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第十五話・・民宿パハヤチニカ・・

第十五話・・・民宿パハヤチニカ・・・



「相談があるんだけど」

でんでら野で不思議な老婆を降ろしてから、

私たちは民宿パハヤチニカに戻っていた。


玄関を開けるとすぐに、

美味しそうな醤油汁の匂いがしていた。

どうやら夕飯の支度ができているようで、

宿の御主人が私たちを迎えながら、

すぐに食堂に降りてくるように促した。


私達は慌ただしく夕食の席に着き、

私と一人は既に、飲物をオーダーしていた、

少し遅れて福ちゃんが席についた。


「福山どうした、何か問題でも起きたのか?」

一人が言い。私も福ちゃんを見た。

何か言いたげな顔の福ちゃんがそこに居た。

「明日で取材の日程が終わりなんだけど、

明後日まで取材を延期させてもらえないか、

社の方にお願いしてみようかと思うんだ」

私は舛岡部長の顔を思い出していた。


「そうだよな・・確か明日は続石に登る予定だったよな、

天気は雨になりそうだし、

低い山でも、山は山だから、甘く見ないほう良いよ」

大きめの盃に入ったどぶろくを飲みながら、一人が答えた。

「よし!決まった!さっそく舛岡部長に電話してくるよ」

福ちゃんが携帯電話を片手に廊下へ出て行った。


「良いとこだよな、遠野・・いや岩手って」

どぶろくに酔ったのか、

少し頬が赤くなっている一人が、独り言のように言う。

「でしょう。でしょう!でもね、

離れて都会で暮らしてみて初めてわかった気がするの。

疲れた時とか無性に山が見たくなるのには、

正直自分でも驚いたくらいなの。

あとね、水道の水の味が違うの!

