2巡目
太一はそのまま二言三言歩と話をするとそのまま彼を引き連れて室内に戻ってきた。
歩をソファーに座るように促し自分も先ほどまで座っていた場所に戻る。
テーブル越しに向かい合わせに座る2人と1人。何事かと駿二が目を丸くするのを見て
太一が説明をした。
「俺たちと、ちょっと特別に話をしたいんだってさ」
一瞬インタビューか何かの類かと思ったが、歩は手ぶらだった。そもそも解説のプロが上位入賞者に
直々にインタビューをするなんて話は聞いた事がない。
香川歩という人間についての記憶を頭の中で引っ張り出す。香川歩。東亜の街で活躍する麻雀プロ。
大会の解説の仕事をメインに、時折趣味でモデル紛いの事をやったりテレビに出たりしている。
軽い、悪い言い方をすれば頭の悪そうな外見に反してスタイルは堅実で、大勝ちが少ないが
大負けもほとんどない手堅いプレイヤーだ。普段から見せる気だるげな表情、仕草、言葉は
卓上でも健在で時折同卓した人間に怪訝な顔をされる事はあるが本人は至ってマイペース。
その割には意外と多弁で解説、トークなどでは彼の声を聞く時間が結構な割合になる。
以外にも勉強も得意な方なのかクイズ番組やIQテストなどでも結構な好成績を残している
記憶があった。洞察力にもすぐれているらしく、異常者の力を見抜いたりを相当な回数こなしている
とかいないとか。異常者に対応出来る柔軟性も備えている、東亜の街を生き残る次世代の男は彼だ!
などという雑誌の特集記事も記憶に新しい。
そんな人間がこんな小さな大会の優勝者と準優勝者に一体何の用なのだろうか。
まじまじと観察する駿二の視線に気づいたのか歩もこちらに顔を向けた。やや細い目だった
せいなのか、射抜かれているような、不思議な感覚に囚われた。
「いきなり警戒モードは勘弁してくださいよ、黒瀬さん」
向けていたオーラに感づかれたのか、やや引かれた風に言われた。別に警戒という程の事は
していなかったが彼にはそう見えたらしい。あれで結構慎重な性格なのか
むしろ彼の方が自分を警戒している風に見えた。そして、それ以上に太一の方が歩を警戒するような
オーラを向けていた。自分や仲間、対戦相手に向けるそれとも違う不気味な物だった。
なまじ太一との付き合いが長いせいか、そういった感情が分かってしまうのだ。
今は隣にいるせいでそれがより一層伝わってくる。三者三様に放つ不思議な空間。
もしこの場に他の者が現れたのなら尻尾を巻いて逃げるだろう。
「まずはお二人とも、大会の優勝と準優勝、改めておめでとうございます」
15秒後、最初に口を開いたのは歩だった。いつまでこの沈黙は続くのか少々不安になっていた
所だったのでそれがなくなったのは素直に嬉しい。
突然の祝福を太一は何の抵抗もなく受け入れ「ありがとうございます」と頭を下げた。
駿二も後に続き同じ言葉を紡ぐ。思わず頭を下げてしまった。
「お二人は、付き合いは長いんすか」
インタビューみたいな流れになった。一瞬そう思った。太一の方も太一の方で
「これはインタビューですか」と苦笑している。歩は「それに近いっすね」と言った。
しばらくの沈黙の中太一は気を取り直して歩の質問に答えた。
「まあある程度の期間の付き合いはありますね。私的な場で彼と卓を囲んだ事も何度もありますし、
プライベートで遊ぶ事も結構ありますよ」
それは偽りのない言葉だった。自分と太一は友人を呼び卓を囲んだり酒を飲んだり買い物などに
出かけたりをよくしていた。根っからの遊び好きが多く集まったグループのせいなのか、
若い男性とはみんなこうなのかとにかくよく遊ぶ。駿二も若く健康な肉体を持っているはずだったが
その勢いについていけない事も時々。しかしそれは同時にとても楽しい事でもあった。
でなければしょっちゅう出かけるなんて事はしないタマだが。
「へえ、俺はてっきりお二人はプライベートでは親交はあまりないものだと思ってました。
卓上ではよくプレイスタイルを比較されてはいますけど、それだけの関係っつーか…」
「それはよく言われますね。でも縁あって僕と彼はそれなりに付き合いが深いんです。
共通の友人も沢山いますよ」
「もし良かったら、そのご縁とやらを聞かせてもらえますか?」
「申し訳ありませんが、それはまたの機会にという事でよろしいでしょうか。こういう公的な
場でもない場所で話す事でもないんで」
「あれま、結構秘密主義というか、引っ張るタイプなんすね。それに公的でもない場所って、
