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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
終章 つむろぐふたごと兄のそれから
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終-終

チャイムの音が廊下から聞こえて、ふ、と意識が浮上した。手に持った本の頁は先ほどからちっとも進んでいない。なんとなく夢まで見ていたような気がする。それも本の内容とは全く関係がない。下の階でお袋が応え、ついでバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。と。

「慧一―! 佳乃ちゃん来たわよ!」

 階段の下からそんな大声をかけられて、慌てて時計を確認する。しまった、いつの間にそんな時間になっていたのか。とりあえず返事をしてから、本にしおりを挟んで机の上に置くとドアを開けた。階段を降りたところ、玄関でお袋と立ち話をしている人物に手をあげる。

「よう、久しぶり」

「久しぶり。元気?」

 一か月ぶりの再会。あどけない笑みはもう浮かばない。少しだけ影を残した笑みで、佳乃も手をあげた。

 家へ上がっていくようにという熱心なお袋の誘いを丁寧に辞退して、二人で並んで歩く。本当なら俺が双子の家にいくつもりだったのだが、何故か佳乃が迎えに来たいと言って聞かないので、そういうことになった。さしずめ、お袋の顔を見たいとかそんなところだろう。お袋の中では、佳乃は海外留学していた、ということになっている。色々苦しいがおばさんがそれで押し通したので、お袋も訝しげながらあまり深く詮索はしなかった。

少し遠回りをしたい、という佳乃の希望で、双子の家直線コースとは正反対の方へ歩く。

「佳乃、少し背が伸びたな」

「本当?」

「というか、少し大人っぽくなったか?」

 へへへ、とくすぐったそうに笑う佳乃は、確かに一カ月前より大人びている。

「何かねぇ、実際年齢に身体が追いつこうと頑張っているんだって。この一カ月間成長痛が続いて大変だったんだよぉ」

 でも先生は容赦ないし。そう言って口を尖らせる辺りはまだまだ子どもだが。

「帰ってきてから孝己が偉そうなんだよ。改めて見ると全然違うよねぇ。慧一より変わってた。背伸びたし声低くなったし、腕相撲も即負けた。二歳上だから俺が兄ね、だってさ。なぁんかすごく悔しい」

「そいや孝己も成長痛悶絶してたぞ。で、おさまったと思ったら不機嫌になってるから、何でかと思ったら」

「わかった、慧一を追い越せなかったから拗ねてたんだ」

「当たり。こればっかりは仕方ないよなぁ。兄貴分には勝てないってことで」

 のんびりと歩きながら、そんな他愛もない話で時間を埋めていく。梅雨の晴れ間の、穏やかな昼下がり。新たな門出としては打ってつけの日だ。

「フリースクール、下見に行ったのか?」

「うん。清原先生が連れて行ってくれた。授業もしっかりしてくれるし、居心地も悪くなさそうだった」

「そっか」

 佳乃は今日、自分の家を離れる。彼女のように事情があって中学校に満足に行けていない子たちを受け入れるフリースクールがあって、そこに通うことになったのを機に家を出ることになった。おじさんと孝己は止めたけど、一ヶ月間“修行”(と佳乃は呼んでいる)をしている中で決めたという佳乃の意志は固かった。受け入れるのは孝己の師匠でもあり母親とも縁がある司書の清原先生で、だから家族も納得したようだ。

「私はね、多分、慧一から、孝己とも、離れた方が良いんだと思う」

 真剣な顔でぽつり、と佳乃が言う。何を、と思ったが、ひとまず黙って先を促した。

「別に、慧一があの世界で言ってくれたことや、帰ってきた時に孝己が怒って言ったことを疑うわけじゃぁなくて。このままだと、また前の私になってしまう気がするんだ。友達はいないけど慧一と孝己がいてくれるからそれで良いんだって、狭い世界で満足していた私。二人がいてくれなくちゃこの世界で生きていけないくらい不安定になっていた私。いくら慧一が一緒にいてくれるって言っても、私がそれに甘えて満足していちゃ、私の人生は本当にダメになってしまう気がする。だから、ゆっくり考えたいの。甘えられない環境で、自分がこれからどうしていくべきなのかを」

「……そっか」

 わかっている。佳乃にとって今、俺の存在が障害となっているのなら、身を引くのもまた兄貴分として当然のことだ。当然ながら寂しいが、でも納得できた。

「でも、でもね、慧一」

 回り込んだ佳乃が、必死に俺を見上げてくる。少しだけ目を彷徨わせて、俯いて、それでもしっかりと、意思を固めて、目を見てくる。

「私頑張るから。色々な勉強頑張って、ちゃんと自分の足で立てるとうになるから。そうしたら、慧一、私、慧一と孝己と同じ学校、入っていいかな。また一緒に、登校、しても良いかな」

 瞬間、頭の隅に蘇る光景があった。

『けーいち!』

 満面の笑みで手を振る、同じ高校の制服を着た佳乃。隣では孝己が『早く来い』とばかりに生意気な顔をしている。孝己の隣にいる和服の後姿は、もしかして。双子の後ろにはおじさんとおばさんが、佳乃の周りにはクラスメイトと思しき女の子や部活の仲間たちがいる。

 明るくて、柔らかくて、温かな、どこか懐かしさと切なさをはらんだ光景。きっと夢で見たのだろう。

だって夢というものはいつも、甘く優しいものだから。

「慧一?」

 不安そうな顔をする佳乃の頭を撫でて、おまけに思い切り抱きしめてやる。

「当たり前だろ。待ってるから、頑張れ」

 わかった、頑張る。背中に回された手が抱きしめ返してくるから、そのまま勢いをつけてぐるん、と回ってやった。きゃぁぁぁ、と胸元で佳乃が叫びながら笑う。

 そうだ、笑え。

 現実がどんなに苦しくても、思い通りにならなくて辛くても、逃げたくなっても。

 笑って、立ち向かえ。

 いつでも隣で、支えているから。

 それが俺の、役目だ。


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