14話 揺りかごの外へ
「…………!」
牢屋の外へ連れ出された私は、周囲を見回して息を呑んだ。
「はは、辺鄙な村で驚いたか」
「……驚いたわ。だって、こんな景色は初めて見たから」
故郷・グラドールの風景でまず思い浮かぶのは、縦横に走る石畳の道。その両側には、白を基調とした石造りの建物が隙間なく並んでいた。統一された赤茶色の屋根がずらりと続く景色は、絵画のように美しかった。
でも、ここは全くの別世界だ。
と言うのも、日干しレンガを積み上げた黄土色の家屋が、急な山の斜面に密集して連なっているのだ。傾斜地のせいか高い建物はなく、民家のほとんどが山肌に食い込んでいる。
この景観を何かに例えるなら、階段。もしくは、段々畑の方が近いかもしれない。
わずかに生えた木々を除き、ほとんどが土の色一色で埋め尽くされたその風景は、とにかく私を驚かせた。
「あら? あそこにあるのは墓地かしら」
なんとなく違和感を感じた私は、指を差して言った。
「この村の規模にしてはかなり大きいわね。それに、変わった銅像が……」
グラドールで見かけるものは、星女神様や英雄を象ったものがほとんどだ。
でも、墓地の中央に立っている銅像は、子供を抱いた父母がモチーフらしい。家族の幸せそうな笑顔が印象的だ。
「ああ……あれは……」
「?」
「あれは、慰霊碑だ」
そう呟いたラシードの表情は、今にも消えそうなほど沈んで見えた。
あの像にはきっと、悲しい経緯や込み入った事情があるのだわ。
私は「優しい笑顔ね」とだけ答えて、視線を宙に泳がせた。それ以上は聞かない方がいい気がしたからだ。
すると、声を改めてラシードが言った。
「……ここから見る景色も悪くはないが、高台からは村が一望できる。夕暮れ時は特に絶景だ。あんたにも見せてやりてえな」
「まあ、素敵ね」
きっと眩いばかりに綺麗なのでしょうね。
想像するだけで満ち足りた気分になった私は、珍しく素直に頷いた。
「ところで……この辺一帯はどうして廃屋ばかりなの?」
「ん? うちの村に余ってる家なんかない。家主はちゃんといるぞ」
「そ、そんなはずない。牢の中にいる間、生活音が一切聞こえてこなかったのよ? 人の声もしないし、心底不思議に思っていたんだから」
「ああ。ここには近付かないよう、村の連中には厳重に言い含めておいた。家人も一時的に避難させてある」
「えっ」
「煩かったらよく眠れないだろ?」
……ああそう。あれは、あなたのせいだったのね。
2週間も無音の中にいると、寂しくて気が狂いそうだったわ。ソバカス仲間の農家のおば様や子供達の声が聞こえたら、どんなに慰められたことか。
でも、私を気遣ってくれたのなら、あえて文句を言う必要もない。私は躊躇いながらも、「ありがとう」と声を掛けた。
するとラシードは、面食らったような顔をして、ボリボリと頭を掻く。
「何だよ、しおらしいことも言えるじゃねえか。あんたの口から礼なんか初めて聞いた気がする……」
「人を何だと思っているの。お礼くらい言うわよ」
「よし、殊勝な心掛けに褒美をやろう。ひとっ走り下の露店に行ってくるから、ここで待ってろ」
ラシードは私の手首を縛っている縄を木の幹にくくり、「逃げるなよ!」と執拗に念を押した。
言われなくても逃げないわよ。こんな真っ昼間じゃ無駄の骨折りだし、無策で飛び出すほど私も愚かじゃないわ。
「はぁ……」
猛スピードで坂を下っていく背中を見送り、私は溜息を吐いた。
「ああ、花嫁さんじゃねえか!」
「!?」
遠くから聞こえてきた気さくな声に、私は勢いよく振り向いた。
見ると、農夫らしい二人組の男性が、農具を片手に斜面を下って来るところだった。
「良かったなぁ、やっと出してもらえたのか!」
「そんじゃ、もうこの道を通ってもいいんだよな。毎度毎度この牢を避けて迂回してちゃ仕事にならねえよ。おまけに、鳴き声がうるせえってロバも禁止されちゃあな」
「まったく、ラシード様も無茶を言う。ははは」
麻袋を背負い、ゆったりとした足取りで近付いてくる二人を見ながら、私はごくりと唾を飲んだ。
ラシードに知れたらどんな目に遭わされるか分からない。罵倒されるだろうし、最悪の場合また拘束されるかもしれない。
でも、どんな些細なことでもいいから情報がほしいわ。何か都合のいい話題で、ここのことを聞き出せないかしら……。
「……あの、ご精が出ますね。これからお仕事ですか?」
「いや。朝からかかって、今日の分の収穫を終えたところだ。ほら、見なよ」
農夫の男性に促され、麻袋の中身を覗き込む。すると、中にぎっしりと詰まっていたのは緑色の小房だ。小さな粒が大量に付いていて、マスカットを小さくしたらこんな感じだろう。
「ブラックペッパーだよ」
「まあ、乾燥前の実は初めて見ました。それに、こんなに沢山……」
「こいつには高地栽培が合うらしく、ここではよく育つんだ。国の端っこの辺鄙な村だけど、これだけは俺達の自慢だ。都じゃ目が飛び出るほど高く売れるしな」
「……あ、あの、この村は何と?」
「知らないのか。ここはギュズ村だよ、イルファハンの東の端の」
イルファハンの東端!?
盗賊に襲われたのは、イルファハンの東側の国境を越えてすぐだった。ここは、あの場所からそう遠くないのね。
だとしたら、宰相が待つ都までは、おそらく馬車で10日ほど。交易路まで戻って、足さえ確保できれば都へ行ける。
行けるわ……!
読んでくださってありがとうございます。
今日は何度か更新できると思いますので、よろしければお付き合いください!




