16話 “終わり”の始まり
「ラシード様!」
折れそうなほど強く腕を掴まれ、今まさに格子の中に押し込められる瞬間。
一人の男が息を切らせて牢内に駆け込んできた。
「ここだ、スィナーン」
スィナーンと呼ばれた男の姿を見るなり、私は思わず眉をしかめた。
何故かと言うと、頭の天辺から長布を被っていて、とにかく怪しいいで立ちだったからだ。ただし、全身を覆っていても、ラシードよりも背が高いことだけは分かる。それに、長布の陰からのぞく切れ長の瞳は、刃のように鋭く凄味があった。
昼間会った村人達とは明らかに雰囲気が違う。一体どういう人なのかしら……まさか、この人も盗賊の仲間だったりして?
「お探ししました、ラシード様。またこちらにいらしたのですね。二週間も通い詰めていれば、流石に飽きそうなものですが」
前言撤回。スィナーンは、姿に似合わずお茶目らしい。揶揄するような一言に、私は不謹慎にも「ふっ」と小さく吹き出してしまった。
するとラシードは、険しい目で私達を睨みつけて言った。
「おい、ふざけてないでさっさと状況を報告しろ」
「はっ、申し上げます」
あら、グラドールの衛兵団みたいな口調だわ。それよりも、軍隊と言った方が近いかもしれない。
おまけに、さっきまでのお茶目な一面はすっかり鳴りを潜めていて、その切り替えの早さに私は目を丸くした。
「実は、先ほど国境警備隊の一隊がこちらを訪ねて参りました」
「……は? 用件は何だ」
「グレン村長が応対にあたりましたところ、『花嫁行列を襲撃した下手人と、行方不明の花嫁を追っている』と……」
え!? 私を探している……?
私は唖然とした。
叫び出したいほど驚いているのに、歯の根が合わず声が出せない。おまけに、凍り付いたように硬直した体がずっしりと重い。まるで他人のものみたいだ。
私が身動ぎすらできずにいる間も、二人は淡々と話を続ける。
「隊員らが武装していたため広場は一時騒然となりましたが、皆無事です。村長が、逆らわずに帰服するよう指示したため、怪我人は出ていません」
「そうか、良かった……。それで、そいつらは今どこに?」
「高台を目指して一軒ずつ捜索を。粘着質で陰湿などなたかの差し金かと存じますが、家人を全員引き摺り出す念の入れようです」
「厄介だな。まったく、どっから足が付いたんだか」
「あの時は久々の大仕事で、派手にやりましたからね。誰かが痕跡を残してしまったのでしょう」
「はーー……迂闊すぎるぞ、クソッたれめ」
スィナーンは「やれやれ」と言う表情を浮かべ、ラシードは苛立たしそうに髪を掻いた。そして、一呼吸置いてから目を見合わせる。
「どうしますか?」
「どうするも何も、やり過ごせ。またここを戦場にするわけにはいかないだろう」
「はっ、承知しました。御前失礼します」
ラシードの言葉を聞くなり、スィナーンは軽く会釈をして牢を出て行った。
すると、ラシードはゆっくりと向き直り、群青色の瞳で真っ直ぐに私を見た。息を呑むほど深い、綺麗な色だった。
「シュカ、こっちへ来い」
「ま、待って。私……私はどうしたら……」
「火急の時だ。押し問答に付き合ってる暇はない。早く来い!」
「あっ」
乱暴な手付きで腕を引かれ、気が付くと私はラシードの胸の中に納まっていた。
突然のことに動転し、必死で身を捩ったけれど、見た目よりも筋肉質な腕はピクリともしない。
それどころかラシードは、暴れる私を軽々と抱き上げて、光の届かない建物の最深部へ向かって悠々と歩き始めた。
顔が燃えるように熱い。腕も、胸も、足も……触れられているところ全てに電気が走る。心臓が今にも胸を突き破って飛び出しそう。
わずかな振動一つにも背筋がゾクゾクするなんて、こんなことは初めてだわ。
私は一体どうなってしまうの……!
読んでくださってありがとうございます!
次の17話は個人的にとても気に入っているので、お付き合いいただけると嬉しいです♪




