第十二話・・諏訪神社・・清心尼公碑・・
第十二話・・・諏訪神社・・・清心尼公碑・・・
283号線を風の丘方面に向かい橋を渡り
サイクリングコースの少し向こうに、
周りの景色に溶け込むように
小さな木の看板が立っている。
それが松崎地区への案内板だと気がついたのは
通り過ぎた後だった。
急ぎUターンして左に曲がると道幅は急に狭くなり、
のどかな田園風景が広がりはじめ、
程なく、左側に諏訪神社と清心尼公の墓(碑)の
案内板が立っている。
「うわっ!この坂を登るのかい」
と一人があまりの急勾配の坂道をみて声をあげた。
神社までの坂道は距離にしたら、短い道のりではあるが
下から見上げると、かなりの急勾配で、
さすがの名ドライバーの一人を驚かせていた。
「大丈夫!一人の運転技術なら大丈夫だよ!
さあ頑張ってみよう!」
福ちゃんの言葉に合わせて私も一人に声援を送った。
「一人!頑張って〜」
「よ〜し!頑張りますか!我は神なり愛と光なり!」
そう掛け声を上げながら
車のエンジン音が一瞬高唸り、
急勾配をやっとのことで登ることができた。
登った先には民家があり、
ちょうど外にいた家の方にお許しをいただき、
お庭に車を停めさせていただく事ができた。
車を停めた場所からすぐの場所に、
1メートル程の幅と、奥行き20センチくらいの
狭い階段が30段ほどあり、
登った先に鬱蒼とした杉木立に囲まれた鎮守の杜があった。
諏訪神社である。
「小さな神社だけどどこか威厳のあるお社ね」
「そうだね、まさかこんな場所にあるなんて
ちょっと意外な感じを受けるね、
鎌倉時代遠野を治めていた
阿曽沼家の守護神として祀ったのが始まりらしいよ。
当時の当主が承久三年(1221年)に起きた、
承久の変に出陣した時に諏訪湖畔で
一夜の宿を取った時に
諏訪大神からお告げがあり、
蛇妖を退治して神剣を賜り、
横田城の南に御堂を建てて祀ったのが始まりらいね。」
「諏訪神社って今の長野県のことよね。
そんな遠くまで戦に出かけていたなんて凄いね」
「実はその神剣には
紛失すると不吉なことが起こる
と言う言い伝えがあったそうなんだけど、
横田城に遠野からお城を移築するときに
神剣が紛失して、猿ヶ石川が赤く濁ったらしいんだよ。
重臣たちは移築に大反対したらしいけど、
当時はお殿様が決めたことに反対はできないから
結局移築は強行され、
結局阿曽沼家は滅亡したらしいんだ、
切ない話だよね」
神社の敷地内は
今でも綺麗に清掃されていて、
春の草花の澄んだ香りが境内に溢れていて、
とても清々しい。
「重臣たちが大反対したのに
お殿様はどうして移築を強行なさったのかしらね」
「それは、この猿ヶ石川が結構な暴れ川だったらしいから、
それが一番の理由らしいよ」
「暴れ川?」
「うん、今は護岸工事をするのが当たり前で、
堤防を築いたり、セメントで岸を補強したりするだろう、
昔は大水が出るたびに
大きな被害が出るのが当たり前みたいだったから、
お殿様も民のことを思って決行したんだと思うよ」
眼下を流れる猿ヶ石川を見下ろしながら、
今より言い伝えの力が強い時代に、
あえて言い伝えに逆らった
当時のお殿様の決断する想いを考えると
胸が苦しくなるような気持ちになった。
階段を降り、
左へ向かうと田んぼの中の小道の先に、
清心尼公の墓がある。
一人が私と福ちゃんが着くより先に
墓の前で撮影をしていた。
「はなちゃん、この清心尼公って女性は
江戸時代お殿様だったみたいだぜ」
「えっ!そうなの、江戸時代に・・・まさか・・・だって
江戸時代ってめちゃくちゃ封建的な時代じゃないの!ウソみたい・・・」
と驚く私に、遅れてきた福ちゃんが
「本当の話なんだよ。
清心尼というのは本名じゃないんだ。
本名は子子と言う名前だったみたいだね。
子子は八戸南部領第19代直栄と盛岡南部領主の娘千代子との間に生まれた
今でいうサラブレッド的な女性だったみたいだよ
父親の直栄がなくなった後に、
歳の離れた直栄の弟直政と結婚して男の子が生まれたんだけど、
夫、息子と続けて病死してしまったんだ」
「えっ!つまり八戸領のお殿様がいなくなったってことなの?」
「いや、そこなんだけど、盛岡南部領利直公、
つまりは子子のおじさんに当たる人物が、
近臣の毛馬内左近と再婚させようとしたらしいのだけど、
子子は髪を下ろして再婚はしませんと断ったそうだ。」
「すごい女性だったのね、
あの時代に自分の意志をしっかり伝えたのだものね。」
