18話 裏切り
――ボキッ
薄暗い牢内に、鈍い音が響いた。
その正体は、私が青銅の格子をへし折った音だ。
方法はいたって簡単。
細長い布を二本の格子にかけ、布の両端をどこにでも落ちている木切れに結ぶ。そして、木切れをくるくると回していくと……絞られた布によって格子に圧が掛かり折れる、と言う仕組みだ。
周囲の目を気にして引き籠り、本ばかり読んでいた頃の私。良かったわね、あなたの努力は今日実を結んだわよ。
そんなことを考えながら、私は折れた格子の隙間に体を滑り込ませる。
「狭い……っ……う……抜け、た!」
これまでに着けたどんなコルセットよりも強烈だった。
低い体勢で這いずり出たせいで、服の裾も砂埃で悲惨な状態になっている。でも、細かいことは気にしない。
私は左右を注意深く見まわして、ホッと息を吐く。
人の気配はない。そして、いつも通り何の音もしないわ。
やっと、やっと外に出られる……!
住み慣れた場所とは言え、牢屋に愛着など湧くはずがない。名残を惜しむ相手もいない。
何の未練もない私は、建物の入り口を目指して脇目もふらず走った。
念願の外に出ると、二週間ぶりに月の光が私の肌を撫でた。
「……なんて綺麗なの」
見上げた先には、雲一つない空に見事な満月が佇んでいた。
脱獄向きの天気ではないとは言え、それを責められる人なんてきっとどこにもいない。
私は息を凝らして天を仰ぎ、祈るように手を組んだ。
天におわします星女神様、どうか私に勇気をお与えください。
彼から離れる、ほんの少しの勇気を……。
この山を下ったら、まずは雑木林を探して身を隠そう。そして、飲み水と食料の確保。
交易路までそう遠くないとは言え、この辺はカラカラに乾燥しているもの。水がなければすぐに干上がってしまうわ。
そうと決まれば、さあ、行きましょう。
坂を下ろうと足を踏み出した、まさにその時だった。
「いい夜だな、花嫁殿」
「……っ」
そこにいるはずのないラシードの声が突如響き、私は戦慄した。
慌てて声の方へ振り向くと、家屋の壁にもたれかかったラシードは、悠々と腕を組んで夜空を見上げていた。さぞや憤怒していると思いきや、彼の表情は不気味なほどに穏やかだ。
私は困惑し、同時に身が凍るほどの恐怖を味わった。精神ばかりか体も悲鳴を上げ、思わず吐き気を催すほどだ。
「あ、あの……私……」
「あんたは運がいい。こんな見事な満月はそう見られないぞ。もっとも、月見にしちゃ随分と切羽詰まったご様子ですが」
何なのよ、全部分かっているくせに嫌らしい言い方だわ。
ラシードの言葉を聞いた瞬間、私はどう言うわけか肝が据わってしまった。
蒼白になっていた頬に熱が戻る。恐怖と絶望に支配されていた頭も冴え、今度はふつふつと怒りが込み上げてくる。
私は険しい表情を浮かべただけで何も言わず、ラシードの脇をすり抜けた。
すると、
「待てよ!」
そう言ってラシードが私の腕を掴み、あまりの力に私は「うっ」と顔を歪める。筋が切れるような、皮が引き攣れるような痛みだった。
まさか、これほどの痛みを生きて味わうとは思わなかった。
でも、仕方がない。
嘘つきな私には、これくらい当然の報いなのだから。
読んでくださってありがとうございました!




