第十一話・・早池峰構造体・・
第十一話・・早池峰構造体・・
風の丘から車で十分ほどのところにある
ジンギスカン専門店・・エンドウ・・
ここは宿の御主人のモトさんが
遠野に来たからには是非!と
推薦してくれたお店である。
駐車場に車を停めて、車のドアを開けた瞬間に
ジンギスカンの肉の焼ける匂いが辺り一面に漂っていた。
ジンギスカンは遠野の名物になっていて、
自宅でも気軽に楽しめるようにと、
ブリキのバケツを改良した
コンロとジンギスカン専用の鍋がセットになったものが、
近くのホームセンターで販売されている。
平日だと言うのに店内は混雑していて、
幸いモトさんが、
あらかじめ予約を入れておいてくれたおかげで、
直ぐに席に着くことができた。
運ばれてきた肉を、私がロースターに乗せ、
焼けた!と思った瞬間に消えていく。
一人はよほどお腹が空いていたのだろう、
驚くようなスピードで、
あっと言う間に二人前のジンギスカンを平らげてしまった。
美味しい食事は、
自然と人を笑顔に変え幸せにしてくれる。
そんな幸せな気持ちに気が緩んだのか
今回の旅で感じた想いを福ちゃんに聞いてみたくなった。
「福ちゃん一つ聞いてもいいかな?」
「なんだいはなちゃん、改まって」
「遠野物語って今も生きているような気がするの」
「生きている?それはどう言う意味なの?」
「う〜ん。どう表現したらいいか迷っているんだけど、
物語の世界が今も同時進行しているような・・・・。
そんな気持ちがするの」
箸を置いて福ちゃんは、
いつものように頬を手に当て考える様な仕草をした。
「すんごく抽象的な話になるかもしれないけど、
伝説と俗に言われていることが、
ちゃんと足音を鳴らして聞こえてくる。
そんな感覚は実は僕もあるよ。
例えばさっきの光明寺の布もそうだったけど、
なんでもない鳥居だったり、
沼や川にまつわる伝説なんかにもね」
思い切って聞いてよかったと私は思った。
するとほぼ三人前のジンギスカンを
ひとりで平らげた一人が、
「山だよ」
と突然ポツリと呟いた。
「え・・・?山、それってどういう意味」
福ちゃんが聞き返した。
テーブルにはデザートのイチゴが運ばれてきて、
福ちゃんがホットコーヒーを三人分注文している。
「俺たちは列車で来たから気がつかなかったけど、
さっき千葉家の帰りに
遠野の郷全体を見下ろした時に感じたんだよ。
この土地は人間の住処ではなく、
神々の集落だってね。
俺は気功なんて知識はないけど、
よく気が見える奴らが言うだろう。
ここは良い気があるとかないとか、
気が全く違う場所だとか。
パワースポットだとか。
なんも感じない俺が
ここは俺たちの住む世界と、
別な気が流れている場所だって感じたんだよ」
思いがけない一人の言葉に
私も福ちゃんも驚いた。
まさか一人がこんなことを言うなんて・・・
「そうか・・・一人がそう感じたなんて
ちょっと意外だけど、
やっぱり遠野出身のお爺さんの血が、
教えたのかもしれないな」
と福ちゃんが言った。
「俺自身が一番驚いているんだけど、
どう表現して良いか、言葉が見つからないんだけど、
山に護られ川に清められ、
昔から人の往来は多かったらしいけど、
外からやってきた人の気まで浄めてしまう、
そんな場所の様な気がするんだよ」
私と福ちゃんは、
一人の言葉にしばらく黙ったままだったが、
ほぼ二人同時に
「一人!すごいよ」と感嘆の声を上げた。
「神々の集落!うん!うん!
まさにそんな感じだよね。
一人!!!すごいよ!