「だろ!僕もすごい女性がいたものだと思ったよ。
でね、怒った南部の利家公は
・・・しからば女の身を持って采配してみよ・・
と八戸城を任せたのだそうだよ」
「うわ〜やった!ついに女領主の誕生ね。
あれ?八戸?遠野は?遠野にはどうやって来ることになったの?」
「そこなんだよね、
その後一族の新田政広の子直義(後に直栄と改名)
を養子に迎えて二十二代目の領主としたんだ、
そしたら宗家の盛岡南部は
遠野へ移封を申し渡したので、
それから遠野を治めるようになったらしいよ。
そして明治維新まで遠野のお殿様として納めたそうだよ」
「そういう経緯だったんだ、
でもなんで八戸から遠野なんて遠くに移動させたのかしら?」
「八戸は昔から大きな港があるから
結構羽振りの良く治安のよい土地だったみたいだね。
それが遠野へ移封ということはつまり
意地悪されたってことだよ。
当時の遠野は、
前の当主の阿曽沼氏が地位を失ってから、
風紀が乱れに乱れて、
更に伊達藩と南部藩の領地争いなんかもあって
大変な状況だったらしいよ。
それを女領主がどう采配するか!
南部の殿様としては高みの見物をするはずだったんだけど、
そこはサラブレッドの子子様!
男まさりの政治力を発揮して、
乱れた遠野の町を見事に再建したそうだよ。
そうそう、盛岡南部の殿様の利家公は、
子子たち一行が遠野に移封される時に、
直家を人質として盛岡に留め置いたんだよ。」
「なんかさ話を聞いてたら、
無茶苦茶あったまに来る話じゃない!
その南部の殿様の利直だっけ、
権力を傘にして、ほんとやな奴!
それにしても子子様は偉いね!尊敬しちゃう」
「でさ、子子様はどんな政治をしたんだい。
俺としてはそっちの方が興味があるんだけど」
一通りの撮影が終わったようで一人が声をかけてきた。
「そこなんだけどね、
子子様は女性の不品行を厳しく取り締まったみたいだよ。
男女の不貞の原因は女性側にあると考えて、
女性が身を固く守れとおふれを出し、
御殿の役目も女性に当たらせて、
罪を犯した者を磔刑にするくらい厳しかったらしい。
それで、初めのうちは女のそれも尼様のお殿様だから
みんな油断していたらしいのだけど、
その厳しさに恐れ入りましたとなり、
それから遠野の女性たちの貞操が硬くなったのは
子子様改め、清心尼公様の治世が始まりとされているそうだよ」
「磔・・・か・・・そりゃすげ〜厳しいな。
みんな恐れ入りましたってなるよな」
「でも厳しいだけじゃなかったんだ。
ヘラ持ち制をしいて、
妻は夫の仕事に口を出さない代わりに、
夫も妻の家事に一切口を出さないことを徹底させたんだ。
これは当時としてはとても画期的なことで、
女性の権利を男たちに認めさせたってことになるんだ。
更に芸能や、南部囃子を組織化して振興させたらしいよ。
清心尼公と言う名前は、
実は家臣や領民が名付けたもので
・・清い心と公正な方・・
という尊敬の念を表した呼び名だったらしい。」
「素晴らしいお殿様だったのね。
あの時代に女性の権利を守るような法律を作ったんだものね。
同じ女性として尊敬するわ」
墓の背後には正保元年(1644年)六月四日、
五十九歳と記されてあった。
波乱に満ちた人生を歩いた
彼女の人生を思いながら静かに手を合わせた。
「はなちゃん、遠野って本当に知れば知るほど深いところなんだね。
それから岩手ってさ、
こうして実際に来てみるまで
こんなに興味深い土地だなんて思っても見なかったよ。」
福ちゃんにそう言われて、正直嬉しかった。
「福ちゃんありがとう。
私もどっちかと言うと岩手出身って言うのが恥ずかしい感じがしていたの、
だから出身はどちらですか?と聞かれると、
北の方です。なんて変にぼやかしてみたりしてね。
でも、今日から胸はって岩手出身です!って言うようにするわ!」
それがいいよ!と言うように
福ちゃんが頷きながら微笑んだ。
・・・太郎渕・・・
公衆トイレの脇の駐車場に車を停めて私たちは歩き出した。
ここは太郎というカッパが棲んていた渕で、
この川で洗濯や水仕事をする女性に悪さを仕掛けたり、
馬を川に引き摺り込んだりしたと伝えられている
「そういえば、今日はまだ、
座敷カッパのたっちゃんが登場していないな」
カッパといえばたっちゃん。
どうやら福ちゃんも私と同じことを考えていたようだ。
昨日カッパ淵で・・ハ・ナ・エ・オモイダシテ・・と言ったきり、
煙のように消えてしまい、
