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42話 かの日に捧ぐ葬歌

 

「……こ、これは!?」


 書簡に向き合った途端、宰相の表情が一変した。

 酷く怯えた顔付きになり、この一瞬で随分とやつれた気がする。自信に満ち、若々しかった宰相が、今は年相応の老人に見えるのだ。


「あんたが驚くのも無理はない。それは、あんたが大宰相を陥れた動かぬ証拠なんだからな」

「陥れた……?」


 部外者の私は口を出すまいと思っていた。でも、あまりの急展開に思わず心の声が漏れてしまった。


 ラシードは小さく頷き、ゆっくりと話を続ける。


「俺は全てを知っている。事の発端は10年以上前だ。あんたは大宰相の名を騙り、王を疎ましく思う勢力を集め始めた。そして、機が熟すのを見計らい、『今蜂起すれば必ず勝てる』と反逆者達を扇動したんだ。王に密告するため、大宰相を始めとする反逆者の名前をつづった連判状まで準備してな」

「……何て卑劣なの。酷いわ」

「だがな、神はあんたを赦さなかった。あんたの署名と血判が押された謀反の指示書が、僅かだが残っていたんだ」

「馬鹿な! そんなはずはない!」


 宰相は苦し紛れにそう叫び、止める間もなく書簡を破り捨てた。細切れにされた紙が、血溜まりの中に落ちていく。


「ははっ……これで証拠はなくなった!!」

「残念ながら、それはただの写しだ。破棄されると分かっていて原本を持参する奴がどこにいる」

「ぐっ」


 宰相は苦悶の表情でラシードを睨んだ。歯ぎしりが聞こえるようだった。


「こんなものをどこで入手した。残党共は一人残らず始末したはずだ」


 宰相がそう尋ねると、ラシードは長い睫毛を伏せた。


「大宰相の忠臣には頭が下がる思いだ。執拗に追い詰められ、自分達は死を覚悟しながらも、最後の希望を山中に隠したんだ。この書簡と、もう一人……」

「何だと?」

「前大宰相のご息女・ライラ様は、今もご存命でいらっしゃいます。火災の混乱の中、村人達が保護して匿ったのです」

「……ラ、ライラは死んだ!! そう、生きているはずがない……焼け残った骨を、確かにこの手で砕いたのだ……」

「それは、あの火災で犠牲になった村娘の遺骨だ。『娘と同じ年頃の子供が犠牲になるのはもうかなわない』と、両親たっての希望でライラの骨と偽った。あんたの手に渡ればろくに供養もされないと知りながら、それでもライラを守ったんだ!!」


「……っ」


 ふいに、両親やルリアの顔が浮かんだ。ご家族がとった勇気ある行動を思うと胸が締め付けられ、私はポツリと涙を溢した。




 村人達は、どんな気持ちでお嬢様を救ったのかしら。

 平穏を奪われ、仲間を焼き殺され、憎まずにいられるはずがない。よくも巻き込んだなと、恨みが深かったに違いない。


 でも、きっと気付いたのだわ。

 事件の最大の被害者であるお嬢様ではなく、元凶を討たなければ報われないのだと。


 だから、守ったのだわ。

 悲願を遂げる、その日を待ちながら。




「俺はライラに会うのを躊躇っていた。当然だろう? 一族を皆殺しにし、ちゃっかり宰相職の後釜に収まった男の息子なんだ。でも、数年前のある日、ライラは俺を訪ねてくれた。そして言ったんだ」



(私はもう誰も恨んでいません。憎しみは次の憎しみを生むだけですから。私の望みは、親兄姉と同胞の菩提を弔い、静かに暮らしていくことだけです。ですが……もしもの時に備え、あなたに私の命を預けておきます。生前に父から託されたこの書簡が、きっとあなたを守ってくれるでしょう)



「ならばっ……原本を奪い、ライラを殺すまでだ!!」

「この期に及んで謝罪の言葉一つ聞けないとは……残念だ」


 お嬢様の健気な言葉を思い浮かべたのだろうか。

 父親の錯乱ぶりを真っ直ぐに見つめながら、ラシードは苦しげに歯を食いしばった。


「あんたのその反応は織り込み済みだ。俺達が戻らない場合は、書簡を公にする手筈になっている。俺達を殺しても書簡は王宮に届けられる。腹心の家臣に裏切られたことを悲しんだ王が、この真実を知ったら……さて、どうなる?」

「ぐ、ぐおおっ」

「暴虐の限りを尽くしたあんたを憎む人間は腐るほどいる。俺は7年かけて証拠を揃えてきた。それらが明るみに出れば、あんたは宰相位を剥奪され、処刑される。よくて流刑だろう」

「父を脅す気か、この親不孝者が……望みは何だ!? 言ってみろ!!」


 狩り立てられ、深傷を負った獣のように、宰相は眉を逆立てた。「フーッ、フーッ」と唸る声も獣のそれだ。


 ラシードは一瞬だけ目を反らし、そして父親に向き合った。その瞳にはもう、迷いは微塵もなかった。


「人を殺すこと、陥れること、策謀を巡らすことを禁じる。そして、猛省しろ。その手にかけた者達の冥福を祈り、宰相としての職務を粛々と全うするんだ」

「くっ……」

「復讐を願わなかったライラと村人達の恩情に感謝し、せいぜい励め。今度こそ王のため、国民のために身を粉にして働くんだ。いいな? この約束を反故にした時、不穏な素振りを見せた時、職権を乱用して私腹を肥やした時、あんたの身は破滅する」


 ラシードは悲哀に満ちた声でそう言い、最後に「それから……」と付け加えた。


「この上何だ? まだ私を辱める気かッ!?」



「これは……あんたが生涯で唯一愛した第2夫人と、その息子からの最後の願いだ」


読んでくださってありがとうございました。

この『盗賊と囚われの花嫁』は44話+おまけで完結します。あともう少しだけお付き合いください!

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