あの夢に誘われて遠野に来た私だけど、
たった三日しか経ってないんだけど、
宿の御主人や係のご婦人まで
みんなすんごく優しいよね。
さっき福ちゃんが遠野は湖の底って教えてくれたんだけど、
それって人間としての底の部分を言っている様な気がして、
この里の人々は
昔からそれを大切に守り抜いているような、
そんな気がしたもの」
「うん!はなちゃんの言う通りだよね。
みんなものすごく優しくて、あったかいんだ、
昔からの心を大切にしているのと、
それにプラスして、
新しい街並みも
不思議と違和感なく良い具合に混ざり合っていて、
本当に魅力的な町だよね」
店内のあちこちに染みついているジンギスカンの匂いの様に、
私たちの心の中にも遠野の郷の暖かさがじんわりと沁みてきた。
「山か・・・・そうか!そうだよな。
山で思い出したんだけど、
僕の友人で地質に詳しい松澤っていう奴がいてね。
この岩手の地質はかなり特別らしいよ」
「えっ!そうなんだ。でもさ、
山から地質の話にいきなり変わるあたり!
さすが福ちゃんだよね」
「俺も福山らしいなと思ったよ」
この切り返しの速さが福ちゃんの冷静な仕事ぶりを物語っている。
「北上山地は日本列島が出来る前は
大きな島だったらしいよ」
「え!それって北上山地は日本列島より古いってことなの?」
「つまりそういうことなんだけど、
はなちゃん、少し落ち着いて聞いてくれないか」
私はデザートのイチゴ用のフォークを
振り回していたことに気がついて、
慌てて皿に戻した。
「ごめんなさい、続けてください」
福ちゃんは笑いながら
うんと頷き続きを話し始めた。
「宮沢賢治が愛した緑色の石があってね、
名前を蛇紋岩と言うんだ。
蛇紋岩は変わった誕生の仕方をするらしく、
地球の地殻の下部や、
更に下のマントルと言われる部分の
上の方にあるカンラン岩が、
地殻変動で水と反応してできるらしいんだ。
つまり、
決して地表に現れる事のない石が
岩手の中央部で
巨大な早池峰山になっている!
これだけでもすごい話だろう」
「へー!早池峰山って
蛇紋岩でできた山なのかい!
そりぁすげぇな。
俺たちも山に登るときは
地質について一応は調べるけど、
そうか・・・早池峰山の地質か・・・」
福ちゃんはバックの中からメモ紙を取り出して、
三層に分けた山の絵を描いた。
「石の話はまだ続きがあるんだよ。
この早池峰山系の地質はね、
蛇紋岩の下に、
浅い海で珊瑚や貝が積もってできた、
石灰岩のマグマが熱を加えて出来た大理石と、
更に薬師岳から南に広がる巨大な岩の連なりは、
燃えたぎるマグマが、地下深くでゆっくり固まり、
侵食により地表に顔を出した花崗岩でできているんだよ。
早池峰山周辺では、
花崗岩、大理石、そして蛇紋岩の三つが
東西に伸びて分布しているんだ。
もう一つ加えると
元々石灰岩は日本周辺で造られた岩石ではなく、
はるか南の海からやってきたものだそうだよ。
どうだい!すごいだろう!でもまだまだ序の口だよ」
「まさに地質のミステリーみたいね!
いったいどのくらいの時間を
岩手の地質は旅をしてきたのかしら。
すごいところで私って生まれていたのね。」
「そうだよ、はなちゃん!
ここの地質は本当にすごいんだよ。
僕も松澤に聞いた時はとにかく驚いて!
いつか訪ねてみたいと思っていたんだ。
それでさ、盛岡から早池峰山を挟んで
釜石に抜ける帯状のものを想像してくれるかい?
それを地質学的には早池峰構造体と呼ぶらしいんだ。
更にその帯状のものを真ん中にして、
北上山地は北部と南部に分かれていて、
全く別物の地質構造からできているらしいんだ」
福ちゃんはコーヒーのおかわりを注文した。
「つまり、サンドウイッチみたいになっているのね。」
私にもコーヒーのおかわりを勧めてくれたが要らないと手で合図した。
「おっ!はなちゃんいい表現だね。
確かにそう考えるとわかりやすいね。
ライ麦パンの北部と
普通の食パンの南部の間に
ハムがはさんである。そう考えてくれるかい」
一人もコーヒーのおかわりをお願いしていた。
「そのハムの部分がいわゆる早池峰構造体で、
宮沢賢治のお気に入りの蛇紋岩でできているらしいよ」
「でもどうしてそれが
遥か彼方の南の島から来たってわかったんだい?
