第十七話・・遠野博物館・昔話村・・・四日目
第十七話・・・遠野博物館・昔話村・・・四日目
雨の降る遠野の郷は
なんとも言えない風情があると思う。
街中を歩いている人の姿は少ないが
雨に洗われて全ての色がとても鮮やかに見える。
雲がすぐにでも手の届きそうなほど低く垂れ込め、
天と地の境界線がはっきりしない。
やっと色づいたばかりの桜の蕾が
寒そうにうなだれている。
私達は今年、リニューアルオープンしたばかりの
遠野博物館へ向かった。
市営の有料駐車場に車を停め、
坂道の先に南部神社を臨みながら館内へ、
一階には第一から第三までの展示室があり
「遠野物語の世界」
「遠野・人・風土・文化」
「企画展示室」
のテーマごとに分けられて展示されている。
特に第二展示室は、
町、里、山の三つにテーマが分けられ、
遠野の郷に吹く風が、
身近に感じられるような展示の仕方に驚いた。
福ちゃんは一階のライブラリーサロンで
取材した事柄のまとめをしたいというので、
私と一人の二人だけで
二階のマルチシアターで
遠野物語のアニメーションを見ることにした。
まるで異空間に登って行くような
暗い螺旋階段を登って行くと、
壁一面に三面の大きなスクリーンが横に長く伸びていて、
その前に、スクリーンを囲むように、椅子が並べられている。
雨のせいか他の客の姿は私たち以外誰もいなかった。
私と一人は、スクリーンのほぼ中央の席の一番後ろに並んで座った。
・・きつねの恩返し・・が上映されていた。
おじいさんに助けられた狐が
文字通りその恩を返す話である。
「はなちゃん・・・」
一人が困ったような顔をしている
「なに?どうかしたの?」
「俺、なにを話しているのかぜんぜんわかんないよ」
どうやら遠野の言葉が理解できないらしい
「昨日、福ちゃんと昔話の本を訳したでしょう」
「いや、文字で見るのと、
こうやって実際聞くのとではぜんぜん違うよ」
「そっか〜発音もなかなか難しいものね」
「はなちゃんの家族も、こんなふうに話すのかい?」
一人がスクリーンを見つめたまま言った。
「ちょっと言い回しは所々違うけど、
大体こんな感じかな・・なんで?」
一人は相変わらずスクリーンを見つめながら
「通じないと困るなと思って」
「・・・・・・?」
なぜ一人が私の家族と会話する必要があるのだろうか?
「そうか、福ちゃんと今度は仕事抜きで訪ねるつもりね!
大丈夫!私が通訳してあげるから」
「そうじゃなくて、
俺がはなちゃんを嫁にくださいって言った時、
返事が判らないと困るだろう」
「・・・・・・」
突然だった。
頭の中が真っ白になり、
一人の言った言葉の意味を何度も考えていた。
・・・これって・・・
もしかして・・・プロポーズ?なの?・・・
スクリーンが滲んで見える。
私が黙り込んだのを察してか
「はなちゃん」
一人が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
私は気づかれないように横を向いたまま涙を拭き
「ごめん。目にゴミが入ったみたい」
と本心を探られないように誤魔化した。
本当はさっきの言葉の意味を一人に聞いてみたいけど、
私の思い違いだったら恥ずかしいし・・・
「大丈夫。
一人がさ、急に冗談言うから焦るじゃない」
と言うのがやっとだった。
本心では飛び上がって喜びたいくらいの気持ちなのに・・・
も~私のバカバカ!!!
