第十話‥千葉家・・三日目
第十話・・・千葉家・・・三日目
朝食の後福ちゃんが、
今日の取材先の続石について、
宿の御主人のモトさんから、
折角だから、
山道を登るコースを勧められたと教えられた。
山道という言葉に
一番に反応したのは一人だった。
モトさんの話では、
続石へ向かうには
鳥居を潜り、険しい大岩だらけの修験者が歩いた道と、
なだらかなハイキングコースの二つがあるという。
山道を苦労して登ってこその感動があると言うことで
モトさんは修験コースを進めてくれたらしい。
いずれのコースにも
熊よけの鈴や笛が必要とのことだった。
今年は例年になく熊の目撃情報が多いらしく、
今日はその買い物をして、
明日、万全の構えで出かけてはどうかと
福ちゃんからの提案だった。
「そうしよう!」一人が即答している。
「そうしましょう!モトさんが言う感動を私も味わってみたい」
福ちゃんがほっとしたような顔をこちらに向けている。
私がどれだけ、続石との対面を楽しみにしているかをわかっているから、
私の返事が気になっていたのだろう。
その心遣いが嬉しかった。
「はなちゃんありがとう。それじゃそう決めるよ。
その代わりランチは
宿の御主人モトさんのお勧めの
遠野名物ジンギスカンを僕がご馳走するよ」
私と一人は両手を上げて
万歳!万歳!万歳!よっしゃー!!!と声を張り上げ喜んだ。
私は今朝の夢のこともあり、
今日の続石行きが延期になり
なぜか安心している気持ちと、
今すぐにでも逢いたいと言う気持ちが入り混じり
複雑な気持ちになっていた。
国道396号線を盛岡方面へ向かい
車で十分ほど走ると
小高い丘の上に
大きな茅葺き屋根の曲がり屋が立っている。
国指定、重要文化財・・千葉家・・である。
「曲がり屋というのは、L字型の家のことで、
人間の住む母家と馬小屋を直角に連結した農家を言う。
屋根は萱で葺き、周りは土壁で塗りつぶし、
柱や貫だけを露出させる。
遠くから眺めると
自然の風景に溶け込んで
小さな山や丘に見えたと伝えられている。
約八百坪の敷地の中に、
曲がり屋を中心に
土蔵、納屋、社があり、
かつては作男十五人、馬二十頭を有していた。
言い伝えによれば、
飢餓の時や農閑期のために
現在でいう失業対策として建てられ、
完成まで十年間、
村の子供も老人も人夫として作業に携わり、
その糧を得た。」(参考資料 遠野市観光協会パンフレット)
福ちゃんが、昨日観光課でいただいた
千葉家のパンフレットを片手に説明してくれた。
岩手は藩政時代、
南部藩と伊達藩の二つ藩に分かれていたが、
特にこの南部藩においての飢餓の歴史は
壮絶を極めたと以前に本で読んだことがある。
この遠野の郷も宝暦(1755年)から三年続いた大凶作で
人口の四分に一が餓死したという。
「一つの哲学だよな」
福ちゃんがガイドブックを見つめながら呟いた。
「南部曲がり屋は、深雪から馬を守るために
家族の一員として世話をするための造りになっているし、
それと小作人以外の村人たちを餓死させないために、
仕事を与えたのだろう。
僕は千葉家の当時の当主を尊敬するよ。
自分達の事しか考えない
今の政治家たちをこの当主に再教育してもらいたいね。」
珍しく感情を表に出す福ちゃんに私は驚いた。
「今の世の中にこそ、
この千葉家の当時の当主みたいな人に
生きていてもらいたかったよ」
私も強く頷いた。
小さな村の一人の地主が、
自分の土地を守るために行った事業は、
当時の遠野に郷の人たちを
どれだけ笑顔にしたのかは、
想像に容易い。
千葉家は現在も住居として実際に使用されており
立ち入り禁止区域もある。
だからだろうか
建物が今でも生きているように感じた。
母家の脇には蔵があり、
更にその脇の坂道を登ると
お稲荷様を祀り小さなお社があった。
家人の幸せと
村人の幸せを毎朝祈っていたのだろうか。
私の祖母の家の裏には
弘法大師様所縁のお社があり、
祖母は毎朝欠かさずに祈りと清掃を忘れなかった。
そんな祖母や母の背中を見ていたせいか
自然に神仏を大切にする気持ちが
私に宿っていたのだろう、
神社仏閣の前を通る時には、
一礼するのが習慣づいている。
「なんだ!また巫女様をやっているのか」
お社の前でお辞儀をしている私を見て
一人が言った。
一人とあちこち取材に出かけた時、
私が神社の前で、いちいちお辞儀をするものだから、
それを見てからと言うもの、
私を巫女様と呼ぶようになっていた。
実はそう呼ばれるのはけっこう気に入っている。
「いいじゃない、神仏を大切にすることは良いことよ」
「誰も悪いとは言ってないよ。
俺はそうやって、自然や神仏を大事にするはなちゃんが、
偉いなぁって思っただけだよ」
