22話 そしてまた堕ちる
虚無感。寂寥感。孤独。
シュカを手放したあの時に抱いた感情は、鬱陶しいほどに俺の心を占めていた。認めるのは心底悔しいが、スィナーンの言う通り、ヤケ酒ではちっとも薄まらなかったのだ。
だが、幸いなことに仕事は腐るほどある。
余計な感傷にひたる余裕がないくらい、寂しさを感じる暇がないくらいに働いていれば、心は楽になった。
翌日から俺は、村の力自慢を集めて水路を整備した。
これまで荒れ放題になっていた斜面に新しく畑を作り、堆肥をまいた。
農作業の合間には、近隣の村同士の会合に参加した。
収穫した作物を市場に卸し、大口の契約をいくつか取り付けた。
それは、花嫁行列を襲うまでと何ら変わりない、俺の“日常”そのものだった。
一つ変化があるとすれば、シュカの後を追ったスィナーンからしげしげと書簡が届くこと。
俺はここであいつの進む道を見届けよう。そう心に決めてはいたが、達筆な文章に目を走らせているひと時だけは、シュカに想いを馳せていいことにした。
女々しいのも、未練がましいのも承知だが……
『少し笑顔が戻ったように思います』
『お体の心配はございません』
そんな一文に安堵するくらいは許されるだろうと、そう思っていた。
満月の夜から12日目、あの報せを聞くまでは。
「おい、アゼル。一体どこへ行くんだ?」
俺を迎えに来たと言う鍛冶屋のアゼルは、「とりあえず一緒に来てください」と言ったきり無言だ。そして、わけも分からず連行される人間のことなどお構いなしで、足早に山道を下っていく。
その軽快な足取りに苛立った俺は、凄味を利かせ、前を歩くアゼルの背中に尋ねた。
「無視とはいい度胸だな、おい?」
「あー……着いたらちゃんと説明しますから」
「ったく、こんな所で遊んでる場合かよ。ブラックペッパーの納期が迫ってるっつーのに、人手不足で出荷準備が終わってねえんだぞ。知ってんだろ?」
「すみません、後でちゃんと手伝いますから」
「よし、言質を取ったからな。今日は徹夜で作業すんだぞ……あ?」
ブツブツと文句を言っていた俺は、村からかなり離れた山の麓ではたと気が付いた。
「何だよ、アジトじゃねえか」
案内されたのは、俺達盗賊が拠点にしているアジト……と言う名の洞穴だ。
砂岩が風に侵食されてできたらしい洞窟にただ蓋をしただけの簡素な造りで、安全安心の洒落たアジトには程遠い。
俺はそれなりに気に入っていたが、「地震が起きたら一発で崩落する」と手下達にはもっぱら不評だった。
「普段は怖がって寄り付かねえくせに、一体何の用だ?」
俺の問いかけに、アゼルはやはり答えない。ますます意味が分からない俺は黙って後に続いたが、洞窟に入るなりぎょっとして声を漏らした。
何故なら、本来なら仕事をしているはずの真っ昼間に、15人ばかりの手下達が勢揃いしていたからだ。おまけに、どいつもこいつも自信ありげな微笑を浮かべ、不気味としか言いようがない。
「な、何なんだ、てめえらは。堂々とサボりやがって!」
「違いますよ。朗報なんです、兄貴。つい先ほど伝令が来まして……」
「伝令?」
俺は咄嗟に「スィナーンからか!?」と言いかけて、口を噤んだ。
いやいや、違う。通信用の鷹が戻る度に冷やかしに来るような連中が、こんな回りくどい真似をするもんか。
こんな状況コソコソと聞かされる“朗報”と言えば、おそらく……。
「ラザー王国との国境で張り込んでる同志からです」
……ほら、やっぱりな。
俺は溜息を吐いた。予想はしていたものの、心の片隅ではわずかに期待もしていたのだ。
「報告によると、ラザー王国からの使節団が我が国との国境を通過したそうです。それも、イルファハン王への献上品を満載しています。中には、ラザー織りの上等な掛布がかけられた荷駄もあるとか」
「……そう、か」
「立て続けにデカい獲物がかかるとはツイてるな、兄貴。また有難く頂戴しようぜ!?」
「ああ。この調子なら村の借金もすぐ返せらぁ!」
わっと喝采が起こる中、俺は静かに俯いた。葬式の参列者さながらに肩を落とし、まるで鈍りを飲んだような気分を味わっていた。
「兄貴……?」
ああ、シュカがまた怒るだろうな。
鬼の形相で俺を睨みつけて、きっと言うんだ。「人のものを奪うなんて最低の行為よ。恥知らず!」とか、「人の人生を何だと思っているの!?」とか言って……軽蔑の眼差しで糾弾する姿が目に浮かぶ。
あいつは、今度こそ俺を許しはしないだろう。
だけど……
「兄貴? ラシードの兄貴、どうかしたんで?」
「最近ちょっと変っすよ。この間の嫁入り道具だっていまだに売っ払わねえし、しょっちゅうボーっとしてるっす」
「……いや、何でもねえ。何でもねえよ」
だけど俺は、この村を守るためならどんな蛮行だってやると決めたんだ。
シュカ。
たとえあんたの人生を狂わせた行為であっても。
「よし、戦略を練るぞ。標的の詳細を報告しろ!!」
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