要はファンの皆さんの前でなら話すって事っすか?自分を晒す場所をきちんと考えているんすね」
「そういう訳ではありませんよ。お話したいのは山々なんですが、長くなってしまうんですよ。
それにいつか、これについてはお話する機会もあると思うので今回は見逃してもらえますか?」
「分かりました」
歩はあっさり引き下がった。あっさり過ぎて駿二の方が拍子抜けしまった程だ。
その後も歩と太一は色々と話し続けた。時間にしてせいぜい10分か15分程度だったが、駿二には
結構な時間が経ったように感じられた。部屋の壁掛け時計を見れば時刻はもう9時近く。
そろそろ友人たちから何をしているかとメールなり電話なりが来るのではないのだろうか。
「お話は、もうよろしいですか?」
どうやらこのインタビューもどきの話はようやく幕を閉じるらしい。聞いていてつまらない話では
なく、2人の人間性が程よく垣間見えた有意義な時間だった。特に直接顔を見るのは初めてとなる
香川歩という人間について改めて知る事が出来たのは大きい。これから会う友人たちにも
彼のファンは多い。酒の肴として盛り上がれるだけの内容の濃さは十分にあった。
「そうだ、最後に1つお二人でやってみたい事があるんですがよろしいですか?」
「やってみたい事?」
「ええ、実は俺、最近占いを趣味にしてまして、お二人をもっと詳しく知るために最後に占いを
してみたいなと思ったんですが、よろしいすか?」
そう言って歩は自分の荷物の中からカードのような物が入ったケースを取り出した。そのまま中身も
テーブルの上に出す。大きさはトランプより一回り大きいぐらい、枚数はざっと20枚程だろうか。
「別に構いませんが占いって、まさか2人の相性占いとかですか?やめてくださいよ、
変な結果が出た時にそれを言いふらすとか」
太一の苦笑い混じりのその言葉に歩は首を振った。
「そんなんじゃないっすよ。お二人の事が色々面白い事になっているんで、それをはっきり
させたいと思ったんです」
「面白い事?」
「ええ。二人ともご自分のキャッチコピーは、ご存知ですよね?」
その言葉に駿二は頷いた。卓上の死神、不殺の皇帝、駿二と太一それぞれのキャッチコピーが
頭に浮んだ。トビの発生率70%オーバーを誇る攻撃的なプレイスタイルを持つ駿二と
その死神すら押さえつけ、なおかつ自分も相手もトバさない、すなわち死人を出さない
戦い方から付いたその呼び名。太一はどう思っているのか知らないが、駿二は決して嫌いではない
その名前。その呼び名と今の状況がどういう関係があるのだろうか。疑問符がそのまま表情に
浮かんだような駿二の顔を見て歩が答えた。テーブルに置いたカードをまとめて捲りながら話す。
「そのキャッチコピーを付けたのって、実は女性の方なんすよね。俺、その話を詳しく聞いて
色々納得しましたよ。女の子らしい発想っつーか、女性の占い好きならではの発想だなっつーか…」
その言葉には駿二はもちろん太一ですら頭に疑問符が浮かんでいた。特に駿二に至っては
歩の取り出したカードの正体ですら満足に分からず、更に畳み掛けるように女の占い好きだの
皇帝と死神と占いの関連性だの繋がりのなさそうな言葉をいきなり並べられてちんぷんかんぷん。
2人は顔を見合わせる事しか出来ず歩の次の言葉を待った。
「これ、タロットカードなんすけど、タロットカードでは皇帝と死神って種類のカードが
あるんすよね。それがお二人をピッタリ表しているみたいで、すごい納得出来たんです」
ようやく合点が行った。要は歩がこれから始めようとしている占いと自分たちを重ね合わせている
という事だったようだ。占いは全くの専門分野外の身、タロットカードすら知らなかったのに
こんな事分かるわけないと自分を納得させた。
「タロットカードには、様々な意味があるんですよね。皇帝と死神には、
どんな意味があるんですか?」
「人によって色々解釈があるんすよ。でも死神は特に有名なカードで、基本死ぬとか、終わりとか、
まあとにかくロクな意味がないっす」
「それは有名ですね。でも確か出た向きによっても色々意味が変わるんでしたっけ?」
話を進めながら歩はカードを混ぜ合わせていた。太一は歩と話しながらそれを見守っている。
駿二もいつの間にかその会話に引き寄せられていた。自分のキャッチコピーと同じ名を持った
カードの話に、段々興味を持ち始めていた。
