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Act.31 終焉のプロビデンス(神意)・4

「私は・・・何をしたかったのかしら・・・」


「簡単さ」


目を閉じて薄い笑みを浮かべるサンドラに、ペトロフスキーは何でもなさそうに答えた。


「無能な上司をどやしつけ、へなちょこ同僚の尻を蹴飛ばし、口だけの部下を顎でこき使う、隙の無いピリピリした緊張感のあるビジネス・ライフだろ」


「それ、疲れるのよ」


溜め息を吐き出すサンドラの横で、ペトロフスキーは更にファースト・トリートメント(応急処置)・キットを探り回し、三角巾と包帯を取り出した。


「あんた、意外と生き方が不器用なんだな」ペトロフスキーは慣れた様子で、サンドラの左腕を三角巾で吊る。「──念のため応急で、左肩を固定しておこう」


「それはお互い様じゃない・・・?」


「違ぇねえ」


ペトロフスキーはサンドラの左上腕を脇腹に添わせ、包帯で胸部ごとぐるぐる巻きにする。


「だがあんたに相応しい」


(わざ)とらしい悪人面で、にっと笑みを(こぼ)すペトロフスキーに、ランチ(備載艇)を点検させていた部下から連絡が入った。どうだ? と問い直すペトロフスキーに、2艇あるうちの1艇はバラバラに吹き飛んでいたが、もう1艇は外装に損傷があるだけで、運用には問題ないとの報告が返って来た。お前はそのまま、その1艇のタイイング(固縛)を解いて、離艦準備をしておけ、と命じると今度は、ナビゲーション・ブリッジ(航行船橋)を見に行かせていた部下の声が飛び込む。


「──オールド・キャップ(艦長)」


部下からの通信を耳にしながらペトロフスキーは、抗炎症鎮痛注射剤が入った小さなバイアル(薬瓶)を、無針インジェクタ(注射器)にセットする。


「主機は完全に損壊していているようです。今はバックアップ(支援)用の予備エンジンが稼動していますが、維持できているのは最低限の施設内環境と基幹通信システムのみで、全区画ウェイトレスネス(無重量環境)状態になっていようです」


「まあ、予想していたよりマシ、か・・・」通信にはそう返しながらサンドラには小さく頷いて、インジェクタ(注射器)を右上腕に宛行(あてが)った。「ナビゲーション・ブリッジ(航行船橋)は無事なんだな?」


「はい。破損を免れていたので、詰めていたクルー(船員)は20人ほどなんですが、全員無事です。他のデッキ(階層)にも生存者が居るようで、施設保安担当と手空きの奴らが捜索に走り回っているようです」


「メディカル・ステーション(救護医療処置室)は大丈夫なのか?」


抗炎症鎮痛注射剤の注射に一瞬顔を(しか)めたサンドラの頬を、ペトロフスキーは優しく一撫ですると、終わったぞ、と無言で唇を動かす。


「2階層下にありますが、大丈夫です。優先的に電力供給されています。取り敢えず見付けたサバイバー(要救護者)は、そっちへ運び込んでいるようですが、既に50人を超えています」


ふーむと唸るペトロフスキーが、半裸のサンドラにブラウスをそっと掛ける。


「保安にトリアージ(救護優先度評価)を徹底させて、メディック(救護担当)にはシリアス(重篤)だけを診させろ。それ以外は自力でブリッジ(航行船橋)へ行かせて、死人は放置で良い。メディカル(救護医療処置室)を機能不全にするな」


「ただ確認できるのは、ブリッジ(航行船橋)のある左舷側だけで、割れて千切れている右舷の方へは、とても手が回らないようです」


「手が付けられない側は、気にするな」束の間思量していたペトロフスキーが、眉根を寄せて言葉を継いだ。「──今からそちらに行く。施設内の環境維持と保全具合、それとマグネティック・マスキング(遮蔽磁界)を確認しておけ。また太陽嵐が発生しているからな、第3波が襲って来るのは時間の問題だぞ」