それっきり今日は姿も気配すら感じられずにいたので、
何かが足りないようなそんな気持ちになっていた。
「俺なんか、夕べっからカメラを構えて待っているのに。
なんだよあいつ・・・」
まるで友達のように、一人まで座敷カッパのたっちゃんの登場を、
心待ちにしているのがなんだかおかしくて、
クスッと笑ってしまった。
カッパは一応妖怪の部類に入るのだろうけれど、
そんな恐ろしさは全く無く、
むしろたっちゃんの人懐こさと、可愛らしさに、
すっかりファンになってしまったようだ。
「おい!ヨモギがあるぞ」
一人が道端にある柔らかそうな緑色の草を指差して言った。
「一人よくわかったね!」
「じいちゃんに教えてもらったんだ。
これの若芽を摘んで、
婆ちゃんに草餅を作ってもらった記憶があるから覚えていたんだ」
「美味しかったでしょう。
作りたては特別に美味しいからね」
「はなちゃん、確か昨日、
風の丘で購入した昔話の本の中に
ヨモギに関する昔話があった気がする」
そう言いながら福ちゃんが
バッグの中から一冊の本を渡してくれた。
「全部、遠野の言葉で書かれているから、
なかなか難しかったよ。
よかったら読んでくれないかな」
「独特の言い回しがあるから、
それから意味も難しかったりするものね。
承知しました。」
私たちは車に戻り、福ちゃんが購入した本の一説の読み聞かせを始めた。
・・龍神のお告げ・・
今は昔のお話です。
ある魚釣りが大好きな男が
毎日海に面した岩に登り、釣りをしておりました。
しかし腕前が悪く一匹も釣れません。
そのため、暮らしも苦しくけれども人の者を盗むわけでもなく、
ごまかすこともせず、たいそうな正直者でした。
ある時、釣りをしていると龍神様が現れて、
「おい、おい、お前にいいものを授けよう、
これで生活を立てなさい」と言いながら甕を渡した。
「この中に入っている水は薬だから、
どこか痛い人が来たら、これをつけて治してやりなさい。
とてもよく効きます。
手、足どこでも大丈夫。痛みがとれます」
男は持ち帰りましたが、
蓋をしてしまい込んでしまいました。
しばらくして、
近所の人が手が痛くて仕方がないと言うので
「どれどれ私が治してあげましょう」
するとどうでしょう。
痛みが取れて本当に治ってしまいました。
噂はあっという間に広がり、
たくさんの人たちを男は治してあげました。
もちろんお金も沢山もらえるようになりました。
その男の女房がある時
「うちの旦那は、
いったいどんなものを付けて治しているんだろうか?」
と不思議に思い、甕の蓋を外して中を覗いてみると、
中には美しい娘が入っておりました。
女房の怒りに任せて
庭の井戸端で甕を割って粉々に壊してしまいました。
男は「大変なことになってしまった、
どうしたらいいのだろう」と思い海に行き
「龍神様。龍神様。」
と叫んだところ龍神様が現れたので
「私の女房が龍神様から頂いた甕を井戸端で割ってしまいました。
もう人助けをすることができなくなりました」
すると龍神様は
「では、井戸端に行ってみなさい。
不思議な草が生えていますから、
今度はそれで皆さんを治してあげなさい。
それはヨモギといい、乾燥させて粉にして、
痛いところに付けて火をつけなさい」と教えてくれました。
家に帰り井戸端を見ると、
本当にヨモギが生えていて、
男は早速もぐさを作り、
みんなを治してあげました。
それが現在のお灸の始まりで、
龍神のお告げなのだそうです。
どんどはれ(おしまい) (参考資料 鈴木サツ自選50話遠野むかしばなし)
「そうかお灸ってそうやって始まったものなんだね」
福ちゃんが感慨深そうに言った。
「昔話ってさ、人生の教科書みたいだよな。
人間がちゃんと人として生きていく上での教科書・・ちょっとキザだったかな」
「そんなことないよ。一人ってさ、時々いいこと言うよね。」
「なんだよ、馬鹿にしてるのかよ」
「違うよ!ほめているのよ」
どう言うわけか一人とはすぐに喧嘩腰になってしまう・・・
「まあまあ、二人の仲がいいのはわかったから、
リクリエーションは終わりにして、さあ次に向かうよ」
福ちゃんがそう言いながら、
鼻息の荒くなった私たちの仲裁に入ってくれた。
(昨日の風の丘の時は、
一人がすんごくいいやつだと思えたのに
何よ!フン!いやな奴!・・)
(なんだよ、俺だってたまには決まるセリフを言ったっていいじゃないか
・なんだよあいつ・・・まったくよ〜!!)