「そうです。死神だと、逆さ向きに出ると、生まれ変わるとか、復活とか、やり直し全般の
意味になるんです。なんつーか、その極端さが黒瀬さんによく似ているなって思って…」
太一が笑いを堪えるように吹き出していた。思わず「どういう意味だオイ」と言ってしまった。
歩は混ぜたカードを束ねながら駿二の方を見る。解説の時でも滅多に笑わない彼にしては珍しい
笑みが混じったような顔だった。
「別に変な意味じゃありませんよ。死ぬという事と生きるって事が表裏一体って事っす。
タロットって大半がそうなんすよ?向きが逆になると意味もほとんど正反対になるんです」
とうとう歩がカードを束ね終えそこにはきっちりとカードの形に整った山が完成した。
2人を交互に見て、「さて、どちらから先に占いますか?」と言う。駿二は太一と顔を見合わせた後
手を挙げた。
「黒瀬さんっすね。分かりました」
歩はもう1度カードの山をかき混ぜた。1度混ぜたカードを再度混ぜるという不可解な行動を
駿二が指摘すると「黒瀬さんの事を考えながら改めてカードを混ぜるんすよ」という
答えが返ってきた。
「さて、これからの占いなんですけど、黒瀬さんの未来を簡単に占いますね。まあこれから出る事は
あくまでお遊びなんで、あまり本気で取るとかは勘弁してくださいよ?」
それは重々承知だ。わざわざ前置きされるまでもなく、こんな物を本気で信じる程オカルトに傾倒
した趣味はない。
「香川プロは、占いをどれぐらい信じておられるのですか?」
「そうっすね、朝のテレビの占いとか雑誌の占いとかは結構信じる質っすよ。自分の星座が最下位
だったらその日1日良くない事が起きるような気がしますし、ラッキーカラーとかアイテムには
結構こだわったりするんです。ちなみに今日のラッキーカラーは黒でした」
へえ、と思わず小さな声が漏れた。彼の服装はただのチャラ男ファッションかと思っていた。
いささか非科学的なのが過ぎるとは言え、彼なりに意味を持っての色々なこだわりだったのだ。
自分の黒一色のファッションは別にこだわりを持っていない事の現れ以外の何者でもなかったが
彼はどうやら違うらしい。
そんな事を考えてるうちに歩がカードを整え終えもう1度カードの山がその場に出現した。
彼はそこから3枚のカードを取り自らの前に並べた。縦向きに並んだ細長いカードを横に並べる
という形だった。
「この3枚のカードは、黒瀬さんの過去と現在、未来を意味するカードなんです」
へえ、と太一が声を漏らした。駿二もじっとカードを見つめる。占いの類は信じないと言っても、
いざ実物を見ていると不思議と興味が湧いてくるのだ。興味があるのかないのか、自分でも
よく分からない状態だった。そのまま歩が彼から見て左側のカードを捲った。
先ほどの説明の時に指差したタイミングから考えるに、これは駿二の過去を表すカードらしい。
そのカードは大きく描かれた満月が特徴的なカードだった。名前の所にmoonと
書かれているそれはそのものズバリの月のカードのようだ。
「このカードは、ぶっちゃけあまりいい意味はないんですよね。逆位置で出るとそれなりに
いいんですけど、今は正位置で出ちゃってますから。不安とか不満とか、心がモヤモヤしている
って感じの意味がメインです。黒瀬さん、ひょっとして今回の試合とかに不満を持ってたり
しちゃってますか?」
図星だった。2位で終わる事になった順位はまだしも、何度やっても太一より上に立つ事の
できない苛立ちや、自分の力が満足に発揮出来なかった事にまだまだ大きな不満が残っていた。
太一ではなく、自分に向けた憎悪。その気持ちが駿二の中には大きく残っていた。
それを見抜かれてしまったような感覚が走り、こそばゆい気持ちになった。
「次は現在っす」
2枚目のカードはよく分からない絵柄だった。書かれていたアルファベットを参考にしようにも、
見た事すらない単語で何のカードなのかさっぱり想像もつかない。思わず歩にその意味を聞いた。
彼はご丁寧に「これは初心者には難しいカードっすからね」という言葉と共に解説をしてくれた。
「これは隠者って言って、強いて言うなら心の中を表すカードっす。正位置だと冷静に物事を
考えているとかそういう意味なんですけど、これは逆位置なんで正反対の意味にとってください。
心が不安定っつーか、疑いの心とかの意味もあるんです。多分黒瀬さん疑い半分だと思います」
