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15話 開幕のベルが鳴る

 

「しかし、出てきてくれて本当に良かった!」


 私の顔を食い入るように眺めながら、二人組が安堵したように言った。

 満面の笑みで喜んでもらえるほど親しくなった覚えのない私は、なんだか不審に思い首を傾げる。


「それは何故ですか……?」

「ラシード様が隙あらば牢屋に行っちまうもんで、みんな困り果ててたんだよ。あの人が采配を振るってくれんと仕事が捗んねえからな。とは言え、制止しようもんならボッコボコにのされるし」

「あんたのことがよっぽど気になるんだろうなぁ、ははは」


 訛りと早口で一部聞き取れない所もあったけれど、事情は大体分かったわ。はてさて、どう返事をしたものかしら……。


「ああ言う方が村長だと苦労しますね」

「ん? いや、村長は別にいるよ。片足がないからあんまり外には出て来ねえが。ラシード様は……その、特別だから」

「何が特別なのですか? 盗賊の……親玉だから……?」

「まあ、それもあるね。ははは」


 村人は呑気な顔で笑った。

 私はそれを眺めながら、胸にふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。



「……あなた方は、あの野蛮な行為を黙認しているのですか?」



 これは八つ当たりだ。

 起きたことはもう戻らない。

 この人達を責めて何になる。


 でも、気持ちが昂り、口調を緩めることはできなかった。



「奪われた人間の気持ちを考えたことはありますか? 止めようとは思わないのですか? どうしてッ……!」

「……申し訳ない、何度謝っても足りない。でも、仕方がなかったんだよ」

「大義名分さえあれば人殺しが許されるとでも?」



 私が嫌悪を込めてそう尋ねた、次の瞬間。



 二人組の顔がみるみる蒼褪めていった。


 まさかと思って振り返ると、そこには湯気が立ちそうなほど憤り、体を震わせたラシードが立っていたのだ。

 露店で買ってきたらしい赤紫色の果実も、籠ごと握り潰されている。


 ああ、万事休す……。



「おい、てめえら。ここで何してやがる! ふざけたことばっか言ってねえで、とっとと作業場へ行きやがれ!!」

「へっ、へえ!! 先行って待ってますから、ラシード様も早めに……」

「うるせえ、失せろ!」


 鼓膜が裂けそうなほど大きな声で二人組を追い払うと、ラシードは足をズダンと踏み鳴らした。賑やかな二人が去り、周囲が静けさを取り戻していたせいか、恐ろしいほどに大きな音に感じた。


 私は「きゃあっ」と悲鳴を上げ、なだめるように口を開く。


「ええと、あの……賑やかで楽しい方達ね」

「おい、シュカ。余計なことは聞いてないだろうな?」

「……ええ。収穫したばかりのブラックペッパーを見せていただいただけよ」

「他には?」

「あと、あなたが牢に入り浸って皆さんに多大な迷惑をかけていることも聞いたわ」

「そんなことは忘れろっ!!」



 我ながら上手な嘘だった。


 顔を真っ赤にしたラシードが憤慨した声を上げ、そっぽを向いたので、私はホッと肩を撫で下ろした。

 さあ、これ以上追及される前の話を逸らしてしまおう。



「ねえ、これってクワの実よね? 私の大好物よ」

「……」

「なのに、あなたったら怒って握り潰してしまうんだもの。酷いわ。ねえ、露店にまだ残っていたなら一緒に行」





「……シュカ」



「え?」


 ラシードが、唐突に私の名前を呼んだ。

 さっきまでの怒り顔とは違い、何かを警戒するように眉を吊り上げながら。


 何かあったのかしら……?


「あんたは牢に戻れ。それから、布団でもかぶって身を隠すんだ。俺が迎えに行くまで絶対に出てくるなよ」

「ど、どうして隠れなきゃならないの?」

「いいから言う通りにしろ!」


 罵倒されるのはもう慣れっこだけれど、今の声は体がすくむほど冷たい音だった。

 それに、私には一瞥もくれず、黄土色の街並みから視線を逸らさない。


 ただならぬ空気を感じた私は、命令を無視してラシードの横に立った。そして、同じ角度に顔を固定してから視線を滑らせる。



「…………あ」


 もしかして、あれかしら?


 黄金色の外壁と、深い青色をたたえたドーム型の屋根。それを取り囲む4本の塔。

 ラシードは、一際目立つあの建物を見ているのだわ。


「礼拝堂……いえ、あのモスクに何かあるの?」

「ああ、様子がおかしい」

「そうかしら。少し人だかりができているようだけれど、礼拝のために集まったのでしょう?」


 縁談が本決まりになった後、本で読んだもの。

 イルファハンの宗教では日に5回神に祈り、男性限定・曜日限定でモスクでの礼拝が義務付けられているとか。

 それなら、敬虔な信者が礼拝堂に集まっていても不思議はないわ。


 でも、ラシードは「いや」と首を振った。



「まだ礼拝の時間じゃない。それに……」


 その時の彼がまとっていたのは、口を挟むのもはばかられるような緊張感。そして、焦燥。

 常に自信たっぷりのラシードが初めて見せた、焦りの色だった。


「嫌な予感で背筋がゾクゾクするんだよ。確実に何かが起きてるはずだ!」


読んでくださってありがとうございます。

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