・・・サムトの婆・・・
もやもやした気持ちのまま
・・サムトの婆の石碑の見える場所へ移動した。
風が尋常でない強さだったことから、
私たちは車の中から碑を眺めることにした。
「しっかし、さすがに風が強いね」
福ちゃんは事前に調べてきたようで
サムトの婆と風の関係をよく理解しているようだった。
「さすが福ちゃんね、
誰かさんとは大違い!下調べをちゃんとしているのね」
嫌味たっぷりに、一人の方をチラリと見ると
バックミラー越しにジロリと睨み返された。
「誰が下調べしてないって!
嫌みたらしい奴だな」
「だってそうじゃない、
人がせっかくいい話をするねって誉めたのに、
怒り出したりして・・」
千葉家の時以来、なぜか一人を変に意識してしまい、
本当は仲良くしたいはずなのに、
口から出る言葉は
真反対のことだけなのは自分でもよくわかっていた。
どうした、はなゑ!しっかりしろ、はなゑ
「はなちゃん、実はね、
サムトの婆の話やいろんな昔話を集めてくれたのは斎田なんだよ。
だから許してやんなよ」
「えっ!そうだったの・・・ごめんなさい」
「いや、いいよ。俺の方こそごめん」
一人が後ろの座席に座る私の方見て、ペコリと頭を下げた。
「はい!仲なおり。
これでおしまいにしてくれよ。
二人が喧嘩し始めるとなんだか気まずくていけないよ。
たった三人しかいないんだからさ、よろしくお願いします」
「福ちゃん・・・ごめんなさい」
「はなちゃん、頼むよ。」
私はペコリと頭を下げた。
「ところで、外はサムトの婆日和の強風なんだけど、
このロケーションで、
サムトの婆の話をはなちゃんに読んでもらおうかな」
そう言いながら福ちゃんが
再びバックの中から遠野の昔話の本を取り出し、
私に渡してくれた。
・・・黄昏に女や子供が外に出ていると
神隠しに会うことは他の国々でも同じ。
松崎村の寒戸という所で、
サチコという名の若い娘が
梨の木の下に草履を脱ぎ捨てたまま
行方しれずとなり、
三十年経ったある日、
親戚一同が集まっていた所へ、
極めて老いさらばえて
娘は帰ってきた。
どうやって帰ってきたのかと聞いたところ、
皆に会いたいと思ったら帰って来れたと答えた。
そしてまた行かねばならないと、
影も形もなく行き失せてしまった。
その日は風がたいそう強く、
今でも風の強い日は
「サムトの婆が帰ってきそうだ」と村人は言う。
(参考資料 鈴木サツ自選50話遠野むかしばなし)・・
「あっ・・・・」
社外に出て望遠で石碑を撮影していた一人が
突然大きな声を出した。
「もしかして、サムトの婆さんが居たの?
一人がカメラを構えると見えないものが見える人に変身しちゃうからね」
座敷カッパのたっちゃんや、
オシラ様のマリさんを見つけた一人だから、
さもありなんと思い声をかけてみた。
「えへへ。だといいのにね。何にもいませんでした。」
そう言いながら舌を出している。
「もう!一人ったら!」
三人で笑いながら次の目的地へ向かった。
感謝しています。
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