25話 待ちわびた夜明け
「それはさて置き。なあ、ラシード?」
俺は静かに顔を上げた。
「そんなに気になるなら追い駆けりゃいい。お嬢ちゃんにはスィナーンも付いてるんだし、きっとまだ間に合うよ」
「いえ、無理です」
「満月の晩にこっぴどく振られたから?」
「……っ!?」
スィナーンの大馬鹿野郎、おかみさんに話しやがったな!
俺は問い詰めたい気持ちをぐっと堪えて、ゴホンと咳払いをした。そして、歯を食いしばる。
「……もしかして、この村のせいかい?」
「!」
「うちの村が気掛かりでおちおち恋愛もできないって? 舐められたもんだね。村の一つや二つ、アタシ一人で守っていけるさ」
「そんなつもりじゃありません。俺はただ……」
「7年前の“あの事件”のせいで、確かに村は壊滅状態になった。でも、それはアンタのせいじゃない。責任を取って村に尽くせなんて思ったことは一度もないよ?」
おかみさんの真剣な眼差しに、俺はぐっと唇を噛む。
するとおかみさんは、きつく握りしめた俺の拳を両手で包み、なだめるように言った。
「それにさ、盗賊稼業もそろそろお仕舞にしな」
「え!?」
「さっきのアンタの顔ときたら酷かったよ。敵陣に特攻して討ち死にしそうな顔だった。お嬢ちゃんのこともあるし、無理してるんだろう?」
ああ……だから、今回の奇襲作戦に反対したのか。随分と強引なやり方だと思ったら、全部、俺のために。
俺は俯き、噛みしめるように目を瞑ってから再び顔を上げた。
「ありがとうございます。でも、気持ちだけ受け取らせてください。おかみさんも知っての通り、手下達はごく普通の農夫や職人です。窃盗や殺人、後ろ暗いこととは縁のない人生を送るはずだった。なのに……俺が巻き込んだんです」
始まりは、7年前のあの凄惨な事件。
思い出すだけでゾッとするが、俺も悪事の一端を担っていた。どんなに「俺は知らなかった」「直接手を下したわけじゃない」と言い訳しようが、首謀者側の人間だったのは事実だ。
事件の後、初めて村を訪れた俺は愕然とした。
辺境の小さな村が、豊かな自然に囲まれて穏やかな暮らしを営んでいたであろう村が、戦場になり踏み躙られていたからだ。
俺は村人達に許しを請い、せめてもの罪滅ぼしに村で働くことにした。
だが、多くの犠牲者を出した上に、多額の借金を抱え、村の生活はあっと言う間に立ち行かなくなった。
悩んだ末に、俺は盗賊になり金品を奪う道を選んだ。誰にも強要しなかった。なのに、あいつらは快く応じてくれた。村を再興するために、今日まで何度も手を汚してくれたんだ。
「盗賊の拠点を村外に構えたのは、俺達がヘマをやった時に村を巻き添えにしないためです。捕らえられても、拷問されても、村のことは一切漏らさない。そう言う誓約なんです。あいつらは俺の考えに従い、全てを捨てる覚悟をしてくれた。だから……」
俺はあいつらの覚悟に報いなきゃならない。
シュカへの気持ちに流されてあいつらを犠牲にできるほど、傲慢にもしたたかにもなれない。
「あーあ、アンタも強情だねぇ」
それは、俺がシュカに幾度となく言った言葉だった。
「……事件の後、アンタが初めて村に来た日のことをよく覚えてるよ。放心状態で、粗悪品の干物みたいにズタボロでさ。スィナーンに担がれるような格好でアタシを訪ねて来たかと思えば、猛然と土下座をしたね。『少しでも村の再興を手伝いたい』なんて言ってさ。あれには驚いたよ」
俺は唇を引き結んだまま黙っていた。何も、言えるはずがなかった。
「アンタは今日まで本当によくやってくれた。アンタが采配を振るってくれたおかげで、スパイスの収穫高はほぼ元通りになった。果樹園もできた。枯れていた水路も整備できた。家畜だって、アンタの指示で飼料を変えたら前より元気になった。そんなアンタを誰が責められるって言うんだ? え?」
おかみさんの口調は、付け入る隙を与えない。俺は何か答えなければと考えを巡らせていたが、結局頷くことしかできなかった。
「アタシはあの事件で片足を失くし、大事な人も物も沢山失った。でも、その代わり、新しい息子を得た。血の繋がりなんかなくても可愛い息子なんだ。村のために大切なものを諦めさせたくないんだよ」
「……」
「なあに、深刻な顔をするんじゃないよ。盗賊を廃業したって、スパイスのあがりで十分食っていけるさ。それに、たまの休暇を利用して恋人を迎えに行くことの何が悪い。しばらく戻れなくても、アタシが尻ぬぐいしてやる」
「おかみさん……」
「まあ、答えを決めるのはアンタだ。よく考えることだね」
杖とシャロンの肩を支えにして、おかみさんは立ち上がった。そして、ゆったりとした足取りで出口へ向かう。
「ああ、そうだ! アンタの鷹が戻って来たよ。お待ちかねの通信筒を付けてね」
おかみさんは振り返り、冷やかすように言った。そして、女性にしてはかなり逞しい腕を大きく振りかぶり、鷹の足から回収してきたらしい通信筒を「ほらよ!」と投げる。
「おっと! ……え?」
俺は思わず眉をしかめた。
通信筒だと思って受け取ったそれは、掴んだ瞬間にカサッと言う音がした。それもそのはず、恐る恐る開けた掌に収まっていたのは、折り畳まれた紙切れだったのだ。
「何で中身だけ……?」
「アタシじゃないよ、シャロンが開けたんだ。盗み見なんかしてないよ! まあ、これは独り言なんだけど、アタシもスィナーンの意見に賛成だね」
「お、おかみさんっ!?」
「アンタが可愛い嫁さんを連れて戻ったら、姑として美味しいものを沢山こさえてあげたいねぇ。さっさと隠居して、孫と遊んで暮らすのが余生の楽しみだ。あはは!」
俺はわなわなと肩を震わせ、豪快に笑いながら去っていく背中を見送った。
「ったく、殺しても死ななそうな顔をして何が余生だ!? あの人は!」
……大きな犠牲を払いながら、どうして笑えるんだ? どうして息子だなんて呼んでくれるんだ? 普通に考えれば、事件の主犯格たる俺を恨んでもいいはずなのに。
「きっと、きっと一生敵わないな……」
俺は天を仰ぎ、スィナーンから届いた最後の書簡をきつく握りしめた。
読んでくださってありがとうございました!
ラシードパートはこれで一旦おしまいです。次話は少し変わった書き方をする予定なので、是非お付き合いください♪




