13話 ささやかな贈り物
「すっかり良くなったな、シュカ。顔色もいいし」
私の顔をじっくりと観察した後、ラシードは安堵したようにそう言った。そして、いつもの絨毯にどっかりと腰を下ろす。
「そうね。具合が悪いところがあるとすれば、一ヶ所だけ。熱々の挽き割り麦のお粥を無理矢理食べさせられたせいで火傷した口の中くらいかしら」
「それはもう何度も謝ったろ! あんたはいちいちしつこい!」
「ふふ。そうね、そろそろやめるわね」
私が過労と貧血で倒れた後、ラシードは前にも増して足繁く牢屋に通うようになった。
体調に配慮した食事は体への負担を減らしてくれたし、親鳥がひな鳥の世話をするような献身的な看護もとても有難かった。
でも、「寒くないか」「咳は出てないか」「熱はないか」と数分おきに聞かれてはたまらない。
ほんの少し申し訳なさを感じつつも、私は親鳥に苦情を申し入れたのだった。
それからは、お見舞いと言う形で私を訪ねてくるようになった。
美味しい水や綺麗なお花を届けてくれたり、彼の一生懸命さがひしひしと伝わって来た。まるっきり善意だと言うこともすごくよく分かる。
でも、悲しいかな、そのどれもこれもが明らかにズレていたのだ。
綺麗なお花には中枢神経を麻痺させるような毒があったし、熟成させた水は腐っていた。リハビリと称して力一杯突き飛ばされたりもしたし、一つ一つ挙げていったらきりがない。
ラシードは空回りの天才だ。
でも、その不器用な優しさに惹かれている自分もいる……。
気付きたくない。
蓋をして、心の奥底にしまってしまいたい。
握り潰してしまいたい。
それなのに、彼への想いは日ごと大きく育っていく。
ルリアへの愛情とは違う、何か。
私はそれを、ただただ暗澹とした気持ちで眺めていた。いつか色褪せて、私の中から消えてくれることを願いながら……。
「シュカ、今日の差し入れなんだが」
「毒草ならもう十分もらったわ。あと、初めて盗みに成功した時の記念品の首飾りも、亡くなった愛馬が打っていた思い出の蹄鉄もいらないわ。何度も言うようだけれど、あなたが大事に取っておいて」
「違う」
「じゃあ、何を?」
気に障ったのか、苦虫を噛み潰したような顔をして、ラシードは牢の格子戸を開けた。
過去の例もあるので、私は無意識に身構えてしまう。
ごくりと唾を飲み込み、ラシードの顔を不安げに見つめていると、私に向かって差し出されたのは空の右手だった。
……何だろう。先に見返りをよこせと言うこと?
「来い」
「は?」
「あんたをさらってからもう2週間だ。体力も落ちてるし、そろそろ歩かねえと体が鈍っちまうぞ」
落ち着き払ったラシードの口上に、私は目を見張った。
今回の手土産は、これまでのどんなものよりも私の予想を裏切った。
ここを出るのは脱獄に成功した時だけだと思っていたのに、こんな好機が訪れるなんて……。
私は喜びを隠せず、そわそわして言った。
「何を企んでいるの?」
「本当に疑り深いな、あんたは……。悪いが、あんたの腕は縄で繋がせてもらう。だから、余計な期待はせず、村の赤ん坊達と一緒にせいぜいあんよの練習に励め」
小馬鹿にしたような口調に、私は憤然とした。
随分と侮ってくれるじゃないの。自慢じゃないけれど、“じゃない方”は昔からお転婆だったのよ。
私は唇を「へ」の字に折り曲げて、差し出された手を力一杯はたいた。
「……いいわよ、かけっこの練習だってしてあげるわよ」
「だから、逃げようとすんなっての!」