一人が私の横に並びお社を見つめながらそう言った。
「あっ・・ありがとう」
良かれと思っていることを褒められて嬉しかった。
「あれ、今日はやけに素直じゃないか、
いつもそうやって素直だと俺は嬉しんだけどな」
なんだかこそばゆくて、
素直に一人の顔が見られなかった。
目を合わせないまま私はお社に向かい手を合わせた。
一人も並んで手を合わせた。
お祈りが終わり目を開けると、
一人が驚いたような顔で私を見ている。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
一人はそう言ったっきり
さっさと早足で坂を降りて行ってしまった。
・・・なんだ?へんなやつ・・・
千葉家は高台の城壁のような石垣の上に建っている為に、
見晴らしもよく見える景色も美しい。
都会で暮らしていると滅多に感じることのない、
風が木々や草花の間を通り抜ける音や、
雲がいろいろの形に姿を変えながら流れる様や土の匂い。
陽だまりの温かささえ都会とは違うように感じる。
久々に感じる懐かしい感覚に、
小さい頃暗くなるまで、
草はらで遊んでいたことを思い出していた。
一人は既に車に戻り運転席に座っている。
さっきの突然の態度が気になって
理由を聴こうとしたけれど、
一人の背中がそれを拒否していた。
千葉家から車を市街地に向けて走らせると、
美しい景色がフロントガラスいっぱいに広がり、
私は後ろの座席から前のめりになりながら見つめていた。
そこには、
太陽の光がやさしく輝き、
ちょうどすり鉢の底のような町全体を、
薄い絹布が包み込んだような幻想的な景色が広がっていた。
この里が・・民話の郷・・と云われるのは
この景色が一つの所以ではないかと思った。
本当に龍が悠々と上空を飛んでいても
おかしくないと感じたからだった。
「なんだか仙人になったような気分になる景色だね」
どうやら福ちゃんも、この景色に魅了されているようだ。
「福ちゃんの仙人姿・・・良いかも」
笑いながら私が言う。
いつもなら間髪入れずに茶化す一人は
さっきから前を向いたままなのが気にかかった。
「遠野の郷はその昔、湖の底だったと伝えられていてね、
遠野・とおのの語源はアイヌ語で・・トオヌップ・・
湖のある丘原という言葉に由来するらしいよ」
福ちゃんが遥か彼方に見える、
山の稜線を指でなぞりながら教えてくれた。
私は遠野という言葉になぜか
ノスタルジーを感じてしまう。
わけはわからないのだが、
心の底の遠いところにあるもの。
既に忘れていた想い、
いつか来た場所、
またいつかくる場所、
そして思い出に出会う場所。
もし遠野の郷を守護している何かに問える時が来たら、
遠野という場所の意味を聞いてみたいと思った。
それにしても気にかかるのは一人の事だった。
千葉家の神社の前から突然に走り出したかと思うと、
そのまま運転席に座り黙り込んだままなのだから。
いつもなら、
私や福ちゃんの揚げ足取りをして茶化すのが
彼のお決まりのコースなのに、
いったいどうしたというのだろうか?
「一人、どうかしたの、お腹の具合でも悪いの?」
「違う」
「わかった!お腹がすいたんでしょ!」
わざと茶化すように言ってみた。
「違う!」
今度はさっきより強い口調で返事が返って来た。
いつもの一人と違う険しい顔がバックミラーに映っている。
いったい何があったのだろうか?
「なによ!人が心配しているのに
急に大声出して、びっくりするじゃない」
「ごめん」
今度は素直に謝るものだから、
ますます一人の気持ちが解らない。
「慣れない道をレンタカーで運転しているから
一人も疲れたんだろう。
あの信号機のある交差点を左に曲がってくれないか、
道の駅・・風の丘・・で一休みしよう。」
福ちゃんの一言が車内の雰囲気を変えてくれ、
私は心の中でありがとうと呟いた。
国道396号線から、
国道283号線へと左折した道は、
猿ヶ石川と並行して走る道で流れる景色も美しい。
「この辺りは・・綾織・・という地名がついていてね、
天女が織った曼荼羅が名前の由来らしいよ。
その曼荼羅が納められているのが光明寺という寺でね、
実際幾何学模様に、
つまり綾に織られた布が伝えられているらしいよ」
福ちゃんが教えてくれた。
「遠野に来て今日で三日目だけど、
本当にそこかしこに・・遠野物語・・の世界が
今も実在しているのには驚くばかりよね。
天女が織った布が今も残っているって・・・・。」
「そうだよね。僕も実際に遠野に来てから時間が、
いや次元が違う世界に迷い込んでいるんじゃないかって
思うことが続いていて本当に驚いているんだよ。
遠野物語は今の生きている。
本当にそう感じなくてはいけないような気がするんだ」
「わかる!そうだよね!