バイ・オール・ミーンズ(了解しました)、との返事に、ペトロフスキーが、ふう、と長い溜め息を吐き出すと、サンドラが遠慮がちに訊ねた。


「ボスは・・・イル・プレージオは・・・?」


「分からねぇ」ペトロフスキーは脇に漂わせてあった、スワドル(搬送用気密与圧包袋)を引き寄せた。「ドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)共との戦闘中に位置を見失って、通信も繋がらない」


「──ボリス、負けた、の・・・?」


遠慮がちにぼそりと聞き返して来るサンドラに、ばつ悪そうにペトロフスキーは無言で首を(すく)めたようだったが、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着込んでいるためはっきりとしなかった。


「私たち、見捨てられたのかしら・・・」


「さあて、どうかな。旦那の船も撃沈された、って事も考えられる」


サンドラを収納するため、ペトロフスキーが畳まれていたスワドル(搬送用気密与圧包袋)を伸展させる。


スワドル(搬送用気密与圧包袋)は、正式にはインジャード・エンクロージャと言って、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)の着られない状態にある要救助者を、宙空間で搬送するための簡易な器材だ。大概は封筒型をしたシュラフ(寝袋)のようなもので、収納用に畳まれていた外側の軽量伸縮フレームを伸ばして使用する。簡易な生命維持装置が付属していて、エアプルーフ(気密)の包袋内で10時間から15時間ほど生命維持環境の提供が可能だ。


「それにイル・プレージオが1隻残っていたところで、このナースィラ・ハロゥ(福音の後光)をどうする事も出来ないさ」


二重ファスナを全開にしたスワドル(搬送用気密与圧包袋)の方を、サンドラの体に合わせるように近付け、ブランケットで包むように挟み込む。周囲は重力が失われているだけで、標準大気が充分に確保されているので、ファスナを閉め切らず、サンドラの顔が覗くように胸元で留め置く。


「痛みや痺れはどうだ?」


スワドル(搬送用気密与圧包袋)の頭側にあるハンドル(把手)を取ったペトロフスキーが、サンドラを覗き込む。


「大丈夫。打ってくれたのは鎮痛剤? 効いて来ているみたい」


「なら、先ずブリッジ(航行船橋)へ行ってみるか」


「ええ」


ペトロフスキーはサンドラに頷き返すと、圧搾空気スラスターを軽く噴射した。


浮かぶ器材や破片を退けながら、サンドラのスワドル(搬送用気密与圧包袋)を引き、動かないコンベイ・ハンガー(駆動式吊り把手)のあるエアロック(気密隔室)を抜ける。その先はウェイト・デッキ(有重量環境区画)の筈だが、報告通り重力環境は維持されておらず、所々に何やらの器材や部品、果ては飲み掛けのドリンク・カップも浮いていた。


リフトまで辿り着いたものの電源喪失で働いておらず、少し離れたラッタル(梯子階段)を泳ぐように折り返しながら上り、ナビゲーション・ブリッジ(航行船橋)へのデッキ(階層)へ出る。


出た先は、まるで難民救済キャンプだった。


ワイヤ(電線)が焦げたような臭いが鼻を突き、どこからともなく血の臭いが漂って来る。


幅8メートルある主幹通路なのだが、間引き点灯する照明で薄暗く、所狭しと疲れ切った人たちで溢れ返っていた。比較的軽傷と思われる人間が何かしらの備品を抱えては、動けない重傷者の元に添い寄っている。重力を喪失しているお陰で、通路内の空間を目一杯に使えているので、人々が様々に浮いていた。


報告ではメディカル・ステーション(救護医療処置室)には既に50人以上が担ぎ込まれていると言っていたが、こちらは優に200人を超えている。この様子ではトリアージ(救護優先度評価)をするまでもなく、メディック(救護担当)が何人居るかは知らないが、メディカル(救護医療処置室)は戦場さながらの騒ぎになっている筈だ。


