12話 いばらの誓い
「顔が違って当然よ。あなたが嫌いな厚化粧をしていたんだもの」
一しきり笑った後、慣れないことをしたせいで痛む脇腹を擦りながら、私はゆっくりと口を開いた。
「私は元々、ソバカスとホクロだらけのこんな顔よ。ずっと結んでいるけれど、髪だって本当はくしゃくしゃで……上手く化けていたでしょう?」
「……あー、まあ」
慎重に言葉を選びながら、ラシードは頷いた。
人間らしい気遣いができるようになったと感激した私は、気分良く話を続ける。
「実は私、花嫁本人ではないの。本来嫁ぐはずだったのは姉のルリアで、私は身代わりなのよ」
「何でそんなことに?」
「ルリアはね、悲しいことがあると決まってクローゼットの中に隠れるの」
小さい頃から変わらないその癖は、完璧なレディだったルリアの、数少ない評価の悪いところだった。
「両親から今回の縁談を押し付けられた後も、閉じ籠って泣いていたから、引っ張り出して理由を尋ねたの。そうしたらね、すっかり枯れてしまったガラガラ声で打ち明けてくれたわ。『心に決めた相手がいるの』って……」
(ねえ、シュカ。街の外れに市が立った時のことを覚えている?
お母様に黙って二人で出掛けたあの時、あの場所で、私は一目で恋に落ちたの。
東の島国から行商に来ていた、雄々しい商人に。
それからは、恋煩いなのか食事が喉を通らず、夜も眠れなかった。
愛しい彼に会いたくて、会いたくて……私、あなたに黙って何度も市場に通ったのよ。知らないでしょう? うふふ、私ったらスパイの才能があるのね。
初めて告白した時、「身分違いだから」と拒まれて絶望したわ。でも、初恋を成就させるまでは形振り構ってはいられない。
何度拒絶されてもしつこく食い下がって、この前やっと想いが通じたの。「故郷で一緒に暮らそう」って、彼が言ってくれたのよ。嬉しくて天にも昇る心地だったわ。
身分違いの恋をお母様は許さないでしょうから、彼と駆け落ちをするつもりだった。彼と添い遂げられるのなら、私は何を捨てたって惜しくないんだもの。
……それなのに……急に結婚だなんて酷いわ! 私、彼以外の所にお嫁になんか行きたくない! 彼と一生一緒に生きていくって……連れて行ってくれるって、約束したんだもの!! わああぁっ……!!)
17年間一番近くで見てきたはずの片割れの、魂の叫びだった。
あの時、初めてルリアの本当の声を聞いた気がした。
泣き腫らし、真っ赤に膨れ上がったルリアの顔は、お世辞にも美女なんて呼べない。慟哭し、握りこぶしで繰り返し枕を打ったルリアの姿は、淑女でもなかった。
私が感じたのはほんの少しの優越感。そして、激しい胸の内を明かしてくれた双子の片割れへの深い愛情だった。
私は、私の役割を知った。
「ルリアたっての願いを無碍にはできなかった」
「……」
「白粉を厚塗りすれば、ソバカスは隠せる。癖っ毛はきつく結い上げて隠してしまえばいい。相手はルリアを見たことなどないのだから、髪の色も誤魔化せるはず。そう思って、死に物狂いでお化粧の勉強をしたわ」
私達の容姿は、基本的によく似ていた。当たり前よね、曲がりなりにも双子だもの。
特徴的な、悪目立ちする部分さえ隠せれば、老宰相の目くらい欺けるはず。
たとえ一生素顔を明かせなくても、両親に二度と会えなくなっても、祖国を失っても……ルリアのためなら構わない。
心からそう思った。
「出立の朝、同行する侍女によくよく言い包めた上で、私は馬車の荷台に忍び込んだの。そして、担ぎ手や御者の隙を見てルリアを逃がした。きっと今頃は、島へ渡る商船に乗っているはずよ」
計画は大成功だった。
たった一つ、道中で盗賊に襲われることを除けば。
私が苦々しい表情をすると、思い当たる節があったのかラシードはパッと顔を背けた。背中を丸めて項垂れているようにも見える。
私はなんだか可笑しくなって、大きく伸びをしてから答えた。
「私、落ち着いたら島国に宛てて手紙を書くつもりなの。水平線、潮風の香り、海水のしぶき……帆船の旅の感想をじっくり聞かせてもらうのよ。几帳面なルリアのことだから、毎日欠かさず返事が来ると思うわ。ふふ、楽しみ」
「……いい姉妹なんだな、あんたらは」
「もちろんよ。どんなに離れていたって私は彼女が大好きで、誰よりも幸せを願っているわ。ルリアがくれたものは全部、一生忘れない」
そう、私は忘れていない。
私が何のために立ち上がったのか。誰のためにいばらの道を選んだのか、を……。
だから、言えないわ。
私のこの気持ちは、誰にも言ってはならないの。