初めて遠野の駅に降りた時から、
なんだか不思議な感覚があったんだけど、次元が違う・・・
確かに!そう思うよ。
だとしたらこの郷に暮らす人々は、
不思議な国の住人ってことになるのかもね」
さっきまでの気まずい雰囲気は、
遠野の郷の不思議な時間の話題のおかげで、
すっかりと変わってくれた。
遠野には不思議な時間が流れている。
本当にそう思った。
「あの大きな風車が見えるだろう。
あそこが道の駅遠野風の丘だよ、
遠野は別名風の町と呼ばれていてね、
あの風車は風力発電に使うらしいよ。」
小高い丘の上に
風車が1台勢いよく回っているのが見える。
福ちゃんがその風車を指差しながら教えてくれた。
平日と言うのに観光バスや、
沢山の車で駐車場は溢れていた。
遠野の町の名物や特産品、新鮮な野菜、地ビールまでもが
ここで総て揃い、
更にレストランまで併設されていて
遠野の名物がいただけるとあっては
遠方からやってくる観光客にとっては、
ありがたい場所だと思った。
レストラン前では、
・・遠野物語百年フォトコンテスト・・が催されており、
どの写真も美しい遠野の景色が納められている。
私はその中の一枚の写真に、
目が釘付けになってしまった。
お祭りの衣装に身を包んで
輝くような笑顔の女性の姿が美しい。
「綺麗・・・」
とほぼ独り言のように言ったつもりだった。
「はなちゃんの方が綺麗だよ」
いつの間にか一人が私の隣に居て、
らしくない言葉をいうものだから、
言い返えしてやろうと一人の顔を見たら
いつになく真面目な顔をしてこちらを見ている。
「どうしたの・・・らしくないじゃん・・」
そう切り返すのがやっとだった。
一人は何か言いたげな顔を一瞬見せた後、
そのまま外へ出て行ってしまった。
・・・へんなやつ・・・
その時、福ちゃんが明日のために
熊よけの鈴と笛を買いもどってきた。
「一人を見なかったかい?」
「さっきまでここに居たんだけど、駐車場の方へ出て行ったわよ」
会社へのお土産を何にしたらいいか相談したかったらしい。
私も福ちゃんと一緒に一人を探しに外に出た。
一人は風の丘のシンボルである、
風車の前に立ったまま身動きせずに、
風車の羽が勢いよく音を出しながら回るのを見つめていた。
福ちゃんと私は目で合図しあい
静かにその場を立ち去った。
一人が会社でも
気分転換と言いながら
屋上で風に吹かれているのを知っていたからである。
福ちゃんは再び、
土産物選びに建物の中に戻り、
私は風車の近くのベンチに座り、
一人の気持ちが落ち着くのを待つことにした。
突然に怒り始めたり、
優しくなったり、いつもの一人らしくなかった。
いったい何があったのだろうか。
一人は相変わらず勢いよく回る
羽を見上げたまま身動きひとつしない。
確かこの道の先には
宮沢賢治の風の又三郎の舞台となった
種山高原があったはず、
一人の今までのイメージは仁王様だったけれど、
今の一人の背中を見ていると風の又三郎と重なって見える。
・・・今度から又三郎って呼ぼうかしら・・・
我ながらぴったりのイメージができたと思った。
「なに、ニヤニヤしているんだよ」
といつの間にか目の前に一人が立っていたものだから
「マタ・・・別に・・」
危うく又三郎!と言いそうになり焦った。
「気持ちは落ち着いたの?
さっきまでいつもの一人らしくなかったから
福ちゃんと心配していたのよ」
心の内側を探ることは失礼なことだとわかってはいるけれど、
千葉家で見せたあの表情がどうしても気になってしかたがなかった。
少しの沈黙の後、
一人は私と目を合わさずに、
何かを探すように宙を見つめながら、
「さっき・・
はなちゃんが消えちゃうんじゃないかって・・・・
それで急に怖くなったんだ」
「え!私が・・・・いつ・・・」
相変わらず一人は私と目を合わせない。
「さっき千葉家の神社を一緒にお参りしただろう、あの時だよ。
俺の隣にいたはなちゃんが、
古代の女性が来ているような白い衣装を着て、
頭には金色に輝く王冠を着けて俺の隣に立っていたんだ。
凄く綺麗だった・・・・」
一言一言、まるで噛みしめるように一人が話した。
昨夜の夢で見た私の姿を
一人がすっかり同じに話したので、
正直私は驚いた。
不思議な夢の話を一人に聞いてもらおうと思い
「実は・・・・」と言いかけた時、
買い物から福ちゃんが戻ってきて
「おーい!昼飯にしようぜ」
「おっ!いいね〜お腹ぺこぺこだよ」
と答える一人を見て、
すっかりいつもの一人に戻っているのを確認したのか、
福ちゃんも安心したようだ。
又三郎・・・じゃなくて
一人はジンギスカンの歌を歌いながら車へ走っていった。
私たちもその後ろを追いかけた。
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