文字通り人込みと化した通路を、疲れ切って無重力に身を(ゆだ)ねている負傷者を掻き分け、漂う血塗(まみ)れのドライ・コットン(脱脂綿)を払い除け、ブリッジ(航行船橋)への戸口へ抜けて行く。サンドラが管理デッキ(区画)脇のリフトを使って、ギルステンビュッテルが陣頭指揮に使っていた最上層デッキ(区画)へ上がるように言ったが、肝心のリフトが動かない。


仕方がないので、開きっぱなしになったブリッジ(航行船橋)への入り口を(くぐ)り、多くのクルー(船員)が騒然としている2階層吹き抜けになった、ゼロ・グラビティ(無重力)のデッキ(階層)を床を蹴って飛び上がる。勿論、サンドラを収容したスワドル(搬送用気密与圧包袋)を抱えて、なのでペトロフスキーには意外と脚力が要った。


「──オールド・キャップ(艦長)・・・!」


ナビゲーション・ブリッジ(航行船橋)最上層デッキ(区画)に居た、ハビタブル・オーバーオール(気密与圧服)を着こむミーミ人の部下が、下からいきなり、ぬっと浮かび上がってきたペトロフスキーに、一瞬ぎょっとした。


張り出したデッキ(区画)の、コンソール(制御卓)に手を掛けたペトロフスキーが、ゆっくりした手付きでサンドラのスワドル(搬送用気密与圧包袋)を引き込む。ギルステンビュッテル専用の最上層デッキ(区画)には先遣させた2人の部下の他に、このナースィラ・ハロゥ(福音の後光)所属のクルー(乗組員)3人が詰めていて、ビデオ・モニターと睨めっこしながら(しき)りにインカム(施設内通話)で遣り取りしていた。


「実は、ちょっとマズい状況になっています。オールド・キャップ(艦長)」


手近な椅子の背を押して、若いミーミ人の部下が近寄って来た。ヘルメットを外しているので、ミーミ人系の特徴である角質化した尖った耳朶が見え、ミーミ人はこの青年のように猫毛が多く肌の色は青白い。


「何だ? 爆発でもするのか?」


「いえ」ペトロフスキーの明白(あからさま)なブラックジョークに、若いミーミ人が小さく首を振って苦笑した。「さすがに爆発はしないとは思いますが、電源供給もままならない状態なので、オールド・キャップ(艦長)が気にしていたマグネティック・マスキング(遮蔽磁界)、とても稼動させられる状態ではありませんね」


「となると、太陽嵐に裸で(さら)される羽目になるのか──」


ペトロフスキーが無意識に、強付く顎髭を撫でる。


「それと、今はまだ()っていますが、現在稼働中のバックアップ(支援)用の予備エンジンも不安定で、何時(いつ)お釈迦になっても面妖(おか)しくない、らしいです」


此方(こっち)も、首の皮一枚、ってところか・・・」ペトロフスキーは、スワドル(搬送用気密与圧包袋)から顔を覗かせているサンドラを振り返った。「そいつも止まった日にゃあ、完全に万事休すだな」


予備エンジンまで停止すると施設内の電源が完全に失われ、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)内の環境維持も完全に不可能になる。施設内の空気浄化と循環は勿論、使用水の浄化も不能になって、飲料水にも事欠くようになってしまう。


「それと、もう1つ」


若いミーミ人は一層渋面を作って、言い辛そうにペトロフスキーを見た。


「このナースィラ・ハロゥ(福音の後光)、ウェーバ・デタッチ(磁荷噴出塊)に衝突された影響だと思われますが、カルダゴへの落下軌道に乗っています」


「何だと・・・?」


思わずペトロフスキーが、少しばかり声を荒げた。ウェーバ・デタッチ(磁荷噴出塊)が衝突した時点で予想された事態だったが、そこまで頭が回っていなかった。


「綿密な軌道計算が出来ていませんが、既に静止軌道を外れていて、オペレーター(探測担当)の予測じゃあ、数百時間後には大気圏に突入するらしいです」


「数百時間?」ペトロフスキーは呆れたように声を尖らせた。「そんないい加減な算出しか出来ないのかよ・・・!」


「──サーペンスアルバスへは避難させられないの?」


不意に上がったサンドラの声に、ペトロフスキーが振り返った。


サンドラはいつの間にか、スワドル(搬送用気密与圧包袋)のファスナを開いて、起こした半身を抜け出させようとしていた。


「ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)のクルー(乗組員)は3000人だ。生き残っているのが半分だとしても1500──」