これもまた図星。先ほどからピンポイントで心の中を言い当てられ、少々気分が悪くなってくる。
偶然なのか、歩の頭と勘の良さが合わさってこんな芸当が可能なのか、わからなくなってきた。
歩は歩で本当に駿二の心を見透かしているかのように「これで最後なんで我慢してください」
などと皮肉とも取れる言葉を発している。もういい、どうにでもなれ。
半ば投げやりに最後のカードを捲る歩の手元を見た。
最後に現れたカードは、正真正銘死神のカードだった。ここにきて占った当の本人が苦笑している。
仮に偶然だとしても、ここまで重なれば笑えてしまう気持ちも分からなくはない。
位置も本来のカードの向き、いわゆる正位置だ。死、終わり。先ほど歩から説明を受けた
カードの意味を頭の中で反芻する。自分が散々投げつけられてきた言葉でもあった。
「これはもう説明不要っすね」
歩はそう言うと説明を打ち切るように3枚のカードを山に戻し、もう1度かき混ぜ始めた。
「これからの黒瀬さんには、死神としての明るい未来が開けてるって事っすか」
そんな事を言われてもちっとも嬉しくない。そもそも死神としての明るい未来ってどういう意味だ。
怒りに近い感情が心の中を占め始めた。歩自身に罪はないにしても、決していい気分はしなかった。
「で、黒瀬さん、俺の占いはどうでしたか?」
「…的中率100%です」
とりあえず正直な感想を言っておく。信じる信じないの気持ちの割合は相変わらず半々。
言葉の彩、心理トリック、どうとでも取れる内容だったし、歩ほどに聡明な人間なら即席で
これぐらいの事は出来てもおかしくない。己の心が単純なのか、それともタロット占いとは
全てこういうものなのか。とりあえずは自分の心の中を読みきったそれに最低限の敬意を示す。
「ありがとうございました。今後の麻雀人生の参考にでもしますよ」
「こちらこそご協力ありがとうございました。まさか、100%になるなんて思ってもいませんでした」
そう言って歩は今度は太一の方を向いた。太一はそれに微笑みで返す。
「次は、僕を占う番ですか」
「そうっすね」
またカードの山を崩しかき混ぜ始める歩。それを少し見守り、駿二は携帯電話を取り出した。
友人との待ち合わせの事を思い出したのだ。太一もそれを見て歩に声を掛ける。
「そういえば、僕たちこれから今回の大会入賞を記念だかなんかで、友達が祝賀会開いてくれる
らしいので、それの待ち合わせしてたんでした」
「あれま。だったらその友達の所に早く行った方がいいんじゃないんすか?あまり待たせちゃ
悪いでしょ」
「いいえ、それほど時間がかかるわけじゃあないみたいですし、これぐらいなら構いませんよ。
それに、その友達には香川プロのファンが多いんです。今回の事を酒の肴にでも出来るなら、むしろ
もう少し一緒にいたいぐらいですよ」
「いいんすか本当に?でも、そう言ってもらえると、嬉しいですね」
そう言って歩は再度カードをかき混ぜる。とりあえず用の済んだ自分だけでも待ち合わせ場所に
向かった方がいいのではないか。そう思い太一にその旨を伝える。結果はあっさりOK。
コートを着込み、荷物をまとめて部屋の出口に向かう。最後に2人の方向を向き直り、頭を下げた。
「香川プロ、本日は色々ありがとうございました。後、解説お疲れ様でした」
「いえいえこちらこそ。祝賀会、楽しんで来てくださいね」
歩のその言葉に今度は太一が口を挟んだ。
「もし良かったら、香川プロもご一緒しませんか?こうして占ってもらっているってのも
何かの縁ですし、お近づきの印としてはちょうどいい機会だと思いますよ?
香川プロ程の人でしたら、僕もみんなも大歓迎です」
しかし、歩は静かに首を振る。
「申し訳ありませんが、俺もこれから色々入れているんで今回は遠慮させていただきます。
またの機会があるかは分かりませんが、もしあればこっちの都合が付けばって事で」
歩の発言に太一が残念そうな顔を見せた。
「そうですか、それは残念ですね。でも、次の機会があればって事でよろしいですか?」
「そうですね。俺もいつかはご一緒したいっす」
また歩がカードをかき混ぜる作業に戻る。駿二はそれを一瞬見た後太一に「それじゃあ」と
声をかけ部屋の外に出た。太一もそれに「ああ、気をつけて」と返す。
扉を閉め、そのまま歩みを進める。その瞬間から室内に漂い始めた先ほど以上に不穏な空気に、
駿二は気づくことはなかった。




