語の中で

山神の宴の邪魔をして無惨な死を迎えた男の話を思い出してしまい、

背中に冷たいものが流れるのを感じた。


・・・どうかお命ばかりはお助けください!神様仏様・・・


速まる心臓の鼓動を感じながら、

薄目のまま身を固くして目だけ動かして周りを見ると、

さっきまで右と左に分かれて踊っていた、遠野の郷の神々様が

一斉にこちらを見つめているではないか!

私はいよいよ覚悟を決め、より一層身を固くして、目をきつく閉じた。


それでも恐々薄目を開けて辺りの様子を見てみると、

ざわざわした観音堂の中から、

こちらに向かって一本の橋が

綺麗なアーチを描きながら私の足元まで伸びてくるのがわかった。


「はなゑ、こちらに向かって渡ってきなさい」


(・・・えっ!なんで私の名前を知っているの・・・

いよいよ人生最後の時が来たんだわ。

いくら叫んでも誰も助けてくれないよね、

だってここは時と時の狭間だものね、

時間が戻ったら、福ちゃんと一人が隣で息絶えている私を見たら驚くだろうな・・・・)

そして今までの短かった人生を思い出して涙が溢れて来た。

…誰かたすけて…


いよいよ決心を決め、いざ橋を渡るというときには、

足が震えてなかなか前に進めなかった。


それでも必死になって、渡り始めた橋の感触は、

極上の絨毯みたいにふわふわで、不思議と恐怖心が消えていくのがわかった。


一歩、一歩、進むたびに、驚くほど恐怖心が消え、

私は歌でも歌いたいくらい、ふわふわな、いい気分になっていくのが不思議だった。

(私・・・この橋を渡ったことがある・・・・)

そしてどこか懐かしい気持ちになっていた。


橋を渡り終えると全身真っ黒で、影のような人物が私を待っていた。

「はなゑ。よく来ましたね。

あなたを待っていました。これからヒダリマワリの祭りが始まります。

よく見ておくように、

そして、誰かにこの祭りの事を伝えるときは、時の声に従いなさい」

テノールの声の影の人は、私にそう言いながら目の前の椅子に座るように促した。

椅子に座ろうと一歩前に進み足元を見ると、

透明な板の上を歩いていて、足元には観音堂が透けて見えている。

まるで宙に浮いているようだった。


福ちゃんと一人が手を合わせたままの姿で遥か彼方に小さく見える。

アーチ橋はいつの間にか消えていて、

その橋があった場所に木製の小さな椅子が置いてあり、私はそれに腰掛けた。


その途端に影のような人は、白いベールのようなものを全身に纏っていた。

男性か女性かはわからない。ベールから出ていた手は白くとても美しかった。

そして、そしてその手には、銀色に輝く細い棒が握られていて、

まるでオーケストラの指揮者のように、上下左右に自在に動かしている。


棒の動きに合わせて、宝石のように輝く遠野の郷の神仏達の光は素晴らしく美しかった。

初めのうちは先ほどと同じように、

二つ三つの光の遅れがあったのだが、回数が進む度に一つの動きへと変化していった。


全ての光が一つの塊となり、まるで太陽の光のように燦々と輝き、

私はそのあまりの眩しさに手を翳していた。


すると影の人は光の輝きが一つになったのを確認するかのように、

大きく二回頷きながらこう話し始めた。


「宇宙は一つの意識から始まりました。

今、あなた方が生きている世界では、そのことが忘れられています。

魂と心と体も全ては繋がっています。

一人ひとりがその意識に目覚め、宇宙とのつながり、

つまりは、一人ひとりの音を思い出すことです。

貴方がいる今の世界では、

たくさんの雑音に紛れ、人々はその響きをわすれています。

大切なことは、あなただけの音を心の中に響きとして捉えることです。

やがてその響きが、光の粒子となり、大きな一つの塊と成長していきます。

それを大いなる意志と呼び、私たちの世界への橋が築かれます。

垣根を飛び越えるという表現が一番わかりやすいかもしれません。

いいですか。大切なのは音を、あなたの音を思い出すことです

その音を見つけることがとても大切なことです。

あちらもこちらも、良いも悪い存在しない世界が始まります。

もちろん宗教的な垣根もありません。

やがて、大いなる意志は更に大きな宇宙の大いなる意思とつながります。」


どのくらい時が過ぎたのだろうか、

ハッとして我に還ると、止まっていた時間は総て動き出していた。


私は福ちゃんと一人の間に立ち観音堂の賽銭箱の前に立っていた。

「はなちゃんらしいよな、世界が平和でありますようにと祈るところなんか」

福ちゃんが言った。

さっきまでいた世界と現実の世界の区別がはっきりしない、

今までにあんなに眩しい光を見たこともない、

耳鳴りと軽い眩暈がして、なんとか福ちゃんの言葉に答えようとしたけれど、

言葉が出てこない

「どうしたんだい、ボーっとして」

一人が言った。

「ちょっと眩暈がして・・・」

やっとのことでその言葉が口から出たきり、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

軽い吐き気もする。変な汗が背中を流れていく。

「おい!大丈夫か」

一人の声がするけれど返事が出来ない、視界の端から黒い闇が迫ってきて、

やがて何も聞こえなくなった。

そしてふんわりと誰かに抱き抱えられたような気がした。


「はなちゃん!はなちゃん!」

福ちゃんの心配そうな顔がぼんやり見えた、どうやらベンチに横になっているらしい、

「あせったよ!急に倒れるから、起きちゃ駄目だよ、まだ寝てなよ」

私は小さく頷いた。

その時一人が走ってくるのが見えた。

「はなちゃん、気がついたかい」

そう言いながら、冷たいタオルを首にあててくれた。

「ごめんなさい。ありがとう」

喉の奥がヒリヒリしてやけに苦い味がした。

眩暈は幾分治ってきたけれど、まだ耳は水の中にいるような感じがして

ガラスの向こうから話しかけられているようで、はっきり聞き取れない。


「一人がこの東屋まで運んでくれたんだよ。ここなら屋根もあるし、ゆっくりできるからね」

「一人、ありがとう」

一人は手を横に振り気にするなといっているようだった。

「はなちゃん、何かあったのかい」

向かいのベンチに腰掛けている福ちゃんが言った。

「うん、今は話せないけど、話せる時が来るまで待ってくれるかな」

「大切な事なんだね」

「誰かに話すときは時を待てって言われたの」

「そうか・・・」

「ごめんね。心配かけて・・・」

「気にしなさんな、今日はもうここで終わりだから、ゆっくり休むといいよ」

「ありがとう」

そう言うと、一人が水筒からコップに水を注いで渡してくれた。

それは、こんなに美味しい水があるのかと思うほど甘く美味しい水だった。

そして、現実の世界に戻る事が出来て本当に良かったと思った。

あのままあの時間の間にいるとしたら、私はこの世で存在していただろうか。

神隠しで亡くなったと云われている人々は、もしかして、

私がさっきまでいた神様の時間を今でも旅しているのかもしれない・・

雨上がりの早池峰山からの風が優しく頬を撫でていた。



感謝しています。

お読みいただきありがとうございます。

面白かったら、

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ありがとうございます。

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