ペトロフスキーは腕を伸ばし、サンドラのスワドル(搬送用気密与圧包袋)を引き寄せると、内部フレームを縮めながら包袋を下げるのを手伝った。傍で目を()っていた若いミーミ人が、剥かれて(あらわ)になった、ブラウスを軽く羽織っただけのサンドラの(なまめか)しい半裸に、思わず赤面しながら目を泳がせた。


「それだけの人数を全員受け入れるには、サーペンスアルバスの艦内環境維持システムが()たないし、医療設備ならナースィラ・ハロゥ(福音の後光)の方が整っている。何せ逆に(ふね)の連中を、此方(こっち)に避難させようと思っていた程だからな」


ペトロフスキーは片腕の使えないサンドラに、纏ったブラウスを肩に掛け直し、首元の(ボタン)だけ留めてやる。それでも捲れる濃紺のブラウスの下から、淡いブルーのブラジャ下着が覗き、締まった下腹部に形のよい臍が見えていた。


「──それと、更にもう1つ」


馬鹿正直に咳払い1つ、明白(あからさま)に照れているミーミ人の若い部下が、少しばかり緊張しながら声を改めた。


「“それと”“それと”ばかりだな」怒るでも呆れるでもないペトロフスキーの言い草は、投げ遣りに近かった。「まさか、俺を(おど)かそうとして(わざ)と、勿体付けているんじゃないだろうな」


「オールド・キャップ(艦長)相手に勿体付けるなんて、滅相もない・・・!」


若いミーミ人が(しゃちほこ)張って、大仰に首を振る。


「冗談だ」ペトロフスキーはサンドラと目を合わせて苦笑した。「──お前、名前は?」


「シーウェルです、オールド・キャップ(艦長)」


「それで話の続きだ、シーウェル」


「──此方(こちら)は、ナースィラ・ハロゥ(福音の後光)に直接関係は無いとは思うのですが・・・」軽く頷いたシーウェルが、困惑の表情で頬を掻いた。「ちょっとばかり、説明し辛いんです・・・」


「とにかく説明してみろ」ペトロフスキーが、これ見よがしの溜め息を吐く。「不明な所は聞き返す」


「そのカルダゴなのですが、何と言って良いやら、見えるんですけど、見えなくなりつつあるんです・・・」


「今、何と言った?」


シーウェルからの報告に、さすがのペトロフスキーも(いぶか)った。


「肉眼では確かに、はっきりと見えるらしいのですが、ビデオ・モニターの画面上では、見え辛いと言うか、見えなくなりつつある、と言うか、消え始めていると言うか・・・」


「言っている意味が、さっぱりだ・・・!」


「はい。それは分かっているのですが・・・」


歴戦に長けたオールド・キャップ(艦長)を目の前に、恐縮至極、巧く言葉を選べないシーウェルは、百聞は一見に如かずと言いたげに、こっちへ来て下さい、とコンソール(制御卓)の方へとペトロフスキーを促した。


「この場合、そう説明するしかない、と・・・」


小さくて見辛いかもしれませんが、と前置きしてモニター・ディスプレイを指した。小さな画面には惑星カルダゴ──アールスフェポリット社がピュシス・プルシャと呼ぶ、七色のオーロラ(電離層磁気燭光)に輝く、白寒(びゃくかん)の惑星が画角一杯に映っていた。





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 written by サザン 初人(ういど) plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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