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第十三・・天狗・・

第十三話・・・天狗・・・



「この辺りは遠野物語の中でも、

一番悲惨な物語が多い場所なんだよ、

城跡に、神隠し、飢饉に、天狗・・・

聞いただけでなんとなく暗い気持ちになりそうだろ」


地図上では淡々と顕されている場所が急に、

嗚咽や嘆きの声が聞こえてきそうな気がして、

私は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。


「その昔この天が森は、

天狗森と呼ばれていたんだよ。

遠野物語の中でも・・天狗が多くいることは昔より人の知るとこなり・・

と書いてあるようにね。」

福ちゃんが横田城跡の少し先の方の

小さな山を指差しながら言った。


東京から遠野へ向かう新幹線の中で

福ちゃんが貸してくれた、柳田國男著・遠野物語。 

確か中学の頃に図書館から借りて読んだ記憶があり、

パラパラとめくった先で、すぐに目がついたのは天狗の話だった。


・・・力自慢の男が大男と相撲を取ったが

負けてしまい気を失った。

秋に村の人達と早池峰山に出かけたが、

帰ろうとしたところこの男の姿が見えず、

みんなで探したところ深き谷の奥に、

手も足も一つ一つ抜き取られて死んでいた。・・・


「うわ!遠野物語って、

なかなかグロテスクな内容だったって、思い出しちゃった。

学校の図書館から借りてきて読んでは見たものの、

山姥や猿の経立。

死者が蘇る話や、狐の話。神隠しにかっぱに天狗。

遠い国のお話じゃなくて、同じ県内の話の話だから、

自分にも同じことが起こるんじゃないか!

そう思ったら、ものすごーく怖くなって、

慌てて本を図書館に返したのを覚えているわ。

私は婆ちゃんから聞いた昔話の方が好きだって思ったもの」


「そうだよね。かなり怖い話もあるよね。

だから、金土しげらないさんの、妖怪の世界とリンクしたのだろうな」

「特に今読んだ天狗の話はすんごく怖くて、恐ろしかったから、

天狗は怖い!ってインプットされているもの」

「僕もそう思っていたんだけど、

昨日買った昔話の本の中に優しい天狗を見つけたんだよ」

「優しい天狗?」

「この話だよ、読んでごらん」

そう言いながら昔話の本を手渡された。


「え?福ちゃん遠野弁が読めたの?」

「はなちゃんみたいに上手に読めないけど、

昨夜一人と二人で随分練習したんだよ。

でも、(入って)・・へって、の発音が難しくてね。」


私は二人が私の読む原文と、訳文を静かに真剣に聞いていたのが理解できた。

そして、大の男二人が本を間に挟んで

発音練習をしている様子を想像して微笑ましく思った。

「へって(入って)は入るとか、

入っている状態を表していて、

へにアクセントをつけると言いやすいかも

そう私が説明した途端、

福ちゃんと一人が発音練習を始めたのだが、

なかなか難しいらしく、

どこか変だと思ったけれど、二人には内緒にしておこう

「なんかフランス語みたいに聞こえないか?」

「それ頷ける話だよ。

会社の研修旅行で、フランスに行った時に通訳の女性から、

東北出身の方はいませんかと問われてね、

濱田ディレクターが宮城出身でね、手を上げたんだ。

そしたらガイドさんから訛って(新聞くれ)と言ってくださいと言われてね。

濱田ディレクターが、恥ずかしそうに言ったら、

本当にばっちりS'il vous plaitの発音に聞こえたから驚いたよ。

その時東北の言葉とフランス語の発音は似ているって思ったんだよ」


「え!そうなの・・地層の次はフランス語!

