17話 わたしもあなたが好き
本当は16話と同時に公開する予定でした。諸事情でずれ込んでしまいましたが、続けて読んでくださると嬉しいです。
「ラシード。私、あの……あの……」
「あんたを奴らに渡すわけにはいかない。文句は後で聞いてやるから、今は大人しくしてろ」
「……っ、そんな」
壁の凹みに私の体を押し込むと、ラシードは私に覆いかぶさるようにして座った。そして、身に付けていた墨色の羽織りを脱ぎ、私達の頭の上からすっぽりと被せる。
「スィナーンが上手くやるだろうが、まあ、念のためここで待とう」
「でも、私……い、い、異性とこんなに近くに……」
「何だよ、お嬢様育ちは初心で困る。このくらい誰だってやってんだろ?」
「グラドールの女性はみだりに男性と同衾したりしないわよ!」
「しぃ、分かったからもう少し声を落とせ」
「う、ごめんなさい……」
ラシードの吐息が鼻にかかる。
いつまでもこんなことをしていたら、恥ずかしくて溶けてしまうわ。
「あの、ラシード。も、もう少しだけ離れて」
「嫌だね」
「離れてよ、もうっ……!」
恥ずかしさのあまり、私の目頭がジンと痛む。この状況に耐えるだけで精一杯で、これ以上我慢なんてとてもできない。
「最初はおかしな女をさらっちまったと思ったが、そうでもなかったな。ちょっと抱き締められただけで真っ赤になるような、普通の女だった」
「……私を何だと思っているのよ。は、初めてだったのよ」
「ははは、あの反応ならそうだろうな」
ラシードは豪快に笑い飛ばし、かと思うと私の髪をゆっくりと撫でた。そして、耳たぶにそっと触れる。
「可愛げがないって言ったのな、取り消すよ。あんたは可愛い。可愛いよ」
「……っ」
お願い。
そんな優しい言葉をかけないで。
家も姉妹も、何もかも捨てて、あなたの胸に飛び込みたくなってしまう。手を伸ばしてしまう。
それは許されないことだと分かっているのに……。
「や、やめて……そんなこと言わないで」
「馬鹿、こんないい体勢の時に口説かない男がいるかよ」
「私、聞かない。聞かないから!」
「別にいい。聞かなくてもいいから答えてくれ。2週間前にも言った言葉だが……俺のものになると、一言そう言ってくれ。俺は、他の誰にもあんたを渡したくない」
「…………っ、あ」
私の頬を、ついに大粒の涙が伝っていった。
嘘みたい。
こんな時に夢が叶うなんて。
子供の頃からずっと、童話の主人公に憧れていたわ。どんなに苦境に立たされていても白馬の王子様が駆け付けて、そして言ってくれるの。
どんな女の子でもオンリーワンに変えてくれる、最高の言葉を。
こんなことは、誰にも……最愛の姉にも明かせなかった。
“じゃない方”の分際でおこがましいと思われるのが怖くかったから。
でもね。
でも本当は、これが欲しくて堪らなかったの。
嬉しい。
私、とうとう聞けたのね。
「おーい。涙は止まったか、泣き虫」
「……な、泣いてなんかいないわ。くだらない言いがかりはやめてよ」
「思いっきり鼻を啜ってるくせに、相変わらず強情な女だな。最初からちっとも変ってない」
「ふふ。それなのに、とうとう最後まで根を上げなかったわね。あなたは」
初めて会った時のラシードは、虫けらか塵芥でも見るような冷たい目で、突き刺すように私を睨んでいた。
とても恐ろしかった。
乱暴で、無礼で、傲慢で大嫌いだった。刺し違えて死んでもいいと思うくらい、本当に大嫌いだったわ。
でも、その不器用な優しさに触れる度に、周到に隠された真心に触れる度に、あなたは温かい人だと知った。
何度も、何度もそう思ったわ。
だからね、いくら鈍感な私だってもう分かっているの。
――私も、あなたが好き。
「なあ、返事はくれないのか?」
でも、私はここにはいられない。
大切な誰かを犠牲にしたまま幸せになるのは、とても難しいことだと思うから。
ごめんなさい、私にはできないわ。
意気地なしだと詰ってくれて構わない。「かいかぶりだった」と呆れても構わない。臆病で卑怯な私を憎んで、許さなくていい。
だから、どうか今だけは、あなたの一番近くにいさせて。
「おい、シュカ。眠ったのか?」
「…………」
「ちくしょう。こっちは求婚してんだぞ、分かってんのか」
私は何も答えずに、眠ったふりをし続けた。
現実では飛び込むことができなかった、あなたの胸に顔を埋めながら。