都会の水にはない美味しさがあるのよね。

斎田様、岩手をほめていただき誠にありがとうございます。

一人様に県民を代表して御礼申しあげます。」

私は正直うれしかった。

自分のふるさとをほめてもらえたのが

でも、素直にその気持ちを伝えるのは

どこか恥ずかしい気持ちがして

敬礼のポーズをしておどけて見せた。


「山も空も綺麗だし、

何より空気が美味い!俺久しぶりに体全部で深呼吸したよ。

まるで山に登った時みたいな気持ちにさせてくれるよな。

ガキの頃は爺さんが、岩手はいいぞ、岩手はいいぞって何回も言ってたんだけど、

俺にはわからなかったんだ、

でもその気持ちがやっと理解できたように思うよ。

俺も少しは大人になったのかな」

一人はそう言いながら盃の中を見て微笑んだ。


「OKが出たよ」

舛岡部長への電話を終えた福ちゃんが戻ってきた。

「嫌味をたっぷり云われたけどね」

舛岡部長の、口を斜めにしながら、

嫌味たっぷりに話す姿が浮かび、

思いっきりアッカンベーしてやった。

「よかったじゃないか、ところで宿はどうするんだい」

一人が言う。

「さっき廊下で、宿の御主人に近くの宿を紹介してもらおうとお願いしたら、

明日ちょうどキャンセルが入って、

部屋が空くって言うから、お願いしてきたよ」

「えっ!明日もここに泊まれるの!」

と言う私の問いに福ちゃんが頷いた。

「やったー!」

自分でも驚くほどの声が出た。

「はなちゃん、落ちつけよ」

一人が私の上着の裾を引っ張った。


初めは驚くことばかりだったこの宿も、

今では、座敷カッパのたっちゃんと友達になった私達にとって、

他に宿を移すことなんて考えられないことだった。


また宿の御主人をはじめとする、

スタッフの皆さんの心遣いも温かく、

この宿に泊まれることを本当に嬉しく思った。

「いや〜福山さんたち、

明日からもお泊まりいただけるそうで有難うございます。」

宿の御主人のモトさんが膝をついてお辞儀をした。


このころになると、宿の御主人のことを

私たちは親しみを込めて名前で呼び合うようになっていた。

民宿ということもあるのか

お客としてよりも、友人の家に泊まりに来ている

そんな感覚のほうが強くなっていた。


「お世話になります」

私達もその姿に、正座をして一礼した。

「今日は松崎のあたりを周られたんでしたっけ、

何かありましたか?」

モトさんは福ちゃんの前に座り直した。


「蛇行した川が綺麗でした。

石碑がたくさんあって、それぞれに謂れがあり、

見どころ満載でした。

妻の神の石碑のところから、

地元の老婦人を乗せて、でんでら野までご一緒したのですが、

言葉が難しかったですね。」

モトさんは福ちゃんの話しを頷きながら聞いている。


「そうでしたか、言葉が難しかったですか、

何か覚えている言葉はありますか?」

福ちゃんは待ってましたとばかりに、

ポケットからメモ帳を取り出して読み上げた。

「はがげる・・・・ってなんの意味ですか?」

福ちゃんが、はにアクセントを付けて読み上げたのものだから、

モトさんは笑い出してしまった。

「いやぁ〜わかります。わかります。笑ってしまって申し訳ない、

東北の言葉には、独特なイントネーションがあるから

なかなか発音は難しいですよね。

実はこの「はがげる」には悲しい歴史が隠されているんですよ。

どうぞ食事しながら聞いてください」

その言葉を聞いた他の宿泊客も一斉に

会話をやめてモトさんの言葉に耳を傾けた。


「時代は変わりましたが、

この言葉だけは今でも土地の人間は実際に使っていて、

朝仕事に出かける時は墓立ち(ハカダチ).、

夕方仕事が終わり家に帰ることを墓上がり(ハカアガリ)と言います。

この言葉には、でんでら野が深く関わって参ります。


昔々ある殿様が年寄りを邪魔にして、

六十歳になれば小山に墓をこしらえて、

その山に捨てて、見殺しにするようにおふれを出しました。

それでも年寄りたちは、

まだまだ人の役に立つことができるから、

朝その墓から出かけて行き、家の人たちの仕事を手伝い、

夕方になると山へ帰り、死ぬ時を待つ生活をしていました。

一人の親孝行息子の働きで、でんでら野がなくなるまで、

その風習は続いたそうですが、今では言葉だけが残りました。」

モトさんの話が終わると

一斉に拍手が起こり私たちも拍手した。

「モトさんありがとうございます。

これでやっと意味がわかりました。」

福ちゃんがお辞儀をした。


私はモトさんの話を聞きながら、

あのでんでら野で別れた老婆のことを考えていた。

「はなちゃんどうかしたの、また何か見えたのかい?」

一人が私の顔覗き込んでいる。


そういえば今日は一度も座敷カッパのたっちゃんに会っていない。


「あのおばあちゃん、

ちゃんとお家に着いたかなって考えていたの」

あんな寂しい場所に、

いくらおばあちゃんが望んだとはいえ、

置き去りにしてきたようで・・・

私はとても後悔していた。

無理にでもお家まで送って差し上げればよかった。


「今だから話すけど、車にあのおばあちゃん、

ちゃんと乗っていたよな」

一人が急に改まって変なことを言い出した。

「ええ、ちゃんと私の隣に座っていたわよ」

と返事した。

「俺・・・・バックミラーで後ろの席を何回も見たんだけど・・・

声は聞こえるんだよ、

でも・・・鏡の中におばあちゃんの姿が映っていなかったんだよ」

「え!・・・・・それって・・・・・どう言うこと!

だって私の隣に、おばあちゃんはちゃんと座っていたし、

話もしたし、手も握りあったのよ・・・・」

「俺も最初は驚いたよ、

でも鏡には映らなくても、肉眼でしっかり姿は見えているし、

一体これはどう言うことなんだって考えたけど、答えなんか出てこなかったよ」

あまりのことに、一人と二人黙り込んでしまった。


しばらくして私達の話を聞いていた福ちゃんが

「僕たちはもしかして、

伝説のサムトの婆様に逢ったんじゃないか」

といつもは冷静な福ちゃんが少し興奮気味に言った。


福ちゃんの言葉を聞いた私と一人は、

口をあんぐりしたまま声が出ない。

物語の中の人物にまさか!まさか!またまた逢えるなんて!

座敷カッパのたっちゃんに、

伝承園ではマリさんに逢い、

そしてサムトの婆・・・出来過ぎじゃないの!


