20話 傷だらけの月夜
今回からしばらくラシードサイドの話が続きます。シュカは出てきませんが、愛想をつかさず読んでいただけたら嬉しいです!
「シュカを行かせた」
俺が吐き出すようにそう言うと、スィナーンは目を丸くした。
そして、しばらくの間無言で考え込んだかと思えば、眉をしかめて残念そうに言った。
「……ああ、お気の毒に。逃げられたんですね?」
「違う、シュカを自由にしたっつってんだ! 曲解すんな!」
俺は激高した。
こんな情けないことを何度も言わせるなよ、察しろよ。しかも、ほんのついさっき別れたばかりなんだぞ!?
澄ました顔で無神経に人の傷をえぐりやがって……!
「ったく、これだから今夜は誰にも会いたくなかったんだ!」
「それは申し訳ありません、気が利きませんで」
シュカの小さな背中を見送った後、自暴自棄になった俺は浴びるほど酒を飲んだ。好きでもない酒は不味く、飲めば飲むほど苛立ちが募ったが、それでもやめられないくらいには気持ちを持て余していた。
だが、どっぷりと落ち込む俺に、村人達が更に追い打ちをかけた。
と言うのも、村中がまさかのお祝いムード一色だったのだ。まあ、国境警備隊の執拗な検分に耐え、一人の犠牲も出さずに切り抜けたんだから、村人達が沸き立つのも無理はない。
タイミングが悪かった。
俺は仕方なく、一人で高台へ登った。
だって、当然だろう? 今まさに求婚を断られた男が、どんな顔をしてお祭り騒ぎに加わればいいんだよ。誤解されがちだが、流石の俺もそこまで神経が太くない。
月明かりに照らされた高台に人気はなく、歓声も届かない。鬱々と塞ぎこんでいた俺にはおあつらえ向きの場所だった。
だが、同時にここは、シュカが来たいと言った場所でもあった。
シュカと肩を並べ、燃えるように鮮やかな夕焼けを見たいと、そう願った場所だ。
ここでは、シュカを想わずにはいられない。無理だ。
いたたまれなくなった俺が踵を返した、ちょうどその時だった。
こいつが……この世で一番会いたくなかった人間が、俺を探しにやって来たのだ。あの時の絶望感たるや、言葉ではとても表現できない。
俺はすぐさま用件を尋ね、さっさと追い返そうと思った。隙を見て逃げようとも考えた。だが、こいつは人の気も知らず、最も言っちゃいけないことをシレッと言いやがった。
(祝宴の余興に、ラシード様お得意の剣舞をご披露願えませんか。女性陣から是非にと言付かってきました。それから、もしよろしければシュカ様も宴に同伴されては? あなたの溺愛っぷりが話題になり、村長も会いたがっておられましたよ)
スィナーンは伝言を預かって来ただけだが、腹立たしくて思わず殴りかかりそうになった。
シュカを紹介することは、どうやってももうかなわない。
おまけに、こんな時に余興なんかやってられるか。よりにもよって剣舞なんぞ、手元が狂って剣でバッサリ……なんてのがオチだろう。
だから俺は、不本意だが事情を話すしかなかった。
なのに、こいつと来たら何だ。クソッたれが、気遣いの欠片もねえ……。
「……とにかくそう言うことだ」
「はあ、さようで」
「明日からは俺も水路の拡張工事に加わる。心配事がなくなって、もう全部元通りだから安心しろ。今まですまなかったな」
俺は大きく溜息を吐き、憔悴しきった声で言った。
分かったらさっさと消えてくれ。シュカの泣き虫が移ったのか、なんだかもう泣きそうだ。
「ですが、元通りになどなりませんよ。シュカ様をお慕いしているのですから」
「ああ?」
人が下手に出てりゃいい気になりやがって、またその話を蒸し返す気か。
俺はスィナーンを睨み、凄んだ。
「シュカはもういねえんだ、ごちゃごちゃ言うな」
「お言葉ですが、あの方に旅などできませんよ。都までの道順や土地勘はもちろんのこと、武術の心得もないのでしょう? 交易路には獰猛な獣が出ますし、だいたい食料調達すらままならないでしょう」
「そんなことは分かってるし、シュカにもそう言った。だが、聞く耳を持たなかったんだ」
「あなたの言い方が悪かったと言うことは?」
「俺は! 懇切丁寧に! 冷静に説明した! だが、『あなたに飼殺されるよりマシだから這ってでも行きますぅ』だと。あの跳ねっかえりめ」
「ああ、だから珍しく深酒を……」
俺が空にした酒瓶を一本一本数えながら、スィナーンが言った。「これはいけませんねぇ」と、まるでおふくろみたいな口ぶりだ。
「はー……今日はもう帰れ。虫の居所が悪いんだ」
「いいえ。あなたは虚栄を張っているだけで、それほど酒に強くありません。悪酔いもしやすいですし、これ以上は明日の仕事に障ると思いますが? それに、いくら飲んでもスッキリなんてしないでしょう」
もっともな意見に、俺は低く唸った。
「まあ、強い酒で気を紛らわせたくなる気持ちも分かりますけどね。恋が終わる瞬間と言うのはそんなものです。老若男女、皆等しくね」
「……終わってねえ」
「何です?」
「何でもねえよ!」
「まったく、子供みたいに拗ねて何です……。そんな顔をしていないで、これからどうしたいのか素直に言ってごらんなさい。今なら多少の無理も聞いてあげますから」
スィナーンはそう言って、にこりと笑った。
『あなたのことは何でもお見通しです』然としたその笑顔には年上らしい余裕が溢れ、俺は「クソッ」と呟いて背を向けた。
ちくしょう、いつまでも子供扱いしやがって。出会ったばっかりの25年前とは違うんだぞ……。
「ふふ。さあ、私は何を手伝いましょうか? このまま失恋していいんですか?」
「クソッ……分かったよ! お前に特命がある」
俺は投げやり気味にそう言って、スィナーンに向き直った。
スィナーンは「まったく、世話の焼ける人ですねぇ」と、柔らく笑った。
読んでくださってありがとうございました!