と自問自答をしていると
「冗談なんかじゃない!」
そう言い放った途端、一人は席を立ち部屋を出て行ってしまった。
「えっ・・・・・」
あまりの突然の出来事に、ただスクリーンを見つめる私がいた。
スクリーンには馬に化けた狐が、
重い荷物を背負い峠道で、
力つき倒れる場面が映し出されていた。
いつも近くに居すぎて気づかなかった・・・
一人のことが好きだという気持ちに
初めて気がついてしまい、正直戸惑ってしまった。
それよりも、今は、
せっかくの一人の気持ちを
不用意な言葉で傷つけてしまったことの方が、
悔やまれてしょうがない。
・・・私ってどうしてこうなんだろう・・・
なんで素直になれないんだろう・・・
今の私には暗い室内がありがたかった。
後から、後から涙が溢れてくる。
スクリーンの物語もちょうど終わりを告げていて画面いっぱいに、
どんどはれの文字が映し出されていた。
どのくらいの時間が過ぎたのだろうか
全身の力が抜け動けないまま、
場内は上映が終わり薄暗い灯りが灯っていた。
私はなにも映し出されていない
大きなスクリーンをただ見つめていた。
・・・一人・・・
そうだ!私は一人のことを傷つけてしまったんだ!
どうしよう・・・
私はいても立ってもいられなくなり
慌てて階段を降りていった。
「あんまり遅いから、迎えに行こうと思っていたところだったよ」
福ちゃんが螺旋階段の前に立っていた。
「ごめん!ごめん!疲れが出たのかな
眠くなっちゃって、ところで一人は?」
私は努めて明るく答えた。
「さっきいきなり二階から降りてきて、
昔話村に行くと言って外へ出ていってしまったよ。
何かあったのかい?」
福ちゃんの優しい言葉に、
涙が溢れそうになるのを必死で抑えながら
「ううん、なんでもないの、心配かけてごめんなさい」
私は福ちゃんの顔をまともに見ることが出来ずに、
下を向いたまま答えた。
「とにかく昔話村に行ってみよう」
私の気持ちを察してか、
福ちゃんもあえて聞き返すことをしないでくれている、
福ちゃんの後ろをついて昔話村へ向かうことにした。
・・一人にちゃんと謝らないと・・・
昔話村は博物館の前の坂を下り、
橋を渡ってすぐのとこらにある。
博物館の傘立てに宿から借りてきた傘が一本差してあった。
一人はこの雨の中を
傘も刺さないで飛び出して行ったのだろうか・・・
一人、ごめんなさい。
昔話村では「遠野物語」の作者である
柳田國男氏の銅像が雨に濡れながら私たちを迎えてくれた。
ここは東京の世田谷にあった
柳田氏のご自宅をそっくりそのまま移築されていて、
更に柳田氏が遠野を訪ねる度に宿泊していた
旧高善旅館(柳翁宿)も移築されている。
遠野昔話資料館、
造り酒屋の蔵を活用した物語蔵、
奥には食事処もあり、
柳田氏が実在していた頃に紛れ込んだような気持ちにさせてくれる。
何処からかひょっこり柳田國男本人が顔を出しそうな
そんな佇まいをしている。
一人は物語蔵の前にある長椅子に腰掛けていた。
私と福ちゃんの姿を見つけたのか
いつものように大きく手を振って迎えてくれた。
「急に出て行くから驚いたじゃないか」
福ちゃんがそう言いながら拳を一人の胸に向けパンチをする真似をしている、
一人はそれを掌で受け止めながら
「いや〜ごめん!ごめん、
映画を見ていたら遠野中の化け物が一斉に出てきそうで、
気持ち悪くなったんだよ」
二人はパンチの応酬をやめずに会話を続けている。
私といえばどうやって一人に謝ればいいのか
そればかりを考えていた。
その心とは裏腹に、
一人の様子がいつもと変わらないことに戸惑いながら、
二人の会話を見守って要るしかなかった。
「おっ!巫女様、化け物にさらわれたかと思ったぞ」
「なっ!なによ!急にいなくなるから、
ものすごく心配したんだからね!」
そう言いながら、私の心の中に潜んでいた塊が
ポロリと音を立てて流れていった。
私はやっぱり一人が好き。
そうか・・・やっぱり好きなんだ・・・
そばにいすぎてわからなかったけど、
本当だ!やっぱり私は一人のことが好きなんだ!
「ごめんごめん」
白い歯を見せて笑う、一人の顔を見つめ返した。
「さて雨も小雨になったし次は愛宕神社の辺りと卯子酉様に向かおうか」
福ちゃんが声を掛けた。
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