ますます岩手を自慢したくなるわね。ムッシュ!」

車内は笑い声に包まれた。


「天狗さんの話だったわよね。どれどれ・・・。」

福ちゃんが渡してくれた本の中の天狗は

ちっともグロテスクではなく、恐ろしい天狗ではなかった。

泊めてくれたお礼に五葉山にしかない木の葉をくれたり、

お金を渡したり、遂には自分の着ていた着物を

お礼に形見に置いて行った話などが掲載されていた。

「怖い天狗のイメージが変わっただろう」

私は静かに頷いた。


「川がいい感じに蛇行しているだろう」

福ちゃんが窓の外を指差した。

先程、諏訪神社から眺めた猿ヶ石川が、

目の前で大きくUの字に迂回しているのが見えた。


「本当!雄大な感じがしていい感じね」

「水は8の字、つまり無限マークを描いて流れているらしいよ。

そしてそれが一番自然で、エネルギーの宿る形なのだそうだよ。

だから蛇行して流れている川にはエネルギーが宿るらしいね」

「ということはこの猿ヶ石川はエネルギーの塊ってことになるの?」

「今は護岸工事があちこちで施されているから、

正直わからないけれど、

昔のありのままの川だったら

確かにエネルギーのある川だったんだろうね」

「鎌倉時代のお殿様はもしかして、

この川のエネルギーに負けたのかもしれないわね」

「そうかもしれないね。」

「ところで福ちゃんは川で泳いだことってあるの?」

「えっ!あるわけないだろう。はなちゃんはあるのかい?」

「うん、あるわよ」

「小学校に入学するかしないかの頃だったけど、

父方の祖母の家の近くに、

今はダム建設で無くなってしまったけど、

鮎がいるほどの綺麗な水が流れる川があってね、

中を覗き込むと水草がゆらゆらしていて、とっても綺麗だったの」

「へ〜そんなに綺麗な川があったんだね」

「俺もはっきりしたことは覚えていないけど、泳いだことはあるよ」

運転しながら一人が言った。

「遠野の爺さんが生きていた頃だったよ、

川に泳ぎに連れて行ってもらった記憶があるよ。

その時岩場で足を擦りむいて、

従兄弟が血止め草を傷口に貼り付けたのを覚えているよ。」

「えっ!血止め草、懐かしい〜」

「確か小さな緑色した葉っぱで、

周りがプリーツみたいにひらひらしたやつをさ、

傷口いっぱいに貼り付けられて、

思わずきったね〜ことするなって

従兄弟に怒鳴ったのを覚えているよ。」

「ハハハ!都会育ちのおぼっちゃまには、わからないことだらけだよね。」

「はなちゃん、笑うなよ。

俺としては、とにかく毎日がそんなこんなの遠野での夏休みでさ。でも楽しかったなぁ〜」

「二人のやり取りを聞いていたら、僕も川で泳いでみたかったと思うよ。

いいなぁ〜楽しかっんだろうなぁ〜」

「よかったらご案内いたしますよ」

そう言いながら一人が、

猿ヶ石川の方向へハンドルを切る真似をしたので、

福ちゃんが慌ててハンドルを押さえ

「今日はやめておくよ」

と言った顔が、あまりに真剣そのものだったので車内は笑い声で溢れた。



・・・飢饉の碑・・・


横田城を過ぎ、危うく見過ごしてしまいそうなほど

ひっそりと道端に建つ石碑がある。

宝暦5年(1755年)遠野領最大の大凶作で

餓死して人々の供養塔が建っている。

無言のまま3人で手を合わせた。


・・・松崎観音・・・


「さすがに飢餓の碑は気が重く感じられたね。

だからかな、遠野の郷には七つの観音様が祀られているんだよ。

慈覚大師円仁の作とされていて、

一本の桂の木から七体の観音様を刻み、

それぞれ七つのお寺に安置されているんだ。

一昼夜に七つの観音様を巡れば、

願いが叶うと言い伝えられていたそうだよ」


第一番  山谷観音  十一面観音像  大慈寺長福寺

第二番  松崎観音  十一面観音像  麦沢山松崎寺

第三番  平倉観音  十一面観音像  谷行山細山寺

第四番  鞍迫観音  十一面観音像  鞍迫山福滝寺

第五番  宮守観音  千手観音像   月見山平沢寺

第六番  栃内観音  馬頭観音像   大月山栃内寺

第七番  笹谷観音  勢至観音像   附馬牛山長洞寺


ガイドブックと共に添えられている地図を見たけれど、

車のない時代に、自分の足だけを頼りに、

どうやって巡っていたのだろう、

叶えたい願いの重さを思うと、私は言葉を無くしてしまった。


「この松崎地区は福ちゃんが言うように、

確かに気が重い場所が多いわね。

人の想念の深さが染み込んでいるような気がして、

なんだか胸が苦しくなってくるね」

「でもね、昔から負のエネルギーとおんなじくらい

正のエネルギーがあるって言うだろう。

これはもしかして

今の俺たちに何かを教えようとしている場所のような気がするよ」

福ちゃんが謎めいた事を言う時は必ず、

次の取材場所についても同じようなことがあるという意味だと、

経験から感じ取っていた。



・・・母也明神・・・


「次は母也明神に向かうよ。

道の状態が悪いらしいから車から眺めるだけにしよう」

確かに草がかなりの勢いで道を塞いでいて、

先の方に神社らしき屋根が見えるだけであった。