違う場所って可能性もあるんじゃないのか?」
一人が切り返している
「おっ!こりゃまたいい質問がきたね。」
そう言いながら福ちゃんはテーブルを軽く叩いた。
「ライ麦パンの北部は
今から二億年まえにアジア大陸の海洋プレートが、
大陸プレートの下に沈み込む形で産声を上げたんだ。
普通のパンの南部は
遥か五億年目に、
オーストラリア周辺のゴンドワナと言う超大陸の
北の部分の浅い海に位置していたんだ。
やがて地殻変動が起きて、
およそ一億数万年前に南北がアジア大陸近くで合体、
その後2000万年から1500万年位前に大陸から分離して
・・北上島・・となり、
やがて出来たばかりの日本列島に吸収され
隆起して北上山地になった。」
「なるほどね、つまり南の大陸から分離したものが島になったってことか」
「そう言うこと」
「因みに普通の食パンの南部は、
列島に紛れ込んだ異物の様な存在で、
他に比べて年代が異様に古く、地質学的にも世界から注目されているらしいよ」
「そうすると、
南部と北部が合体した時の歪みが、
早池峰構造体の蛇紋岩を表面に出す働きをしたのかい?」
「それに関してはいろんな説があるみたいだけど、
僕たち素人が考えても、一人の考えが妥当だと僕も思うよ」
「岩手って凄い土地だったって
福ちゃんの説明でよくわかったわ。ありがとうね」
「はなちゃんの故郷は
確か普通の食パンの県南地区だったよね。
遥か南半球から旅をしてきた部分だね。
その頃の地球はどんなだったんだろうね。」
「福ちゃん、私ね、
岩手出身って言うと上京したばかりの頃
よくクラスメートにばかにされていたの。
電気って知ってる?だとか、
川の水で洗濯しているんでしょ、とか・・・。
そいつらに、今の話を聞かせてやりたい!
岩手ってすげーんだぞ!!!って」
私があんまり大きな声で言うものだから、
一人も福ちゃんの落ち着けと手を上下させている
私は慌てて口を押さえた。
「おっ!明日は雨かもしれないな・・・
雲が西に流れていく」
と窓の外をみながら一人が言った。
「え!やめてよ〜明日はやっと
あの岩に逢えるって喜んでいたのに・・・」
不味いことを口走ってしまったと
一人がバツの悪そうな顔をしている。
一人は山岳部出身で気候の予測を得意としていた。
・・・お願い明日は晴れてください・・・と
もしかして側にいてくれるかもしれない
座敷カッパのたっちゃんに心の中でお願いする私がいた。
すっかりお腹もいっぱいになり、
気前よくご馳走してくれた福ちゃんに一人と二人整列して
「福山隊長!ご馳走様であります」と敬礼をした。
その姿に福ちゃんがやめてくれ〜と逃げたので、
その後ろを一人が追いかけ、
まるで二人で鬼ごっこをしているようだ。
会社のディスクでは、
常にクールで難しいそうな顔ばかりしている福ちゃんが、
この遠野の郷に来てからはまるで別人のようになっている。
これも遠野の郷の不思議な力のおかげなのだろうか。
私は、すっかり三人で周る遠野の町が大好きになり、
あと数日この郷にいられたらいいなと思った。
食事の後の鬼ごっこで大笑いした後、
私たち一行は車に戻り、松崎地区へ向かうことにした。
窓を開けると優しい風が頬を撫でた。
「これから周る松崎地区は
特に石碑が多いから見落とさないようにね。」
そう言いながら、
福ちゃんがさっき道の駅でいただいた遠野マップを渡してくれた。
・・・清心尼公の碑・・・
・・・阿曽沼公歴代碑・・・
・・・飢餓の碑・・・
・・・妻神の碑・・・
遠野マップを見ただけでもこれだけある。
「本当に石碑が多いのね。
遠野物語を書いた柳田國男氏も確か冒頭で・・
路傍に石塔の多きこと諸国その比に知らず・・
と描いていたくらいだからね。
でもどうしてこんなに石碑が多いのかしら?」
「石碑の多くは魔除けの働きをしていたようだよ。
だからほら昨日も
昔村だった所の境に
たくさん並んでいただろう。
それと山伏たちが
登山の祈念に奉納したらしいよ」
私の田舎にもそういえば沢山の石碑が立っている。
あれは昔の村の区切りだったりするのか・・
いつか時間がある時に
調べてみるのも楽しいかもしれないと思った。
感謝しています。お読みいただきありがとうございます。
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