「モトさん、確か寒戸と言う地名は存在していなかったんですよね、

柳田先生が聞き間違えたのではないかと言われていますよね」

福ちゃんの問いに

「はい、そのとおりです。なんかありましたか?」

今まで数人しか見たことのない

座敷カッパのたっちゃんを見つけた私たちに

モトさんは、

また何か不思議な事を見つけたのではないかと思っているようだ。


「先程もお話しましたが、

妻の神の石碑から地元の老婦人を乗せて、

降ろした場所がでんでら野近くの、

野原でとても寂しい場所だったんです。

ここで良いのかと、何度も確認したのですが、

なんだかとても申し訳ないことをしたように感じていて・・・

そしたら運転をしていた斎田が、

乗せているはずのおばあちゃんが、

どうやら鏡に映らなかったと話すもんですから、

それで今三人で、もしかしてあのおばあちゃんは

サムトの婆様だったんじゃないかって、話していたところです。

確か登戸の親戚の家の草刈りの手伝いをしてきたと話していました。

名前はサチコさんと言いました。」

モトさんは頷きながら福ちゃんの話を聞いている。

「あっ・・でもちゃんと足もありましたし、

手もとても温かかったんです。

あのかわいらしいおばあちゃまが・・・そんなことって・・・」

たまりかねて私はおもわず言い放った。

すると、そんな私の気持ちを落ち着けるようにモトさんが

「ないこともないと思います。

言い伝えでは確かにサムトの婆のモデルと伝えられているのは

登戸のサチコさんと言う名前の女性ですから。

それとあの辺りは昔から

死者の霊が通る場所として有名な場所ですからね。

しっかし福山さんたちは良い体験なさってますね。

今流行りの言い方をすればディープ遠野ですかね」

そう言いながらモトさんは笑った。


「いやぁ〜やはりそうでしたか、

また私達は伝説の人物に会えたんですね。

遠野って本当に不思議なところですよね」

福ちゃんが言う。


「一つ一つ深く謂れを調べてみると、

びっくりするような事実が浮かび上がってきたりしてね。

私もあちこちを調べて周っているところなんです。」

宿のご主人のモトさんは言った。


福ちゃんは明日の天気が気になるようで、

もし雨の場合、どこかおすすめの場所はないかと

モトさんに聞いている。


私としてはどうしても合点がいかない話だったが

あのかわいらしい、しわだらけのおばあちゃまの

何とも言えない掌の感触を思い出していた。

もし本当にあのおばあちゃまがサムトの婆だとして

既にこの世にいない人が

あんなにはっきりとした姿で・・・

そんなことがあるんだ・・・

そうか、ここは遠野だったのだと

あらためて遠野の郷の不思議を感じていた。

そして今夜も、座敷カッパのたっちゃんの姿のない

小さなお膳を見つめていた。

・・・あれ?気のせいかしら・・

たっちゃんの笑い声が聞こえたような・・・・


「はなちゃん、福山が話があるって」

一人が集まれと言うように手招きしている

「はなちゃん、明日はやっぱり雨のようだね。

モトさんもさっき天気予報で確認してくれたのだけど、

それで、明日続石に向かう予定だったけど、

雨の時はやめた方がいいらしいんだ、

それで、はなちゃんにお願いがあるんだけど、

明日の予定を変更していいかな」

昨日に引き続く日程の変更に福ちゃんは、

私が誰よりも、続石に逢うことを心待ちにしているのを、

気遣ってくれたのだろう。

福ちゃんの気遣いが嬉しかった。


「風が強くて冷え込んできたから、

雪になる可能性もあるらしいよ」

雪?確かに足元が冷え込んできた。

どこからか冷たい空気が流れ込んでくる。

室内は暖房があり温かいが、

外はかなりの寒さなのがわかる


「山は甘く見ない方がいいよ。

小さな山でも山は山だからね」

一人の一言で、明日は市内をメインに、取材することが決まった。


明日もあの岩に逢えないのかと思ったら、

ふっと気持ちが緩んだのか急に眠気が差してきた。

夕飯の時間が終わると

湯殿を借りて部屋に戻り、

眠りに着くまでの間、遠野に来てからの事を考えていた。


座敷カッパのたっちゃん、

オシラサマノのマリさん。

千葉家の哲学に、