それでも一人は、撮影するために、

草むらをかき分けて進んでいった。

私と福ちゃんはその背中を見送り、

車の中で待つことにした。

「はなちゃん、この物語を読んでくれるかな?」

福ちゃんからリクエストがあったので読み始めたのが、

内容は、今まさに一人が撮影に向かった母也明神のお話だった。


 「今は昔のお話です。

松崎に目に見えない巫女の婆さんが住んでいました。

綾織の宮野目から来たと伝え聞くが定かではない。

その巫女婆様に一人娘がおりました。

それは美しい娘で、年頃になり婿様を迎えたのですが、

巫女婆様は娘を取られたと思い婿様に辛く当たりました。

そんなある日、

松崎の登戸の川の留がどんな事をしても水量が増し流されてしまい、

田んぼに水を引くことさえ出来ないと困った村人たちは、

巫女婆様に伺いを立ててくれるようお願いしました。

巫女婆様は

「良いことがある、

誰かが人柱に立てればこの堰は止まる」

と答えました。

「どうしよう、誰を立てようか」

と村人が困っていると巫女婆様は

「明日の朝早く、まだ夜も明けないうちに白装束で

白馬に乗った男が通るから、

その男を捕まえて川へ入れなさい」

と答えて婿様に

「お前が人柱に決まった」

と話しました。婿様は

「神様のお告げなら俺は退くわけにはいかない、では参ります」

と朝三時ごろ、白馬に乗り白装束で家を出ました。

そして婿様が川へ入ろうとした時

「お待ちください」

と言いながら白馬に乗った人が近づいて来ました。

「どんな人柱だって、一人では出来ないはずです。夫婦で行きます」

それは巫女婆様の娘さんでした。

そして二人で川へ入って行きました。

するとその晩大洪水が起き、

何もかもが流されてしまい、

水が弾いた後、猿が石川から水を引く根っこの部分に

大きな石が埋まっているのを村人が見つけ、

そこは人柱になった二人の霊がある場所と伝えられています。


二人が死んだ後巫女婆様は

「婿だけ殺すつもりが、私の考えが間違っていました。

許してください」

と言い、後を追って死んだそうです。

その巫女婆様を祀ったのが母也明神です。

 (参考資料 鈴木サツ昔話集続遠野むかしばなし)


読み終わった後、福ちゃんと二人して黙り混んでしまった。

「人柱か・・・・神様の怒りを鎮めるために、人柱を立てた話は

あちこちで伝えられているけど、

自然の脅威の前では、

人間の力なんて本当にちっぽけなものだと、

こう言う話を聞く度に思うよ。」

福ちゃんが腕組みしながら言った。


その時ちょうど一人が車に戻って来た。

「いや〜草の勢いがすごくてなかなか大変な場所だったよ」

そう言いながら、洋服にしがみついている、

草や葉っぱをむりしとっては窓の外に出している。

「この場所ね、人柱のお話があった場所みたいよ」

と私が伝えると

「やっぱりそうか、

爽やかな場所じゃないことはなんとなくわかったよ、

どよ〜んとした、空気感だったからね」

と一人も長年の経験で何かを感じていたようだった。


「で、どんな物語だったの?」と一人が言うので、

母也明神の昔話を簡単にまとめて伝えると、

「そうか、いろいろ考えさせられるお話だよな。

でももしかしてこんな話は、

現代でもあるんじゃないのかな?

神様を盾にして、

嘘のお告げをすればその巫女婆様のように簡単に人を騙せるからね。

絶対あってはいけないことだよね。

俺は神様っていうのはこの大自然のことだといつも感じているから、

巫女婆様みたいな霊能者が言ったことは信じないけどね」

誰よりも山と自然を愛する一人らしい言葉だと思った。


「つまりこのお話の教えは、

嘘をつくな。妬むな。ってことかしら」

「そう、それと神を語るな、知ったかぶりをするな。

その禁を犯したものは、

自らを自らで罰するようになる。」

福ちゃんが大きく頷きながら言った。


「昔話って、

人が人として暮らしていくための

大切な教えが含まれていたのね。」

福ちゃんも一人もそして私も

遥かな早池峰山を見つめながら静かに頷き合った。


母也明神を過ぎた後、

道は大きく左に曲がり駒木橋を渡った瞬間

大きく深呼吸している私がいた。

大きな重たい荷物を下ろしたような気持ちになっていた


感謝しています。

お読みいただきありがとうございます。

面白かったら、ブックマーク・評価をおねがいいたします。

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
あれ?ここも 前に 読んでました  昔は 魂が 今より未熟だったから いろいろ あって 今が ありますね 昔話で 妖怪の話が よくありますが あれは 宇宙神だったのかも と なんとなく 思いな…
感謝してます。血止め草とか、懐かしい〜。子供の頃、母に教えられました。岩手…まだまだ行ったことないパワースポットかこんなにあるんですネ〜。 続きが楽しみです。いつも応援してます。
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