地層の話。

女性のお殿様にたくさんの石碑。

そしてサムトの婆様のサチコさん。

短い間だったけど遠野という場所に来てから

驚くような出来事が連続して起きている。

そして今までの考えでは理解できないような変化に

ちゃんとついて行っている私達。

続石との対面の時は一体どうなってしまうのだろう。

とにかくポジティブな気持ちだけは忘れないようにしよう。


・・・あいしてます。ついてる。うれしい。たのしい。

感謝しています。しあわせ。ありがとう。ゆるします。・・・

こんな時は母さんが教えてくれた、

おまじないを唱えながら眠りにつこうと思い、

私は小声で唱え始めた。


すると・・・・

「ハ・ナ・エ」

この辿々しい話声は

座敷カッパのたっちゃんだとすぐにわかった。

「たっちゃん?」

そう言いながら、声のする方へ振り向くと、

最初のうちは霧がかかったように、

はっきりと見えなかったたっちゃんの姿が、

やがてはっきりと見えてきた。


「ハ・ナ・エ・モウスコシ・ココニイテクレルンダネ」

そこにはいつもの笑顔がかわいい、

たっちゃんが立っていた。

「たっちゃん、

なぜ私たちの滞在が長引いたのを知っているの?」

「ハ・ナ・エ・ニハ・ミエナカッタカモシレナイケレド・

ボク・ミンナノハナシヲ・キイテイタンダヨ」

やはりそうだったのか、

夕食時に聞こえたたっちゃんの笑い声は、

私の勘違いではなかったのだ。

「どうして隠れていたの、

私も福ちゃんも斎田くんも、

みんなしてたっちゃんを待っていたのに」

たっちゃんは下を向いたまま、

私と目を合わせることを拒んでいるようだ。


「ハ・ナ・エ・二・ツタエナキャイケナイコトガアルンダ」

そう言った途端に、

さっきまでの小さなかわいい男の子だったたっちゃん背は

スルスルと伸びて、顔も青年のように変化していくではないか、

夢でも見ているような、

たっちゃんのあまりの変化に、私が驚いていると

「ボクタチヲ、イツモマモッテクレテイル、

ハヤチネノカミサマガ、ハ・ナ・エ・二アイタガッテイルヨ」


相変わらずたっちゃんは、

下を向いたまま聞き取れるか、

取れないかくらいの小さな声で話している。

「早池峰の神様が私に会いたがっているの?なぜ?」

たっちゃんが小さくうなずいた。


たっちゃんの言葉を聞いて、

私は昨日見た早池峰山を思い出していた。

美しい山だったけれど、

近づくほどにその全容は見れなくなる不思議な山で、

まるで雲をつかむような

不思議な遠野の里みたいだなあと思った。


福ちゃんの説明によると地質学的にも東北で一番古く、

岩手山、姫神山と共に

旧南部藩を護衛する重鎮で早池峰権現を奉る山とのこと。


早池峰の由来はハヤチ(疾風)が吹く山とも、

山頂に池水が湧き涸れが早いので

(早池の峰)と名がついたと教えてくれた。


あの不思議な夢から始まった遠野への旅、

遠野を訪ねてから巡り合う不思議な出来事、

あのトヨの本が導いてくれた続石への道。

歴史や謂れの多い山の神様がなぜ、

私に逢いたいのだろうか?

いつもと違うたっちゃんの様子も気になる。


あの初めて遠野物語を読んだ時のような恐怖と、

見えない世界の不思議な何かが動き出しているような感覚に、

私は、得体の知れない恐怖を背中に感じていた。


「たっちゃん・・・私なんだか怖い・・・・」

「ダイジョウブ・ボクガソバニイルヨ」

そう言うたっちゃんの姿は、

いつもの可愛らしい、元の小さなかわいい男の子の姿に戻っていた。

その笑顔に背中を押されたように私は小さく頷いた。


感謝しています。

お読みいただきありがとうございます。

面白かったら、

ブックマーク・評価をおねがいいたします。

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
感謝してます。舛岡部長!さっき龍騎持ってたからむっちゃリアルにイメージ出来ちゃいました〜。さりげなく天国言葉眠れるおまじない。ちょっと一瞬青年になったたっちゃん、そのお姿イケメンなんだろうな〜。読めば…
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